表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花精霊とダンジョン内町の萌芽  作者: 氷純


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/20

第十七話 倉庫部屋の攻防

「なんだ、これ」


 戦場となっている倉庫部屋の状況を一目見て、ジンはレミを押さえて防壁の裏に隠れさせる。

 大量の魔物、それも中層に生息する巨骨人や鉄線相当の強靭さを持つ糸を用いるアイアンスパイダー、板状に発達した体毛で覆われたプレートベアなど、強力な魔物ばかりだ。

 さらに、部屋に三つある出入口の内二つは見慣れない複数人が武器を持って完全に封鎖している。

 ハッシュとフォーリのパーティーは魔物相手に戦っているが完全に防戦一方で、出入り口を封鎖している者達から飛んでくる矢にも対処している状況だった。


「ジン、顔を出すな!」


 防壁の裏から状況把握に努めているジンに気付いたハッシュが注意してくる。


「どうなってる?」


 ジンが訊ね返すと、余裕のない声で説明が返ってきた。


「グバラ同朋団の連中が中層から魔物を引っ張ってきやがった!」

「MPKかよ。まさか仕掛けられる側に回るとは」


 以前、街道を封鎖するグバラ同朋団をどうするかを話し合った際にジンも考えた方法ではあったが、街道とは違いダンジョン内では逃げ道が限られる。

 まして、逃げ道の二つをグバラ同朋団に封鎖されている以上、残っているのは魔物が引っ張ってこられたという中層への通路しかない。

 上手くこの場を切り抜けて中層へ逃げ込んでも、中層の強力な魔物とグバラ同朋団による挟撃を受けるだろう。

 ジンはグバラ同朋団へと目を向ける。

 二つの入り口に五人ずつ、前衛に盾と小剣を装備した二人を置き、その後ろに弓術師が二人、最後尾には後方警戒要員らしき軽装の剣士が見える。魔物たちはグバラ同朋団の味方というわけでもないらしく、彼らも魔物の攻撃を受けていた。

 魔物相手の戦いは不慣れな様子で余裕もさほどなさそうに見える。しかし、通路を封鎖する形で陣取っているため、容易には崩れそうにない。

 レミが訝しそうにグバラ同朋団の様子を窺う。


「なんで突然、ここを狙って来たんだろう?」

「中層から魔物を引っ張ってくるのに夢中で、ここにはすでに素材が無いと気付いていない――って感じではないな。となると、魔石レンガが狙いか」


 目端の利く者が魔石レンガの製法は再起を狙うのに十分な価値を持つと判断したのだと、ジンは即座に見抜いた。


「レミ、ハッシュのパーティーを助けるぞ。あいつらの岩窟監獄があれば片方の敵陣を抑え込める」

「分かった。でも、どうするの?」

「毒水蛇を使ってハッシュの周囲にいる魔物を戦闘不能に追い込む。毒が効かない巨骨人は俺が直接頭蓋を蹴り飛ばす。レミはハッシュたちと合流して作戦を伝えてくれ」


 頷いたレミが魔法で毒を精製する。十リットルはありそうなそれは植物魔法への抗魔力が並の人間なら雫一つで殺せる猛毒だ。

 毒々しい青紫色の毒液を包み込んだ水が蛇を形作る。人を頭から丸のみに出来る大きさだ。

 ジンは短剣を鞘から引き抜き、レミとアイコンタクトを取ってから防壁を飛び出した。

 狙い澄ましたように飛んでくるグバラ同朋団の矢を丸呑みした水蛇がそのままジンと並走する。

 進路上の魔物が水蛇に呑まれ、毒に侵され、転がっていく。

 一直線にハッシュたちへと向かうジンの動きに気付いたか、白い糸を纏った巨大な蜘蛛が天井から糸を噴きつけてきた。

 体長二メートル近い蜘蛛が放出する糸だけあって量も膨大で、絡め取られれば身動きを封じられ、下手をすれば糸に鼻や口を塞がれて窒息する。


「――っさせるかよ、砂風刃!」


 ジンの窮地に気付いたハッシュが剣を振り抜く。大量の砂が風と共に舞い、糸を吹き流すとともに粘着力を奪い取った。

 ジンを助けるために生じたハッシュの隙を埋めるように、水蛇が急加速し、ハッシュたちの周りの魔物を一呑みにする。

 ジンは水蛇を踏みつけて跳躍し、ハッシュたちの頭上を跳び越えた。水蛇に気付いて距離を取った魔物たちがハッシュたちの向こうに見えたからだ。

 ちらりと肩越しに振り返ると、首尾よくハッシュたちに合流したレミに作戦を聞いた魔法使いが魔法陣を編み始めていた。

 後ろは任せても大丈夫そうだと、ジンは着地と同時に殴り掛かってきた巨骨人の棍棒を水流で受け流して短剣を握りしめる。

 巨骨人の頚骨の隙間を狙って短剣を一閃し、手ごたえに顔を顰めた。


「仕方ないか。朧水蛇」


 魔法名を口にして、レミに何が起きるかを教える。これで同士討ちの危険は少ないはずだ。

 ジンの周囲に濃霧が立ち上り、魔物たちの視界を奪い去る。

 動揺し、濃霧から逃れようとする魔物の隙間を縫って、ジンは狙い定めた魔物の背後を取った。

 白く染まった視界の中、薄汚れた白い糸に包まれた魔物の姿がある。アイアンスパイダー、鉄線の如く強靭な糸を体に巻きつけて軽く強靭な防刃チョッキとし、身軽にダンジョンを動き回って糸で絡め取る中層のトリックスターだ。

 そんなアイアンスパイダーの腹部に、ジンは弾みをつけて飛び乗り、魔法を発動する。

 アイアンスパイダーの腹部の下にある地面から、強烈な勢いで水が噴き上がった。それはあたかもアイアンスパイダーの腹部へ放たれたアッパーカットのようだった。

 ジンが上に飛び乗った事で身構えて脚で地面をがっしりととらえていたアイアンスパイダーは腹部に突如くわえられた圧力に耐えきれず糸を放出する。

 アイアンスパイダーの後ろにいた魔物は突如噴きつけられた大量の糸に絡め取られて身動きが取れなくなった。ここがダンジョンである以上、糸はしばらく後に消えてしまうが、この戦闘に復帰するのはもはや絶望的だ。


「用済みっと」


 水蛇がアイアンスパイダーの頭部に巻き付き、ぎゅっと締め付ける。虫系魔物の中では柔らかい身体は糸の防刃チョッキで守られているが、圧力に対しては脆いままだ。

 あっさりと水蛇の水圧で頭部を潰されたアイアンスパイダーが力尽きる。


「――岩窟監獄!」


 ハッシュ組の魔法使いが魔法陣を編み切ったらしい。


「なんだ!?」

「捕縛系の魔法だ!」


 グバラ同朋団の片方から動揺したようなやり取りが聞こえてきた。

 岩窟監獄にとらわれたグバラ同朋団は格好の獲物と判断され、魔物たちが一斉に牙をむいた。

 同時に、岩窟監獄で使用された大量の魔力に引き寄せられた魔物がハッシュたちに襲い掛かる。

 だが、レミが防衛に動く方が一瞬早かった。


「滑って転べ!」


 レミと魔物たちの間に広く透明な水のベールが広がった。

 警戒して足を止めたプレートベアに後続の魔物が衝突し、押し出されてベールを潜る。

 直後、プレートベアは足を滑らせて盛大に転んだ。立ち上がろうとするも足が地面につくたびにつるつると滑って体勢を立て直せない。

 植物のぬめり成分を展開する滑草という、アルラウネ特有の植物魔法である。水魔法と錬金術を組み合わせて同様の効果を出す魔法もあるが、魔力効率が格段に違う。

 後続の魔物が次々とベールに押し込まれて滑り、身動きが取れなくなっていく。


「ナイス、レミちゃん。後は任せろ!」


 レミを下がらせて、ハッシュが武器を構える。暴威を伴う突風がハッシュを中心に渦巻く。


「ほらよ、奥の手。――(れっ)()(じん)(らん)()!」


 渦巻く突風がハッシュの構えた剣に収束し、大量の砂を内包して荒れ狂う。剣の刃と砂が擦れあい無数の火花を散らしながら悲鳴のような不協和音を奏でた。

 足元に滑ってきた巨骨人に、ハッシュが剣を振り抜く。ただそれだけで、強固なはずの巨骨人の身体は削り切られた。

 どうやら、剣に纏った砂嵐がヤスリのように対象を削り殺す魔法らしい。火花が散っているところを見るに、内包する武器すら削るのだろう。


「人殺し共、そこにいると削れるぞ!」


 大上段に構えたハッシュが岩窟監獄で捕えられたのとは別のグバラ同朋団へと警告する。

 慌てるグバラ同朋団に構わず、ハッシュは剣を振りおろす。

 極端に圧縮された砂嵐が直線状の魔物の骨と肉を削り取りながら突き進んだ。

 砂嵐がグバラ同朋団に届くかに見えた時、仲間の襟首をつかんで引き倒しながら一人の男が前に出た。


「くそがっ! 炎螺(えんら)(えん)(らん)!」


 男が剣を横に大きく振り抜くと、炎が渦を巻き、火災旋風となって砂嵐と衝突した。莫大な熱量が渦を巻いて天井へと届き、アイアンスパイダーを焼殺する。炎が収まった時、二つの嵐が激突した場所にはガラス状の物質が無数に転がっていた。

 相殺したように見えたが、男は剣を地面に突き刺して肩で息をしている。

 対するハッシュは余裕があるのか、油断なく剣を構えていた。

 ハッシュが男の持つ剣を睨む。男の剣は柄が異様に大きく、赤い特殊な金属で出来た螺旋状の帯が付いていた。


「炎の魔道具を埋め込んだ剣。お前がコッザ・グバラか」


 コッザ・グバラは舌打ちすると、仲間たちの後ろへと隠れる。


「ちっ、戦況も読めずに優先順位を無視して攻撃しやがって。これだから冒険者みたいな考えなしは嫌いなんだ」

「その考えなしにさんざん裏をかかれたのはどこのどいつ――って、うわっ!?」


 ハッシュが追い打ちをかける前に、派手な魔法戦に興奮した魔物たちが双方に襲い掛かった。

 すでにかなりの数の魔物が死んでおり、魔石があちこちに散らばっている。それでも、これほど派手な戦闘が繰り広げられていれば中層の魔物が刺激されて上がってくる。

 ジンは上手くアイアンスパイダーの腹部を刺激して糸を吐き出させ、他の魔物を絡め取っているのだが、それでも中層から上がってくる追加の魔物のせいでなかなか数が減らなかった。

 巨骨人を蹴り飛ばして糸まみれの他の魔物にくっつけたジンは、地面を蹴って巨骨人の頭がい骨を踏み砕き、さらに跳躍する。

 ハッシュたちの陣形のそばに着地したジンはレミと合流した。ジンが切り開いた空間をフォーリのパーティーが走り抜けてくる。


「ようやく合流できたが、どうする?」


 ハッシュが鋭い太刀筋でプレートベアの頭を切り飛ばしながら訊ねてくる。

 三つの出入口の内一つは中層へ続く坂道で今も魔物が上がってきている。別の出入口にはコッザ・グバラ率いる一団が控え、最後の一つは岩窟監獄にとらわれたグバラ同朋団が魔物に押し切られて奥の方へ押し込まれているようだ。

 最後の一つが突破口になりそうだったが、魔物ですし詰め状態の通路であり、切り抜けるのは骨が折れる。

 フォーリが中層の出入口へ目を向けた。


「いくら派手に戦ってるとはいえ、この数の魔物が上がってくるのはおかしいぞ」

「氾濫の兆候はなかったはずだ。偶然じゃないか?」


 ハッシュに否定されても、フォーリは中層への警戒を解かない。


「いや、どうにも嫌な予感がする」

「俺も同感だ」


 ジンは刃こぼれしている短剣を腰に下げた鞘に収めて、中層を見る。


「これほど魔物が上がってくることは今までなかった。グバラ同朋団が仕掛けたのは間違いない。だが、グバラ同朋団の団員は全員が通路の封鎖に当たっていた。つまり、中層から魔物を追いたてる別の誰かがいるはずだ」

「誰かって誰だよ。向こうにはもう戦力はないはずだろ――っと」


 怪訝な顔をして訊ねたハッシュだったが、接近してきていた巨骨人の棍棒をひらりと避け、流れるように剣を振るう。背骨を断ち切られた巨骨人は地面に倒れ込むと同時にハッシュの仲間に頭骨を踏み砕かれた。

 悠長に作戦会議をしている場合でもない。

 ジンはグバラ同朋団を見る。

 いまだに一歩も引かないグバラ同朋団は、明らかに何かを待っていた。それが魔物の群れにジンたちが蹂躙される瞬間なのかは分からない。


「とにかく、中層からの流入を止めたい。このままだとジリ貧だ」

「ジンに賛成。だが、どうする?」

「あの通路を防げる魔法を持っている奴は?」


 ジンはハッシュたちに訊ねるが、首を横に振られた。ハッシュの仲間の魔法使いも通路を完全に塞ぐとなると難しいらしい。


「岩窟監獄で封鎖出来ないことはない。ただ、魔力消費が多すぎて連発は出来ない上に持続時間もそう長くはない」

「そうか……」


 ジンはレミを横目に見る。

 レミの綾茨を使えば、通路を完全に封鎖する事が出来る。しかし、綾茨はアルラウネ特有の植物魔法であり、植物体を生成するため言い訳が利かない。

 使用すれば確実にレミの正体が露呈する。封鎖後もグバラ同胞団との戦闘が控えている以上、仲間割れのリスクは選べない。

 いっそ、魔石レンガがグバラ同朋団に渡るのを覚悟してこの倉庫部屋から退避するべきかと方法を模索しようとした時、中層の通路奥から血塗れの巨大狼と壮年の男が吹き飛ばされてきた。

 倉庫部屋に溜まっていた魔物を吹き飛ばして地面を転がった巨大狼はぐったりとその場に横たわり、それをクッションに体勢を立て直した壮年の男が手入れの行き届いた剣で周囲の魔物を弾き飛ばす。


「――遅ぇぞ、ギルド長!」


 壮年の男にコッザ・グバラが声を張り上げる。

 ジンは反射的に壮年の男を見た。

 返り血がべったりと付着した金属鎧を身に付けた壮年の男。本人も無傷ではなく、鎧のあちこちが凹んでいるばかりか脛当てが片方ない。額から流した血を拭う暇すら惜しいのか、剣を振るって手近な魔物を切り伏せると一直線にグバラ同朋団の元へと駆けだした。足を悪くしているらしく、駆け方は独特だったが決して遅くはない。

 腐ってもギルド長というべきか。自らの故障した身体の使い方を熟知した動きだった。

 ギルド長、ヴァイカスはグバラ同朋団と合流し、ジンたちを振り返る。その顔には嗜虐的な笑みが浮かんでいた。


「挑みかかる者を拒めぬ絶対の領域――」


 ヴァイカスが朗々と言葉を紡ぎ、剣を掲げる。ヴァイカスの言葉が引き金となったのか、剣に複雑な紋様が浮かび上がった。同時に、ヴァイカスの鎧に付着した返り血が重力に逆らって宙へと浮き上がり、剣の切っ先で球を成す。

 フォーリが顔色を変えた。


「全員、ヴァイカスを殺せ!」


 雄叫びにも似たフォーリの命令を受け、彼の仲間の弓術師が矢を放った。だが、魔物の群れが邪魔をして、矢が届かない。

 ヴァイカスが剣を地面に突き刺す。


「血の沸く勝利を捧げるにふさわしき舞台は整った――(とう)(けつ)奉納(ほうのう)祭壇(さいだん)!」


 ヴァイカスが宣言した刹那、球を成していた血が弾け飛び、倉庫部屋の壁面に薄く引き伸ばされたように広がり、赤く輝く魔法陣をいくつも浮かび上がらせた。


「はははっ終わりだ!」


 ヴァイカスがジンたちを指差して大笑する。

 何が起きているのかと、ジンは壁を警戒するが特に攻撃が飛んでくるわけでもない。

 フォーリが苦い顔で呟いた。


「これはまずい事になった」

「どういうことだ?」

「ヴァイカスの剣は奴が現役時代にダンジョン中層で発見した魔道具なんだ。効果は、大量の血液を媒介に詠唱を唱えることで、空間を閉鎖する。空間内にいる者はある条件を満たさないと外に出られない」

「閉じ込められたのか。脱出条件は?」

「この空間内に最初に入ってきた者、いわば挑戦者を殺すこと。ほら、きやがったぞ」


 足音が、巨大な足音が、中層から上がってくる。

 巨大狼とヴァイカスを弾き飛ばしてこの倉庫部屋に叩きこんだ魔物。

 通路奥の暗がりに一つ目が光った。

 ヴァイカスが哄笑する。


「さぁ、奴らを殺せ。――単眼王!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ