やっぱり早まったかもしれない
クラリスとの会話が終わっても、王としての宣誓が続いている。
そして長々と続き、最後には。
「では最後に神樹に祈りを」
アルムは手を振るうと背後に4体の精霊が現れる。
紅いのオオトカゲ、深い青色の人魚、腕が翼になっている翠の子供、土で出来ているカラーコーンのような物を被っている小人。それらがアルムの背後でたたずむ。
『なんじゃそろそろ、アレが始まるのか』
なぜだかイピリアもいつの間にか肩に乗っていた。
「あれとはなんだ?」
『説明はあとじゃ次の言葉とともに魔力を全部わしに渡せ』
「は?」
『いいから、悪いようにはせんから』
すぐさま返答に困ったが、何か危険なことがあるわけでもないと判断する。
「神樹よ永久に!」
『『『『『『『『『『永久に!!』』』』』』』』』』
だがそんな暇なくアルムの宣誓に広場にいる民衆が復唱する。そして人族である俺にも感じられるほどの魔力が放出された。
『儂らもほら!』
「あ、ああ」
押し切られたような気がしなくもないが、とりあえず俺の持てうる限りの魔力をイピリアに注いでやる。
『来た来た来た!』
「おい何が」
起きたのか、と聞こうとするとさきほど肌にひしひしと感じられた魔力が瞬時に消えていく。
そして
リィィィィィィィィィン!!!!
先ほどよりも一際大きく音が鳴り響くと同時に、神樹が咲かせていた花が紅、蒼、翠、黄銅色、黄色、白、黒と様々な色に変わっていく。
『じゃあ行ってくるぞい!!』
返答する間もなくイピリアは空に飛び立っていく。
ほかにも視線をやれば動物の姿をしている精霊が次々に空に、もっと言えば神樹の花に向かって飛んでいく。
もちろんその中にはアルムと契約しているあの四体もいた。
視線を神樹に戻すとすべての花びらが変色した花から、花弁が散り、実ができていく。
(神樹の実か?だがそれにしても)
統一感がない。実はメロンだったり、ミカンだったり、リンゴだったり、あるものは見たことがない形の実をなしている物すらあった。ほかにも形も違えば色も違う、赤だったり蒼だったり、黄色だったりと千差万別だった。
急速に実を成し、萼から零れ落ちるように落下していけば、様々な精霊が落下していく実に向かって一目散で駆け寄る。
中には精霊同士の奪い合いも始まっている。
『戻ったぞ』
そんな光景を見ていると、いつの間にかイピリアが戻ってきていた。
『ほれ、これを食え』
イピリアは手に持っている花弁と果実を渡してくる。
「これは?」
『花弁と神樹の実じゃよ』
詳しく聞くと、花弁は様々な用途に使えて、果実には膨大な魔力が詰まっており、食べると最大MP値が上昇するの代物だとか。
「イピリアが食わなくていいのか?」
魔力が詰まっているのならイピリアが食べて回復すればいいと考えたのだが。
『阿呆、儂は精霊、つまりは霊だ、果実を食べるわけなかろう』
実体化して食うことはできるが、それは取り込んでいるのではなくただ味を楽しんでいるだけで取り込むことはできないという。
「では、ありがたくいただくよ」
魔力の最大値を伸ばす果実など万金を積んでも手に入る代物ではない。遠慮なくいただくとしよう。
『うむ、これでよりお主の魔力は澄んでくるはずじゃ』
俺は受け取ったのは金色のサクランボだ。
「ほらよ」
サクランボは二つ、ついているので片方をクラリスに渡す。
「え?!ちょ」
驚いているクラリスを尻目に一つの実を口の中に放り込む。
(見た目はサクランボなのに味は檸檬かよ)
なんか騙されている気分だが、おいしいことに変わりわない。
『じきに効果が表れるだろう』
イピリアは満足そうにうなづいている。
「食べないのか?」
「……………ありがたくもらうわ」
問いかけると遠慮しながらもクラリスは口に入れる。
空を見るとほかの精霊も花弁や実をもって契約者の下に戻っている。
中には双方をとってこれなかったのか落ち込んでいる精霊もいるが数が限られているから仕方がない。
ちなみにアルムの精霊たちはそれぞれ一つずつ実をとってきていた。
「ではこれにより生誕祭を終了する」
文官のエルフの一言で祭りは締めくくられた。
「どうだった?」
「楽しかったさ」
「そう、よかったわ」
クラリスの言葉で生誕祭は終わりを告げた。
翌朝、本来なら帰国の準備やあいさつ回りに忙しくなるはずだったのだが、俺は朝早くからアルムに拉致られ城の一室にいた。
「で、急にどうした?」
「いや~バアルも契約できたって聞いたから、どんなのか見てみようと思ってね」
肩をすくめながらイピリアに出てくれ、と伝える。
『なんじゃ?まだ眠いんじゃが』
出てきたイピリアは頭の上で仰向けに寝転がる。重さは感じないのだが、何となく腹が立つ。
「こいつだ」
「へぇ~中級精霊か、どう?知り合い?」
アルムがつぶやくと俺を囲むように四体の精霊が姿を現す。
「まずは紹介するね、僕と契約している精霊さ」
まず、紅いオオトカゲは火の上級精霊“不滅の焔”。
『よろしく、人族』
次に深い青色の人魚は水の上級精霊“静かな漣”。
『よろしくね、人の子』
腕が翼になっている翠の子供は風の上級精霊“踊る疾風”。
『よろしくね~』
最後に土で出来ているカラーコーンをかぶっている小人、正体は土の上級精霊“遍在の大地”。
『…………』ペコリ
この四体の精霊がアルムの契約精霊だ。
「そういえば複数契約している場合は精霊王はどうなるんだ?」
一つ気になっていることを聞いてみる。
「簡単さ、契約している上級精霊全員が精霊王となるんだよ」
つまりはここにいる全員が王級となったらしい。
そしてその四体だが
「………どうした?」
四体の精霊は俺のことを、もっと言えば頭にいるイピリアを凝視している。
『『『起きろ爺』』』『……』ビシッ!
四体の思念が響いてくる。
『うっさいの~』
思念を受け取ったイピリアは眠そうな思念を飛ばしながら起き上がる。
『…………ああ、四バカかどうした?』
この思念が響くと何やらすごい圧が感じられる。
「おい、仮にも精霊王なんだからある程度は敬意をもって接しろ」
『それじゃあおぬしも敬意をもって接しろ、儂は四度精霊王になったのじゃぞ』
俺にまで被害が及びそうなので注意をするが、聞き入れる気はないらしい。
「知り合いなのか?」
『遺憾ながら』
『残念ですけど』
『はぁ~』
『………』(頷こうとするが頷きたくない)
四精霊を見ると微妙な反応が返ってくる。
『なんじゃ?昔はよく遊んでやったろうに』
イピリアは懐かしそうに目を細める。だが四体はわかりやすいほど表情を歪める。
「反応がおかしいのだが?」
『照れているんじゃろう』
そんな反応には見えない。
すると不滅の焔は器用に手招きして俺を呼ぶ。
『実はな―――』
アルムと契約しているこの四体は同時期に生まれた精霊なのだが、その時にはすでにイピリアは存在しており、年齢としては約300歳違いだという。
『だから俺たちはあの人のことを爺と呼んでいる』
「そうですか、それでなんで苦手そうにしているのですか?」
『それはな―――』
一言でいうとイピリアは変人(変霊?)らしい。
『普通に上級精霊なのに当時の精霊王にケンカを売ったり、聖獣の子供をおちょくって親の怒りを買っていたし、一時期は精霊王としても働いていたが、神樹に勝手に指示を与えて土地の豊かさを邪魔したり天候を壊したりと、やりたい放題』
この話を聞いてくるとDQNというワードが頭をよぎる。
『実力はあったから消滅はしていなかったが相当厄介な存在だった。かくいう俺も何度もいたずらされて迷惑していた』
「…………」
契約するの早まったかもしれない。
領地で下手に雷とか落とされたら山火事にでもなりかねない。そうじゃなくても下手に天候を操作されればろくに作物が実らない可能性すらある。
『それで仕方なく、遠方の地にうまく住まわせることができたのですが、いつの間にか無くなっていて』
『ある意味消えて安心したから下手に捜索なんかもしなかったしね』
横からウンディーネとシルフが会話に加わる。
『さすがに今の状態なら私らでも抑えることはできるから問題ないけど………神樹の外に出ると何をやらかすかわからないわよ』
なるほど、イピリアがエルフではなく俺と契約したのはこのためか。
ノストニアで好きにやろうとすると力が落ちた状態だとすぐに押さえつけられてしまう。なら力が戻るまでは抑える存在がいない場所に行こうということだろう。
『安心しろ人の寿命ほどなら全盛期までの力は戻ることはない、何かあったらここに連れてこい、抑えてやるから』
なんとも頼もしい。
『話は終わったかのう?』
『ああ、爺俺たちがいる間変なことをするなよ』
『わかっとるわい』
とりあえず精霊たちはイピリアに釘をさすと消えていく。
「はぁ、なんだかすごい存在みたいだね」
『じゃろう、小僧、儂を敬ってもよいぞ』
「…………」
胸を張るイピリアの心象はだいぶ変わった。もちろんいい方向ではない。
「とりあえずこいつは置いておいて、俺を呼び出した本当の理由は?」
新しく森王になった存在が忙しくないわけない、俺の精霊を見たいというのは方便だろう。
「そうだよ、僕から君に頼みたいのはグロウス王国の内情を話してほしい」
堂々と情報をよこせという。
「もちろん見返りも用意するよ」
アルムは紙に包まれた果実を取り出す。
「これは?」
「鑑定してご覧」
お言葉に甘えてモノクルで鑑定する。
―――――
神樹の果実・翡翠
★×6
【魔力染色】【魔力拡張】
一年に一度、神樹にささげられた魔力を栄養に生まれた実。ささげられた魔力により色が変わる、自身の色を理解している物には多大な恩恵が生まれるであろう。なお色を理解していないものは苦痛が与えられる。
―――――
翡翠色のほかに紅色、深青色、焦茶色とそれぞれ違うものがある。
「【魔力染色】と【魔力拡張】か」
「その通り、『魔力拡張』は食べた者の魔力を増やしてくれる」
「なぜ俺に?アルムが食えばいいだろうに」
その言葉にアルムは肩をすくめる。
「実はそれができないんだよ」
「どういうことだ?」
「理由はもう一つが関係している」
説明によると『魔力染色』とは魔力の属性を強制的に変えてしまうものらしい。
「同じ色の場合はただ魔力が増えるだけで変化がない、むしろ今までより魔力の質が上がる」
多くの恩恵を得られるのだが自身と全く同じ色の果実を見つけるのは難点だという。
「反対に全く違う色の果実を食べたとしよう、その場合は魔力は増幅するのだが、根本の魔力が書き換えられていく」
そのため契約していた精霊は全く力を出せなくなり、果ては契約破棄されることもあるのだとか。
なので精霊は自身にあった色合いを確保し、契約主に食べてもらうという。
(あれだな、家畜の肉質をよくするのに似ているな)
思わずその光景が頭をよぎる。イピリアが魔力を食料と例えるのも納得のイメージだ。
「それにあれ、めちゃくちゃ痛いんだよ」
「どれくらい?」
「…………体を切り開かれて内臓を無造作にかき混ぜさせるような痛み」
やけに具体的な答えが返ってきた。
「……体験したのか?」
「……………一度だけね」
だがそのおかげで四体と契約できたという。そしてここで一つの疑問が浮かび上がる
「アルムはどんな色なんだ?」
「僕?僕は赤、青、緑、茶の四色持ちだよ」
「四色?」
アルムの言葉が意味が解らない。
クラリスの言葉では魔力は全身から噴き出る色付きの蒸気と捉えている。その場合なら通常は一色でしかないはずだ。
「たまにいるんだよ色が混ざらず、複数の魔力を持っているエルフが」
まず体から何色も魔力を持っている場合は、何色をも使いこなすことができる。アルムの例だとしたら右手から赤い魔力、左から青い魔力といった風にだ。こういったことができる故に複数の精霊と契約することがあるとのこと。
もちろん色持ちは数が多くなればなるほどより希少性が高い。
「利点はあるんだけど、その分欠点もある。それが神樹の実で魔力を伸ばすことはできないことさ」
それからの説明を聞くと、絵をかくときのパレットに似ていた。
パレットが何枠あるかで色の数が決まり、そこにある色が使える色だと思ってほしい。
例えば緑の神樹の実を食べたとする、その場合は【魔力染色】が作用してしまいパレットのすべての枠に緑色型されて変色する。
精霊は今ある色を伸ばしたくて神樹の実をとってきているのにそれを全部食べてはせっかく最適な色になっているのにほかの色を混ぜることになる。これが一体を優先するなら食べても何も問題ないのだが、それをしてしまえばに他三体が離れていく可能性がある。かといって四つすべてを食べたりしたら、すべての色がおかしくなってしまうわけでさらに意味がない。
「だからこの比重を崩したくないんだよ」
ちょうどよく調和した状態に色を加えてしまえば、せっかくの精霊が使えなくなるかもしれない。だからアルムは精霊がとってきても食べることはできない。
「これが父さんみたいに一体の精霊だったら関係ないんだけどね」
なのでアルムは食べることができず、これに使い道がない。なので魔力の質を気にしない人族の俺に売りつけようとしているわけだ。
「じゃあ部下に下賜すれば?」
「いや、主だった部下はすでに確保しているんだよ」
部下は部下で各々実を得ている、そこに下賜しても意味がないらしい。
「だけど人族からしたら魔力比重なんて気にしないでしょ?」
「たしかにな」
精霊と契約しようと思わなければ、食べれば魔力が上がる実でしかない。デメリットを一切受けずにメリットだけを受け取れる、それもレベルアップではない方法で最大魔力量を増やせてしまう伝説の果実だ。
「それで何が聞きたいんだ?」
契約できないデメリットを考えても魔力量を伸ばす神樹の実は破格のアイテムだ、逃す手はない。
「グロウス王国で第一王子と第二王子が争っているといったでしょ?その具体的な背景が聞きたい」
少し考えこみ、話しても問題ないと判断する。
「(そういえばリンにも聞いたっけな)どうして後継者争いが起きているんだと思う?」
「それを聞いているんだけどね……………第一王子が生まれてからユニークスキル持ちの第二王子が生まれた?…………違うね、それだったら第一王子が第二王子を取り込めばいい話だ」
リンと同じ答えを出そうとするがすぐに修正する。
「無理!情報が足らないよ」
まぁ俺がアルムの立ち位置でもギブアップするだろうな。なにせあまりにも情報の断片が少なすぎる。
「正解はだな―――」