第二話 冒険者との遭遇
「数が多いな……」
洞窟道の先、地図上では通り抜けられる小部屋と表記されているちょっとした広間を窺って、ジンは呟いた。
部屋には三つ目の小鬼が七匹、座り込んで休憩しているようだった。
「どうする? 撤退する?」
レミが背後を警戒しながら提案するが、ジンは首を横に振った。
今までのパターンから考えて、後方にはレミの香りに誘われた魔物が迫っている。鉢合わせるだけならばともかく、足音を察知されて待ち伏せされると対応しきれない恐れがあった。
目の前の小鬼たちを奇襲してしまう方が安全だ。
「この部屋の先に目的地の水場がある。地図を見る限り迂回路も遠すぎるから、ここを抜けたい」
「じゃあ、どうやって倒すの?」
「後方に綾茨で壁を作って挟み撃ちを防ぎ、あの魔物をこの通路におびき寄せて仕留める。レミ、毒とか使えるか?」
「植物毒なら魔法で生成できるよ。アルラウネだからね」
レミはそう言って胸を張る。すでに着替えを済ませているため、きわどい事にはならずに済んだ。しかし、回収した着替えの持ち主だった冒険者は胸の大きい人物だったらしく、胸を強調する体勢を取ると布の余りばかりが強調されて不憫だった。
「……その憐れむような目にモノ申したいところだけど、魔物を処理してからにしてあげる」
「あぁ、そうしてくれ。レミが生成した植物毒を水蛇に混ぜてあの魔物を攻撃する。可能か?」
「初めての共同作業が物騒だなぁ」
「環境が環境だ。贅沢言うな」
「しょうがないなぁ。植物毒って言ってもカブレるだけじゃすまないから、触ったらだめだよ?」
「あぁ、気を付ける」
タイミングを合わせて、ジンは小部屋に足を踏み入れる。後ろの方でレミが発動した綾茨が洞窟道を塞いだ音がした。
音を聞きつけたのか、何匹かの小鬼が顔を上げた。
「ぎう?」
小鬼が動き出すより早く、ジンが放った水蛇が小鬼の一匹に巻き付き首を締め上げる。
慌てた他の六匹がジンに気付いて立ち上がった。
小鬼の注意を引けた時点で用無しとなった水蛇で小鬼を一匹絞め殺し、ジンは後ろに跳んで洞窟道のレミと合流した。
レミがジンの手を取り、正面に掲げる。
「ジン、合わせて!」
「おう!」
目の前でやや青臭さを伴う薄緑色の液体が生成される。レミの植物毒だ。
ジンは水魔法で植物毒を包みこんで蛇の形に成型し、走ってくる小鬼へと飛びかからせた。
「粘膜を狙って」
「オッケー」
避けようにも仲間が邪魔になっている真ん中の小鬼を狙って飛びかからせた水蛇は狙い通りに小鬼の顔面にぶつかった。水蛇は小鬼の首にするりと巻きつくと、飛び退こうとしていた別の小鬼に狙いを定める。
八艘跳び、とジンが頭に思い浮かべるほど難なく小鬼たちの間を飛び回った水蛇は都合四匹の小鬼に毒を浴びせて魔力を使い果たし、消滅した。
「エグイな」
「ジンの発案だよ?」
「いや、分かってるんだけど」
毒で苦しむ小鬼たちは地面をのた打ち回り、顔面を爪で引っ掻いて毒の成分をこそぎ落とそうとしている。しかし、眼球や口内などに侵入した毒は酷い炎症を引き起こし、小鬼は己が血と湿疹で顔を真っ赤にしていた。目が見えていないのか、それとも痛みと痒みでそれどころではないのか、ジンたちを気にした様子もない。
仲間の苦しみように怖気づいた二匹の無事な小鬼も右往左往している。
「水蛇」
ジンが放った水蛇が狼狽えている小鬼に死角から奇襲を仕掛け、締め上げる。
腰を抜かしてがたがた震えている小鬼を憐れむ心が無いわけでもなかったが、敵対生物を見逃すほどのお人よしでもない。
せめてもの慈悲に一撃で楽にしてやろうと、水蛇で首の骨を締め折った。
「これで終わりっと」
「なんか後味悪いね」
「忘れようぜ」
小鬼には素材となるようなものはないとの事なので魔石だけを回収し、ジンとレミは洞窟道をさらに進む。
「それにしても、人とすれ違わないな」
「私も逃げている時は人の居ない方を目指し続けてたから、元々人口密度が低いのかも」
「それはあり得るな。しかし、出口の見当もついているし、後一日探索して水と食料の目途が付かなかったら外に出よう」
「やっぱり行かなきゃダメ?」
不安そうなレミに上目使いで見つめられてジンは一瞬怯むが、こればかりは譲れない。
「一緒に来ればいい。服も着替えたし、フードを被ればごまかしも利くだろう」
危険であることに変わりはないが、餓死を待つよりはまだマシだ。
後方から襲ってくる魔物を処理しつつ地図に従い進んでいると、開けた場所に出た。
地底湖といった趣で、水は清く澄んでいる。見上げた天井は高く、暗がりに消えて見えない。地底湖の湖面に水滴が落ちる反響音が断続的に聞こえて涼を運んでくる。
地底湖を囲むようにぐるりと足場があり、あちこちに洞窟道が口を開けている。その一つから明かりが漏れているのに気が付いて、ジンはレミの前に出た。
「誰かいる」
「あの明かり?」
レミも気付いたらしく、洞窟道に身を潜めた。
洞窟道から漏れる明かりは松明によるものではなさそうだ。白色光で揺らぎが無く安定している。レミの香りでも魔物が引き寄せられるのだから、松明のような臭いを発する照明道具を使いたくないのかもしれない。
「多分、魔道具だね」
「一般的な物か?」
「多分、旅人の明かりっていう魔道具だと思う。こんなダンジョンに入る人なら持っててもおかしくないとは思うよ」
「持っていない俺達が怪しまれる可能性は?」
「それほど高くはないと思う」
亡くなったであろう冒険者の遺品には同様の魔道具がなかったことを思い出す。広く知られてはいても、価格や供給量の問題で手に入らないのかもしれない。
問題は、明かりの主が友好的かどうかだ。
「盗賊だったりしないか?」
「そこまではわからないよ」
「だよな」
向こうもジンたちに気付いているのか、動きが無い。
相手が敵対的であろうとなかろうと、暗闇に潜んでいるジンたちを警戒するのは当然だ。
「魔法で光を作る。警戒したままにらみ合いを続けたら、俺達の方が盗賊みたいだしな」
すでに墓漁りの真似事をしているけど、とジンは心の中で呟きつつ、レミがフードを被ったのを見届けてから魔法で光る玉を作り出して宙に浮かせた。
向こうが光で丸く円を描く。何らかの交渉か合図のようだ。
ジンはレミを見る。
「こっちも丸を書けばいいのか?」
「わかんない」
「じゃあ、向こうに合わせ――」
ジンが光で円を描こうとした時、相手方が慌てた様子で地底湖のある広間へと転がり出てきた。
耳を澄ませてみれば、複数の軽い足音が近付いてきているのが分かる。
どうやら悠長に合図を送り合っている間に向こうの後方から魔物が奇襲を仕掛けたらしい。
慌てるあまり足を滑らせて二人が地底湖に落ちた。後方から迫る魔物に相対するのは二人の剣士。
「冒険者だね」
「そうなのか? 盗賊って言われた方が納得するような身なりだが」
四人組は三十前後といった所。革の胸当てとすね当てを付けているが大分傷んでいる様子だった。その貧相な身なりは盗賊の方が似合っている。
しかし、レミは彼らの首を指差した。
「タグを提げてるよ。奪った物かもしれないけど」
「じゃあ、助けるか」
恩を着せれば交渉もしやすくなる。
「レミはここにいてくれ。後方から魔物が来ているかもしれない」
レミが頷いて背後を綾茨で塞ぐ。
ジンは短剣を抜いて洞窟道を出た。
「助けが必要なら手を貸す!」
呼びかけると、剣士二人は一瞬躊躇ったものの、すぐに答えを返した。
「頼む!」
「分かった」
ジンは地底湖を迂回しながら走り、剣士二人の前にいる魔物の正体を見極める。
(……小鬼か)
小鬼が二匹、剣士二人をけん制するように長い棒を突き出している。死角になっていて見えないが、洞窟道の中にも小鬼がいるらしく小石が何度か剣士に投げつけられていた。
地底湖に落ちた二人は這い上がろうとすれば無防備となり、小石を投げつけられるだろう。小石と言えども打ち所が悪ければ昏倒し、地底湖に逆戻り。下手をすれば溺れ死ぬ。本人たちも分かっているのか、心配そうに剣士を見上げるだけだ。
「泳いでる二人。引き上げるから息を止めろ」
呼びかけると怪訝そうな顔をしつつも二人が息を止める。ジンはいつもよりも大きめの水蛇を作りだして、二人の胴体に巻きつけさせると、一本釣りするように地面に引っ張り上げた。洞窟道から小石が飛んできて二人に命中するが、地面に引っ張り上げればこっちのものだ。
「手荒で悪いな」
穏やかに着地させている暇もないため、地面に引っ張り上げた二人を放り投げるように解放して、ジンは水蛇を横に従え剣士二人の後ろに立つ。
長い棒で剣士を牽制する小鬼が二匹、その後ろに小鬼が五匹いる。
敵を見定めたジンは剣士二人の間をすり抜けさせた水蛇で前衛の小鬼二匹を襲撃する。後方の仲間に退路を塞がれている前衛の小鬼はがむしゃらに棒を振り回すが水の蛇を崩すことは出来なかった。
水の蛇が大口を開けて小鬼を丸呑みにする。息ができずにもがく小鬼が二匹。
リーチの長さで抑え込まれていた剣士は邪魔者が居なくなったのを見て獰猛に笑った。
「よし、後方を潰すぞ」
剣士二人が得物を腰だめに構えて後方の小鬼五匹を襲撃する。
投擲用の小石から棍棒に持ち替えた五匹の小鬼を巧みな位置取りで翻弄しながら、剣士二人は一匹ずつ処理していく。
残り二匹となったところで小鬼たちは逃げ出したが、ジンが送り込んだ水蛇に絡め取られて絞め殺された。
残党がいないのを確認して、ジンは剣士二人から距離を取る。共闘したが、完全に信用しているわけではないのだ。
しかし、剣士二人はそんなジンに構わず地底湖に落ちていた二人の仲間に駆け寄った。
「無事か?」
「水を飲んでないだろうな?」
剣士二人が声を掛ける。
地底湖に落ちていた二人は顔色が少し悪い。溺れかけたからだとジンは思っていたが、剣士二人の言葉からするにこの地底湖の水は飲むと問題がありそうだ。
「少し飲んだ。吐き気がする」
「瘴気に当たったか。不味いな」
眉を顰めた剣士の片割れがジンを振り返る。
「助けてもらっておいてこれ以上世話を掛けるのもどうかとは思うんだが、一緒に町まで戻ってくれないか? 剣士二人じゃ守りきれない」
「……仲間と相談する」
剣士たちを置いてレミの方へと走る。
戦闘が終わった事に気付いたレミも洞窟道から出て駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「地底湖に落ちた二人の体調が悪いらしい。瘴気がどうとか」
「そっか。ダンジョンの地底湖だから瘴気が含まれてるんだね。飲まなくてよかった」
レミは少し残念そうに地底湖の湖面を覗き込み、映り込んでいるジンを見つつ問いかける。
「それで、どうするの?」
「町まで送ってほしいそうだ。要は護衛だな」
「……行くの?」
「メリットはある。デメリットはでかい」
おそらくは町の冒険者だろう剣士たちと共にダンジョンを出られれば、彼らを救った事と合わせて町の住人に詮索される前に信頼を獲得できる。アルラウネと判明すれば危害を加えられる可能性が消えるわけではないが、ジンとレミの二人きりで町に行くよりは怪しまれる可能性が低いのはメリットだ。
さらに、瘴気で具合が悪くなった二人を連れているため、治療施設へすぐに運び込む必要があり、身体検査の類があっても後回しにされるかもしれない。
「でも、私の事がバレたら周り中敵だらけだよ?」
「その時は逃げの一手だな。どうする?」
レミは胸のあたりを片手で押さえて湖面に映る自身と見つめ合った後、ちらりと剣士たちの方を見る。症状が進行しているのか苦しそうに息をしている二人を見て、レミは小さく頷いた。
「町に行くよ」
レミの返事を聞いて、ジンは剣士たちに声を掛ける。
「町まで同行する。急ごう」
「ありがとう。恩に着る」
剣士の一人が頭を下げる。
歩き出したジンの袖をレミが掴んだ。
レミが何かを言う前に、ジンは声を掛ける。
「――離すなよ」