貴族子弟との交流
「初めましてバアル様、私はルガー・セラ・ニウールビ、ニウールビ伯爵家当主を務めています、そしてこの子が」
「どうも初めまして、ニウールビ伯爵家長女、アンリ・セラ・ニウールビと申します」
まず最初に挨拶してきたのは紺色の髪が特徴の親子でニウールビ伯爵家の当主とその令嬢だ。
父親は長い髪をしておりやり手の雰囲気を見せ、令嬢の方は長い髪をストレートで下ろしておりミステリアスな雰囲気を醸し出している、年は少し上だろう。
「(たしか南西の方角の家だったな)初めまして、私はゼブルス家嫡男バアル・セラ・ゼブルスです。若輩者ですが、よろしく」
「こちらこそよろしくお願いします。陛下もお認めになる俊英とお近づきに慣れて光栄です」
最初は少し意外そうな顔になってから、父上に接している笑顔になる。
「アンリ嬢もよろしく頼む」
「ええ、もちろんですわバアル様」
既に社交界に出回って慣れているのでお互いに無難なあいさつを交わす。
そして父上がわざわざ紹介してきた理由、それは同年代との交友を深めろという意図だろう。でなければわざわざ紹介などはしない。
(俺にこの間の件で箔がついたから、恐れるよりもお近づきになりたい奴らが増えたんだろうな)
父上も少し前まではこうやって紹介などはまずなかった。
「しかし、ニウールビ領ですか、エールが大変人気だと聞いています」
「おや、バアル様の耳にも入っているとは光栄でございます」
「もちろん、我が領地の小麦をよく使っているそうなので、我が騎士たちも絶賛してました」
ニウールビ伯爵家はエールの生産地で有名、しかもその原料である大麦は大部分がゼブルス家の領地から取れたものを使っている。
つまりは友好的になって損はない相手だ。
「ただ、私は自身で飲むことはできないので伝聞のみなのですがね」
「では、成人したい際にはその年一番のエールをお届けいたしますよ」
「それはありがとうございます」
無難な会話を一通り続けると二人との顔合わせはこれで終了して、次の親子に移る。
「初めましてバアル様、アーヴォの土地を賜っています、バサルガ・セラ・アーヴォと申します、それでこちらが」
「バサルガ・セラ・アーヴォの長男、ウラキン・セラ・アーヴォといいます」
次に紹介されたのは茶色の髪に浅黒い肌をした親子だ。
「(アーヴォと言えば港町を持つ伯爵家だな、場所も南西側にある)初めまして、バアル・セラ・ゼブルスです。アーヴォリア港のことは聞き及んでいますよ」
アーヴォリア港は南部有数の港町でクメニギスとの交易を盛んに行っている。
「これはうれしいですね、もしご入用の時は声をお掛けください」
「ええ、その時は頼みます」
さらに次の人物を紹介される。
「初めまして、バアル様。自分はクント・セラ・ジュラードといいます。ジュラード領と伯爵の位を賜った者です」
挨拶に来たのは灰色の髪をした壮年の男性。
「それとこちらが我が娘のロゼッタです」
紹介されたのは灰色の髪を短くしている少女だ。
年齢は俺よりも年下そうで、アンリ嬢とは裏腹に穢れがない純粋そうな少女だ。
「ろ、ロゼッタ・セラ・ジュラードでしゅ!!」
ロゼッタは緊張したのか噛んでしまった。
そしてそれが恥ずかしいのか赤くなりうつむいている。
「かわいいお嬢さんですね」
「!!!」
「ありがとうございます、我が娘は緊張しているようですので大目に見てやってください」
それから程よく話をする。
「ジュラード領の石材は良質のものが多いので助かっています」
ジュラード伯爵領は南東に位置して、大規模な鉱床などは無いのだが良質な石材が良く採れる。利益は鉄などよりは低いとはいえ、需要は十分あるのでかなり儲かっている領地だ。
「ゼウラストの道路に石畳にしたので助かっています」
「都市すべての道路をですか?」
「ええ、おかげで荷物の運搬が楽になりましたよ」
「ほぅさすがですな」
「ほかの町も同じような計画を立てていますので、その際はクント殿に頼むかもしれませんね」
「その際はぜひ、バアル殿の頼みであれば多少の値引きは約束しましょう」
こんな感じにジュラード伯爵との会話は終わる。
「初めまして、バアル様」
次に紹介されたのは成人したてぐらいの青年とそれを幼くした少年だった。
「失礼だがあなたは?」
「私は、ルイアル伯爵領を納めている、ウシルア・セラ・ルイアルと申します」
ルイアル伯爵領は南東部に位置する。漁業が盛んな領地でもあり、礁湖や潟湖などが多く存在する観光スポットでもあった。この領地は港もあるがどちらかと言うと観光地として有名だ。
「そちらは?」
「じ、自分はルズニ・セラ・ルイアルと言います」
先ほどのロゼッタ嬢ほどではないが緊張しているようだ。
「ご子息……ではないですよね?明らかに年が近いですし」
「そうです、私とルズニは兄弟です」
そう言って弟の頭を撫でるウシルア。
「そういえば、奇妙な噂を聞いたのですが」
「……奇妙な噂?」
ウシルアは突然こう切り出してきた。
「実はネンラールのさらに東の国の話なのですが」
「さらに東……となると戦乱状態になっている東方諸国ですか」
ネンラールのさらに東には無数の小国ができており危険な土地だと報告を受けている。
「はい、そしてそのうちの一つの国でクーデターが起きたのはご存じですか?」
似たような話をルナから聞いていた。
「噂で聞いたな、詳しくは知らないが確か齢12歳がリーダー、いや、今は13歳だったはず」
「その噂です、国はアジニア皇国といい、東方諸国の一つです」
「で、その国がどうした」
ウシルアは近づき耳打ちしてくる。
「実はその国では魔道具らしきものが出回っているのです、それもイドラ商会とは別の」
「ほぅ」
「それも何やらジュウと呼ばれるもので武器の魔道具ですよ」
このとき俺は楽観視してこの話を聞いていたのだが、この一言で固まった。
「……………なるほど、話してくれて助かる」
「いえいえ、では申し訳ありませんがほかの者に挨拶に行かねばならないので」
「ああ、今後もよろしく頼む」
そう言うとウシルアはほかの人のところに挨拶に行った。
(……………とりあえず、この件は後々調べることにするか)
思わず長考しそうになるが今はパーティーを無事に終わらせることを優先する。
「あの、バアル様、もしよろしければ少しお話しませんか」
いつの間にか後ろにはアンリ嬢が立っていた。
「いいですよ」
ちょうど話し相手がいないのでアンリ嬢の案に乗る。
「できれば自分もいいですか?」
「わ、私も」
「ぼ、僕もいいですか?」
さらには先ほど紹介された3人も加わる。
それから武芸や歌、演劇の話をして親睦を深める。
「それにしても、噂は当てにならないですね」
話をして気が楽になったのかロゼッタが話題を振る。
「噂?」
「ええ、バアルさまはご自分が『破滅公』って呼ばれているのをご存じですか」
何でもないように言うロゼッタに残り三人は固まる。
「も、もちろん馬鹿にしているわけではないですよ」
「それはわかる」
慌てて否定をしてくるロゼッタ。ワタワタしている姿は年相応だ。
「……気にしてないのですか?」
アンリが俺の様子を見ながら訪ねてくる。
「別にな、それどころか恩恵があるからな」
「恩恵ですか?」
今度はウラキンが疑問を投げつけてきた。
「ああ、お前たちは俺が破滅公と言われて怒ると思うか?」
「え、怒らないのですか?」
ルズニが顔色をうかがいながら聞いてくる。
「なぜ怒る?面倒ごとが減っていいじゃないか」
こういうと4人は意外そうな顔になる。
「いいか、俺達上流階級にはいろいろな思惑を持って近づいてくる奴らばかりだ、だが俺は悪名のおかげで変な思惑を持つ奴は近づかなくなっている」
アンリとウラキンは納得しているけど、ロゼッタとルズニはなんとなくしかわかってない。
「悪名は何も悪いことばかりではないということだ」
そろそろ話題を変える。
「そういえばみんなはグロウス学園に通っているのか?」
「ええ、私は今年で中等部へ」
「自分は中等部2年です」
「わ、私は来年入学します」
「ぼ、僕は今年で初等部三年になります」
三人は年上で、ロゼッタだけ二つ下のようだ。
「へぇ~では―――」
そこからは中等部の様子や学園行事で何とか合間を繋ぐ。
「そういえば、バアル様は婚約者はいないのですか?」
ふいに思ったのかロゼッタがそんなことを聞いてくる。
そして3人が固まるのがわかる。
「今はいないな」
「なぜですか」
「まだまだ勉強があるからな、当分は婚約などはしないだろう」
ここは無難に返す。
「でしたら私なんてどうですか」
ここでアンリが自分を売り込んでくる。当然ながらゼブルス家と言う家名の価値はこの場にいる全員が理解している。
「うれしい誘いだが、今は断らせてもらう」
今は受け入れる可能性がないことを伝えるがアンリはめげない。
「では、時期が来たら考えてくださいますか?」
「……時期が来たら考慮しますよ」
とりあえずこの場をやり過ごす。
「ウラキンとルズニはどうなんだ?」
とりあえず二人に話を振る。
「自分はいますね」
「残念ながら僕は……」
ウラキンはいるようだがルズニはいない。
(領主の弟という微妙な立ち位置だとこの年で婚約は無いか)
出来ても家臣の中からで、他家の令嬢と婚約を結ぶのは難しいだろう。
「二人は?」
今度は女性側に尋ねる。
「私は弟がいますので、探している途中ですね」
「わ、私は姉が3人いるので放置されていますね」
アンリは長女だが既に嫡男となる弟ができたので選択肢が広がる。
ロゼッタは四女なので別にそこまで焦る必要がない、同格の家の側室でもいいし、手柄を立てた家臣に下げ渡してもいい、もしくは家格の低い家に嫁いでもいい、さらには豪商の家に嫁いでもいい。
「みなさん、こういう話をするんですね」ボソッ
後ろでリンがそうつぶやく。
「そうか?普通だと思うが」
「そうは思えません、まだ成人していない人物がこういったことの話題に明るいことが異常だと思いますよ」
確かに普通の子供がこんな話をしている時点でいろいろとおかしい。
だがそれは普通の子供ではないなら話は簡単だ。
「一つ聞くが全員【算術】のスキルは持っているよな」
これには全員が頷く。
「えっと、それがどうしたんですか?」
リンが急に始まった話題の意図がわからず聞いてくる。
「知らなかったのか?【算術】のスキルは考える力を増やすスキルだ」
【算術】というスキルは貴族にとって必須のスキルだ。
このスキルの特徴は計算が速くなる効果がある。ただここでいうのは計算が速くなるというのは副産物に過ぎない。【算術】の真の効果は知能指数の上昇、つまりこのスキルの数値が高ければ大人同様の思考が可能になる。
普通ならINTが頭脳に関係しそうだと思いそうだが、あの超常の存在は、INTは記憶力、情報処理能力に関係しているだけで知能指数はあまり関係ない、と言っていた。つまり知能指数に関係するのは別の要因があり、それが【算術】というスキルだった。
貴族世界で【算術】を持つ子供が大人と対等に話し合う光景は珍しくない。現にユリアは【算術】が進化した【策略】、俺とエルドはさらに上の【謀略】を持っている。それゆえに大人のような思考をして当然という風に捉えられる。
なので俺が前世の記憶があり、子供らしくない行動をしても何もおかしくなかった。
(おかげで黒歴史を作らなくて済んだな)
大人の精神で子供の真似は精神的苦痛がある。それを回避する言い訳があって、この時は神に感謝したぐらいだ。
「だから、普通の貴族は子供のころから【算術】を得られるように教育する」
もちろんすべての家がそうとは限らないが、ほとんどの家がそのような方針を取っている。
「証拠に、俺は領地の政務に関わっているし、エルドは大臣の手伝いをしていると聞く」
「なるほど」
リンは俺の説明で納得する。




