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第四話  住処の作り方

 短剣を鞘から抜き放ち、小鬼の群れに切り込む。

 足元を起点に水魔法を発動して小鬼を押し流す様に波を発生させる。

 波に流されないように足で地面を踏みしめる小鬼へ、短剣を横一線。喉元を切り裂いて胸を蹴り飛ばす。

 別の小鬼が振り下ろした棍棒はジンの腕を伝って飛びかかった水蛇が受け止めた。

 ジンの水蛇に驚いて飛び退いた小鬼への追撃は諦め、斬り殺された仲間の死骸に足を取られてバランスを崩している別の小鬼を短剣で突き殺す。


「――毒蔦鞭」


 レミがジンへの警告も込めて魔法名を口にし、その手に形成された植物のツタを鞭のように振り抜いた。

 生き残りの小鬼が棍棒で受けとめようと構えるが、レミは捻るように手首のスナップを利かせて鞭の軌道を修正する。

 脚を鞭で叩かれた小鬼が膝を折り、直後に加えられた第二撃で意識を刈り取られた。

 最後の小鬼が逃げようとしたが、レミの操るツタが追撃を加える。距離があったため、背中をかするだけで済んだのを良い事に小鬼が走る速度を上げた直後、前のめりに倒れ伏した。


「ぎゃああ――」


 倒れ伏した小鬼が地面をのた打ち回る。鞭そのものが分泌する毒で激しい痛みに襲われているのだ。

 数歩距離を詰めたレミが軽い調子で鞭を振り抜く。先端が音速を超えて鋭い音を発し、小鬼の首を切り落とした。


「増援は……ないみたいだな」


 洞窟道の奥へ光魔法を飛ばして増援が無いのを確かめて、ジンは短剣を鞘に納めた。


「――絶好調!」


 レミがぴょんと跳ねる。町では終始怯えた様子だったが、ダンジョンに戻ると本来の明るさを取り戻してよくしゃべるようになった。


「綺麗な花には棘がある。私にも棘がある。すなわち私は綺麗!」

「どちらかって言うとかわいい系だけどな」

「いやいやそんな可憐だなんて」

「魔石拾うぞー」

「手伝うー」


 魔石を回収して、ジンは地図を広げる。

 ダンジョンに入って数時間、レミの匂いに引き寄せられて魔物が度々襲ってくるため狩りの効率は極めて高い。おかげでジンの魔法も実戦で鍛えられている。

 しかし、困ったことに休憩が挟めない。


「ダンジョンで寝泊まりするのは難しいな」

「私が魅力的だから?」

「レミさんや、テンション高くない?」


 茶化してはいるが、実際にレミの匂いに引き寄せられて魔物がやってくる以上、一つ所に長居できないデメリットもある。

 連戦を強いられることもあり、体力を温存しないと町に引き返すことになってしまう。かといって、町も決して安らげる場所ではない。


「レミはこのダンジョンにどこから入ったんだ?」


 地図を広げてレミに見せると、レミは地底湖から指先で通路をなぞっていく。地図に表記されていない道があるらしく、途中からは白紙部分をなぞっていた。


「多分、この辺り。行き方は覚えてるよ」

「未発見の入り口か。町の人間にレミの正体を気付かれた時の逃げ場としても活用できそうだし、一度行ってみるか」

「案内するね」


 地底湖を経由する方が分かりやすいとの事で、レミの案内でダンジョンの奥へと向かう。

 地図が途切れている地点まで来ると、レミが頭上を指差した。


「ほら、あそこに穴があるでしょ?」

「あれか」


 頭上二メートルほどのところに横穴がある。闇に半ば呑まれてしまっているその横穴は注意深く見ていてもなかなか気付けないだろう。


「どうやって上るかな」

「こうすればいいよ」


 ジンが考えるより先にレミが魔法で作りだした植物のツタをダンジョンの壁面に這わせて、それをロープ代わりにするすると昇り始めた。

 登り切ると今までと変わらない洞窟風のダンジョンが奥へと続いている。

 ジンは町で買った筆記具を取り出して地図に書き込み始める。


「ここで休憩にするか」


 二メートルの壁をよじ登ってくる魔物はいないため、後方の警戒がしばらく必要ない。前方はまだレミが歩いていないため匂いに誘われる魔物は当分やってこないだろう。

 一応風向きを調べてみるが、そよ風すら吹いていない。


「水いるか?」

「欲しい」


 鞄から取り出した水筒をレミに渡して、ジンは地面に座る。ついでに昼食を取ってしまおうと、乾パンと野菜の酢漬けを取り出した。


「なぁ、このダンジョンってどれくらい広いんだ?」

「世界中すべての国に繋がっているっていうよ」


 さらりとレミが答える。

 ジンは手元の地図を見た。世界中に繋がるというだけあって、この通路同様に未発見の通路も多く残されているのだろう。


「行商人が利用したりはしないのか?」

「外の方が安全だからね。ダンジョンだと魔物が自然発生するんだよ。瘴気と魔力が混ざって、核になる何かがどうたらって偉い学者様が調べたらしいよ」

「ほとんどわかってなさそうな説明なんだが」

「分かってないからね。魔物と一緒で宝箱が自然発生したり、その宝箱から再現不可能な魔道具が出てきたり、分からないことだらけだよ」


 いそいそとジンの隣に近寄ったレミは肩が触れ合う距離に座って笑う。


「宝箱か。なんで魔物の死骸みたいに消えないんだ?」

「さぁ? 分からないことだらけだからね。今でも学者様が調べてるんじゃないかな?」


 今まで疑問に思った事もなかったのだろう、レミは興味なさそうに首を傾げた。

 乾パンを受け取ったレミが野菜を挟んで食べ始める。

 ジンも同じく乾パンを齧る。


「消えないと言えば、魔石も消えないな」

「そんなに気になるの?」

「いや、消えるか消えないかは興味があるが、どうして消えるのかについては正直どうでもいい」

「違いが分からないんだけど」


 首を傾げて考え込み始めたレミに、ジンは魔石を取り出した。


「この魔石って砕けるのか?」

「突然話題を変えて来たね。砕けるはずだよ。魔道具の動力として使う時に削って形を整えるんだって」

「砕いたらダンジョンに吸収されるかな?」

「話題が戻った? えっと、確か魔道具は吸収されても魔石部分だけ残ってるって話を聞いたことがあるよ。偶に、綺麗な形の魔石が落ちている事があるんだって」

「よし、実験してみるか」

「ごめん、ジンの考えがさっぱりわからないんだけど」


 ついに降参してジンから直接聞く事にしたらしいレミが覗き込んでくる。

 ジンは魔石を手元で弄びつつ、口を開いた。


「魔石が加工しても消えないっていうなら、これを建材にすればダンジョンの中に建物を作れるだろう?」

「凄く費用がかかるよ?」


 魔物から得られる魔石は大きさにばらつきがあり、強力で大型の魔物ほど魔石も大きい傾向がある。

 しかし、巨大な魔石はその分高価で、建材として必要な量を考えれば現実的ではない。

 レミの当然の疑問に、ジンは鞄を持ち上げて答えた。


「鞄の中に入れた素材が消えないのはなんでだろうな?」

「……ダンジョンの床や壁に直接触れてないから?」

「おそらくはそうだ。ついでに、俺達の衣服や靴が吸収されないのは?」

「それは抗魔力の作用だって学者さんが推測してるよ」


 レミの答えに、ジンは頷いて二本指を立てた。


「つまり、ダンジョン内で建物を建てる方法は二つ。抗魔力を持つ生物か魔石で建物の基部を作ればいい」

「そっか、土台の上に木造の家を建ててもダンジョンに触れてないから消えないんだね」


 得心がいったレミが感心したように拍手する。


「ジン凄い」

「何を当たり前のことを」

「わぁ、ドヤ顔。でも、なんで誰もやらなかったんだろう?」

「やる意味がないからな」


 特殊な事情が無い限り、ダンジョンの中に建物を建てる意味はない。素直にダンジョンの外に住めばいいのだ。世捨て人でも魔物が自然発生して四六時中襲撃を受ける住まいなどお断りだろう。

 まして、ダンジョン内では食料や水の問題も発生する。

 レミとジンのような訳アリでもない限り住もうとはしない。


「……それって、逆説的にダンジョンに住んでいる人は訳アリって事になるよね?」

「なるな」

「私たちが住んでいたら、冒険者に探りを入れられるんじゃないかなぁ、と思うんだけど」


 申し訳なさそうに指摘するレミだったが、ジンも当然考えてある。


「俺たちが訳アリなのは動かしようのない事実だから、他の冒険者も訳アリにしてしまえばいい」

「……あ、倉庫!」


 少し考えて答えに行きついたレミが目を見開く。

 正解、とジンは拍手した。


「ハッシュさんもそうだけど、あの町に住む冒険者が困窮しているのは素材価格の低下が原因だ。それなら、価格が適正に戻るまで市場に流すのを止めてしまうか、利益が出るくらい素材を溜めこんでから他所の町に持って行けばいい」

「ハッシュさん達は町に保管すると盗まれるって言ってたよね」

「そう。談合している商会にとっては他の町へ素材を持って行かれると困るから、何としてでも阻止しようとする。だが、ダンジョンの中に作られた倉庫、それも俺やレミが警備している倉庫から盗み出すのは難しい。確実に戦闘になるが、冒険者は俺たちの味方をする」


 素材を保管するという一点においてはダンジョンの方が安全というのも皮肉な話だ。

 だが、素材を保管する倉庫の管理人兼警備員としてであれば、レミとジンがダンジョンの中に住んでいてもおかしくない。ハッシュたち冒険者も協力してくれるだろう。


「それに、ハッシュさんは身寄りのない子供に金を渡して弟子として送り出すと言っていた。魔道具技師のようなダンジョンの素材を加工する職人に伝手があるって事だ。素材の保管場所があれば、冒険者が商会を通さずに直接職人に卸せる」


 割を食うのは談合している商会と仲介手数料を取っていた何の役にも立たない冒険者ギルドだけだ。


「とはいえ、まだ魔石が建材として使えるとは限らない。実験をしてから本格的に計画を考えることになるな」

「実験ってどうやるの?」

「四角く加工した魔石と、砕いて粘土に混ぜ込んで焼成したモノを用意してダンジョンに吸収される時間を見る。長丁場になるから、レミが見つけたまだ世間に知られていないダンジョンの入り口に置いて放置、折を見て様子を見に行きつつ普段は狩りで魔石や素材を集めよう」


 上手く倉庫を作れれば、それを起点に冒険者の休憩所に発展させ、探索の中継地としても機能させる事が出来る。

 その第一歩となる実験が実る事を願って、ジンは立ち上がった。



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