紛れ込んだ異物
二年になる際にはクラス替えというものが行われる。
特待生の一年の成績が著しく落ちている場合は貴族クラスか平民クラスに格下げされることがあり、その逆もあり得る。
「今回は脱落者がいないようで、何よりです」
特待生クラスの担任、リーゲル・セラ・アルスが喜ばしいそうに報告する。
俺とリンとセレナの知り合いではエルド、イグニア、ユリア、それにアーク、ソフィアも無事に残ることができたようだ。
「それと今年から特殊な事情で編入する生徒がいます」
全員の視線が俺の隣に集中する。
「これは自己紹介したほうがいいかしら?」
「別にしてもいいし、しなくてもいいと思うぞ」
しなかったら、しなかったで担任がある程度説明してくれるだろう。
「初めまして、ノストニアからやってきましたクラリスといいます。隣にいるバアルの婚約者ですのでどうぞよろしく」
普通にあいさつした風に見えるが、虎の威を借りる狐のごとく、俺が後ろについているぞと脅していた。
「では皆さん、これからの学園生活ではおなじ学び舎の仲間です、これから仲良くいきましょう」
綺麗に終わらせたようだが、そんなの無理だとここにいる全員が理解している。
「クラリスさん、ありがとうございます。それでは二年生でのカリキュラムを発表します―――」
それからはこれからの学園生活、行事、教育内容を全員に告げて初日が終わった。
それからは普通に登校し、授業を受けて、訓練をするという日々がひと月ほど続く。
(平和でなによりだ)
去年の騒々しさといえば人生の不幸を一点に凝縮したようなものだ。
「それで何ようだ?」
学園の昼食時にあの五人がやってきた。
「バアル様、ありがとうございます」
「「「ありがとうございます」」」
「…助かりました」
若干一名は嫌そうにお礼を言う。
そう、五人はノストニアの通行許可証を持っているアークたちだ。
「礼を言う必要はない、こちらとしても利があったからあの条件を出しただけだ」
彼らがお礼を言う原因は以前ソフィアに渡した書類にあり、内容はこう書いてある。
「
____(以下『乙』と称する)はゼブルス家嫡男『バアル・セラ・ゼブルス』(以下『甲』と称する)と以下の条約を結ぶ。
1:乙は甲の許可なく、一度につき馬車一台分以上の交易を行うことを禁じる。
2:乙が他の貴族から交易に関して干渉を受けた際に甲はそれを庇護し、保護すること。
3:乙が上記に反した場合は、甲の年収相当の賠償金を払うこと。
4:上記の条約を破棄する場合は甲乙ともに賛同している必要がある。
」
というものだ。
これに署名し、これをやってくる貴族に見せることにより、彼らにはすでに交易する権利が俺の手の中にあると知らしめることができる。
内容を簡潔に言うと、手軽な買い物程度なら勝手にしてもいい、だが本格的な交易に着手しようとすると俺の許可が必要になるという物だ。
本来なら一つ目だけでも良さそうなのだが、バカな貴族の対策のため一応二つ目の項目も用意した。
(これで交易町以外の交易は俺の独擅場になる)
現在は両国とも交易町のみで商売を認めている。
ただ俺やアークたち五人に関してはその限りではない、ノストニアの様々な地に赴き、そこで売り買いができる。
そして交易町に出ている特産品などはごくわずかだとウライトから聞き及んでいる。
ではノストニアの国内に入り本格的に交易ができたら?どれほどの益をもたらすことができるかは想像に難くない。
礼を終えると5人はそのまま次の授業の準備に取り掛かりに戻っていった。
それから午後に入り合同授業になる。
本来なら俺も習うはずなのだが、すでに槍術の担当カイルよりも技量が上回ったため、自由行動を許されいる。ちなみにリンも同じく自由行動を許されていて傍で護衛を続けている。
俺やリンと同じく自由行動を得た者は二年に上がるころにはちらほらと出てくる。もちろん授業中は何もしないということはなく、模擬戦を行ったり、新しい技を習得しようとしている。
「はぁ!」
「とりゃ!!」
格闘術の部分ではクラリスとオルドが派手に大立ち回りをしている。
「『破城拳砲』」
「『羽舞』」
オルドがゼロ距離からアーツを放つがクラリスもアーツで躱す。
「やっぱつよいな!!!」
オルドは嬉しそうに笑っているが、その笑う顔は何かが違う。
「『重手刀』」
オルドが手刀を作るとその部分が青くなる。
「『刃布の舞服』」
クラリスも以前見せた技で迎撃する。
ギィィィン
クラリスの袖とオルドの手刀がぶつかると剣戟のような音が鳴り響く。
「『胴割り』」
今度はオルドの回し蹴りに何らかの技が発動した。
「『衝掌』」
クラリスも技を発動させ、掌底でオルドの蹴りを弾き飛ばす。
ユラァ~
(まずいな)
二人とも本気になりかけている。
ここで止めないと、どちらかが大けがしてしまう。
「やめないか!」
同じくそれを察したのか格闘術担当の教師が二人を止めに入った。
「そこまでだ、二人ともこれから自由行動をしてよし」
つまりはあとは自身で研鑽を積めというものだ。
「わかりました」
クラリスは構えを解き場を離れようとするのだが。
「おい、待てよ」
「……なに?」
「このままで終われるか、勝負しろ」
オルドは諦めずにクラリスに再び戦いを挑む。
「いやよ」
「……なに?」
今度は逆にオルドが言葉を発した。
「だからやらないわよ、これ以上は本当に殺し合いになるわ」
「……なら俺の実力は認められていると思っていいのか?」
クラリスは肩をすくめる。そしてそれを見たオルドはなぜだかガッツポーズをして喜んでいた。
(クラリスに惚れたか?)
それだったらあの反応も納得だ。
なにせ外面だけで言えばクラリスは絶世と形容するに値する。一目見て好意を抱くものがどれほどいることか。
「じゃあ、殺し合いにならない程度に模擬戦しようぜ」
「する必要はないわ」
「なんでだ!?クラリスにはこれしかないんだろう」
そういってオルドは拳を突き出す。
「………」
「エルフの全員を見返すために唯一残っている格闘術で強くなって見返すんじゃないのか!」
なにやらオルドが熱くなっている、その様子はまるで怒っているかのようだった。
「興味ないわ」
「っ!?」
クラリスはオルドに付き合わずに突き放す。
「あなたがノストニアでどんな話を聞いたのかは知らないけど、今の私はそこまで未練はないのよ」
「なんで………………話が違う……あの話は嘘………」
オルドはなにやら思案気にぶつぶつとつぶやいている。
「模擬戦ならほかの人にやってもらいなさい」
そういってクラリスは俺のそばに戻ってくる。
「いいのか?」
「ええ、なんかあいつの視線気持ち悪かったし」
何事もなく毒を吐く。ただそれが本心から思っていると理解できた。
「どうしてだ、どうして?」
オルドがその場にとどまり呆然としている。
(……あいつは何を考えている?)
オルドの思考が読めない、大馬鹿なら読めなくてもおかしくないのだが、そうではない。まるで異端者を見ているような気分になる。
その後、アークにより引きずられていき、とりあえずは何事もなく終わった。
それからもオルドはクラリスに突っかかるようになったのだが。
クラリスが何かを言い返すと、そのたびにフリーズしたかのようになる。
「あいつ、ほんとうになんなの!?」
食堂で昼食をとっている際もクラリスは不機嫌だった。なにせ毎回毎回、意味もなく突っかかられている、クラリスが怒り心頭になるのも無理はない。
「ねぇ、あなたの権力であいつを消すことってできない?」
ついにはこのような言葉が出てくるまでだ。
「無理だ、というか下手に処罰しにくくなったのはお前の父親のせいなんだぞ」
アークたち5名に関してはノストニアの先王が顔を覚えているため、処罰しにくい。
「なによ、婚約者が困っているんだから助けないさいよ」
「そういわれてもな」
する理由がない。何よりそうそう処罰できなくなったのはノストニアの前王のおかげだ。
「クラリス!」
昼食が終わり講義室に移る際にまたオルドが現れる。
「げっ!?」
クラリスも嫌そうな顔だ。
とりあえず彼女を預かっている身としては少し文句は言っておこう。
「おい、オルド」
「なん…ですか」
「いい加減、クラリスに付きまとうのはやめろ、どう見ても困っているだろう」
「だが、俺はクラリスに実力を認めてもらわないと………」
オルドはクラリスに認められることに強い執着があるようだ。
「クラリス、とりあえず、実力は認めているんだよな?」
「………実力だけならね」
そういわれると嬉しそうにしている。
「じゃあ勝負してくれ」
「だからなんでそうなる?」
「………これ以上付きまとわないならいいわよ」
俺が断ろうとするとクラリスがそういってくる。
「いいのか?」
「もう、こうでも言っておかないと、付きまとわれるでしょう?」
クラリスの言う通り、ここで遺恨なくはっきりとさせればいいのだが。
「はぁ~じゃあ放課後、訓練所を借りて模擬戦を行う、それでいいか?」
「ああ!」
「そしてその勝負を境に用事もないのにクラリスに近づくなよ」
「……ああ」
双方は納得したので俺が場を整える。
放課後、担任に許可を取り訓練場を借りる。
「じゃあ、もう一度確認する。オルド、これが終わったら用もなしにクラリスに近づくな」
「ああ!」
オルドはノストニアでの報酬でもらった籠手をはめて戦意を上げている。
「クラリスも気をつけろよ」
「ええ」
両者が十分な距離を取ったところで始まりの合図を上げる。
「ではこれより模擬戦を始める、もし殺しに発展しそうな場合は勝負に関係なく止めに入るからな」
万一のために反対側にリンとセレナを配置し、『始め』と告げる。
「『刃布の舞服』」
「『戦鬼化』」
両方とも即座に技を使用する。
クラリスは衣装が代わり、オルドは全身から赤いオーラを発する。
「はぁ!」
「ぬん!」
クラリスの袖がオルドを切り裂こうとするが、オルドは真下をスレスレで滑り込むと両手に地面を着けると顎を狙って蹴りを放つ。
「くっ」
振るってないほうの腕でガードするのだがクラリスは衝撃を受け止めきれずそのまま吹き飛ばされる。
「痛いわね!!」
今度はクラリスは独特の構えをとる。
「『黄ノ演舞』」
クラリスの衣装に黄色の文様が描かれていく。
「しゃ!」
オルドは真正面から突撃をかける。
「ふっ」
袖を縦に振るうが、オルドはそれを大きく回避し、クラリスに再び殴り掛かる。
「っ~~~~」
クラリスはまた腕でガードをするが、その光景に違和感を覚える。
(技が発動してない?)
本来なら『赤ノ演舞』同様何かしらの効果が表れてもいいのだが。
(運がいい?それとも知っていた?)
技の内容を知っていたのならあの対応も納得だが、俺も初めて見る技をオルドが知る機会などはないはずなのだが……。
ヒュン!ヒュン!
何度も袖を振るっているが、すべてを大げさに回避し、カウンターを決めていく。
「っ、なんでよ!!」
(あ、バカ)
思わず頭に血が上ってしまったのだろう。クラリスは大きな隙を見せてしまった。
「『鬼王拳・破』」
「っ!?『羽舞』」
技が発動されたと同時に大きく砂ぼこりが舞いあがる。
砂ぼこりが収まると吹き飛ばされて動けないクラリスと、いまだに赤いオーラを纏っているオルドがいる。
「そこまで、勝者オルド」
「よしっ!!勝った!!」
審判の役目として勝敗を告げる。
「はぁ、負けた」
クラリスは楽な体制になり寝転ぶ。
「ああ、大丈夫だ、クラリスにはまだまだ伸びしろがあるぞ」
「そう………ありがとね」
オルドの上から目線の言葉を気にせず勝算を受け取り綺麗に終わった………はずなのだが。
「………え?」
オルドのこの一言が不自然に響き渡った
「なによ?」
「そ、れだけ、か?」
オルドから出たのはまるで今にも魂が引き抜かれそうになっている者の声だ。
「何よ、まだほかに何か欲しいの」
何かおかしいのですぐに動けるように二人に近づく。
「違うだろう!本来なら!!!」
「そこまでだ」
俺が止めに入ったのを見てクラリスは気力がなくなったのか眠るように気絶していく。
クラリスに詰め寄ろうとしているオルドの肩をつかみ、止める。
「邪魔すんな!!!」
裏拳が飛んでくる。それを腕で防ぐのだが。
ぎしっ
(重いな)
『戦鬼化』したオルドの拳はぎりぎり受け止められるかぐらいだった。
「違う!違う!なんで、本来のと違う!!!!!」
俺のことは眼中になくクラリスに近づこうとする。
さすがにこれ以上はまずいので俺もユニークスキルを発動させて強引に動きを止める。
「放せ、殺すぞ」
オルドが濁った瞳で見据えてくる。
「やってみろよ、雑魚」
ブン!!!
掴まれていないほうの腕で殴り掛かってくるが、即座に腕を放し逆に蹴り吹き飛ばす。
「がはっ!?」
とりあえず距離はとれた。
その間にクラリスの容態を確認する。
(気を失っている、腕に過度のダメージあり、たぶんだが内臓にまでダメージが出ているだろうな)
クラリスの体を確認しながら診断する。
「仕方ない『慈悲ノ聖光』」
バベルを取り出し、クラリスの傷を癒してやる。
ダッダッダッ
「オラ!!」
『慈悲ノ聖光』は無差別の回復させる技、なので吹き飛ばしたオルドすらも回復させてしまう。
だが、問題はない。
「させません」
キィン
声とともに澄んだ金属音が聞こえる。
「縛っちゃって!」
少し離れた場所からもう一つの声がする。
「くそがっ!!!」
オルドは周囲の土が触手となり雁字搦めにされる。
「リン、クラリスに治癒を」
「はい」
リンがそばによると、腕輪である『ユニコーンリング』が輝き、クラリスの傷が消えていく。
「セレナご苦労」
「はい!」
セレナは精霊魔法を維持してもらいオルドを拘束してもらう。
「さて、どういうことか事情を聴こうか?」
「お前か!お前のせいでシナリオが滅茶苦茶になっているのか!!!!」
この言葉を聞くと同時にセレナと俺の動きが止まる。