第七話
それから改札を出て駅を離れると、いつも深夜に一人で通る道までやってきた。人の多い通りから外れた、街灯も決して多くない道。古い町並みの残るこの辺りは嫌いではなかった。現代の人工物ばかりでは電車のときとまではいかずとも、気疲れしてしまう。
彼女は自分を変に気遣うこともなく自分の後ろに行ったり、前に行ったり、電車に乗る前のように辺りのものに夢中な様子だった。特に野良猫を見かけたときはより一層と目をキラキラさせていた。
そして自分の口から言葉がこぼれた。
「――ボロボロだ」
自分で認めていなかっただけで、自分はそうなんだと思った。認めるのも怖かった。けれど彼女の優しさや純粋さに触れるたびにそう思うようになっていた。自分が劣っているとかではなく、ただそう思った。
「ボロ?」
突然前を歩く彼女が振り向く。ちょっと驚いたような、少なからずさっきまでのいろいろなものを珍しがり目を輝かせていたときとは雰囲気が違った。けれどその瞳には違う輝きを灯しているように思えた。
「くたびれて傷んでいるってことだよ」
彼女の言い方というか、発音だとこぼれ落ちるほうのボロボロだと思ったが、ここまでに彼女から受けた質問に対して答えたときと同じような調子で答える。しかしどうやら彼女は言葉の意味を知りたかったわけではないようだった。
「君は――ボロなんだ」
それでも何かが腑に落ちたのか彼女は微笑む。そしてそのまま続けた。
「……君のこと、ボロって呼ばせて?」
自分の本名とは全然違う。でも自分だって彼女のことを勝手な名前で呼んでいるのだ、断る理由がなかった。
「もちろん。……俺が、ボロだ」
自分が少し口角を上げてそう返すと、彼女は満面の笑みを浮かべた。そしてまた前を向いて歩きだした。辺りは昼間のような明るさも、強く照らす明かりもないというのに彼女の笑顔は輝いて見えて、はっきりと記憶に焼き付けられた。
それから彼女は自分に向かってボロと呼んでは笑ったり、今までみたいに街のことを聞いてきた。しかし違うのはそれまでよりも自分の様子をみているように思えることが増えたことだ。少し気恥ずかしく思えた。
やがて目的地に到着した。
自分は料理に関する腕があるわけでもなく、いつも出来合いのものをまとめて購入して家で温めて食べるという流れで過ごしていた。彼女はどういうものを食べるのか気にかかり尋ねてみることにする。
「レイはどういう食べ物が好き?それを買おうと思うから持ってきて」
分かったと返事をくれるや否や彼女は商品を眺め始めた。そしてざっと見終えたあとに自分に尋ねてきた。
「ボロ。ご飯はどこにあるの?ご飯の写真の箱と袋しかないよ」
彼女のどこか浮世離れしている様子はかなり箱入りのお嬢様なのかという疑問も浮かばせる。確かに彼女の言う通り、置いてあるものは大体保存を効かせるために密閉されて直接料理は見えなくなっている。
彼女からふざけている様子はかけらも感じられないので、疑問に答える。
「その箱や袋に入ってるんだ。美味しそうな写真を選べばいいんだよ」
「わかった」
そういって彼女が選びに戻る。香りなんてしないのに商品の香りを嗅ごうとしていた。結局選んできたものはハンバーグやクラムチャウダーなどだった。食べ物の好みは意外と普通なことに和まされた。
そしてそれに加えていくつか食べ物を買い足し、飲み物や適当な歯ブラシなども選んで会計を済ませる。
今日あの時あの川で自ら命を絶とうと、逃げ出そうとしていた自分がその日のうちに、命を繋ぐための食べ物をこうして買っていることが夢うつつのように感じられた。まるで何かのお話の登場人物にでもなった気分だった。
二人分の買い物を多めにしたので割と結構な量になってしまった。大して重くない方を彼女に渡して運ぶのを手伝ってもらい、店をあとにする。




