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『銀狼の飼い猫』掌編  作者: 厚狭川五和
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[ファングact1]鋭い牙は癒せない

 こんなことがあっていいのだろうか。

 いや、ダメに決まっている。ダメだから今まで無かったのだから今回は許されるなんてことはない。

 まさか、自分が体調を崩すなんて考えもしなかった。

「ご主人、玄関にくすりあった」

「エル…………そんな誰が持ってきたかも分からないもんを病人に飲ませる気か?」

「でも、ご主人つらそう」

 辛そうならなおさら飲ませてはいけないだろう。そんな怪しげな小瓶。

 せめて毒味の一つでもしてくれるなら話は別だったが……。

 よくよく考えてみたら薬なんか作れるやつがいるとすれば一人しか思い付かず、そいつが作ったのなら信頼に足るのではないだろうか。

 この際、実験台にでもなってしまおうか。

 早く治れば感謝、副作用があるなら是非とも改良してもらおう。一刻も早く元気になるためならば仕方がない。

 何故ならエルも辛そうなのだ。自分の主人が具合を悪くしているのが不安なのだろう。

「エルご飯もらいに行ってくる。ご主人休んでて?」

「ああ、悪いな」

 エルはいつも自分かシオンの作った食事をしているから料理ができない。簡単な粥ですらな作れない。

 おそらくレクセルの店に今の自分でも食べられそうなものをもらいに行ってくれるのだろう。

 その善意に応えて早く治さないとな。

「どうとでもなれ!」

 俺は小瓶を飲み干す。

 懐かしいような不思議な味が口の中に広がり、その瞬間に熱や気怠さという症状が消えていく。

 さすがはシオンが作ったくす…………り?

「え?」

 何かがおかしい、と俺は自分の手を見る。

 明らかに小さい。自分のものじゃないかのように細く頼りない手になっている。

 それどころか身体が全体的に縮んでいるように思えた。

 鏡を見てそれが確証に変わる。

「なんでガキみたいな身体になってるんだ?」

 心なしか声も少し高く幼い少年のようだ。

 もしかして何か混ぜてたのか?

 俺が鏡の前で頭を抱えているとダッシュで出発したエルが時間を掛けず戻ってきたらしく扉の開く音がする。

「え、ご主じ…………隠し子?」

「誰が隠し子だ! 自分の飼い主も分からないのかお前は!」

「ほんとにご主人? ううん、ご主人こんな小さくない!」

「いや、ほんとに俺だから。頼むから小さいとか連呼しないでくれます?」

 小さい奴に小さいとか言われるとかなり傷つく。

「可愛い……」

「撫でるな!」

 どうしてか分からないがエルがいつにも増して積極的にスキンシップを図ってくる。

 何が目的だ?

 いや、普段は抑えてる感情が表に出てるだけだ。俺が小さくて抵抗できないと思ってるんだ。

 でも事実、抵抗する力がない。

「ご主人、お顔熱い。休まないと」

「誰のせいだよ、ほんと」

「?」

 もういい。兎に角休んで元に戻る方法を探せばいい。

「って……エル?」

 寝る時に下着姿なのはいつも通りだが普段は俺が窮屈にならないように端の方に寝ていたはずだか今日はかなり近い。

 近いというか接触してる。

 抱きついてきてるし足もしっかり絡み付いて逃げ道を塞いできてる辺り、本当に容赦がない。

 見た目は子供になってても中身はいつもの俺なんだぞ?

「ご主人、エルに甘えて」

「なにバカなこと…………っ!?」

 おかしいな、いつもならベッドから叩き落とす並みに腹が立ってるのに……。

「何で、お前なんかに甘えなきゃ、いけないんだよ……!」

「ご主人は一人で抱えすぎ。エルのことも、何か隠してる。それは、エルのためだから、エルは否定しないけどご主人もうちょっと甘えて?」

「これじゃ……強がってる俺が、ガキみたいだ……」

 文字通りのガキだ。

 たぶん、あの薬は身体を小さくしただけじゃなく、俺の我慢していた何かまで吐き出させる効果でもあったのかもしれない。

 そんなんだからエルも辛そうにするのだ。

「ペットのくせに、生意気だ」

 素直になれなくてごめんな。

 でも俺には素直になってはいけない理由があるんだ。

 お前に苦しい思いをさせないでいてやるために、俺が背負ってなきゃいけないことがあるんだ。

 だから、今この時だけは…………素直じゃない俺でも甘えさせていてくれ。

「別にエルのこと何とも思ってないからな」

「ご主人、ありがと」

「なんで礼なんて言うんだよ。まったく、俺の飼い猫はすぐ勘違いするし、世話は焼けるけど可愛いし、すりすりしたくなるくらい触り心地いいし、ほんと困る猫だ」

「ちなみにシオン、わざとだって」

 了解だよ、エル。

 明日、俺がこうなった元凶をぶちのめせばいいんだな?


 ──翌日。

「シオン姉ちゃん!」

「えっ? どうしたの?」

 白々しい反応だけど微笑んでるのがバレバレだぞ、シオン。

 そう、俺はあえて隙を作らせるために心まで純粋な少年に戻ったように演じているだけ。シオンを()()()()なんて呼ぶのは金輪際ないと思え。

 そして俺は容易にシオンに抱きつくことに成功したわけだ。

「昨日はよくもやってくれたな? 元に戻す方法を言わねえとてめえの貞操は無惨に散ることになるぞ?」

「ファング騙したの!?」

「ったりめえだ! シオンのせいで俺は本当は嫌だったのにガキみたいにエルに泣きつくことになったんだぞ! それはもう乳飲み子みたいにな!」

 幸いにも頬を擦り付けるだけで気持ちが落ち着いて自分が寝付いたからいいものの、もし寝付かなかったら本当にエルを母親かなんかと勘違いするところだったんだ。

 あの薬は具体的に言うと「弱くする薬」だ。

 俺の体調を崩させた原因も弱くしたが俺自身も弱くなったのが昨日の原因だ。

「覚悟はできてんだろうな?」

「ちょっと待って!? 今のファングが私に何かしたら絵面的に問題があると思うよ!」

「じゃあ、さっさと教えるんだな」

 結局、時間で元に戻るとシオンは白状したが信頼できる情報ではなかったので俺は元に戻るまでシオンにあれこれ悪戯していた。

 存外楽しくて満喫していた、というのは内緒だ。

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