第十八話
目的の場所について辺りを広く見渡せる場所に腰を下ろしてから、しばらく景色を眺めるだけでお互い無言だった。最初に口を開いたのは彼女だった。
「静かだね――それにベランダから見ていたよりも、キレイ」
自分たちの周りに人は居なかった。気配すらない。雪のせいではなく、ここはいつもそうだった。だからこそ前から一人のときも訪れていた場所だ。彼女の言う通り辺りは静かだった。風の音も遠くから聞こえる日常の音も、雪がすべてその中に閉じ込めてしまったようだった。
「……世界にわたしとボロだけみたい」
「そうだね……俺一人じゃないのは心強いよ」
そう言って彼女に微笑みかけると彼女も笑い返してくれた。
それから少しの間を開けたあとに、よしと一言彼女に聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで呟き、立ち上がった。そのまま土手を駆け下り、今眺めていた雪原のようになった辺りまで来た。
そして足元の雪をかき集めて雪玉を作る。彼女の方を見ると、何をしているのかいまいち分かっていないようだった。作った雪玉を彼女の方に向かって投げた。放物線を描いた雪玉はポスっと音を立てて崩れた。彼女は声を上げて驚いていた。
「わっ!冷たい!!」
何も言わずに勝ち誇ったような顔を浮かべながら彼女に向かって手招きをする。彼女は察してくれたのかニヤリと笑みを浮かべたあと、自分と同じように土手の下まで下りてきた。
そのまま二人して誰も居ない雪の上で追いかけたり追いかけられたり、雪を投げあっていた。ほとんど彼女の雪玉は当たらなかった。投げるのはあまり得意ではない様子だった。しかし彼女は想像以上に運動が出来るタイプだったようで、足が速かった。お互い息があがりながらも、たくさん笑っていた。自分は何かがおかしかったというよりも、こうやってはしゃぐことが出来たことが嬉しくて笑い声になって溢れていた。
何度目か追いかけられる側になったとき、雪のせいか今までの運動不足が祟ったのか足が縺れてそのまま転んでしまった。すぐに追いついた彼女が辺りの雪を仰向けになった自分にこれでもかとかけてくる。
「はぁ、はぁ……これで、わたしの勝ちだね」
「レイがこんなに走るのが速いとは思わなかった」
仰向けになっている自分を、屈んで上から覗く彼女の表情は爽やかな気持ちよさがあった。多分自分も同じような顔をしていたように思う。それくらいに晴れやかな気持ちだった。
「楽しかったよボロ!ありがとう」
立ち上がって彼女と正面に向き合ってから自分のお礼もしっかり伝える。
「こちらこそ、ありがとう。さて、そろそろ戻ろう。だんだん暗くなってきた」
「うん」
「よし、じゃあお先に」
そう言って彼女を置いて先に土手の上を目指して走り出した。後ろの方で彼女があっと声を上げていたけれどそのまま走った。
これで引き分けだと言ってからかうつもりだった。しかし慣れないことを急にした身体は想像通りの動きはしてくれる筈がなかった。土手の坂に差し掛かった辺りでまたしても足が縺れ、うつ伏せに転んでしまった。
「ボロ、お先に」
彼女は上機嫌そうに告げて自分の脇を通り過ぎていく。彼女の言葉に手だけでこたえて、まだそのままうつ伏せになっていた。
雪の冷たさが沁みはじめたころに立ち上がり、先に上っていった彼女の足跡を追う。すでに下からでは彼女の姿を見ることが出来なかった。
先に帰っていたりするかもしれない。とおかしな想像をしてにやつきながら土手の上までやってきた。そしてあまりの衝撃に一瞬頭の中が真っ白になった。
彼女は土手の上に倒れていた。まるで突然事切れてしまった人のように今日の静けさの中に溶け込んでいた。さっきまで一緒にはしゃいでいたのが嘘のようだった。




