第二話
突然目の前に空から現れ、流されそうになっていた人。つい先程までは自らの身を流そうとしていた自分が彼女を助けたこと、何の淀みもなく自然と動けたことに自分でも驚いていた。そして混乱していた。
「――だ、だい丈夫ですか。きこえますか」
誰かに声をかけること自体が久しぶりで、冷えた身体も相まって思うように声が出せなかった。しかしそのまま繰り返し声をかけ続ける。
返事はない。ただ意識を失っているようだ。岸に運ぶまでに気を失ったのだろうか。ぐったりしてはいたが脈も呼吸もあった。自分も彼女も全身ずぶ濡れで、このままでは身体を冷やされる一方だった。慌てふためいていて正しい判断かどうか考える間もなく、一先ず暖をとるため近くにある自分の暮らしている家へと背負っていくことにした。
家に着くと、まずは彼女をベッドに寝かせた。次に部屋の暖房を入れて少しでも暖を取れるように毛布やタオルなども準備していく。こういった場合の処置の仕方に詳しいわけでもなく、冷静でないままにどたばたと家の中を動き回り、最後は温風が出るものとして浮かんだドライヤーを持ち、立ちつくしていた。
「――へっくしゅん!!」
一度大きくくしゃみをすると、次第に冷静になってきた。まずはどうにかして救急車を呼ぶべきだったことや、気を失った人を部屋に連れ込んでしまっている状況に様々な不安が一気に押し寄せてくる。
考えても始まらない。一先ず部屋を出て自分の着替えを済ませる。そして結局使わずに転がったままのドライヤーで自分の髪を乾かした。
使い終わったドライヤーを床に転がしたまま彼女を眺める。もしあのとき岸で彼女の脈も呼吸も確認できなかったら、出来の良い人形だといわれても全く疑わなかっただろう。そう思えるほどに顔立ちも肌も造り物のように整っていた。そして髪は長くはなく、アイボリーを少しだけ濃くしたような色をしている。染めている訳でもなさそうだった。
彼女を観察していると気が付かないうちに随分と近くまで来てしまっていた。近くで見ても抱いた印象は変わらなかった。
素朴にも見えるが、化粧をすれば更に造り物っぽく見えるのだろうと考えていたときだった。目の前でパチリと彼女の目が開いた。
「わゎっ――!」
思わず情けない声を出しながら後ずさると、先程そのまま転がしていたドライヤーを踏み、床に尻もちをついてしまう。幸い彼女は目を開けただけだったようで、後ずさってから情けなく尻もちをついた自分の姿は見ていないようだった。
「…………ここは……」
意識を取り戻した彼女が恐る恐ると声を出した。
声だけではなく、ひと目で怯えていることが伝わってきた。
「――危ない場所じゃない。君に危害は加えない、大丈夫だから安心して」
尻もちをついている状態から立ち上がりながら彼女に極力落ち着いて声を掛ける。実際殆ど変わらないことをしているが、まるで誘拐犯のような言葉になってしまった。
「身体は動かせる?君は服も濡れてしまったままだから、まずは着替えて」
そういって用意しておいた着替えの服を彼女が寝ているベッドの上に置く。男物だがしばらくの間は我慢してもらうしかない。
「…………」
何も言わないまま彼女は寝ていたベッドから起き上がると、立ち上がった。するとおもむろに服を脱ぎ始めた。自分の目の前にもかかわらず。そのまま眺めているわけにも行かず、部屋の入口へと向かう。
「と、隣の部屋に居るから着替えが終わったら教えて」
早口で伝え、そして彼女を残してベッドのある寝室を出る。扉一枚隔ててすぐに隣の部屋へ入る。普段はリビングとして使えるようにソファーやテーブルなどが置かれている部屋だ。
あまりに突然の出来事にこれからどうすべきなのか、どうしなくてはならないのか。全く考えが浮かばずにため息がでる。以前の自分だったら何か的確に行動が取れていたのだろうか。いや、きっと的外れでおかしなことをして終わりだ。正直、今は正しく考え事が行えるとは思えなかった。




