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第七話  仮営業

 どこのモンじゃワリャ!?

 ここはうちらのシマじゃ!

 ワレェ生きて帰れると思うなよ!

 グハァッ!?


 ――倉庫建設予定地に巣食っていた小鬼の群れを一掃したジンとレミは魔石を回収して測量を始めた。

 ここは中層へと向かう坂道に通じるちょっとした部屋であり、三方向に通路が伸びている。やや狭いが壁際に倉庫を作り、防壁を組み上げても通行の邪魔にならない程度の広さではあった。


「レミはその丸太を立てといてくれ」

「こんなものどうするの?」


 一抱えもある丸太を魔石レンガの上に直立させて、レミは丸太を叩く。


「魔石レンガの上に置いた素材が消えない証明に使うんだよ」


 この倉庫を利用しに来た冒険者がそれぞれ、丸太に傷をつける。魔石レンガの上に置かれたものが消滅しないのなら丸太は残り、すり替えられたら傷の有無や形で判別がつくという仕掛けだ。

 ジンとレミに信用がない以上、こういった物的証拠が重要になる。

 測量を終えたジンは魔石レンガを敷き詰めていく。ここまで木製のそりを使って運び込んだものだ。

 てきぱきと魔石レンガを並べて行き、長方形の土台を作る。

 防壁の土台を魔石レンガで作っていく。黄色く着色された魔石レンガは色合いの乏しいダンジョンの中では非常に目立つ。


「――お、やってるな」


 通路からやってきたハッシュたちが声をかけてきた。

 ジンは片手をあげて応じる。丸太を固定し終えたレミが走ってきて、ジンの後ろに隠れたのを見て、ハッシュたちは苦笑した。


「約束通り、テントを持ってきたぞ。宣伝もしておいた」

「ありがとう。ちょうど魔石がいくつか手に入ったから、名前でも彫ってテントの中に転がしておいてくれ」

「良いのか? 俺たちも道中に狩った魔物の魔石を持ってるが」

「どうせ今は売っても二束三文だが、協力してもらうからには魔石くらい用意するよ」

「なら遠慮なく」

「ついでに、そこの丸太にも何か彫ってくれ。名前でもいいが、できれば複雑な図形みたいに複製しにくいものが良い」

「忙しいな」


 ハッシュたちが笑いながら魔石や丸太を彫り始める。

 ジンはレミに声を掛けて、長方形に並べた魔石レンガの上にテントを張り始める。


「風が無いから吹き飛ぶ心配がないとはいえ、ペグを打ち込めないのは怖いな」


 テントを固定するためにペグを打ち込んでしまうとダンジョンの作用で消えてしまう。仕方なく、予備の魔石レンガを重石代わりに並べて置いた。

 大人が並んで三人寝ることのできる大きさのテントだ。倉庫業の試運転としてはちょうどよい大きさだろう。

 ハッシュたちが名前を刻んだ魔石を中に放り込む。

 地面に座り込んだハッシュが昼食の乾パンを取り出しながら訊ねる。


「営業開始はいつからだ?」

「五日後にする。それまでに冒険者たちに周知して、あの丸太や魔石を物証に少なくとも五日間はこの倉庫で保管できることを証明する」

「計画だと、素材の保管期間は二十日間だろう。五日でいいのか?」

「流石に二十日間も試運転していられない。いくら緘口令を敷いた所で人の口に戸は建てられないものだからな」

「……商会の刺客か」


 苦い顔で呟くハッシュに、ジンは頷いた。


「それもあるが、ギルド長が何かしてきそうだと思ってな」


 本来ならば冒険者の味方になるはずだが、ギルド長ヴァイカスの動きは商会側の利益になっている。

 ギルド長の権限で冒険者であるジンに対して何かを仕掛けてくる可能性がある。


「ハッシュ、ギルド長に垂れ込む冒険者がいると思うか?」

「いない、と断言はできないな」


 貧すれば鈍するの言葉通り、この倉庫の所在をギルド長に垂れ込んで歓心を買おうとする冒険者が出る可能性は否めない。


「なら、倉庫の本格稼働は早い方がいい。ギルド長や商会に時間を与えるのは下策だ」


 ジンは時間との勝負だと重ねて強調する。

 それというのも、時間がかかればかかるほど、レミの正体が露見する可能性が高まるからだ。

 冒険者たちが倉庫の有用性と魔石レンガの製造法という基幹技術を持つジンとレミの存在に依存する前に正体が露見して排斥運動が起きたなら、全てが水泡に帰してしまう。

 ジンの思惑に気付かず、ハッシュたちは納得したようだ。

 ジンは話を進める。


「ギルド長が仕掛けてくるとすれば、この倉庫をギルド直轄にして高額の預かり料を設定し、実質的に使用不可能にするか、ダンジョンの保全を名目に撤去指示か、どちらかだろうな」

「よくそんなに思いつくな」

「俺ならこうするって考えればおのずとな」

「ジンを敵に回しちゃいけないのは分かった」


 失敬な、とジンは少し不機嫌になったが、ハッシュの言葉に彼の仲間たちは頷いていた。

 ツンツンと背中をつつかれて振り返れば、レミがこっそりと耳打ちしてくる。


「私は味方だよ」

「ありがとう。俺もレミの味方だぞ」


 囁き返すと、レミは照れた笑みを浮かべながら背中から抱き着いてくる。

 ジンとレミのイチャイチャを微妙な表情で眺めていたハッシュが思い出したように口を開いた。


「そうだ。冒険者仲間にこの倉庫の事を宣伝している時に言われたんだが、二人の戦闘力、具体的には商会が傭兵を雇った時に持ちこたえられるのかを疑われた」

「傭兵か」


 実際に行商人に転職した元冒険者が消息不明になっている。心配するのは当然だ。


「その傭兵に心当たりは?」

「近隣だとグバラ同朋団って小規模な傭兵団がある。団員十名程度だが、汚い仕事も平気でやるって噂があってな。件の行商人が消息を絶った時期にグバラ同朋団の団員が一人ターバラで目撃されている」

「強いのか?」

「傭兵は冒険者と違って対人での雇われ仕事が主だからな。単純な戦闘力もさることながら、騎士と違って汚い手も使ってくる」


 毒の類や闇討ちなど、騎士が忌み嫌う戦法を傭兵たちは好んで使用する。同様の手は冒険者も良く利用するが、人ではなく魔物を相手にする点で異なる。

 冒険者はダンジョンの氾濫防止や魔物被害への対処を目的にした民間組織であり、盗賊や山賊の排除は各地の領主やそれに仕える騎士、兵士の管轄とされる。傭兵団は騎士の手が届かない辺境での野盗対策に雇い入れられる者達で、商会の専属になっている場合もある民間団体である。

 傭兵と冒険者が真っ向からぶつかれば対人戦闘の経験差で負けるというのが定説だ。


「どうすれば信用される?」

「完全に信用してもらうのは最初からあきらめるとしても、相応の実力を見せる必要はあるな」


 ハッシュはそう言って仲間たちを見てアイコンタクトを取った後、ジンに向き直る。


「俺たちが集めた見届け人の前で、俺たち四人と模擬戦をしてくれ」

「シンプルでわかりやすいな」


 ジンはレミを振り返る。

 戦闘となれば激しく動くため、レミの正体がばれる危険性もある。

 ジンはハッシュたちに条件を付けた。


「模擬戦は承諾した。だが、戦うのは俺一人、そっちは四人だ」

「おい、舐めてるわけじゃねぇよな?」


 剣呑な光を宿した目で睨みつけるハッシュに、ジンは首を横に振った。


「考えてもみろ。グバラ同胞団ってのは十人いるんだろう。二対四じゃ力を見せることにならない。だから、一対四にする」

「……まぁ、筋は通っているが」


 実際のところ、レミの使う魔法は全てアルラウネ特有の植物魔法であり、戦闘を見られたくないという事情がある。

 毒など、錬金魔法や水魔法で同様の効果を出せる物があるが、茨の壁を作りだす綾茨などの植物を形成する魔法は一目でばれる恐れがあった。


「別にハッシュさんたち四人に勝てって話じゃないんだろう? 重要なのは他の冒険者が来るまで倉庫を守り切れる防衛力があるかどうかだ」

「なるほど、そういう考えもありか」


 納得したハッシュたちにジンは内心胸をなでおろしつつ、もう一つの条件を提示する。


「それともう一つ、模擬戦は倉庫の試運転が終わる五日後にしよう」

「それはなんでだ?」

「俺たちの戦闘力の有無と、倉庫の有用性は別の問題だ。俺たちが警備として役に立たないとしても、倉庫が有用なら別の警備員を冒険者から出せばいい。現状、俺とレミが警備に当たるのは単純に発案者だからって理由だしな」

「良いのか? 倉庫業が軌道に乗ればそれなりの稼ぎになるだろう?」

「惜しくないと言えば嘘になるが、管理しきれずに迷惑をかけるのは本意じゃない。それに、倉庫業が軌道に乗れば別の儲け話を実行するだけだ」

「ジンは冒険者より商人の方が向いてるんじゃないのか?」

「かもな」


 ジンは肩を竦めて応じた。

 ジンが出した条件は二つとも理にかなっていたため、ハッシュたちはすんなり受け入れた。


「ジン、模擬戦会場はこの倉庫がある部屋でいいよな?」

「外でやったら商会の目につくだろうし、ここが最適だろ」

「じゃあ、決まりだ」


 倉庫として使うテントやそれを守る防壁を作っても、通行の邪魔にならない程度の空間がある。どうせターバラの冒険者しか使用しない通路なのだから、模擬戦で占有してしまっても文句を言われない。

 ルールを取り決めていると、ハッシュが鼻を鳴らした。


「なにか、花の匂いがしないか?」


 ハッシュが仲間を見ると、指摘されて気付いたのか斥候も匂いに気付いて警戒する。

 ジンの後ろでレミが身じろぎした。

 ジンはさりげなくポケットに手を入れる。


「匂いの正体はこれだろ」


 ジンがポケットから取り出したのは小さな袋だった。

 ハッシュたちが注目する。


匂い袋(サシェ)か?」

「ご名答」


 ジンは袋を片手に乗せて、もう片方の手で仰ぐ。強い花の香りがハッシュたちの鼻孔を刺激した。香りの強い花などの香料を袋に詰めて作られるサシェはこの世界でも一般的に知られている代物だ。

 だが、魔物が匂いに引き寄せられて寄ってきてしまうため、冒険者の中にサシェを普段使いする者はいない。


「なんでそんなモノを?」


 訝しむハッシュに、ジンは苦笑する。


「あのな、俺達はこれから五日間、この倉庫の試運転でダンジョンに籠るんだぞ? イケメンとして臭うわけにはいかないんだよ」

「なんだよ、そんな事か。……って事はレミちゃんも?」


 自然流れでレミに問いかけるハッシュに、彼の仲間が微妙な顔をする。


「お前な……」

「女の子にこの流れでする質問かよ」

「そういうところだぞ、お前がモテない理由」

「な、何だよ!?」


 仲間から向けられる視線に耐えきれなくなったハッシュに笑いながら、ジンは続ける。


「まぁ、理由はもう一つあってな。倉庫に収める素材は基本的に魔物の死骸の一部だ。当然、臭う。魔物がその臭いに釣られてやってくるだろうから、より強い匂いを振りまいて注意を俺に向けるのさ。まっすぐ倉庫に向かわれるよりも対処しやすい」

「先にそう言ってくれれば、俺は仲間からの評価を下げずに済んだのに……」

「いや、さっきの話を聞く限り、ハッシュがやらかしたのは今回が初めてじゃないだろ」


 責任転嫁するな、と仲間からも小突かれているハッシュに、レミが小さく笑ったことで、ハッシュの失態は水に流された。

 ハッシュたちが立ち上がる。


「俺たちは食料と水を持ってくる。倉庫の宣伝と模擬戦の立会人探しは任せておけ」

「あぁ、頼んだ」


 ハッシュたちを送り出して、ジンとレミは一息つく。


「模擬戦かぁ。ちょっと安請け合いしすぎたかな」

「大丈夫なの?」


 レミに心配そうに見つめられて、ジンは短剣の鞘をとんと叩いた。


「毒もありならいくらでも手はあったが、魔法と武器のみとなると厳しいな」


 三つ目の小鬼や巨大な狼程度であれば苦も無く倒せるが、そんなものはハッシュたちも同じだ。彼らは基本的に浅層で魔物を狩るが、中層での活動も行う実力がある。

 初めて地底湖であったときはさほど実力があるようには思えなかったのだが、ハッシュたちは素材価格の相場が操作されている中でも冒険者として活動し続けて疲労がたまった末にミスをしただけらしい。

 おそらく、ジンたちが遺品を回収した三人組の冒険者も同様に疲労がたまった末に殺されたのだろう。

 ジンは魔法で生み出した水の蛇を複数操りながら、鞘に入ったままの短剣を手元でくるくる回す。


「負けたら負けたで手はあるけど、訓練しておくか」

「手伝うよ」

「胸を借りるよ」

「貸すほどないよ?」


 レミが胸の余り生地を指先でつまんでみせる。


「そういう意味じゃないんだが……」

「分かってるよ」


 くすくすと笑ったレミは指を左右に振る。


「ジンは基本的に魔法での戦闘だよね」

「そうだな。短剣も使えるようにはなってきたが、水蛇で奇襲をかけるのがメインになってきている」


 視線を地面に移せば、複数の水蛇が揃って頭を持ち上げてうんうんと頷いている。無論、操作しているのはジンだ。


「魔力量も多いから、ジンは今の戦法を変えない方がいいと思う。けど、この世界での戦闘方法とかはあまり知らないでしょう?」

「あまりどころかほとんど知らない。レミの魔法はアルラウネ特有の魔法だから、ハッシュさん達との模擬戦の参考にはできないんだろう?」

「出来ないね」


 きっぱりと断言したレミは説明を続ける。


「剣士といっても魔法を使わないわけじゃないんだよ。魔力が少ないから魔法を使わないって人と、長期戦に備えて剣を主に使っているだけって人がいるの。ハッシュさんは多分、後者」

「分かるのか?」

「花精霊アルラウネを舐めちゃいけません」


 自信満々にレミが語るところによると、精霊人と称されるアルラウネやエルフ、フェアリーといった人種は魔法適性が高く、植物などから魔力を吸収する。その延長で生き物の魔力の保有量をある程度察することができるという。


「ちなみに、ジンの魔力量は成長期かなってくらいどんどん増えてるよ」

「言われてみれば、水蛇をいくら出しても疲れなくなったな」


 ねずみ花火のようにクルクルと円を描いて回る水蛇やヘッドバンギングを繰り返す水蛇、ウロボロスごっこをする水蛇に、ツチノコのように飛び跳ねる水蛇、多様な動きをする水蛇たちは全てジンの魔力で作られている。

 この世界に来た当初ならこれほどの数を一度に作れば頭痛がした物だが、最近はまだまだ余裕があった。


「ハッシュさんの三倍はあるんじゃないかな。魔法使いの人と同じか、それ以上」

「俺、凄いじゃん。今のところ水系魔法しか使えないけど」

「魔法の種類は徐々に増えてるけどね」


 ジンは暇を見つけては魔法を開発して遊んでいるため、そのバリエーションは増えつつある。

 この世界の人々は使い慣れた魔法を数種類用意しているが、ジンの場合は全てが水魔法という偏重振りだった。


「話を戻すけど、剣士も魔法は使うの。ただ、剣術の延長として使えるような魔法を習得する場合が多いんだよ。代表的なのが属性剣だね」

「属性剣?」

「剣に魔力を纏わせて、火や水なんかの魔法を帯びさせるの。相手が魔法で防御しようとしても、それに対応した属性剣を振るえば抗魔力の問題で相手の防御魔法を打ち消して剣が届くんだよ」

「他には?」

「剣士に飛び道具はないと思わせて不意打ち狙いの魔法とかだね。魔道具の剣なんかもあるよ。とりあえず、ハッシュさんが魔法を使ってくる可能性も考えて作戦を立てた方がいいね」

「分かった」


 魔法というかさ張らない飛び道具の存在は剣術にも影響を与えるのだろう。

 接近戦はしたくないな、とジンは短剣の柄を指先で弾いた。




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