第十三話 商談
ベレンディアにはターバラを出発して二日後の昼過ぎに到着した。
ベレンディアはターバラと比較するとずいぶん大きな町だった。人口も倍近く、川が近い事から革職人が多く住んでいるため、革製品の生産も盛んだ。
かつては染色職人も居たそうだが、革職人と川の使用権で対立を深めた結果出ていってしまったらしい。ダンジョンの入り口が近い防波堤の役割を持つ町でもあり、革製防具の生産に関わる革職人の発言力が強かったのだろう。
しかし、冒険者を当て込んだ革製防具があれば、同様の需要を見込んで武器職人などもやってきて、ベレンディアは工業が盛んな町となった。それが、現在の賑わいに直結している。
だが、ベレンディアの歴史に興味がないジンは、町に入るなりふらふらと路地裏に入った。
足が棒のようだ、とジンは壁に手をつく。
「……ジン、大丈夫?」
レミが心配そうにのぞきこんできた。当初の予想通り、ジンよりもレミの方が体力はあるらしい。
フォーリが仲間と顔を見合わせている。
「おい、そんなんでこれからの商談に臨むのか?」
「時間がないからな。それに、脚は疲れているが頭の方は冴えてる」
「それならいいが。ったく、頼りになるのか、ならんのか」
ターバラの冒険者の命運を握っていると言ってもいい商談だけあって、へとへとのジンは頼りなく見えて仕方がないらしい。
しかし、時間が無いのもまた事実。
フォーリがジンの背中を叩いて気合いを入れた。バシンと盛大な音が鳴り、道行く人が何事かと振り返る。
叩かれたジンの背中をレミが撫でるのを見て額を押さえながら、フォーリが説明する。
「例の行商人の叔父はシャット・エムレット。エムレット商会を名乗ってはいるが、ベレンディアにしか店を出していない卸売業者だ。だが、魔道具の研究者を抱えて自主生産を目標に掲げている。ジンの商談にも興味を示すとは思うが、甥が行方知れずになった件でターバラからの来客には神経質になっているはずだ。ドジ踏むなよ?」
「腰が痛い……」
「頼むぞ、まじで」
フォーリに案内されて到着したエムレット商会はこじんまりした二階建ての建物だった。奥行きがあり、魔道具の研究棟が併設されているらしい。
来客用扉から中に入ると、清潔そうな青年が歩いてきた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
あまりこういった状況には慣れていないフォーリたちが緊張に身を固くする中、ジンは爽やかな笑みを浮かべて一歩前に出た。
「こんにちは。こちらの商会長シャット・エムレット氏に甥のライト・エムレット氏の冒険者時代の元パーティーメンバーであるフォーリが相談に来たとお伝えください」
青年はジンたちが首から下げている冒険者タグを見ると、愛想笑いを浮かべたまま頷いた。
「どうぞ、こちらへ」
青年の後に続いて応接間らしい部屋へと入る。
商会長を呼んでくるという青年が出ていくと、ほどなくして四十代の半ばほどの男が入ってきた。
男はフォーリを見ると僅かに寂しそうな笑みを浮かべた。
「フォーリ君、久しぶりだね。ベレンディアに拠点を移すつもりになったか。支援しよう」
「久しぶり。シャットさん、今回は拠点を移すって相談じゃないんだ」
フォーリの受け答えを見るに、この男がシャット・エムレットらしい。
シャットは残念そうな顔をして、ジンたちを見回した。
「そうなのか? 私はてっきり……。では、今日はどんな要件かな。ずいぶんと急いできたように見受けられるが」
ターバラから強行軍でここまで来たため、ジンたちは旅装のままだ。最低限の体裁は整えているが、急いできたことは一目でわかるだろう。
フォーリがジンを手で示す。
「今回用事があるのはこいつだ。ターバラの冒険者でジンという」
「紹介にあずかりました、ジンと申します」
「ふむ、当エムレット商会を仕切るシャット・エムレットだ。それで、用事とは?」
「製法を買っていただきたい商品があります」
ジンは本題を切りだし、魔石レンガを机の上に置いた。
黄色の塗料を塗られた魔石レンガを見て、シャット・エムレットは怪訝な顔をする。
「冒険者が出してくるからには素材か魔石だと思ったが、製法か。ただの塗料を塗られたレンガにしか見えないが?」
「そのレンガは、ダンジョンに吸収されない建材です」
「……フォーリ君、事実かね?」
猛禽のように鋭く細めた目でレンガを睨んだシャット・エムレットがフォーリに確認する。
フォーリは緊張したように身を固くした。
「事実だ。ジンがその建材を土台にした倉庫をダンジョン内に建設して、ターバラの冒険者はほぼ全員がそれを利用している」
「実証実験が済んでいるのか!?」
驚愕も露わにシャット・エムレットはジンを見た。
ジンは静かに頷き、自らの服の生地を引っ張った。
「何故、急いできたのか。お分かりでしょう?」
「……ターバラの冒険者の苦境は聞いている。そうか、それでこのような建材が必要になったのか」
「ダンジョン内の倉庫に溜めこんだ素材と魔石を全てベレンディアに輸送し、売却したいんです。しかし、グバラ同朋団による妨害が予想されるため、この建材の売却益でベレンディアの冒険者を護衛として雇い入れたい」
「ふむ。そこまで話すのはリスクになるのではないかな?」
自分たちの猶予がほとんどないと話したに等しい。足元を見てくれと言っているようなものだ。
だが、ジンは笑みを浮かべた。
「私たちの足元を見ますか?」
「いや、やめておこう。甥に顔向けができないからね」
応接室に入ってくるなりフォーリを見た時と同じ寂しそうな笑みを浮かべるシャット・エムレットに、ジンは頭を下げた。
「私はライト・エムレットさんとの面識はありませんが、行商人に転向したその志は素晴らしい物だと思っています」
「ありがとう。お人好しだが、それだけに慕う者の多い子でな。かく言う私も甥の事はよく思っていた。それだけに――バードゥ商会やそれに与する連中に腹が立っている」
シャット・エムレットは組んだ手に爪が食い込むほど強く力を籠め、ジンを見る。
「実際に運用されているダンジョン内の倉庫を確認したい」
「それだけですか?」
ジンが訊ねると、シャット・エムレットは獰猛な笑みを浮かべた。
「連中のほえ面を特等席で眺めたい」
「商談成立ですね」
ジンはシャット・エムレットと同種の笑みを浮かべ、手を差し出す。
固く握手を交わし、魔石レンガの製法に関する情報提供と各種取り決めについて話を詰める。
契約書を交わし、シャット・エムレットは魔石レンガの製法を聞いて、笑い出した。
「こんな単純な方法で吸収されなくなるとは思わなかった」
「こちらが実験データです。ご確認ください」
「ふむ、なるほど。君たちは資金が無いからレンガの形で利用していたようだが、漆喰などの他の建材でも可能か?」
「棍棒に体積比八割以上の魔石を埋め込んで確認した際には吸収されるまで七日から十日掛かりました」
倉庫の営業中に行った実験のデータも差し出す。巨骨人の持つ棍棒を利用して魔石を埋め込み、確認したものだ。
「地面や壁面からの距離もダンジョンの吸収能に関係しているのか。ならば、自ずと厚みも定まってくるな。魔道具技師に研究させてみよう。ダンジョン内で恒久的に利用できる設置照明などが開発できるかもしれん」
魔石レンガそのものよりもそこに使われているダンジョンの吸収を受けない仕組みの方が応用は利く。
利用方法を考えるのは魔道具技師に任せて、シャット・エムレットは金貨をジンの前に積み上げた。
いくら新技術とはいえ、破格の値段だ。ジンがダンジョン内で倉庫業を営むにあたり、先行投資する意味もあるのだろう。
ジンは当然のようにその金貨を受け取った。エムレット商会との繋がりは今後もいい方向に働くからだ。
「護衛の冒険者を雇い入れるのですが、シャットさんが信用できる方を紹介していただけませんか?」
「あぁ、もちろんだとも。ギルドに直接赴いて呼びかけよう。フォーリ君も知り合いの冒険者に声を掛けてくれ。ターバラから拠点を移したものの、見捨てたようで後味の悪い思いを抱えている者が多いんだ。払拭させる機会を与えてほしい」
「そういう事なら、俺としてもありがたい限りだな。様子が気になっていた奴も何人かいることだし」
ジンたちは一斉に立ち上がる。
「――それじゃあ、反撃開始と行きますか」