第十三話
途中から自分はほとんど本に集中することなく、その時間に対して抱いた印象を味わっていた。ずっと息苦しさすら感じていた時間の流れをそう感じたことに驚いた。しかし、その時間も突然終わりを迎える。
くぅ。
子犬の鳴き声が聞こえた。そう思ってスッと立ち上がりわざとらしく音がした方を確認すると彼女が縮こまって頬を赤くさせ、恥ずかしそうにしていた。
「ごめんなさい!まだ時間じゃないのに……平気だからね、気にしないで!」
慌てて話す彼女の様子は大げさだった。余程お腹が鳴ってしまったことが恥ずかしかったのだろうか。時間だって昨日がたまたま遅くなってしまっただけで特に決めているわけではないし、それこそ彼女が気にする必要なんてなかった。
ちょっとしたいたずら心で、彼女が机の上に置いていたライカを構え、彼女にピントを合わせてシャッターを切る。彼女の言うとおり、ただ視界に入っているよりもちゃんと頭に焼き付けられるような気がした。
突然シャッターを切った自分の方を驚いた顔をして見上げると、また彼女はさっきまでの表情で小さくなった。
「時間なんて決めてないんだ、お腹が空いたときに食べよう。そのほうがご飯も美味しく感じると思う。空腹は最高の調味料って言うんだ」
そう言って彼女に笑いかける。彼女はまだ頬を赤くしたまま小さくうなずいた。
今日の夕飯はパスタを選んだ。そしてスープには彼女が選んだクラムチャウダーを。
準備は簡単。昨日の作業の流れを見て覚えたのか、温め終わったものを運んだり包装を捨てたりと彼女が手伝ってくれた。そして大した時間もかからず、今日も夕食の準備が完成した。
彼女の知識欲というか、好奇心を考えるとやはりいずれは自分が作れなくてもちゃんとした手料理を教えてあげることが出来たら、きっと喜ぶのだろう。
「いただきます」
「いただきます」
食べながら彼女に話しかけた。
「レイはどんな本が気に入った?いくつか借りてきているみたいだけれど」
「ボロが言ってたようなお話の本が一番たのしいよ。次は書いた人が行った旅先でのことをいろいろ書いてあるものかな。それでね、気になることが――」
そんな調子で昨日よりも夕飯を食べている間の会話はとても多かった。会話と言っても雑談らしい話題はなく、ほとんど彼女の質問に答えて、さらに補足を付け加えたり自分が知っていて答えられる範囲ではちゃんと伝えてあげることを繰り返していく。
夕食を食べ終え、片付けを済ませてからはそれぞれシャワーを浴びたり各々過ごした。口数こそ減ったものの、話す内容も夕食のときと変わらない。決して賑やかではなくても、気不味くも感じない空気だった。
それでも、だからこそ彼女と過ごす時間が増えれば増えるほど、昨日も感じた自分にとって良い兆しが訪れるかもしれないという期待と、自分のことを彼女が知っていったときに彼女からどう思われてしまうのだろうかという恐れも濃くなっていた。
やがて夜も深まり、寝床に向かうにはちょうど良いかと思える時間になった。
「さて、今日ももうそろそろ寝ようか」
「うん。――ねぇボロ、あのね……」
突然彼女が何かを言い出そうとして言葉を詰まらせた。今彼女は何を言おうとしているのか、不安なことばかりが頭の中を過り思わず固唾を飲む。
「ううん――やっぱり、いいの。おやすみなさい」
結局彼女は何も言わなかった。
「そっか、レイがそう言うなら。おやすみ」
その後彼女は寝室へと入って扉が閉められた。自分が彼女に意識を向けすぎていただけなのかもしれないけれど、いつもよりも静かに、そっと閉められたように感じられた。
彼女が何を言おうとしたのか、考えても仕方がないことを考えてしまいその日はいつも以上に眠りに入るまで時間がかかった。




