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第二十一話

 次の日の朝、目を覚ますと、彼女はもうリビングのいつもの場所に座って飲み物を飲んでいた。自分は想像以上にぐっすりと眠れたようだった。身体も頭もスッキリとしていて心地よかった。


「おはよう、レイ」


「おはよう。今日はわたしが飲み物用意しておいたよ」


 最後の一日。そう思ってしまうとやけに大げさな気がする。それでも、昨日よりも心は穏やかだった。


「ありがとう。早速もらうよ」


 彼女が用意してくれた飲み物を口にする。


「うん、おいしい」


 そうやって味わっていると、先に飲み終えていた彼女は前に貸していたライカを持ってきた。そのままリビングの窓際へ向かうと、部屋の外ではなく中の方へ振り返り、構えた。そしてシャッター音が聞こえた。電子音ではないカメラのシャッター音というのもキレイなものだった。


「部屋を撮るなんて珍しいね。俺のことも撮ってよ」


「大丈夫」

 

「――もったいない、今ならすっごく良い表情で写ってあげられるのに」


 わざとらしく少し大げさに言った。実際に冗談だったけれど、以前の自分と比べたら本当に良い表情で写れることは確かだと思っていた。


「ううん、大丈夫だよ」


 即答だった。彼女からは撮りたくないという様子も感じられないし。声の調子だっていたって普通。というよりも真面目な調子だった。それでも、ほんの僅かに寂しく感じた。


「何だか寂しい……」


 分かりやすく肩を落として言うと、彼女はクスクスと笑っていた。彼女の笑う姿を見てから、また飲み物を飲み始める。


 ちょうど一口飲み、彼女の方へ視線を投げると、彼女と目が合った。さっき以上に真面目な、真剣味さえ感じさせる雰囲気だった。


「ボロのことは――忘れないから。……絶対」


 こそばゆさも感じたけれど、それ以上に嬉しかった。少なくとも自分は、彼女が忘れてもまた思い出せるようにと言ってカメラを向けていた眺めや物よりも、彼女の記憶に残っていられるようで安心した。


 それからいつものように時間が流れた。昨日はどこか不自然で空元気だった自分も落ち着いた心地でいられた。彼女はいつもより楽しげに、明るく話していた。


 彼女が自分のことを忘れないと言ってくれた。自分も彼女のことは絶対に忘れない。それに今日居なくなってしまったとしても、彼女はどうやってかまではわからないものの、何らかの方法でここに現れたのだ。絶対に一度きりということは考えられなかった。

 

 だからいつかまたここに来られるかもしれない。そう考えられたからこそ、自分は妙に落ち着いていた。


 気がつけば昼食を食べ終えて、もう昼下がりになってしまっていた。良い時間ほど早く過ぎるというのは本当だった。今日だけではなく、彼女と出会ってから今日までの時間も本当に早く過ぎたように思う。


 そして彼女は夕方に元の場所に戻らなくてはならないと言っていた。その時間までもあっという間なのだろう。


 そんなことを考えているときだった。


「ボロ――」


 彼女が自分を呼んだ。


「――土手に行かない?」


「いいよ、行こうか」


 そう言って立ち上がると、彼女も自分も準備を始めた。彼女は初めて会ったときの服の上にコートを羽織り、自分はいつもどおりの厚着をした。つば広帽子は被らなかった。


 彼女が着替え終わったあと、丁寧にたたまれた部屋着が視界に入ったとき、家を出る前にライカを元あった場所へ戻したとき、使った全ての道具に彼女がお礼をいったとき、全てが彼女が居なくなってしまうことを感じさせた。

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