第十四話 すれ違い
護衛の冒険者を雇い入れるのに半日ほどの時間がかかると言われて、ジンとレミはフォーリたちと一時別れた。
「馬車まで手配してくれるなんて、シャットさんも本気みたいだね」
「甥の敵討ちでもあるからな。ともあれ、帰りは少し楽が出来そうでほっとした」
帰りは冒険者の護衛もいるため街道を通る予定だが、山を迂回する分距離は長くなる。歩きやすい街道でも、すでにへとへとのジンには辛い旅路になるところだった。
ターバラよりも人口が多いベレンディアだけあって人通りも多い。レミの正体に気付かれるわけにはいかないため、自然と人気の少ない道へと入っていく。
「冒険者の装備、みたか?」
「ちゃんと手入れされているのもそうだけど、全体的に質が良いね」
「やっぱりそうだよな」
ベレンディアの特産である革製防具はもちろん、武器や携帯している魔道具一つを取ってみても全体的に質が良い。
革製品は魔物の皮から製作されているらしいが、ダンジョン内では時間経過で魔物の死骸が消えてしまうため素材を得るのが難しい。魔力を多く含んでいるより強い個体の魔物を討伐して手早く剥ぐ必要があるのだ。
近隣の森などで魔物を討伐すれば皮なども手に入るが、流通量は限られる。
「魔物の皮で作るとやっぱり強靭なのか?」
「種類にもよるけど単純に硬さや強靭さを求めるなら金属製の方がいいよ。もちろん、金属同士が擦れあう音がダンジョン内で反響しないように細工もするんだけどね」
ジンは路地の壁に背中を預けて大通りを歩く冒険者たちを観察する。
金属製の鎧をつけている冒険者もいるが、レミの言う通りの細工がしてあるらしく耳障りな金属音は聞こえてこない。その繊細な作りだけでも上等な装備だと分かる。
「革鎧には革鎧の利点があるんだよな?」
「抗魔力だよ」
「あぁ、魔物の持つ抗魔力が革鎧に乗るのか?」
「全部じゃないけどね」
レミによれば、生物由来の素材から作る革鎧は素材の動物や魔物の抗魔力が加味されるらしい。
装着者の魔力が革鎧に移り、革鎧が元の動物や魔物の魔力へと変換する。
「特殊な薬剤を使ったりするんだって。それでも、変換効率は三割くらいだって言うけど、私みたいな特定の属性魔力に弱いとありがたい装備らしいよ」
「革職人の町だけあって、革鎧も上等なのが多いって事か」
「変換効率はだんだん劣化していくから二年程度が買い替え時だってさ」
二年と聞くと短い気もするが、戦闘が生業の冒険者が身に付けるのだから二年も持つ革防具もそうそうないだろう。
大通りを離れて路地の奥へと進む。
革職人の工房が並ぶ通りは独特の臭いがした。
皮なめしに使う薬品の臭いだろう。
「この辺りは火山があるのか?」
「ないと思うけど、どうして?」
「いや、なめしに何を使っているのかと思ってな」
一口になめしといっても、クロムやミョウバン、タンニンなどで工程や仕上がりが異なる。
近くに火山があるのならミョウバンでも使っているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
「多分、植物じゃないかな。臭いがするよ」
「タンニンなめしか」
手間をかけているな、とジンは工房をちらりとのぞきこむ。皮に付いている脂を削ぎ落している職人の姿があった。
「家畜の皮とかは使わないのか?」
「まだ潰すような季節じゃないからそんなに出回ってないと思うよ。それに、お得意様は冒険者だと思うから、抗魔力とかを考えて魔物の皮の方がよく使われると思う」
「そういうもんか」
廃液を運搬していく馬車とすれ違う。独特の臭いに思わず息を止めたジンは、この通りに人が少ない理由を察した。
レミが馬車を振り返る。
「どこに行くんだろう?」
「川の下流域だろう。飲料水に廃液が混ざるのは危険だからな」
「下流に農村があったら大変だね」
「その辺りは町と村で協議してると思うぞ」
工房通りを抜けると、革製品を扱う店や魔道具を扱う店が並ぶ商店街に出た。意外にも人通りは少ない。
店に置かれている商品は冒険者用の防具だったり、旅人の明かりなどのダンジョンで使う魔道具だった。主要な客層が冒険者であるため、昼間は人通りが少ないのだろう。
「単眼王の持っている剣も魔道具だったよな?」
ジンは店先の魔道具の値段や効果を眺めながら、レミに問う。
レミは記憶を探りながら頷いた。
「どんな効果かは知らないけど、魔道具だって聞くよね。後、ターバラのギルド長も魔道具の剣を持ってるんじゃなかったっけ?」
「ダンジョンではよく手に入るのか? 俺は宝箱を見つけたことが無いけど」
「ジンはほとんどダンジョン倉庫で過ごしてたもん。でも、そんなに頻繁に宝箱は見つからないはずだよ」
ダンジョンでごく稀に生成される宝箱は多くの謎に包まれている。明らかな人工物に見える精巧な宝箱がどこに由来するのか、製作者は誰なのか。中に入っている魔道具はピンきりだが、現在の技術では再現できないものも多々見受けられる。複製すらできない魔道具も存在し、魔道具技師の中には自らダンジョンに潜って魔道具を探して解析する猛者もいるほどだ。
「やっぱり、宝箱から出た魔道具は高値で売れるのか?」
「物に寄るね。宝箱を開けてみたら旅人の明かりでした。冒険者たちは明るい話題に事欠きません。って小話もあるよ」
「皮肉が利いてるな」
ジンは店先に置かれている時計を見た。
「そろそろ合流時間だな。エムレット商会に向かおう」
踵を返して歩き出したジンは、一瞬レミの歩調が乱れたのに気付いた。
ジンの腕に掴まるレミの手に力が籠められる。
「……教会兵」
レミが呟いた単語にぞっとして、ジンは道の先を見る。
通りの奥からやってくる一団があった。
アルラウネを魔物と断じ、殺戮を行う教会の先兵だ。
教会という一組織に所属しているだけあって武装も統一されている。ショートソードが一本に、聖テーバ教所属兵であることを示すマント。
数は三人。
ジンは関わり合いにならないように教会兵の進路から外れてすれ違うように調整し、極力平常心を心掛けてまっすぐ歩く。
恐怖に顔を俯けているレミにはあえて声を掛けず、何が起きても対処できるようにパターンを想像する。
「この時間に店やってるのか?」
「前に行った時は営業中だったぞ」
「シカ料理か。こっちに移ってからは食べてなかったな」
教会兵たちはちょうど昼休憩に入った所なのか、昼食の予定を話しながら歩いてくる。
ジンはレミの歩調に合わせてゆっくり歩きながら、警戒を悟られないように通りの奥の工房を見つめる。
商店通りから工房通りに入り、教会兵との距離が近付く。
互いの顔が視認できる距離へ。
教会兵の剣の間合いへ。
相手の足元が見えなくなる距離へ。
ジンの短剣の間合いへ。
肩が横一直線に並び、すれ違う。
さらに一歩、前へ足を踏み出した時、ジンの耳に金属音が届いた。
それがショートソードの留め金を一斉に外した音だと気付いた瞬間、教会兵が呟く。
「――魔物の臭いがするなぁ?」
足を止めかけたレミに、ジンは目配せする。
足を止めるな、と。
レミが懸命に足を動かす。
教会兵が振り返った気配がした。
「おい、そこの二人、止まれ」
声を掛けられて、ジンはようやく足を止めた。
ショートソードの間合いからはまだ出られていない。
「なにか用か?」
肩越しに振り返ってジンが答えると、教会兵三人はニヤニヤ笑う。
「魔物の臭いがするんだよ」
「は?」
「だからよ――」
「教会兵はここが何の通りなのかもわからないのか?」
「……なに?」
ジンの答えが予想とずれていたのだろう、教会兵は困惑しつつも苛立ったように眉を顰める。
彼らに構わず、ジンはそばの工房の入り口から中へ声を掛けた。
「教会兵さんが魔物臭いって苦情を言ってるぜ。どう思う?」
工房で作業中だった男が突然かけられた声に手を止めて、その貫禄のある顔で教会兵を睨んだ。
「魔物の皮がそこらじゅうで加工されてるんだ。臭くて当たり前だろうが。馬鹿にしてんのか?」
立ちあがった職人の手は壁からナタを取る。皮から脂や肉片を削ぎ落す際に使う物だ。
教会兵が面食らったように慌てる。
「な、違う――」
ジンは教会兵三人を蔑みの目で見つめた。
「陰口なんて下らないもの叩くからだ。教会兵なら聖テーバ教の名を貶めるようなことをするなよ。後、俺の彼女に色目使うのもやめろ。武器の留め金を外してるって事は因縁つけて脅す気だったんだろ?」
「ふ、ふざけるな! 我々がそんな卑劣な真似をするはずが――」
「現に陰口叩いていただろうが。ったく、付き合いきれない」
庇うように見せかけてさりげなくレミの背中を支えたジンがその場を立ち去ろうとすると、教会兵が声を張り上げた。
「その女のフードを取って顔を見せろ。アルラウネだろう!」
「俺の彼女の顔を覚えてどうするつもりだ、外道が!」
ジンは即座に言い返して、ポケットから取り出した物を投げつける。
反射的にショートソードを抜いて斬り飛ばした教会兵だったが、直後にむせ返るような香りに包まれて咳き込んだ。
「な、これは……サシェ?」
自ら斬り飛ばした物の正体に気付いた教会兵を、ジンはこれでもかと嫌味たらしく鼻で笑う。
「これでお前もアルラウネだな。花街に行って来いよ、童貞」
顔を真っ赤にした教会兵に、工房の職人が追い打ちをかけるように笑う。
「魔物の臭いがするなぁ?」
「――っく!」
歯を食いしばった教会兵たちが背を向けて早足で歩き出す。
ジンとレミは警戒を解かずに工房通りを抜け、教会兵が先回りしていないか注意深く探りながら歩く。
「……慣れない演技までしたが、どうにか誤魔化せたか」
「ごめん」
「レミが謝る事じゃないだろ。それにしても、教会兵も侮れないな」
まさかすれ違うだけでレミの花の匂いに気付かれるとは思っていなかった。フードを被っているためかなり抑えられていたはずだ。
普段からサシェを持ち歩いていなかったら誤魔化せた自信がなかった。
「分かってはいたが、町は危険だな」
足早に路地を曲がり、人目に付きにくい道を選んで歩く。
「人に紛れるなら大通りの方がいいじゃない?」
「一度目を付けられた以上、人混みに紛れれば衆人環視の中でフードを取らされる可能性がある。それなら、目撃者が少ない道の方がいい」
場合によっては教会兵と戦闘の末に殺害という選択も取らなくてはならないのだから。
ジンたちの予想に反して、教会兵たちはもう関わってくるつもりがないらしく、出くわすことはなかった。
待ち合わせ場所であるエムレット商会に到着すると、シャット・エムレットが留守中の差配を部下に指示しているところだった。
「あぁ、ジンさん。ちょうどよかった。少々聞きたいことが……どうかされましたか。顔色が悪いようですが」
心配そうに声を掛けてくるシャット・エムレットにジンは軽く頭を下げる。
「旅の疲れが出たようで」
「あぁ、ターバラから山を越えての強行軍だったそうですからね。幌馬車を用意してありますので、乗ってくつろいでください」
「ありがとうございます」
礼を言ってジンとレミは用意されていた幌馬車に乗せてもらう。元々は商品や素材の運搬に使う物らしく幌馬車とはいっても椅子があるわけでもない。だが、ターバラから荷物を運ぶために用意されているだけあって荷台は空で、横になることも出来そうなスペースがあった。
硬い木の床に座り、ジンとレミはようやく一息つく。幌馬車だけあって外からは見えないため、教会兵に嗅ぎつけられることもないだろう。
乗り込んできたシャット・エムレットに倉庫業に必要な道具類などを話していると、冒険者ギルドの方からフォーリに引き連れられた冒険者の一団がやってくるのが見えた。
シャット・エムレットが御者に声を掛ける。
「それでは、出発しましょう」




