確信と複雑な気持ち
マサキの手術は無事に終わった。
あとはリハビリ次第ということだが、元通りに投げられるか否かは分からないということ。
絶望的な診断にもかかわらず、マサキは明るかった。
大好きな野球ができなくなるのは嫌ではないのだろうか。
不思議に思ってあたしはマサキに聞いた。
『大丈夫?』
『大丈夫ですよ。だって100%投げられなくなるわけではないんでしょ。リハビリしますよ』
笑顔でマサキは言った。
この答えはすごく周りを喜ばせる言葉だ。
でも……
あたしは気に食わなかった。
化け猫は思考が読めるのだ。
騙されない。
彼の思考からは戸惑いの気持ちが感じられるはず。
少なからず動揺はあるのが普通の感情だ。
マサキはピッチャーとしてはかなりの才能があるらしい。
聞いた話だが……速い球が投げられるらしい。
バッターをきりきり舞いさせてきた速い球。
マウンド上で躍動する姿。
それは才能あるものにとっては何者にも代え難い価値のあるものだろう。
その速い球がもう投げられないかもしれないのだ。
だけど……
マサキからは戸惑いの気持ちも、動揺も感じられない。
彼は心配するあたしにこう言った。
『野球って切り替えが大事なんですよ。どんなにがんばったってヒットは打たれますし、点だってとられたりします。でもね、そこから切り替えるんです。打たれたヒットはいくら悔やんでも打たれなかったものにはならないし、とられた点もなかったことにはならない。だから次に打たれないように気持ちを切り替えるんです』
気に食わない……。
マサキのことがキライなのではない。
むしろちょっとカホの気持ちが分かった。
この子には復帰してもらいたい。
あたしも強くそう思う。
だけど……何かが違うのだ。
そりゃ確かに主治医の先生は100%投げられないわけではないとは言っていた。
投げられるようになるか否かはリハビリ次第。
つまりは、リハビリがうまく行けば投げれるようになる可能性はあるものの……元通りには投げられないと言われたも同然なのだ。
嫌な予感しかしない。
そしてマサキは自分は投げられると思っている。
前向きな思考が強すぎてはっきり形になって分かるのだ。
もちろん努力するというのは素晴らしいことだ。
現にマサキのそういうところは偉いと思う。
それにまったく希望がないわけではない。
元通り投げられることはないと医師に宣告されても不屈の努力でリハビリをしてまたマウンドに立ったピッチャーの話を……野球に詳しくないあたしですら聞いたことがあるからだ。
しかしそういう努力は報われるとは限らない。
そして時間もかかる。
下手をすれば年単位のリハビリが必要になる。
マサキはなぜそんなに明るくしてられるのだろうか……
絶望に近いところにいるはずなのに……
なぜか……カンナの顔が頭に浮かぶ。
いつも笑っていたカンナ。
死ぬのを待つばかりなのに。
なんで笑っていられたの?
なんで明るく振舞えたの?
もしかしたらマサキにもカンナに通じる何かがあるのかもしれない。
いや……もしかしたらただ単にマサキは楽天家なのかもしれない。
それとも無知なだけ??
そんなことはないだろう。
リトルシニアのチームにいるということは、中学生のレベルではかなり高いレベルのアスリートなはずだ。自分の身体の状態が今どのような状態で、今後はどのようなトレーニングをしなければいけないかというある程度のビジョンぐらい持っているはずだ。
そうだとすれば……今の自分が野球選手……とりわけ投手としてどんな状態かということは分かっているはずだろう。
現にそれは……手術後にコーチやチームメイトがお見舞いに来ないことがそれを物語っている。
彼らはチームとしてマサキなしで今後は勝つことを考えなければならないからだ。
手術をした2日後ぐらいにカホがやってきた。
カホは何かをマサキと話している。
何を話しているのだろうか。
特にどんな話をしているのか……近くにいるわけでもないのであたしには分からない。
カホの見舞いはとても短い。
少し話して帰るようだ。
追い返されている感じではない。
マサキもカホを待っている。
この二人もまた不自然だ。
カホはマサキのことが好きなのかもしれないが……マサキはそうでもない。
でもマサキはカホのことがキライではない。
なんだろう。
この複雑な感情の行き違いは……。