歯磨き粉が無くなりかけてから、使い切るまでにかかる日数は、無くなりかけたと思うまでに費やした日数よりも長い。
しゃかしゃか、しゃかしゃか
がらがら
ぺ
歯磨きを終え、口元をタオルで拭う。
今年で24歳になった私は、目尻の小皺に少し、ほんの少しがっかりする。
まだまだ、若い。そんなことは分かってる。
でも、段々と劣化していく自分が怖い。
「智花はさ、何でもかんでも考えすぎだよね」
彼氏の雄介が先日、そう言って笑った。
アンタは逆に考えなさすぎだよね、と私は返した
「それは、ほんとにそうだよな」
雄介は困ったような顔で、笑う。
雄介はフリーター。コンビニのバイトをもう7年もしてる。
そうやって32歳にもなるのに、全然、焦った素振りを見せない。
私ばっかし、焦ってる。
「雄介はさ、私と結婚しようとか考えてるの?」
「考えてるよ、もちろん考えてる」
雄介には正社員になってほしかった。
それは、付き合い始めた4年前から、ずっと雄介に言い続けていることだ。
「フリーターの男とは結婚したくないからね」
私がいつも言う、そんな台詞は、最初の頃の熱を失ってしまった。
今では二人の【お決まりの一シーン】となりつつある。
私がそう言うと決まって、雄介は唇を尖らせ、私を笑わせて誤魔化そうとしかける。
本当に雄介はどうしようもない。
そして、そこで私が笑ってしまうから駄目なんだろうな。
私は今日もスーツに着替える。
大学を卒業して、大手の化粧品会社の営業職に就いた。
仕事は忙しくて、目が回りそうだ。けれど、最近は少し慣れてきた。
私は紅を引いて、身支度を済ませた。
洗面所から、部屋に戻ると雄介がいびきをかいて眠っている。
白いランニングシャツから、メタボリックなお腹が見えて、憎たらしい。
私はそのお腹を足で踏んづけた。
「んー……」
雄介は朝弱いし、寝たらなかなか起きやしない。
私は、無精ひげが伸び切っただらしない寝顔を少し見つめてから、玄関に向かった。
(好きとか、嫌いとか。そんなんでもないな)
私と雄介の生活は、3年目を迎えようとしていた。
一緒に居て、楽しいこともあれば、嫌なこともあって。
一緒に居て、息が詰まることもあれば、大抵は全然気にならない。
(好きなんだっけ?好きだったんだよな……今も、好きではあるのか?)
よく分からない。でも確実なのは、これは”習慣”なのだ。
雄介との日々は、ずっと続いてきたから、辞め時が分からない。
多分、辞めたらすごく違和感がある。心地が悪い。
そうだ、きっと”歯磨き”と同じだ。
歯磨きを毎日してるみたいなものなのかもな。
「いってきまーす」
私が小声で、雄介を起こさないように言って、玄関の鍵を開けた。
「いってらっしゃい」
すると、雄介の寝起き丸出しの声が奥の部屋から聞こえる。
なんだ、起こしてしまったか。
「朝ごはん、冷蔵庫入れといたからねー」
私がそう言うと、”はーーい”と声がした。
この感じだと、きっと雄介は2度寝するだろうな。
私はそんなことを思って、玄関を出た。