第十四話
次の日からはこの日にしたこととほとんど変わらずに過ごした。
微睡んだまま起きる。
気だるさ、倦怠感とともにぼんやりとやり過ごす。
彼女が窓から外に出る音が聞こえる。
冷え切ってしまわないうちに中へ入ろうと声をかけに行く。
温かい飲み物を飲む。彼女は朝食を食べる。
本を読む。
昼ご飯を食べて図書館に行ったり行かなかったり。
外へ出れば中にいるときよりもたくさんシャッターの音が聞こえた。
図書館の開放されている閲覧室で映画をみたこともあった。
日が暮れ始めるころになれば家に戻る。
ご飯が足りなくなったら買いに出かけた。
夕飯を食べる。
彼女が知りたいこと、聞きたいことに答える。
お互いどんな本を読んでいたか話す。
彼女がどんなものを被写体にシャッターを切ったのかも尋ねる。
当たり障りのないことを話す。本当に当たり障りのない話。
少しずつ夜が更けていく。
寝るのにちょうど良い時間になれば、おやすみと夜の挨拶をして床につく。
他の人から見てみればどう思うだろう。良い方向も悪い方向も、いくつも考えられる時間を彼女と過ごしていた。日常の中にだるく重たい気持ちが立ち込めることももちろん多かった。それでもおだやかさをようやく感じることが出来ていた。彼女と過ごすうちに良い兆しが訪れるだろうという期待は、今のところ正しかったように思う。
こうしておだやかな時間を繰り返した。自分は少しずつ、こうやって過ごしていられることを自然に感じるようになった。
しかし、ある日。いつもどおりに時間は流れていくと思っていた夜のこと。
「レイはこの間見つけたあの本は、そろそろ読み終わりそう?」
「ううん、もう読み終わったよ。少し前にね」
「どうだった?結構話違った?」
「途中まではボロの言っていたあらすじとほとんど一緒だったよ。最後は、悲しかった……わたしには」
自分が言っていたあらすじ。彼女に会った日、夕飯を買いに行ったときの帰り道に話したことだ。悲しかったといった彼女の表情は儚く、見ている自分も切なくなるような表情だった。
「そう……実は最後まで読んでないんだ、そのお話。ハッピーエンドって噂だったけど、何だか悲しい結末になりそうな気がしてさ。小さい頃はそういう終わり方のお話が苦手だったんだ――はは」
自分が彼女に言った物語のことで覚えていることは本当にあらすじくらいのものだった。笑って少しでも明るく雰囲気を変えられないかと願いながら彼女に話を続けた。
「で、どうやって終わった?」
「……教えない!そのうちボロも読んでみて」
さっきまでの淡く儚い表情から一変して、彼女は無邪気に笑っていた。
「はいはい、じゃあそのうち読むよ」
「今度はボロが前に読んでたあの厚い本を読みたいな」
「あぁ『異界の旅』ね。だいぶ古いよ?架空の世界が舞台で、こっちの世界の人がその世界を旅した記録って感じ。あまり売れなかったらしいけど、レイが少し前まで読んでいたお話が好きな人の間では有名だよ」
「うんうん、旅行記みたいな感じなのかな。今どこにあるの?」
「ごめん、もう返したんだ。また借りに行こう」
「そっか……仕方ないね」
「はは、ごめんごめん。他にも聞きたいことがあればお詫びになんでも答えるよ。で、それが終わったら、そろそろ寝よう」
自分がそう言うと、彼女は目を伏せた。そしてそのまましばらく何も返事は返ってこなかった。
何度も色々なことを話したし、さすがにもうそろそろ気になることもなくなったのだろうか。それとも話の流れもおおよそ落ち着いたし、彼女としては眠くなったのかもしれない。
「なさそうだね。それじゃあ、今夜はもう寝よう。おやす――」
おやすみ。と彼女に言って、その後寝室へ入っていく彼女を見送るつもりだった。しかし不意にうつむいていた彼女が自分を見上げた。初めて会ったときと同じ、薄く緑がかった瞳が真っ直ぐに自分のことを見ている。何か意思を感じさせるほどに、はっきりと自分の目を見ていた。
「――わたし……あるよ。ボロに聞きたいこと……知りたかったこと」




