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第八話  模擬戦

 倉庫の試運転が始まると、噂を聞きつけた冒険者たちが次々と様子を見に来た。

 中層へ向かう冒険者の中には荷物が増えるのを嫌って探索中にたびたび戻ってきては素材を預けて中層に戻っていくパーティもいる。


「試運転なのに盛況だな」


 中層へ行くパーティの使い方は当初予定していた物と微妙に異なっていたが、ゆくゆくは探索の中継地としての役割を持たせようと考えていただけに断らなかった。

 倉庫となっているテントにはすでに容量の三分の一ほどまで素材や魔石が溜めこまれている。本格稼働の際にはさらに三つは増設する必要があるだろう。


「魔石レンガの配置を変えて板を渡してその上にテントを張るか。重量次第で崩れそうだから板は鉄板の方がいいが、小鬼どもの棍棒を使えばいけるか?」

「明日の模擬戦が済んだらハッシュさんたちと一時交代するんでしょ? なら、その時に魔石レンガを作っちゃえばいいよ」

「材料の魔石はあるしな」


 この倉庫を襲撃に来た小鬼や巨大狼がすでに何匹も散っている。テントの中に入っている魔石の実に四割がジンとレミの成果だった。


「ところで、レミ」

「なに?」

「魔石レンガを作る前に服を新調しよう」

「汚れてるから?」


 五日間着替えなかったわけではないが、潤沢に衣服があるわけでも洗濯できる水があるわけでもない。

 替えの服が必要なのは事実だが、ジンにはもう一つ理由があった。


「もうちょっと似合う服を着てもらいたい。一時的とはいえ、倉庫業では大事な換金素材を預かるんだ。信用のおける服を身に付けた方がいい」

「それは私も気になっていたけど……」


 町でフードを脱ぐわけにもいかず、採寸してもらうのは難しい。似合う服以前にまずはサイズの合う服を見つけなくてはいけない。


「サイズは測ってやるよ」

「え? じゃあ脱ぐね」


 服の裾を掴んで引き上げようとしたレミを見て、ジンは慌てて止める。


「いやいや躊躇えよ。そもそもダンジョンで脱ぐ奴があるか」

「そうだね。でもほら、青空の下で体の隅々まで測られるよりは暗がりの方がそれっぽくない?」

「なんでそういう誤解を招く言い方をするんだよ。そもそも薄手の服を着ればいいだけで――魔物か」


 かすかな物音と地面に張っている水魔法の揺れから魔物の接近を感知して、ジンは短剣を引き抜いた。

 中層へ降りる坂道へ続く通路から飛び出してきた巨骨人が三匹、全力疾走してくる。

 身長は二メートルを優に超え、人にしては明らかに多い骨で形造られた身体は見た目以上に硬質で重量がある。手に持つ巨大な棍棒には、今まで倒した獲物の数を誇るように魔石が埋め込まれている。

 走る度に打ち鳴らされる歯がカチカチと耳障りな音を立てていた――その頭が一つころりと落ちる。


「まずは一匹」


 巨骨人の頸椎を破壊して頭骨を落とした水蛇を消し、ジンは滑るように動き出す。

 ジンは体勢を維持したまま、足元に発生させた水流に乗って瞬く間に巨骨人に接近し、短剣を振り被る。

 防御に突き出された棍棒は、短剣から生じた上向きの水流で跳ね上げた。がら空きの巨骨人の頸椎に短剣を叩きつける。

 骨の隙間を狙うような器用な真似は出来なかったため、首を刎ね飛ばせずにジンは巨骨人とすれ違った。

 だが、ただすれ違っただけではない。巨骨人の頸椎には水蛇が巻き付き、バキバキと骨を砕いていた。


「後一匹」


 最後の巨骨人が棍棒を横薙ぎに振り抜く。

 大振りなその一撃はジンを退かせて仕切り直す目的だったのだろう。

 短剣で受けるには重量がありすぎるため、ジンは素直に後ろへ飛び退いて躱す。しかし、ジンがいたその場所にはシャボン玉のような気泡がふわりと浮いていた。


「――爆鳴気泡」


 さらに後方へと飛び退きつつ、ジンはシャボン玉へと魔法で生み出した火種を放り込む。

 直後、盛大な爆発音を伴ってシャボン玉がはじけ飛び、巨骨人が吹き飛んだ。

 素早く水流に乗って距離を詰めたジンは巨骨人の頭部を蹴り飛ばす。


「終わりっと」


 短剣を鞘に納めたジンは巨骨人の棍棒を回収して一か所にまとめて地面に転がした。欲しいのは魔石部分であるため、棍棒部分はダンジョンに吸収させるのだ。


「やっぱりうるさい魔法だね」


 レミが耳を押さえていた手をどけつつ苦情を言った。

 爆鳴気と呼ばれる水素と酸素の混合気体をシャボン玉に閉じ込めた状態で発生させる魔法が爆鳴気泡だ。

 ジンのオリジナル魔法であり、火種を放り込まない限りただのシャボン玉と区別がつかない。いわば、設置型の魔法である。

 起爆すると光と爆発音を発生させ、周囲の物を吹き飛ばす。この光と音が曲者で、初見では確実に怯むほどの威力を持つ。

 元々は、火魔法に対して抗魔力が働かないアルラウネであるレミがいるため、相手に火魔法の使用をためらわせるために開発した魔法だ。


「音で魔物が来たら儲けが増えるだろう」

「好戦的だなぁ。良い服を買おうね」

「レミもノリノリだな」


 笑い合ったが、魔物はやってこない。

 ジンが度々爆鳴気泡で周辺の魔物を集めてしまったため、狩り尽くしたらしい。

 魔物が来ないと知って、レミがジンに抱き着いた。


「ジンも大分強くなったよね」

「戦闘慣れはしてきたかな」


 巨骨人は浅層と中層の間をうろつく魔物だ。三つ目の小鬼を狩る事があり、手にする棍棒に埋め込まれている魔石は小鬼のものである。

 巨骨人を三体相手にして圧勝するのだから、冒険者としては一人前と言えた。


「明日の模擬戦はまだ正直自信が無いんだけど」


 勝たなくてもいいのだが、冒険者たちに認められるほどの力を示せるかどうか。


(やるだけやってみるか)


 ジンは短剣の手入れを始めた。



 模擬戦当日、ダンジョン内倉庫部屋には五人の見届け人と十人ほどの観客がやってきていた。

 ジンやハッシュたちを含めてターバラ冒険者ギルドの所属冒険者は五十人弱であることを考えると多いのか少ないのか判断に迷う数だ。


「実力を信じてもらうには観客が多い方が良いんだけど、この人数は多い方なのか?」


 ジンの問いに、ハッシュは木剣を素振りしながら答える。


「中層に潜るような実力者ばかりだから、この連中に認められればひとまず大丈夫だろう」

「分かった。頑張るとしよう」


 ジンも木剣を握る。普段使っている短剣と同じように短い木剣だが、当たればそれなりに痛い。


(軽すぎるな)


 木剣を軽く振り抜いて顔をしかめたジンだったが、贅沢は言っていられない。


「双方、準備は良いか? そろそろ始めるぞ」


 見届け人が声を掛ける。

 ジンは倉庫部屋の隅に定められた位置に立ち、自然体で構えた。

 逆端に立ったハッシュたちはすでに陣形を組んでいる。ハッシュともう一人の剣士が前で構え、斥候が剣士二人の後ろで補助できる態勢。さらに魔法使いが最後方で勝負を決める役割だ。

 双方が構えたのを見て、見届け人が宣言する。


「――始め!」


 先に動いたのはジンだった。

 足元に生み出した水流に乗って自然体のまま一息に距離を詰める。


「おぉ、速えな」


 余裕の笑みを浮かべたハッシュが腰だめに木剣を構えて一歩前にでる。


「おらよ、砂風刃(さふうじん)


 ハッシュがジンの動きを先読みして木剣を振り抜くと、鋭い突風が吹いた。砂を多量に含んだ突風は目潰しを兼ねた牽制だが、人数差を考えれば視界を奪われて隙を生じるのは致命的だ。

 しかし、ジンは足元の水流の緩急を操り、砂風刃を素通りさせる。

 冷静な対処を見て観客が口笛を吹いた。

 ハッシュが木剣を肩に担ぐように構える。


「小手調べは無しでいいな。お前ら、対大型戦法」

「はいよ」

「行っといで」


 仲間に指示を出した直後、ハッシュが一気に駆け出した。同時に、もう一人の剣士も木剣を肩に担ぐように構えて駆け出す。


「せーの」


 ハッシュが合図を出し、剣士二人が同時に木剣を振り降ろす。

 放たれたのは先ほどと同じ砂風刃。しかし、その軌道はジンの左右を走っている。


(動きを限定するつもりか)


 ハッシュたちの戦法を読んで、ジンは剣士たちの後方、斥候役と魔法使いを注視する。


(やみ)衝立(ついたて)


 斥候が正面に手をかざすと闇が固まったような壁が現われ、斥候と魔法使いの姿を消す。

 魔法使いの動きを読まれないようにするための物だろう。うっすらと魔法陣が発する光が闇衝立の向こうに見える。


「よそ見してるとあぶねぇぞ!」


 すぐそばまで距離を詰めていたハッシュが木剣を横薙ぎに振るう。ジンはステップを踏み、ひらりと間合いの外へと遠ざかったが、もう一人の剣士が畳みかけるように右から木剣を薙いでいた。

 木剣の軌道上に自らの木剣を合わせたジンは魔法を発動する。

 ジンの持つ木剣が水を纏い、鍔迫り合いを嫌うように剣士の木剣を天井へと跳ねあげた。

 予想以上の衝撃だったのか、剣士が驚きに目を瞠ってバックステップで距離を取る。同時にハッシュが距離を取ったのを見て、ジンは罠に気付いた。


「――岩窟(がんくつ)監獄(かんごく)


 声が魔法使いの物だと気付いた時、地面から岩が隆起した。ジンの胴体ほどもある岩の柱が林立して格子となり、内部にいるジンを閉じ込めようとする。


「追加の砂風刃!」


 距離を取ったハッシュと剣士、闇衝立の向こうの斥候までもが砂風刃を放つ。

 勝負が決まったかに見えたが、ジンは平静そのものだった。


「形成が遅いな」


 岩窟監獄というらしい岩の柱の檻は地面から隆起する速度がやや遅い。それでも、高さ二メートルを超えるそれを越えるのは難しく、形成の遅さを補うためにハッシュたちが砂風刃を三方向から放って足止めしている。

 ジンは身を屈めて魔法を使用する。

 足元の水流が沸き立つようにボコボコと気泡を発した直後、一気に天井へと噴き上がった。まるで間欠泉のようなそれはジンをやすやすと打ち上げた。

 岩の柱を軽々と飛び越えたジンを見て、ハッシュがにやりと笑う。


「上に逃げられたときの対策が無いとでも思ったか?」


 跳び上がった事で視点が高くなったジンには闇衝立の向こうが見えていた。


(あると思ったよ)


 闇衝立の向こうに魔法使いがいる。頭上に展開されている魔法陣はいつでも起動できる状態で準備されていた。

 岩窟監獄の発動直後に準備されていたのだろう。


(らい)()(らっ)()


 魔法使いが魔法名を口にすると、ハッシュたちが巻き込まれないようにジンから距離を取る。

 空中にいるジンが避けきれないと思ったのか、観客たちはやや残念そうな顔をした。

 魔法使いの頭上に展開された魔法陣が消失し、ジンの頭上から雷撃が降り注ぐ。直前に間欠泉が軌道を変えたのを目撃した者がどれほどいただろうか。

 雷の閃光が倉庫部屋の中を蹂躙する。

 光が収まった時、部屋の中には靄がかかっていた。


「なんだ……?」


 視界を塞ぐ靄にハッシュが警戒した矢先、倉庫部屋に巨大な何かが這いずる音が木霊した。


「……()(また)(のみ)(ずち)


 靄が晴れた倉庫部屋に八つの頭と八つの尾をもつ巨大な水の蛇が威風堂々と周囲を睥睨していた。

 八岐水蛇を見るや否や、ハッシュが訓練された動きで木剣を構える。


「なんだこれ、オリジナル魔法かよ。九対四ってか?」

「いや、九対二だ」


 答えを期待していないだろうハッシュの呟きにジンは言い返す。

 雷華落禍なる魔法を放って勝負を決めたつもりになっていた魔法使いを襲撃し、水蛇で拘束、同時に斥候も同じく拘束し終えていた。


「ちなみに、八岐水蛇は水で作ったゴーレムだから、半自動で攻撃する。続けるか?」

「……いや、降参だ。これ以上やるなら奥の手を使うしかない。だが、使うと殺しかねない」


 ハッシュが両手を上げると、もう一人の剣士も苦笑気味に木剣を下げた。

 見届け人が片手をあげる。


「では、そこまで。ジンと言ったか、二人の拘束を解いてやれ」

「あぁ」


 ジンが水蛇での拘束を解くと、斥候と魔法使いはばつが悪そうに頭を掻いた。


「油断したぁ……」

「決まったと思ったんだけど……」


 悔しそうな二人に見届け人がネタ晴らしをする。


「間欠泉で雷の軌道を逸らしていたから、ジンは無傷だった。お前らの動きは読まれてたんだよ」


 ジンもまさか雷が飛んでくるとまでは予想していなかったが、無防備になる空中で攻撃を防ぐことくらいは考えていた。

 ジンは見届け人たちを見回す。


「俺は合格か?」

「あぁ、文句なしだ。中層を探索できるくらいの実力はありそうだしな」


 他の見届け人たちも異論はないらしく、拍手で祝福してくれた。

 ジンはレミを手招く。


「おつかれ!」


 駆け寄ってきたレミに抱き着かれて少しよろめいたジンは、ハッシュを振り返る。


「約束通り警備を交代してもらっていいか?」

「あぁ、ここは任せておけ。ゆっくり休んで来いよ」


 ハッシュたちに送り出され、ジンはレミと共に倉庫部屋を後にする。


「休む暇があるかな?」


 手を握ってくるレミが訊ねる。

 ジンは頭の中で予定を思い返して首を振った。


「魔石レンガ作りに物資の購入もあるからな。どうせ、町では気が休まらないけど」

「倉庫の方が落ち着けるよね」

「当初の狙い通りだろ」


 今回の模擬戦で倉庫の正式稼働も決まり、ジンとレミはひとまずの住処を得た形になる。

 次は二十日間の営業期間を乗り切る必要があったが、人心地はついた。


「町で服を買うぞ」

「採寸だね。楽しみ」

「……採寸の方が楽しみなのかよ」



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