第十二話
長い間、2日連続で外に出たことなんてなかった。それも彼女が現れたおかげなのだろう。どこからどうやって現れたのか。ふざけて話したが、もし本当にここじゃないどこか別の世界からというのなら誰かに送られたのか、自ら現れたのか、それとも何かのトラブルが原因で。などとありもしない、考えても仕方ないことを考えていた。
図書館は古い町並みの残る地区にある。住んでいる家から少し距離こそあるものの、人の往来は少なく、駅の近くに比べてとても落ち着いていられた。
人の少なさも一人で外に出られたときに行く土手の辺りと同じくらいだ。ちょっとした新鮮な発見だった。
大きな変化もなく、気がつけば図書館に到着していた。図書館へ入る。思った以上に人は居ない。というよりも自分と彼女以外は客らしい人は誰も居なかった。もう随分と前に、全ての所蔵データは手続きさえ行えばネットワーク経由で閲覧出来るようになった影響が大きいのだろう。
「ここからは自由時間だ。何かあったら声をかけて」
「ボロはどうするの?」
「ここを使うのは初めてだから、借りられるようにあそこにある機械で手続きしてから何か探すよ。見つかったらここのオープンスペースで読んでるつもり」
そう言ってその機械と、館内案内図にあるオープンスペースの箇所を指差す。
彼女に一言、また後でと伝えてから手続きをしに向かい、そして館内を回り出した。
こうして見てみると図書館に所蔵されている本はやはりというか、どれも昔の物ばかりだ。かえって新鮮な気さえしてくる。
その中で一つ気になるものを見かけた。題は『異界の旅』とあった。彼女にも話した、ずっと前に読んだおぼろげな記憶の残る、異世界からやってきたという女の子の話。その物語に大きな影響を与えたと言われている昔の作品だ。
まさか実物がこんなところで見られるとは。予想外の出会いに驚きつつ、しばらくはその本と時間を過ごすことに決めた。
先程指し示したオープンスペースに向かうと、彼女はぼんやりと何かを見つめている。その視線の先を見てみると、壁に飾られたカレンダーだった。しかし暦の年数がおかしい。近づきながら彼女に声をかける。
「それ、去年のだ。全然人が来ないからまだ今年のに変えてないみたいだ」
彼女ははっと我に返り、こちらへ顔を向けると頬を膨らませ、わざとらしく不機嫌そうに口の前で両手の人差し指を斜めに交差させ、バツ印をつくる。そしてカレンダーの隣の張り紙を指さした。本は静かに読みましょう。確かにその通りだ。
自分が軽く頭を下げて謝る素振りをみせて口をパクパクさせながら話をしているフリをしてみせると彼女は声を上げて笑っていた。
彼女の近くに腰を掛け、本を開く。
彼女もひとしきり笑ったあとはまた静かに戻って、自分の近くで本を読んでいた。
そのまま時間は流れ、気がつけば閉館の時刻を知らせる無機質なアナウンスが流れてきた。
「そろそろ出よう。さっき手続きは済ませたから、読み終わってないものとか気になるものがあったら何冊か借りて行こう」
「うん。少し待ってて」
足早に本棚の影へ消えていく彼女を見送り、しばらくぼーっとしながら彼女の戻りを待った。特に自分は借りていこうというものもない。強いて言うなら、見つけてからさっきまで読んでいたこの本くらいだろうか。
その後戻ってきた彼女と貸出機のもとへ向かい、処理をしていく。無人営業のお店で会計をするときとほとんど変わらない操作で済ませることができた。
家に帰る頃には日も沈んで、辺りは暗くなっていた。昨日よりも風が強く、外は鼻が痛むくらいに寒かった。
部屋に入れば外よりははるかにましではあったものの、やはり今日の冷え込みは部屋の中の空気もすっかり冷やしてしまっていたようだ。
暖房のおかげで、少しずつ部屋が暖かくなってきた。なかなか脱ぐことができなかった上着を脱いでまた部屋着に着替える。彼女も自分が着替えを済ませたあとに着替えはじめた。
「着替えが済んだらまた洗うから、洗濯機の中に放り込んでおいて」
彼女は、はいと返事をしたあとに脱いだものを洗濯機の中に入れにリビングからでていった。
今までだったら夕飯を食べたとしてもこの時間よりもずっと遅くだったが、今日は少し早めの夕飯にするのも良いかもしれない。そう考えていたときに彼女が戻ってきた。
「レイはお腹空かない?」
「ううん、時間になったらでいいよ。まだ今日借りたもので読みたいところが残ってる本があるの」
そう言って彼女はそそくさといつものテーブルの定位置に座ると、さっきまで道中何度かシャッターを切っていたライカをテーブルの上に置き、荷物の中から今日借りてきた本を取り出した。そしてそのまま読み始めた。
彼女がそういうのならもう少し後でも良いだろうと思い、自分も今日一冊だけ借りてきた本を取り、ソファに座って読み始める。
読んでいる本が違うだけで昼までと全く同じ場所で同じように、静かに時間が流れていった。静かだけれど重たくはない、落ち着いた時間だった。




