第三話 冒険者の苦境
ダンジョンの出口は無人だった。しかし、見張りがいないというだけで冒険者らしき武装した人々が周囲にたむろしており、奥の方には町の建物が見える。
レミはこの中を突破してダンジョンに入ったのかとも思ったが、どうやらダンジョンの出入口は発見されているだけでも世界に数十か所あり、未発見の出入口も無数に存在しているらしい。
馬車に乗せられた二人の冒険者は容体が悪化しており、意識はあるものの四肢が思うように動かないとの事だった。
剣士の一人が付き添いに馬車へと乗り込み、町へと出発する。
ダンジョンの周辺は魔物も多いとの事で、護衛役は町に入るまで継続するとの事だった。
「ありがとう。あんたたちが居なかったら途中で見捨てるしかなかった」
動き出す馬車に合わせて歩きながら、剣士がほっとしたように言う。
「ダンジョンを出た以上、瘴気も徐々に抜けていくだろう。全快まで数日かかるとは思うが、死ぬよりはマシだ。本当に助かったよ」
「どういたしまして」
ジンが応じると、剣士は思い出したように自身を指差した。
「自己紹介がまだだったな。俺はハッシュ。あんたは?」
「ジンだ」
「ジンか。そっちの小さいのは?」
ハッシュに声を掛けられたレミの肩が跳ねる。ジンの袖を掴む手が震えているのに気付いて、ジンはレミの頭に手を置いた。
「こっちはレミ。見ての通り人見知りなんだ。悪く思わないでくれ。ハッシュたちを助けるように言ったのもレミだしさ」
「そうだったのか。レミちゃん、ありがとう」
何の疑いもなく信じたハッシュがレミに頭を下げる。
顔を覗きこまれるのを嫌ったレミはジンの後ろに隠れた。
「本当に人見知りだな」
「信頼されている俺が紳士なイケメンに見えるだろ?」
詮索されないように、ジンは即座に冗談を飛ばす。
ハッシュはわざとらしく噴き出すとジンの肩を叩いた。
「おうおう、イケメンだ、イケメン。俺達の事も助けてくれたしな」
「いくらでも褒めるがいい。それはそうと、さっきからすれ違う冒険者の武装が傷んでいるように見えるんだが、何か事情があるのか?」
話題を変えると、ハッシュは顔を顰めて町の方を見た。
「この町の冒険者はみんなして資金難でな。素材や魔石の買い取り価格が他の町の半分、モノによっては四分の一だ」
「なんだ、それ」
「バードゥ商会ってのが筆頭になって談合してやがるんだ。他の町へ素材を持って行って売ろうともしたが旅費がかかる。素材を保管できる場所もないし、仮に保管できてもダンジョンに潜っている間に盗まれる。ベレンディアで叔父が商人をやってるって奴が冒険者仲間のために行商人に転職したが、連絡が取れなくなった」
「連絡が取れないってのは?」
「逃げるような奴じゃない。死んだか、殺されたかだ」
きな臭い話にジンは目を細めてハッシュの表情を窺い、真偽を確認する。貴重な情報だ。これから行く町でうまく立ち回るためにもある程度は情報を仕入れたい。
「なんで町を出ていかないんだ?」
「しがらみだ。世話になった人だってこの町には大勢いる。ダンジョンが氾濫した時に俺たち冒険者が居なくなってたら蹂躙されてお終いだろ。まぁ、出ていった奴も多い。残っているのは家族なり知り合いなりが町に住んでいる奴だな。孤児院出身なんてのもいる」
「そういう事か」
「悪い事は言わねぇから、ジンたちもこの町は早めに出た方がいいぞ」
「考えておくよ」
答えながらも、ジンはこの町を拠点にするのは悪くないと感じていた。
生活拠点としては劣悪もいい所だが、レミがいる以上は人口の多い町より少ない町の方が出歩きやすい。
さらに、冒険者の質が良い。装備が悪く実力は不明だが、町出身者の割合が高ければ無法を働く者が少なくなる。しがらみがあるからと劣悪な環境で命を掛けるようなお人よしの集団ならばなおさらだ。
冒険者たちと仲良くなりダンジョン内で物々交換が出来るようになれば、正体が露見しやすい町中に行く必要もない。
だが、冒険者の一人に正体を悟られれば即座に武装集団である冒険者全員が敵に回るリスクもある。仮に目撃者を殺しても、他の冒険者が探し回るだろう。その時余所者のジンたちが疑われる可能性は高い。
(レミに相談した方がいいか)
ハッシュの側では相談できないため心のメモに書きとめつつ、ジンは町へと入った。
ハッシュの話からどこか閑散とした町を想像していたが、町は人通りも多くそれなりに賑わっているように見えた。
素材が安値で卸される事からその素材を目当てに魔道具技師などがやってきて工房を持っているらしく、魔道具の買い付けを目的に来る商人などもいるという。
「……最後のきらめきってやつか」
「何か言ったか、ジン?」
「いや、何も」
冒険者が搾取されて安価な素材が出回っているからこそ経済が回っている。しかし、基盤を支える冒険者は装備の維持すら難しいほど困窮していて限界が近い。
「冒険者の成り手はやっぱり少ないか?」
「新規参入はほぼなくなった。親がダンジョンから帰ってこなくなって、食い詰めて冒険者になろうとする子供はいるが、そういった子供は親の知り合いの冒険者なんかが金を持ち寄って魔道具技師に弟子としてねじ込んでる」
「過度な善意は身を滅ぼすぞ?」
「矜持が滅ぶよりはましだ」
「それは同感だ」
ジンもレミと行動を共にし、いつ共に滅ぼされるともわからない。ハッシュたちに忠告できる身分ではない。
それでも現状を改善するために動かない言い訳にはならない。
ジンはあちこちの店を横目に見つつ、物価を確認する。文字はいまいち分からないが、数字はローマ数字に似た規則性があったため、おおよその目安にはなる。
「ここが治療院だ。改めて、ありがとう。本当に助かった」
握手を求めるハッシュに応えて、ジンは馬車から運び出される二人に声を掛ける。
「お大事に」
「あぁ、ありがとう」
治療院へと入っていくハッシュたちを見送って、ジンはレミの手を引いて歩きだす。
「レミ、相談がある」
「……なに?」
「冒険者になろうと思う。連中の身内と見做されれば、ダンジョン内で物々交換もしやすい」
メリットとデメリットを説明すると、レミは真剣な顔で悩み始めた。
ジンは周囲の通行人を警戒してレミを壁側に立たせる。
「ジンの言う事は分かるけど、登録の時にばれないかな?」
「冒険者登録をするのは俺だけだ。俺は人間だから、詮索されても問題ない。レミは付き添いってことにする」
「分かった。ジンの考えは正しいと思う。このままだとジリ貧だし。でも、冒険者になっても食べていけないかもしれないよ?」
ハッシュが語ったこの町の冒険者を取り巻く状況は確かに懸念材料だった。
「俺もそこは心配しているが、行動を起こさないといけない状況だ。それに、身寄りのなくなった子供が冒険者になるのを阻止するために金を持ち寄って助けるとハッシュが言っていた。つまり、蓄える余地がギリギリ存在する」
「そのギリギリ具合は結構問題だよ?」
「レミがいれば狩りの効率が上がるとしてもか?」
「……匂うかな?」
心配そうに自分をクンクンと嗅いでいるレミに苦笑する。
「いい匂いだよ」
「種族的に花の匂いしかしないけど、匂うと言われてもうれしくないよ?」
「それはすまなかった。それで、どうする?」
「冒険者になるのは賛成」
「じゃあ、ギルドに行くか」
※
冒険者ギルドは赤レンガの建物だった。中に入ってみると床は石が敷かれており、掃除が行き届いていないのか靴底がじゃりじゃりと音を立てる。
人の出入りが激しい場所でもあるから仕方がないかと思ったが、建物の中は閑散としていた。冒険者らしき風体の男女が計四人、ギルドの職員らしき人物が受付に二人、その奥で書類仕事をしている職員が三人いる。
右手奥の壁にある巨大な掲示板は依頼書を張り出すもののようだが、常時受け付けの魔石の納入以外には近隣の村近くで目撃された魔物の討伐依頼が二つあるだけだ。
「すみません、冒険者登録に来ました」
「え?」
声を掛けられた職員の女性が驚いたようにジンを見る。何を言われたのか分からなかったようだが、すぐに慌てて書類の準備を始めた。
「……ジン」
「分かってる」
近付いてくる足音を聞きつけて、ジンはレミを庇うように立つ。
ギルド内にいた冒険者の一人だ。ジンを観察するように目を細めたその冒険者はちらりとレミを見るとジンに声を掛けてきた。
「見覚えがない顔だな。この町の出身じゃないのか?」
「今日、この町に来た」
「そうか。ならいい。冒険者として活動するならベレンディアって町がお勧めだ。月に一度、馬車が出てるから乗ると良い」
「どうも」
「気にするな。短い付き合いになるが、何かあったら言え」
それだけ言って、冒険者は踵を返した。
この町の出身なら知り合いの冒険者を探してきてどこかに弟子としてねじ込むつもりだったのだろう。町の外から来ているのなら、この町の冒険者の状況を見てベレンディアなる町へ流れるから無視するという判断らしい。
ジンはおろおろしていた受付の職員に向き直る。
「登録します」
「はい、ありがとうございます。人がどんどん減っていて、本当に助かります」
受付職員がぺこぺこと頭を下げる。冒険者たちがため息を吐いた気配がした。
ギルドと言いつつ環境を改善する力を持たないのに冒険者の成り手を募集する不義理に呆れているのだろう。
名前と年齢を書くだけの簡単な登録用紙に記入する。代筆を依頼すると受付職員は快く応じてくれた。
登録が完了し、冒険者タグを渡される。ジンはタグを首から下げつつ、受付職員に訊ねた。
「魔石と素材の換金がしたいんですが、どこに行けば?」
「あちらの窓口で常時受け付けております。買い手に当たる商会との仲介手数料を頂きますが、よろしいですか?」
「直接商会に持って行ったとして、買い取ってもらえると思いますか?」
「……信用が無いので、無理だと思います」
申し訳なさそうに答える受付職員に肩をすくめて、ジンは換金窓口に向かった。
魔石と巨大狼の赤銅色の角を並べると、窓口の職員はやはり申し訳なさそうな顔をした。
「……銅貨三枚になります」
「それでお願いします」
「……すみません」
窓口職員は魔石と角を引き取ると銅貨を三枚出してくる。
ジンは銅貨をレミに手渡した。
「ちなみに、内訳を教えてもらいたいんですが、構いませんか?」
「魔石二十個で銅貨二枚、ブロンズホーンウルフの角が七本で銅貨一枚です。手数料は角二本とさせていただきました」
「そうですか。では、また来ます」
レミを促して受付窓口に戻ったジンは、鞄から三つのタグを取り出す。ダンジョンで拾った、三つ目の小鬼に殺されたらしい冒険者の遺品だ。
「ダンジョンで拾ったものです。確認をお願いします」
青ざめた顔の受付職員がタグを受け取り、後ろで書類仕事をしていた職員に話しかける。
ジンはレミと共にそっと受付を離れた。
「レミ、行くぞ」
「……うん」
冒険者ギルドを出て、ジンは歩き出す。
「酷い閉塞感だな。銅貨三枚って、相場的にはどうなんだ?」
「買い叩かれてると思うよ」
周囲を怯えたように見ているレミはジンの腕にすがりつきながら答える。
「町の物価は分からないけど、宿に一泊するのも難しいと思う。すごく安い雑魚寝部屋なら分からないけど」
「そんな部屋に寝たら大変なことになるな」
レミが纏う花の香りでフローラルな雑魚寝部屋を想像して、ジンは少し笑った。
「宿に泊まるつもりは最初からないからいいが、食料はどれくらい買える?」
「四食分の乾パンと野菜の酢漬けかな。干し肉は諦めて」
「ギリギリだが、食いつなげるな」
積極的に戦おうとはせずにダンジョン内を逃げ回った半日ちょっとで、四食分。一日二食で二日は食いつなげる。
明日からは積極的に魔物を狩るため、ギリギリで食いつなげる計算だった。
(衣食住のうち二つは最低限そろったが、最後の住環境はどうするかな)
考えを巡らせながら、ジンはレミと共にダンジョンへと戻った。