第十一話
「なるほど。他に何かあったらいつでも言って」
そう彼女に笑いかけて椅子から立ち上がり、自分はまた寝室へ入る。彼女が来るまでは日中は外に出ることは殆どなく、ぼーっと無気力に過ごすか、途切れ途切れに本を流し読みするかだった。とりあえずこの後は本でも読もうと、寝室に取りに来た。
リビングに戻り、自分が寝ていたソファに座って本を開き、適当に読み進める。
「わたしも読んで良い?」
「もちろん。好きな本持ってきていいよ」
そう伝えると彼女は寝室に入っていった。しばらく戻ってこないなと考えていたちょうどその時に寝室のドアが少し開いた。その隙間から彼女が顔を出してきた。
「昨日言っていたお話の本は……ない?」
「あぁ、この家にはないんだ。ごめん」
「ううん、謝らないで。異世界のお話、読んでみたかったな」
少しばかり残念そうにしている彼女に提案できる名案があった。
「もしかしたら、図書館にならあるかもしれない」
「ほんと?でも今日は他のを読ませてもらうね」
そう言うと彼女の顔は寝室へと引っ込み、ドアが閉められた。やはり昨日のことで彼女に気を使わせてしまっているのだろうか。だとしたら情けない。
少しすると寝室のドアが開き、本を持った彼女が戻ってきた。また定位置のテーブルの椅子に座るとそのまま本を読み出した。
それからは自分も特に彼女に注意を向けることもなく、適当に持ってきた本を適当に読み進めていった。静かな時間だった。喉が渇けば飲み物を取りに行ったり、お手洗いに立ったりすることがたまにある程度でお互いの間で会話らしい会話もなく時間だけ流れていった。
「――さて。お昼にしよう」
いつの間にか昼になっていた。
昼ご飯の準備も、昨日の夕飯同様に大した工程は必要なく、滞りなく進んで行った。
彼女がいつまで居るにせよ、そのうち手作りの料理でも食べさせてあげたほうが良いのだろうかと考えてみるも、そもそも料理なんて生まれてこの方やったことがない。
「いただきます」
「いただきます」
本を読みながらずっと考えていた。外に行きたいと伝えてくれた彼女の願いに応えられるくらいの勇気が今の自分の中にはない。でも駅や人混みを避ければ、自分が一人で外に出られた時に訪れる辺りなら大丈夫なのではないかと。
自分の情けないところ、至らないところを見せて彼女になにか思われてしまうことを怖がっている自分と、彼女のやりたいことに協力してあげたい自分がせめぎ合っていた。
「――ボロ?ご飯変な味でもした?」
ただ食事をしているだけなのに、随分と深刻な顔になっていたようだ。彼女が心配そうに声をかけてくれた。
「あ、いや――おいしいよ。ちょっと考えてた」
「夕飯のこと?」
冗談なのか本気で聞いているのか判断できなかったけれど、やはり彼女と話していると何かが違う気がしてくる。
「食休みしたら――外に行こう。図書館、案内するよ」
「また今度でも大丈夫だよ。たのしそうな本もあるもの」
「いや、今日行こう。何か思い出すきっかけもあるかもしれない」
自分がそう言うと、彼女は小さく頷き了承の意を示した。自分が言い出して、彼女がそれを受け入れてくれたのだ。腹をくくらなければいけない。
昼食を食べ終わってから、大雑把に片付けてそのまましばらく食休みをする。彼女はまた寝室へと入ったまましばらく戻ってきていなかった。食休みとはいっても、単に自分の中で勇気というか勢いが湧いてくるのを待っていただけだ。
寝室から彼女が戻ってきた。昨日外に出かけたときの格好に着替えていた。ライカも首から下げて、出かける準備は整ったようだ。その彼女の姿を目にしたら腹をくくりきれていなくても、もうやるしかない。
彼女を少し待たせたまま、彼女と入れ替わるように寝室へ戻る。昨日と同様、つば広の帽子を深く被り、着替えを済ませる。
「いこうか」
「――うん」




