王室の闇
首謀者を影の騎士団に受け渡してその後に、ゼウラストの城壁の上で、俺はあの二人と再び会う。
「うまくいった~?」
「ああ」
当然フィアナとクロネだ。この場は既に人払いさせており、人気もないし、会合にはうってつけの場所だ。
ネロを誘拐しようとした日に何があったかというと。この二人を寝返らせ、依頼主をはめた、それだけだ。
「けどセレナちゃんかなり怒っていたよ?」
セレナに関してはすまないと思うことにする。
なにせ寝返らせたはいいがリアリティを出すために本当の演技をしなければいけなかった。なので、本当に攫われたかのようにクロネに寝込みを襲わせて意識がある状態で薬品につけた布を嗅がせて眠らせた。その後、拘束し道中で起きても問題ないようにして依頼の場所に向かう。現に何度か目覚め、暴れようとしたら薬品を何度も嗅がせて眠らせていた。
その二人の後ろをリンと俺で追いかけて、居場所を特定、それから一網打尽という計画だ。
「いや~ありがたい、有り金全部なくなったけどあいつらからの金ももらえたし、無事に生きれている万々歳だね!」
「そうだな、俺に敵対しない限りはもう安全だろう」
「も、もちろん、もうバアル様には敵対しないよ?」
「そうか?ちなみにフィアナとクロネ、確かエルフ誘拐の最重要人物だった名前だな」
そういうと二人は青ざめる。俺が把握しているとは考えてなかったのだろう。
「もちろん、もうしないよな?」
せっかく使えそうな駒だが、手を噛むなら処分するしかない。
「はい、神に誓って」
胸の前で十字を組み、祈りのポーズをする。
「なら俺が使い道がないと思う時まで敵対はしないでやるよ」
アルムには悪いが使い道がある以上は今のところは放置する。
「それと、これ」
「なんだこれ?」
クロネが差し出してきた袋には、石が入っている。数としては百はあるだろう。
「それは『封魔結晶』って言ってね、それを割れば周囲が当分の間魔法が使えなくなるよ」
「なんでこれを?」
「いやね、これから東に行くんだけどそれの使い道ないからさ、よかったら買わない?」
「…………」
「じ、実はね」
軽く睨んでやると、素直に事情を話し始めた。
「実はこれ、裏で出回り始めた物なんだよ。これを見せるわけにいかないからどこかで処分したかったのさ」
「………」
「ほかにも東には魔法はあまり発達してないからさ、持っていても宝の持ち腐れ、だったら高く売れるところで売った方がいいってことさ」
本来ならどこか裏のルートで売却するつもりだったが、下手に売りさばくと俺の耳にも話が行きそうでここで話したとのこと。
「もちろん安くするさ、これで金貨7枚でどう」
「3枚だ」
「ぼ、ぼりすぎじゃない」
「あ゛?」
「3枚で売らせていただきます!!」
一睨みするとすぐさま敬礼し、承諾する。
石を受け取り、金貨三枚を手渡す。
「それで、お前たちはこれからどうする?」
「一応、東方諸国を目指します、そこならかなり大儲けできそうだし」
どういう仕事かは聞かない。こういう世界にいるのだから、火にあたる仕事でないことは確かだ。
「それにしても何で北から南に来た?」
本来ならそのまま東に向かってハルアギア領やアズバン領から直接国を超えればいいはずだ。
「簡単、少し真ん中で調達するものがあってさ、王都によってそのまま流れでここに、あとはさらに南に行って船だね」
「なるほどな」
ルートとしては理にかなっている。
「そういえば確か、一つ依頼を無料で受けるって言っていたな?」
「は、はい」
俺が大層危険な依頼をするんじゃないかと二人は身構える。
「じゃあ、東方諸国に言ったらアジニア皇国現皇帝について調べてほしい」
すると二人は顔を見わせる。
「それだけ?」
「ああ、俺の手勢はそっち方面に行くことはできない、もちろんいろんな伝手があるが、入ってくる情報は多いほうがいい」
「わっかりました~、報告とかはどうする?」
「それなら―――」
依頼を詰めて話をつける。
「それとフィアナ、少し話がある」
依頼の話を終え、この場を離れようする二人を引き留める。
「なんですか?」
嫌そうな顔をして二人は振り向く。
「フィアナ、少しだけ来い」
「ここで話してはもらえないのですか?」
「ああ、お前の魔具についてだ」
フィアナの顔つきが少しだけ変わる。クロネに聞こえない位置に移動する。
「さて、お前の魔具だが」
「これですか?」
そういうと一つの首飾りを取り出す。
だが
「それじゃない、知ってて言っているのか?」
「……」
「その足枷だ」
観念したのか裾を上げて右足首についている足枷を見せてくれる。
「なんでわかったんですか?」
「ある気配があったからな、それよりもお前はこれが何か知っているか?」
「知ってますよ」
そういうと同時にモノクルで鑑定する。
―――――
刑死者の足枷“ユダ”
★×8
『XII吊るし人』
アルカナシリーズの一つ。彼の者は逆転した世界で何を見るか、裏の理を見て、何を理解するのか。修行、忍耐、努力、試練、すべてを終えた先にはさらなる高みが待ち受けるだろう。この足枷はそのための道しるべとなる。
―――――
思った通りアルカナシリーズの一つだ。
「勝手に鑑定するのは犯罪じゃないかな」
「それよりも、お前は俺に何か感じるか?」
「??何も感じないけど」
つまりは『所持者』の段階だとほかのアルカナシリーズを感じることはできない様子。
「もういいかな?」
「ああ、確かめたいことは確かめた」
そして二人は南に向けて歩を進めていく。
「がるるるるるるるるるる」
二人と別れた後、屋敷の自室に戻るとセレナがうなっていた。
「バアル、今回のことはさすがにやりすぎだと思うわよ」
おそらくセレナはクラリスに今回のことを話したのだろう。今回はクラリスもセレナの肩を持つようだ。
「ああ、その件については悪かった」
「がるるるるるるるるる」
「はぁ~お前のおかげで早々に問題が解決したから金一封を渡そうと思ったんだが」
「……ワン」
お前はいつから犬になった?
「いくらほどもらえますか?」
「ボーナスと危険手当込みで金貨15枚」
「もう一声お願いします!」
「金貨17枚」
「ありがとうございます」
前世の表現をするなら、手の平くるっくるとでも言うべき状態だ。
セレナの機嫌がよくなったので机に座り、仕事を始める。
「一つ聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「ネロの出自はわかった?」
クラリスの言葉に一瞬体が硬直する。
「さぁな、金目当ての誘拐だったよ」
「セレナに事情を聞いたのよ?」
「クラリス」
言外にそれ以上は聞くなと視線で伝える。
「わかったわ、もう聞かないことにするわよ」
「そうしてくれ」
国のごたごたに首を突っ込んでほしくない。いかにクラリスとは言え、これはグロウス王国の問題だ。最悪は関係を破棄する事態にまで発展しかねない。
(さて、問い詰めに行くか)
いくつかの書類を持ち部屋を出る。
コンコン
「誰だ?」
「バアルです」
「入っていいぞ」
父上の執務室に入る。今回はネロを連れてだ。
「どうした、いつもならネロを連れて歩きはしないだろう?」
父上の言う通り、いつもなら連れ歩くことなんてないだろう。どこで何を知るかわかったものではない。だが今回はネロ自身についての話が必要だった。
「そうですね、少しネロにも聞いてほしい話があったので」
そういうと俺とネロは対面のソファに座る。
「さて、まず、数日前の襲撃、当然、父上の耳に入っていますよね?」
「ああ、だがバアルが撃退したのだろう?」
父上には迎撃して何事もなく終わったと伝えてある。
「ええ、ただ襲撃者が言っていたことが気になって」
「………」
ネロが何も言わずに俺を見てくる。
「『奴を王になどさせるか』と」
もちろん、これは捏ちあげだ、あくまで二人を揺さぶるための発言に過ぎない。
だが似たような内容はすでに取り調べがついている。
「それで何が言いたい?」
「ネロの出自は王室ですか」
さて、二人の反応は。
「はぁ~~やっぱりたどり着くか」
父上は観念してつぶやく。
「ゼブルス卿」
「無理だ、本気でバアルが調べようとするのなら、おそらくひと月と掛からぬうちに露見する」
以前父上が釘を刺してなければ、おそらくは持てうる限りの力を使い情報を集めていただろう。そしておそらくだがそこまで時間はかからない。ネロを殺すために暗殺者を雇うぐらいなら、その筋から情報を辿れる。
「そうですね、今回のことがなければ、調べようとは思いませんでしたよ」
この言葉は本心で、何事もなければ、もっと言えばゼブルス家に影響がないのであれば素知らぬ顔をして過ごしていただろう。
「はぁ、本当に要らん事ばかりをする」
本当にたまらんと父上は首を振る。これは俺に対してではなく、あの首謀者たちに向けての言葉だった。
「バアル、悪いことは言わない、ネロが王室であることのみで抑えろ」
つまりはもうこれ以上はネロの本性を暴くな、と言っている。そしてこれ以上踏み込むのならどのような危険が起こるかもわからないという意味でもある。下手すれば父上が俺を暗殺する可能性も本当にごくわずかだが出てくるかもしれない。
「わかりました、ただこれだけは言わせてもらいます」
父上とネロを見据える。
「正体を隠すというのなら俺は完全にネロを信用はしません、むしろ邪魔にすら思います」
「バアル!?」
「当然です、現在は父上の判断で雇っている一騎士でしかないのですよ?本当に特別扱いをしたいならそれ相応の事情を話してもらえなければこちらとしては許容できません」
「……お前の言い分は理解した、ネロそれでいいか?」
「ええ、こちらとしても正体は隠したいのです、問題ないです」
と言うことで双方からの許諾も取れた。
「では失礼します」
父上の執務室を出る。もちろんお土産を置いて。
「本当にネロは王室なんですか?」
ネロを屋敷の護衛に戻し仕事をしているとリンが問いかけてくる。
「真実はどうあれ、陛下が認めたらそうなるだろうな」
正確な出自なんて時が過ぎればどうでもいい、大事なのはその資質を持っているかだ。
現に前世の歴史で何度も革命が起こっているのが証拠だ。
「必要なのは資格と資質だけだ、これさえあれば、あとはどうでもいい」
「それをあなたが言いますか?」
現貴族の俺がそう言っても信じる奴はそう居ないだろう。
「ですが、なぜ今になって隠し子がいるなんてことが……」
リンが俺に雇われてから王子はエルドとイグニア、それと王女三名のみと聞いている。
いや、はずだったか。
「しかし、今更出てきても意味がないと思うがな」
既にエルドもイグニアも西と東、宮廷の文官と武官を取り込みに掛かっている。
その勢力はかなりの物だ。
「では仮にバアル様がネロ殿に協力したら第三の勢力になるのでは?」
「なくはないが…………」
既に俺はグラキエス家との密約で、一応は保険を掛けている。
今更新しい勢力として台頭してもうまみは低い。
「それに……」
「??それに?」
「いや何でもない」
言いかけた言葉を飲み込む。
夜、寝つきが悪いので窓を開けて夜風に当たる。
「………なぜ、今頃になってネロが出現した?」
それは王宮での政治闘争が激しくて隠し切れなくなったから。
「では、なぜゼブルス家に助けを求めてきた?」
陣営的に現陛下に近しくて、表向きでも両殿下から距離を置いているので匿いやすいから。
「なぜ襲撃された?」
それは暗殺者が言っていた通り、継承位争いに参加できる可能性があるから。
「それが本当にできるのか?」
……ゼブルス家、引いては南部の貴族陣を取り込めば劣勢にはなるが、一応は勢力とみなされる。
「それができると思うのか?出自がはっきりとしていないんだぞ?」
リンにも言ったが、陛下が自分の出自を認めてさえしまえばできなくはない、できなくはないが。
「現実的じゃない」
現実的じゃない
月を見ながら自分の中で自問自答する。
そこからどうやってもネロが新王に成れる可能性は数%程度と言わざるを得ない。
「………ではなぜ、陛下はネロから王位継承権をはく奪しない?」
そうすればネロはこうして暗殺者などから狙われる必要はない。
「可能性があるとしたらどうだ?」
既にある程度の勢力がネロにあると仮定するが。
「……いや、ないな」
それならばゼブルス家に来る必要もない。中立のゼブルス家に頼るより、自前の勢力圏にいた方が信用できるに決まっている。
「はぁ~~」
アジニア皇国の時もそうだが、情報の欠如が多すぎて真実があまりにも見えてこない。
「どうするかな」
コンコン
すると扉がノックされる。
「だれですか?」
「私だバアル」
「父上?」
部屋にやってきたのは父上だった。
「どうしたのですか?」
「いやな、窓から夜風に当たっているお前が見えてな、眠れないんだろう?」
「ええ、まぁ」
「それも仕方ない、もしまだ眠るつもりがないなら執務室に来なさい」
なぜだろう、今だけは父上が大人びて見える。
ところ変わって父上と執務室に移動する。
「それで?寝れないから子守唄を聞かせるというわけではないですよね」
「辛辣だね、ネロ殿下のことが気になって寝れないって、素直に言ってくれてもいいのに」
そう言うと、執務室の引き出しから、ある物を取り出す。
「バアル、私の見ている前でこれをすべて見ろ、そして誰にも口外するな」
取り出したのは一つの手帳だ。
「……拝見させてもらいます」
封をしてある紐を解き、ゆっくりと手帳を開く。
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パタン
手帳を読み終えると、ゆっくりと手帳を閉ざす。
「………なるほど、そう言うことですか」
「ああ、何も全員がアーサーの味方であるわけではないからな」
手帳にはネロのことが、もっと言えば王家について記されてあった。そして表ざたになっていない秘密も。
「なぜこのような形で、保管してあるのですか、普通に燃やしてしまえばバレる心配はゼロに近いと思うのですか?」
「真実はどこかに残さなくてはならない、すべてを闇には葬らせてはならないからだ」
確かにこの事実は残しておかねばならない。
万が一にも流出してはならないが、すべてを闇に消し去ってはいけない劇物でもある。
「父上、お聞きしたい、今後ゼブルス家がどのような方針を取っていくのかを」
「………我々は民を守ることこそ生きる定、起こりうる災禍を総て撥ね退ける盾であらねばならない」
そうい言うと、暖炉の火を消し始める。
「理解しました、民のことを第一に考える方針に私も従います」
「民のために生きると誓いはしないんだな」
「誓いを立てるほど、まだ私はこの世界のことを知りません」
「…………ではいずれ、そう思える時が来るのを祈っているよ」
父上の言葉が本当にそう願っているのだと理解できた。
ギィン
「今日はまた、少し荒々しいですね」
今日も今日とてリンに武術の指導をしてもらっているのだが、どうやら昨日の事が頭に残っているようでいつもよりも力が入っていた。
「……すまん、少しだけイライラしていた」
「ご当主さまから伝えられた件ですか」
思わず固まる。
「なぜ知っている」
「まずは謝罪を、あの日、夜中に誰かがバアル様の部屋に来たのは知っていました」
「それで?」
「以前の襲撃があったので警戒を強めて、バアル様の後を追っていたら」
「聞こえたわけか?」
「はい、ですが肝心の部分は筆でやり取りしておいでらしいので内容は分かりません、ですが、なにやらただならぬ事情があるは理解できました」
そういい、リンは心配そうな表情をする。
「忘れないでください、私はいつでもバアルの味方です」
「はは……ありがとな」
少しだけ気持ちが楽になると再び俺たちは稽古に励む。
そして数年が過ぎていく。




