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第五話  実験は礎

 町で買ったテントを組み立てる。


「ジン、かまど作ったよー」


 レミの声に振り返ると、石で組んだ簡単なかまどが出来上がっていた。


「近くの崖が崩れたみたいでたくさん石が転がってるの」

「都合がいいな。机代わりに出来そうな手ごろな大きさの石はあったか?」


 テントを地面に固定するペグを短剣の柄で打ち込みつつ問う。


「ない事もないけど、私一人で持ってくるのは無理」

「もちろん手伝うよ」


 ペグを打ち込み終えて、ジンは立ち上がった。


「案内してくれ」

「こっちだよ」


 レミに案内されて森の中を進む。かなり深い森のようだが、レミに言わせれば人が入った跡があるという。


「ほら、あっちに細い木があるでしょ」


 レミが指差す先には棘が無数についた木があった。ジンの持つ短剣でも叩き折れそうな細い木だが、ジンの身長を軽く超える高さだ。

 ジンは木の様子がおかしいことに気付いて観察する。


「あれ、枯れてないか?」

「枯れてるよ。芽が食べられるんだけど、半端な知識しかない人が側芽を採っちゃったんだよ」

「魔物の仕業って事は?」

「ないよ。魔物なら木を折るし、動物は棘で触れない。あれを取るのは人種だけ」


 レミは少しきつい目で枯れた木を見る。まるで、枯らした犯人を見透かして咎めているようだった。


「この辺りは山菜取りに来る人がいるんだよ」

「冒険者か?」

「森の中だから魔物もいるだろうし、多分冒険者だね。後は冒険者を護衛に雇った狩人とか」


 なおも森を突き進んでいると崖に出た。

 レミの言う通りに崖崩れがあったらしく土砂と共に石が転がっている。

 ジンは手ごろな石を探して辺りを見回し、平らな石を見つけた。


「水蛇でひょいっと」


 ジンの足元に生じた水蛇がひょろひょろと石の下に潜り込み、僅かに持ち上げる。

 ジンとレミは石の両端を掴み、持ち上げた。


「重いな」

「石だからね。これをどうするの?」

「作業台の代わりにする」


 キャンプ地にしているダンジョンの出入口まで石を運び、邪魔にならない場所に置いておく。


「レミは型枠を作っておいてくれ」

「レミちゃんの簡単曲げわっぱ講座!」

「誰向けに開いてんだよ」

「大自然」

「客層というより客そのものが広いな」


 戯言を交わしながらも、ジンは魔石を岩の上に置いて、ハンマーで叩き始める。魔石は硬く、単純にハンマーで叩いたくらいではびくともしなかった。


「やっぱノミを使わないとダメか」


 町で購入しておいたノミを取り出して、魔石に当てる。今度はすんなり二つに割れた。

 手ごろな大きさに割った魔石を麻袋にいれ、ハンマーで思い切り叩き、粉砕する。

 カーンと良い音が想像以上に響き、魔物が引き寄せられては来ないかとジンは反射的にダンジョンの入り口を見た。


「罠を仕掛けるのを忘れてたな」

「あ、本当だ」


 植物魔法を使用しながら木の板を曲げていたレミが荷物を漁り、罠を取り出す。とらばさみだ。

 ダンジョンに吸収されないギリギリの場所に仕掛けて、レミが数枚の葉をとらばさみの刃にふわりと置いた。


「毒草か?」

「そうだよ。身体に入ると四肢が麻痺するの」


 さらりと怖いセリフを口にして作業に戻るレミを見て、怒らせないようにしようと誓うジンだった。

 魔石を砕き終えたジンは水魔法で生み出した水を一杯にした桶に麻袋を放り込んで洗う。粉末状になって麻袋の目に入り込んでいる魔石も洗い出すためだ。

 小指の爪以下の大きさに砕いた魔石に魔力を流し込み、魔力がこもる事を確認する。


「粘土は――」

「はい、どうぞ」


 レミからさっと差し出された粘土を受け取り、水を加えてこねた後、魔石を加える。ひとまずは体積比で一割ずつ魔石の分量を変えた粘土塊を用意し、レミが作った型枠にはめ込んでいく。


「ねぇ、ジン、長方形だけでよかったんじゃないの?」


 楕円形の底面を持つ型枠や長方形、三角柱など型枠にはいくつもの種類がある。

 ジンは粘土を詰め込みながら答えた。


「ダンジョンに触れている面積や形状で吸収効率が変わるかもしれないから、型枠の種類はいくつかあった方がいいんだ」


 初めての試みだから、対照実験を細かく行って実験試料を揃えて結果の説得力を増しておきたかった。

 この実験の結果でダンジョン内での倉庫業が成立すると証明しなくてはいけないのだから。


「さて、後は乾燥させてから焼けばいいんだが」

「ねぇ、ジン」

「なんだ?」

「焼く必要ないかも」

「……なんで?」


 日干しレンガなる物が存在するのはジンも知っているが、焼いた方が崩れにくい。

 疑問符を浮かべるジンに、レミはダンジョンを振り返った。


「ダンジョン内で雨は降らないし、土台にするだけなら水に濡れる心配はほとんどないよね。焼くのも時間がかかるし、乾燥だけでいいんじゃないかな?」

「言われてみれば、確かに」


 地底湖のように一部では水がしたたり落ちる場所もあるが、ダンジョン内はほぼ水気が無い。水魔法による攻撃は想定されるが、その対策に外周部を焼きレンガで固めることもできる。


「時間もないし、日干しレンガで一度確かめるか。実験趣旨は魔石を混入した物体がダンジョンに吸収されるか否か、なんだし」


 レミの意見を聞き入れて、ジンは風魔法でレンガにそよ風を送る。あまり急速に乾燥させるとひび割れの原因になるため、威力を調整しつつの作業だ。

 しかし、ジンの目論見に反して三時間ほどするとひび割れが発生した。


「……やっぱり、藁とか入れないとダメか」

「なんで入れなかったの?」


 レミが暇に飽かせて焼き上げたクッキーの出来栄えを調べながら訊ねる。


「ダンジョンは有機物の方が吸収されやすい傾向にあるからだ」


 ジンが召喚された時、レミが召喚の魔道具が入っていたと言っていた宝箱は、底面の縁取りの金が吸収されずに転がっていた。

 それを覚えていたため、枯れ草を入れるのを躊躇したのだ。


「けど、こうなったら仕方がないか……いや、待てよ」


 ふと思いついて、ジンは粘土を潰し、水魔法で生み出した水塊に放り込んで捏ねる。

 木枠にねじ込んでから魔法の発動を止めると、疑似物質の水は物質化を維持できずに霧散した。

 残されたのは急速乾燥で固まった日干し煉瓦もどきだ。乾燥の速度にムラが生じないため、内部にまで収縮率が変わらずひび割れが起きていない。


「こっちの方が早いな」

「凄い力技だね」

「完成すればいいのだよ」


 この世界の陶芸家にとっては一般的な粘土の乾燥方法だと二人が知るのは後のお話。


「日も落ちて来たな」


 粘土をすべて急速乾燥した後、様子を見ながらそよ風を送っている内に日が沈み、あたりは暗くなり始めていた。

 レミが石組かまどに火を入れて、お湯を準備し始める。


「お風呂入りたいね」

「お風呂文化あるのか」

「あるよ。アルラウネは植物と同じで水やお湯に浸かっていると満たされるからね」


 冗談か本気かよく分からない事を言うレミに、ジンは水魔法で浮かべた水塊を指差す。


「魔法で水を用意して、それに浸かるか?」

「それはダメ」

「なんで?」

「魔法の効果が切れたら、あの日干しレンガみたいになるよ」


 急速乾燥による肌ダメージが気になるらしい。

 なるほど、乙女には許容できない問題だろう。

 ジンも肌が乾燥して痒みを我慢するのは嫌だ。


「はい、蒸しタオル」

「まぁ、こうなるよな」


 レミに渡された蒸しタオルを見て呟く。

 レミは蒸しタオルを持ってテントに入った。


「覗いてもいいよ?」

「あぁ、うん」

「なんでそんな反応薄いの!?」

「いや、どうしたら風呂に入れるかなぁって考えてて」


 蒸しタオルで体を拭くだけでは数日で我慢できなくなるだろう。

 ダンジョン内に住むとしても、蒸しタオルだけではやはり衛生面が気になるところだ。

 富士山でも水の値段が高いと話題になるのだ。ダンジョン内に倉庫を作ったとしても水の運搬で経費が掛かり、水を豊富に使う風呂はどうしても難しくなる。

 ダンジョン内の地底湖に溜まっているのは少し浸かっただけで体調を崩す瘴気混じりの水だ。風呂には使えない。


「瘴気なぁ。どうにかして除去できればいいんだけど」

「そういう魔道具もあるかもしれないけどね」


 テントの中からレミの声が聞こえてくる。

 ジンも体を拭きながら、瘴気を除去する方法も今度調べようと心に誓う。

 すべては快適なダンジョン生活のために。そして、お風呂のために。


「ダンジョンの中の魔物は水をどうやって補給するんだろうな?」

「瘴気と魔力で出来ている生き物だから、ダンジョン内の瘴気が溶け込んだ水を飲んでも平気なんだと思うよ」

「なんかずるいな」

「魔物を羨む人を初めて見たよ」


 月と焚火の明かりを頼りに体を拭いていると、ふと気配を感じた。

 森の中からこちらを窺っている気配。月明りの下で二つの瞳が光って見えた。

 ジンは気付かない振りをして水蛇を作りだし、近くの藪に潜ませる。

 蒸しタオルを片付けようと立ち上がったその瞬間、気配が急速に接近した。

 ジンは横目で位置を確認し、短剣を抜き放ちながら飛び退く。


「狼か」


 距離を詰めようと突っ込んでくるのはダンジョンの中でもたびたび見かける巨大な狼だった。一頭だけのようだが、闇に潜んで隙を窺うなど狩りに慣れている印象だった。

 もっとも、横から飛んできた水蛇に対処できずに巻きつかれて暴れる姿を見れば、熟練の狩人とは呼べない。


「――どうしたの!?」


 テントから飛び出してきたレミが転がっている巨大狼を見て、すでに危機が去った事に気付く。


「言ってよ」

「悪い。明らかに隙を窺ってたみたいだから、挑発して――」


 謝ろうとレミの方を見て、ジンは硬直する。

 レミは半裸だった。蒸しタオルで体を拭いている途中で出てきたのだから当然ではある。

 月下に照らされた肌は咲いたばかりの月見草に似て白い。細い腕や腰はその頼りなさがそれこそ可憐な花を思わせた。

 純白の髪に咲く紫の小花は、白ばかりで構成された少女に彩りを与え、あどけない外見に気品を与えていた。

 彼女が直前までいたテントからは清爽甘美な香りが拡散し、夜の優しいそよ風に乗ってジンの元に届く。


「うん? どうし――」


 ジンの反応を訝しそうに見たレミは、すぐに気付いてテントの中に隠れた。


「……不意打ちで見られると恥ずかしいね」


 テントの入り口から顔だけ出したレミが赤い顔で照れ笑う。

 ジンは誤魔化すように咳払いした。


「あぁ、不意打ちだと見惚れるな」

「普段からそうやって素直に褒めてほしいんだけどなぁ」

「早く服を着ないと風邪を引くぞ」

「はーい」


 軽い声の返事が聞こえた後、衣擦れの音が生々しく聞こえてくる。

 ジンは自らの太ももをつねって気を散らした後、巨大狼の死骸を掴んでダンジョンに放り入れた。



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