第八話
帰り道、彼女は行きと比べてずいぶんと静かだった。前に行ったり後ろに行ったりもせず、隣を歩いてくれている。
「どうかした?気になることは大体解消できた?」
そう尋ねると彼女は少し考える素振りを見せて答えた。
「ううん、まだまだ沢山あるよ。でも今はさっきボロに教えてもらったことを思い出してるの。また思い出せるようにね」
「そういうことか。大丈夫だよ。もし忘れたらまた教えるなり、思い出させてあげるさ」
「うん――そうだね」
半分冗談のつもりでかけた言葉だったけれど、同意してくれた彼女の声の調子は至って真剣なものだった。彼女の考えていることに対して軽口を叩いてしまったか不安になる。
そしてその不安をごまかすためにとっさに思い出したように口を開く。
「そういえば、レイはどこから来たのか思い出せた?これだけ色々見たら、何か共通点とか、ひっかかるものがあってもおかしくないかなと思ったんだけれど」
彼女はまた考える素振りを見せる。その僅かな間に耐えられない自分はそのまま言葉を付け足す。
「――無理に思い出せってことじゃないから、あまり気にしないで」
その言葉に作り笑いを付け加えて早々にこの話題を終わらせてしまおうとしていたとき彼女が答えた。
「どこからか――は分からないの。居たところはぼんやりと分かるんだけど……」
彼女は特にこの話を嫌がっている訳ではなかったことに安堵した。
「居たところ……それはどんなところだった?」
「白くて、ここみたいに広くなくて、静かなところ......ずっとそこに居たの。でも、色々なことやものがあることは知ってたよ」
彼女の答えはとても曖昧で、場所の特定なんでまるで出来なかった。どこぞのお嬢様なんて可能性も消え失せたように思う。それに声色こそ明るいものの、嫌がっている訳ではなさそうなものの、さっきよりも彼女の笑顔が曇って見えた。無理をしているような、させてしまっているような気がした。
そして自分は、幼い頃に読んだことのある物語を話題に出した。またごまかすようにおどけながら。
「なるほど。では君はもしかしたら異世界から来たのかもしれない。昔、小さい頃に読んだお話でそういうのがあるんだ。異世界のお姫様が空から降りてきて、主人公と協力して悪者をやっつける物語」
「異世界?」
「そう。ここじゃないどこか別の世界。時間も人も物も、いろんなことが全然違う場所」
こんなおどけながら人と話をするのなんていつぶりのことか。ちょっとは上手く明るい雰囲気にできたか彼女の様子を伺う。
彼女はくすりと笑った。
「異世界――か。そうかもしれないね、ここは本当にわたしが居た場所とは全然違うもの。うん、そう。わたしはきっと異世界から来たんだ。じゃあ、ボロと悪者をやっつけないと!」
「ということは――主人公に選んで貰えたってこと?ありがとう……。それなら悪者をやっつけるためにも、早く戻って腹ごしらえしないと」
二人して声を上げて笑った。彼女の笑顔にはもう曇りもないように思えた。自分自身、作り笑いでもなく上辺の笑みでもなく、鈍っていた心の芯から笑っていた。
それからまた彼女の口数は減り、彼女はきっとまた色々なことを思い出しながら歩いている。自分もさっき笑った心地に喜びを噛み締めながら歩く。言葉数は少なくても、さっきよりも落ち着いていられた。




