第六話 協力者
全体積の内八割以上を魔石で構成されたレンガはダンジョンに吸収されるまで十日かかる。この際、進行は徐々に進まず、十日が過ぎた段階からレンガはダンジョンに接する面から徐々に吸収されていく。
また、ダンジョンの接触面が広くなると吸収されやすくなる。このことから、体積と面積の比から吸収までにかかる日数をある程度計算できる。
さらに、魔石で構成されたレンガに対して魔力を込めた場合、込めた日から数えて十日後に吸収が開始される。つまり、吸収までにかかる日数は魔力を込めることで延長できる。
「――と、こんなものかな」
魔石レンガと名付けたこの複合材料は上に置かれた物がダンジョンに吸収されるのを防ぐ効果もある。
ジンの腕に抱き着いて実験レポートを覗き込んだレミが口を開く。
「魔石レンガに魔力を込めると吸収までの期間が延長できるのは抗魔力が原因だよね?」
「おそらくな。できれば漆喰とかでも試してみたかった。中を空洞にした木箱に魔石を混ぜた漆喰を塗って吸収までの時間を計ったりさ」
資金がないため、粘土すら自分たちで集めてきて魔法で乾燥させた手作りのレンガだ。漆喰の購入資金となると当てがない。
すべてを自分たちでやっているため、この魔石レンガの存在を知っているのもジンとレミの二人だけだ。
ジンは実験レポートを鞄の中に入れて、腕を組んだ。
「問題は資金だな」
「魔石レンガは私たちでどうにか作れるけど、土台むき出しで素材を置くわけにもいかないもんね」
「何の祭壇だって話だよな」
ダンジョンに倉庫を建てる以上、建材をどうやって持ち込むかが問題になる。
商会の手先でなくても魔物の襲撃があり得る以上、素材を守る壁や天井がなければ倉庫として役に立たない。
「ダンジョンの中にある小部屋に魔石レンガを敷き詰めるとか?」
「試運転にそこまでの労力を払いたくないんだ。魔石だってタダじゃない」
「だよね」
ダンジョン内では瘴気と魔力が合わさって魔物が生まれるという。魔石土台の上に魔物が発生するかどうかも試運転での確認項目だった。
素材を保管している倉庫の中に魔物が発生しました、となると目も当てられない。
「必要経費と割り切るには、俺達の懐具合がな」
「お腹すいたよね。あ、魔力ちょうだい」
「ほら」
「最近ためらいがなくなって来たね」
差し出されたジンの指を咥えて魔力を吸い始めるレミを横目に、ジンは地図を開く。
倉庫の建造候補地はいくつか存在している。その中に、赤く塗りつぶされた部屋があった。
ハッシュたちが拠点にしており、ジンが冒険者登録を済ませた町ターバラと、冒険者をするなら拠点にすると良いと紹介された町ベレンディアの中間に位置する好立地。
ベレンディアは山脈を迂回する形で街道が通っているせいでターバラからは少し距離があるが、両方の町を繋ぐダンジョンの通路が存在している。
ダンジョンの浅層から中層へと足を踏み入れて再び浅層へと上がるこの通路は、かつてはターバラとベレンディアの冒険者が行きかって交流を深めたという。
事情が変わったのは中層の深い位置に出現するはずの魔物サイクロプスの異常種が浅層に上がってきたこと。
このサイクロプスの出現によりターバラとベレンディアの交流が半ば断絶し、現在は地上での行き来のみとなっている。
ターバラにおける素材価格が低下し始めたのはこのサイクロプスの出現直後であり、まだ力のあったターバラの冒険者がこの異常種のサイクロプス討伐に乗り出して返り討ちにあった。
異常に大きい体躯。ダンジョン中層で手に入れたらしい魔道具の剣を持ち、討伐に来た冒険者を七人斬り殺した。
(単眼王……)
異常種のサイクロプスに付いた名だ。
サイクロプスにしては強いが、それでも中層の魔物だけあって実力のある冒険者を呼び寄せれば討伐は可能だった。
しかし、単眼王は縄張り意識が強いのか、一つの広間を根城に決まった経路を巡回するだけであり、巡回経路を知っていれば避けるのは容易い。
町同士の行き来は地上ルートがあることを理由に、ターバラ冒険者ギルド長ヴァイカスは高位の冒険者に救援を求める案を却下し、今に至る。
「今になってもギルド長が他所から実力者を呼ばないのって何でだろうな」
「っん、グルだからじゃない?」
「指先をぺろぺろ舐めるのはやめなさい」
「名残惜しくてつい」
ハンカチを出してジンの指を拭いて、レミは満足したようにジンにもたれかかった。
「多分だけど、ギルド長が商会とグルになってて、それに他の職員さん達もうっすら気付いてるんじゃないかな。素材換金の時とか、後ろめたそうだったし」
「やっぱりそうだよな」
実験期間中、集めた素材の売却と食料などの補充にターバラに戻っていたが、ギルドの職員はいつも申し訳なさそうで、実際にぼそぼそと謝られることが多かった。
「一応、ギルド長にも警戒はしておくか。そうなると、この倉庫造りの話を持ちかける相手はハッシュさんたち冒険者になるかな」
「私たちを信用してもらえるかどうかの問題もあるよね。素材を持ち逃げされないかって絶対に心配するよ」
「この際だから、色々と計画を詰めておこうか」
最初に、ジンとレミの目的。
「これは単純にダンジョンの中に生活拠点を築く事だな」
「倉庫管理人になって、冒険者から食べ物を買いやすい状態にするんだよね?」
「そういう事だ」
地面に木の枝で文字を書き込む。当然ながらレミは日本語が読めないため、レミはこの世界の文字を書き込んでいた。
次にハッシュたち冒険者の目的。
「ターバラでの素材価格を適正に戻すのが目的になる。ダンジョンに倉庫を構えるのは商会からの刺客への対抗策に過ぎない」
「適性値に戻ったら倉庫に価値はないって事だね」
「あぁ。だから、俺達としてはただの倉庫からダンジョン探索の中継地として発展させていく必要がある」
有用であると示し続けなければ消えてしまう。
最後に、談合している商会の目的。
「素材を出来る限り低価格で買い取るのが目的だな。倉庫の存在は邪魔にしかならないだろう」
「ダンジョンの中にあっても襲撃に来ると思う?」
「来ても不思議はない」
三者三様だが、利害関係ははっきりしている。
後はどう巻き込んでいくかだ。
ジンはレミと一緒に地図を覗き込む。
「やっぱり、単眼王の根城が最高の立地なんだよな」
「倉庫が必要なくなった後でも中継地として機能しやすい立地だもんね」
だが、いくら戦闘に慣れてきたジンとレミでも悪名高い単眼王に挑みかかって無事で済むとは思えない。
「素直に安全策を取るか」
「どこにするの?」
「頭を押し付けるな」
猫のように頭を擦りつけて甘えてくるレミを邪険に押しやって視界を確保したジンは地図の一点を指差す。
「ここにしよう。レミの正体がばれたとしても逃げ出せる位置だ」
ターバラの冒険者がダンジョンの中層へ最短距離で向かう場合に必ず通る小部屋である。小部屋だけあって拡張性はないが、前後の道も複雑に分岐しており、小部屋への道も複数存在している。
「これなら通路から燻されても対処が可能だし、通路上から魔法で攻撃しようとしても射線が通らない」
「この広さなら簡単な防壁も作れるね」
「じゃあ、決まりでいいか?」
「私は異論なし。ハッシュさん達がこの話に乗ってくれるかがカギだね」
レミの言う通り、これ以上はハッシュたちと相談するべきだろう。
ジンは木の棒を森に放り投げた。
実験のためにダンジョン入り口に置いてあった魔石レンガを回収する。
黄色みがかった白い粘土質をツナギに荒く砕いた魔石を固めた物で、光を受けると魔石の光沢でキラキラと光る。一目で材料や製造工程が分かってしまうため塗料で誤魔化す必要がありそうだ。
「それじゃあ、ハッシュさんと合流しよう」
「しゅっぱーつ」
※
ハッシュたち四人組と合流したのは何の因果か初めて出会った地底湖だった。
「ジン、久しぶりだな!」
気さくに声を掛けてくるハッシュに片手をあげて応じたジンは、治療院送りになった二人がいることに気付いた。
「退院おめでとう」
「その節はどうも」
「ありがとうございます」
二人が頭を下げる。
片方が斥候役、もう片方が魔法使いらしい。
立ち話もなんだからと、地底湖を囲む陸地に転がる石の上にのぼって車座になった。
「ジンたちはもうベレンディアに拠点を移したもんだとばかり思ってたぞ」
「ベレンディアには未だに一度も足を運んでない。ずっとターバラを拠点にしてる」
「そうなのか? 町では全然見かけなかったが」
ハッシュが不思議そうな顔をする。
ジンとレミはターバラの町に宿を取っていない。レミがアルラウネだと気付かれないようにするための処置だが、目撃情報を辿ればダンジョンとギルドを行き来していると分かるだろう。
実際には、レミが見つけた秘密のダンジョン入り口のそばにテントを張って寝泊まりしている。季節によっては山菜取りや狩猟などで近隣の村人が通ると思われるため、終の棲家には適さないだろう。
「ちょっとダンジョンで実験をしていてな」
「実験? それで、ターバラに宿を取っていなかったのか」
ハッシュは納得したように頷いたが、彼の仲間の魔法使いは興味を引かれたように身を乗り出した。
「実験ってどんな?」
「説明するからあまり近付かないでくれ。レミが怖がる」
「あ、すみません。人見知りなんでしたっけ」
ジンの後ろに身を隠しているレミに気付いて魔法使いが謝った。
鞄から取り出した魔石レンガをハッシュたちの前に置く。材質が分からないように上から黄色の塗料を塗ってあった。
「製法に関して教えられないが、これの効果は――」
魔石レンガの効果やダンジョン内倉庫の建設について話すと、ハッシュたちは説明に聞き入った。
元々、現状に不満があり、改善を望んで行動したこともある彼らだ。ジンの提案にはすぐに理解を示した。
「それで、俺達に何をさせたいんだ?」
「倉庫の存在を冒険者仲間に周知するのと、信用がない俺とレミを監視する役として倉庫の運転開始から二十日間、付き合ってもらいたい」
「倉庫監視の監視役か。まぁ、俺達が適任だろうな」
ハッシュが納得する。
ジンとレミに助けられたハッシュたちならばともかく、他の冒険者はジンたちの存在すら知らない。しかし、ターバラの冒険者は横のつながりが強いため、ハッシュたちが説得すれば倉庫を利用してくれる可能性が高い。
「二十日間の期限はどういった理由?」
魔法使いが訊ねると、ジンより先にハッシュが答えた。
「ベレンディア行きの馬車の日程だろ。二十日も素材を市場に流さなければ商会だって焦る。貯まる素材の量も相当だ。馬車でもなければ運べない」
ハッシュの答えに、ジンが補足する。
「ベレンディア行きの馬車が現状、ほとんど利用されていないのは調べがついている。借り切るのはさほど難しくない。素材の量次第では追加の馬車を近隣の村から借り受けるつもりだ」
「馬車は高くつく。この辺りの村には冒険者の知り合いや引退した奴も多いから、荷車を借りてくるのは難しくないぞ」
「ならそっちの方がいいかもな。で、参加してくれるか?」
ジンの問いに仲間と顔を見合わせたハッシュは笑顔で片手を差し出した。
「当然だ」
「ありがとう。絶対に成功させよう」
握手を交わし、ジンたちは動き出した。