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第十七話

 それから今までとほとんどやることは変わらない日々が続いた。働けていたときの貯蓄に限りこそあるものの、まだ余裕はある。この時間が続けば良いと、強く思った。


 ある朝に起きると、いつものように彼女はベランダに出て景色を眺めていた。しかしいつもより様子が違って見えた。


「おはよう。今日は曇りか……一昨日と昨日の大雪は止んだけど、いつもより寒いね」


 そういってリビングの窓の側から彼女に話しかけると、彼女はこちらを振り向いた。彼女の肌の色や髪の色は晴天に恵まれた日よりも、今日のような光が柔らかくて空気も静かな日のほうが、より一層綺麗に見える。


「おはようボロ」


 彼女があの日突然現れてから今日まで、大雪で辺り一面が雪景色になることなんて一度もなかった。彼女なら珍しがってはしゃぎそうなものだと思っていたからこそ、振り向いたときの曇った表情の理由はすぐに考えつかなかった。


「雪景色はどう?この辺りでこんなに積もるのは珍しいんだ」


「……キレイだよ。今までこんなにキレイな景色はみたことないかもしれない。本で見て、どんな景色だろうって気になってた眺めだもの」


「それは良かった。いつも以上に冷えるし、先に部屋に入ってるよ。厚着してないんだから、冷え切る前に入っておいで」


 そう伝えて、彼女が頷くのを見てから部屋に戻って温かい飲み物を用意しておくためにリビングに戻った。台所で準備をしているとき、ふと以前彼女が言っていた言葉が脳裏によぎった。


 今日彼女が見ていた景色は、彼女の記憶にぼんやりと残っていた、彼女が居たところの景色に似ているのかもしれない。もしかしたら何か思い出せたのかもしれない。でも彼女からは何も言わないこと、あの曇った表情のことを考えるとあまり良いことを思い出せた訳ではなさそうだった。


 そのまま少し考え事をしている間に彼女はベランダからリビングに来た。彼女はいつもの定位置に座りいつもどおりに置かれてある飲み物を手に取り、ふーふーと息を吹きかけて冷ましながら飲み始めた。


 もうさっきの曇った表情は見る影もなく、彼女はいつもどおりのように思えた。それでも最近は顔色があまりよくないことが何度かあった。彼女が少し無理しているのではないか少し心配だった。自分がそうだったように。


 彼女が見た雪景色で思い出したであろうこと、彼女が見た雪景色が彼女の表情を曇らせたのだとしたら、またいつか同じような眺めを見たときに思い出せることを作ってあげたいと思った。


 そして先程考えていたことを彼女に伝える。


「レイ、良かったら昼下がりに外に行かない?この辺りよりももっと広くてキレイな場所があるんだ」


「いいよ、わかった。ボロが誘ってくれるなんて珍しいね。雪でも降りそうだよ」


 そうやっておどける彼女の口調は軽やかで自分の心配なんて単なる杞憂な気さえしてくる。


「もう止ん――いやなんでもない。ちょっとした思い出づくりだ」


 昼下がりになってもまだ曇っていた。それでも出かける準備を整えて、土手に向けて出発する。大した距離でもなく、すぐに到着した。


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