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第十五話 裏側の密談

 ターバラ冒険者ギルドは異様な空気に包まれていた。


「懐かしいっすなー」

「寂びれたな。言えた義理じゃあないが」


 ギルドに足を踏み入れた冒険者たちが懐かしそうに、または申し訳なさそうに言葉を交わしてギルド内を見回す。

 その数、十五名。


「なんだ、お前たちは……」


 ギルド長ヴァイカスは見慣れない冒険者の集団を見回し、息を飲む。

 集団の後ろに見知った顔がある事に気付いたのだ。


「フォーリ、これはどういう状況だ!?」

「何を慌ててんだよ、ギルド長様」


 フォーリはとぼけた顔で肩をすくめた。冒険者の集団から堪えきれなくなったように笑い声が上がる。

 露骨な敵意を向けられてヴァイカスは冒険者たちを睨み、すぐに依頼掲示板を確認した。


「――言っとくが、ここにいる奴らは全員護衛依頼で来ているんだ。当然、往復の、な」


 冒険者である以上、ギルドから依頼を出せば行動を強制できると考えたヴァイカスの思考を読み、フォーリが釘をさす。

 ヴァイカスは舌打ちしてギルドの裏口へ向かった。

 ターバラ冒険者ギルドにベレンディアの冒険者集団がやってきたことは、素材や魔石の価格操作を知る者達に衝撃を与えていた。

 素材や魔石の流通量が極端に低下していた事といい、冒険者たちとバードゥ商会たちが暗闘を繰り広げていると気付いている者もいたが、争いがついに表面化したと誰の目にも明らかとなったのだ。

 町は騒然としており、魔道具技師や商会の小僧たちが走り回って情報の確認や素材の融通の相談などを始めている。

 ヴァイカスは急ぎ、いつもの秘密の会合場所へ向かう。

 元冒険者だけあって尾行の有無に注意していたが、気配はない。それがなおさら不気味だった。

 事前の招集はなかったが、会合場所にはフロムズ・バードゥとコッザ・グバラが真剣な顔で話し合っていた。


「おい、コッザ、何だ、あの集団は!?」


 会合場所に入るなり、ヴァイカスはコッザに詰め寄る。

 コッザ・グバラも余裕のない顔で睨み返した。


「こっちの台詞だ。冒険者関連は誰の管轄だ!?」

「街道を封鎖していたはずだろう。なぜ止めなかった?」

「二十人の冒険者なんか止められるわけがないだろうが。しかも向こうは襲撃を警戒して完全武装のまま来やがった!」

「――お二人とも、落ち着いてください。ヴァイカス殿もまずは腰かけて」


 フロムズ・バードゥが宥めると、ヴァイカスたちは顔を見合わせてから、渋々席に着いた。

 少し冷静になった頭でヴァイカスはコッザ・グバラを見る。


「冒険者はベレンディアから二十人で来たのか?」

「あぁ、そうだ。おそらく、ベレンディアに冒険者を呼びに行った連中は街道を避けて森を突っ切ったんだ。ターバラを出発したのは五日前か、六日前」

「最近は冒険者がダンジョン内に籠る期間が長くなっていた。ダンジョン内の倉庫に食料を保管できるからだろうと思っていたが……」


 ヴァイカスは悔しさに歯噛みする。完全に裏をかかれたのだ。

 フォーリたちがしばらく見当たらないのはダンジョンに籠っているからだろう、と判断していた。

 そこまで考えて、ヴァイカスはふと思いついてコッザ・グバラを見た。


「ベレンディアからやってきた冒険者の中に男女の二人組がいなかったか?」

「集団で動いてるんだ。男女の二人組かなんて見分けがつかねぇよ。――いや、そう言えばやけに距離の近い二人組がいたな。他の冒険者からは少し距離を取っているように見えた」

「そうか。分かったぞ。今回の仕掛け人は最近ギルドに登録した冒険者だ。思い返せば、あの二人組が来てから素材の流通量が減っていった。確か、男の方はジンとかいう」


 フードを被った若い男女の二人組の冒険者。ターバラ冒険者ギルドは所属している冒険者がベレンディア行きを勧めたりするせいで新規登録者が珍しかったため、ヴァイカスも覚えていた。

 フロムズ・バードゥが腕を組む。


「仕掛け人を処理しても、事態がここまで進んだ以上は大勢に影響がありません」

「なら、どうするってんだよ?」


 コッザ・グバラが訊ねると、フロムズ・バードゥは不満そうに言う。


「どうしようもありませんよ。我々の負けだ。傷が浅いうちに損切りするのが商売人というものです」

「そうなるよな。直接切り結ばなくて正解だったぜ。おかげで面子は傷つかずに手を引ける」

「――ふざけるな!」


 商会長と傭兵団長、ビジネスで考える二人に対して、ギルド長たるヴァイカスは怒鳴りつけた。


「お前たちはそれでいいかもしれんが、俺の立場はどうなる!?」


 ヴァイカスはギルド長の立場にありながら冒険者であるフォーリに煽られている。

 事前に往復での護衛依頼を受けている事からも、ヴァイカスが商会側だと悟られているのは間違いない。

 ベレンディアのギルドに伝われば、ヴァイカスを更迭しようと動くモノが出てきてもおかしくない状況だった。

 フロムズ・バードゥが煩そうにヴァイカスを睨む。


「あなたの立場を守るのはあなたです。運命共同体でもない。我々は今すぐに手を引けば別の場所で再出発できるんですよ」

「なんだかんだで利益はでかかったからな。ギルド長もカリカリせずに、金を持ち逃げする準備でもしたらどうだ。なに、ここまで一緒に悪さをした仲だ。グバラ同朋団が護衛してやってもいい。もちろん、御代は頂くがな」


 コッザ・グバラの皮肉気な物言いにヴァイカスは歯を食いしばる。

 ヴァイカスが静かになったのを見て、フロムズ・バードゥは口を開く。


「しかし、解せませんね」

「何がだよ」

「あれほどの人数を揃える資金はどこから出てるんでしょうか」


 フロムズ・バードゥの言葉にコッザ・グバラは眉を顰めた。


「おい、混乱してんのか? あんたらしくもない。市場操作にギルド長が関与してるのがばれてベレンディアの冒険者ギルドが動いたんだろう。雇う金なんか必要ない」

「いえ、関与が判明したのだとしたら、ヴァイカス殿が捕まっていないのはおかしい。それに、ヴァイカス殿が言うには往復の護衛として雇われている。ベレンディアの冒険者ギルドはこの件で動いていませんよ」


 フロムズ・バードゥの推測は正しい。

 ヴァイカスが笑みを浮かべた。


「そうか。雇う資金なら確かに存在している」

「ほぉ、ヴァイカス殿には心当たりが?」

「換金していない素材や魔石があるだろう」

「商品先物ですかな? 素材や魔石では一般的ではない上に、ベレンディアにはダンジョンの入り口がある。現物での取引の方がリスクも少なく、ターバラの行商人が行方知れずになった事もベレンディアの商人ならば知っているはず。商品先物に応じるはずはありませんな」

「いや、応じる商会が一つだけある。エムレット商会、行商人ライト・エムレットの親戚がやっている商会だ。ははっ、フロムズ、連中の背後にエムレット商会がいるなら、あんたの商売もこれから苦しくなるんじゃないのか?」

「そうですね。この地での商売はもはや難しいでしょう。遠くへ逃げるとしましょうか。コッザ殿、護衛を頼めますか?」

「あんたのその即断即決ぶりはたまに嫉妬しちまうぞ」


 コッザ・グバラは愉快そうに笑い、ヴァイカスを見る。

 あっさりとターバラで築いた伝手も何もかもを捨て去る決断をしたフロムズ・バードゥを信じられないものでも見るように見つめていたヴァイカスは、我に返って怒りも露わに机を殴打し、椅子を蹴立てて立ち上がった。


「貴様ら、ただ逃げるだけか!? 矜持はないのか!?」

「矜持が金になりますか?」

「まぁ、一泡吹かせたい気持ちが無いわけでもないが――あ」


 コッザ・グバラがふと何かを思いついたように小さく呟いた。


「いまなら、ダンジョン内の倉庫とやらに、連中が直行するんじゃねぇの?」

「……そうか、ダンジョンの外に運び出す準備が整ったからこそ、ベレンディアの冒険者を呼び寄せたのだから、今なら」


 コッザ・グバラの発想に食いつくヴァイカスに、フロムズ・バードゥが呆れたようにため息を零す。


「倉庫の位置が知れたからといってどうだというんですか。戦力差が埋まったわけではありません」

「いや、ダンジョン内であれば戦力差は埋められる。魔物のなすりつけだ」

「……可能ではありますね。ターバラの冒険者を多数殺害することになりますが、どうせ捨てる町ですから興味はありません。その危ない橋を渡る意味を見出せませんが」


 乗り気ではないフロムズ・バードゥに、ヴァイカスは笑みを浮かべた。


「意味ならある。フロムズも気にしていただろう。ダンジョン内で倉庫を運営するにあたり必要な、ダンジョンに吸収されない何か。その技術があれば、新天地でやり直す際に有利になるのは間違いない」


 フロムズ・バードゥの眼つきが変わった。

 ヴァイカスの言に利を見出した商人もまた、笑みを浮かべる。


「最後の一稼ぎにしては大物ですね。景気づけにも丁度良い。コッザ殿、乗りませんか?」

「いいぜ、興味出てきた。裏をかかれて腹が立つのも事実だからな。一矢報いるにはリスクがでかいが、見返りもでかい。乗った」


 三人は再び一つとなり、目標を変えて動き出す。


「ダンジョン内倉庫の位置を特定、その後、連中が素材や魔石を運搬し、護衛として冒険者が出払ったのを見計らって、魔物を誘導してなすりつける」


 ヴァイカスは計画の概要を決め、獲物と定めた仕掛け人の男女二人を思い出す。

 ここまで煮え湯を飲まされた以上、借りを返さなくてはならない。必ず、あの二人を殺して新天地へ旅立つのだ。



 ヴァイカスは自宅の玄関を開いた。

 火の消えたような静けさ。もとより独り身だ。家の中に誰かがいるはずもない。

 壁に掛けてある現役時代の武器防具を見上げる。

 足を悪くして冒険者をなかば引退したが、自分に出来るのは魔物と戦うことぐらい。今も女々しく武器防具の手入れを欠かさず、埃一つ被っていない。

 愛用の両手剣を覗き込む。曇りのない綺麗な刃はヴァイカスの顔を映しこんで翳った。

 ダンジョン中層で手に入れた魔道具の剣。その効果は苦境に陥ったヴァイカスを何度も救った。

 冒険者を半ば引退することになった、モンスターハウスを脱出できたのもこの剣のおかげだった。

 ヴァイカスは武器を手に取る。


「ギルド長にまでなった身がこうも落ちるとはな……。だが、厄は払うぞ」




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