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第十話  本格稼働

 旅人の明かりの元、ジンはサラダを摘まんでいた。


「マジで旨い」

「ふっふーん。野菜の鮮度もアルラウネは一発で見抜けるんだよ。中でも私は料理上手なのだ」

「いや、正直侮っていた」


 スティック状に切ってゆでた野菜にソースを付けて食べる、バーニャカウダのような料理だ。このソースがレミの腕の見せ所らしく、野菜の旨味や甘味を引き立てて口の中を幸せにしてくれる絶品料理だった。

 ダンジョンの中に籠るとどうしても栄養が偏るものだが、その原因は食材の鮮度と食事にかけられる時間や調理の難しさにある。

 火に掛けた鍋が焚火ごとダンジョンに吸収されて泣きを見た冒険者の話が笑い話として伝わっているくらい、ダンジョンの特性は冒険者の台所事情を悩ませていた。

 魔物を警戒する必要もあり、冒険者の食事と言えば乾パンやライ麦パンと酢漬けの野菜。イモ類を潰して練ったものなど、携帯性や腹持ちを重視した味気ない物だ。

 だが、ジンたちには魔石レンガがある。

 魔石レンガで作った土台の上に鉄板や鍋を置き、火魔法で加熱すればアウトドア料理的な事が出来るのだ。

 お湯を入れて数分で出来あがる保存食など存在しないこの世界において、ダンジョン内で温かな食事ができるのはジンたちだけだろう。

 それだけでもちょっとした優越感を味わえるだけだと思っていたら、レミが存外に料理上手だったためにジンは満足感や達成感すら覚えていた。

 これはダンジョン内倉庫からダンジョン内飲食店に発展させるのも選択肢の一つではないか、と真剣に悩んでしまう。


「そう言えば、女の子の手料理なんて久しぶりだな」

「……ジン、元の世界に付き合っている人がいたの?」

「いないな。バレンタインにチョコを貰った事があるくらいだ。あの義理チョコも広義の手料理だろ」

「バレンタインってなに?」


 疑問を口にするレミにバレンタインの説明と、義理チョコの意味を解説する。

 話を聞き終えたレミは少し考え込んだ後、


「ギリギリだけど、大丈夫な一線」


 と口にした。


「なんだよ、それ」

「ジンが教えてくれたチョコの作り方とジンが貰ったっていう義理チョコの話を聞く限り、ただの片想いで実ってないからギリギリ大丈夫」

「え、あれって片想いされてたの? ……いやいや、ないってそれは。あの子は宮藤君が好きって噂があったし」

「噂であって本人に聞いたわけじゃないんでしょう?」

「……いや、でも義理だって言われて渡されたぞ。同じチョコを宮藤君も貰っていた」

「…その子を見たことが無いから言いにくいんだけど、多分、ジンは二番手というか、候補というか、粉をかけられている状態というか……周りの女の子への牽制もあってジンにも手作りチョコを渡したんじゃないかなぁ」

「なにそれ、こわい」


 学生時代の自分がどんな立場にいたのかを遅ればせながら理解して、ジンは身震いする。

 レミがジンに体を寄せて囁いた。


「私は一途だよ」

「ちょっとまって、今はその言葉も怖い」

「なんでー!」


 むくれるレミから視線を外して、ジンは倉庫部屋を見回した。

 本格稼働に伴い、倉庫は五つに増えた。

 素材や魔石を預かり、偽装が出来ないように割符を渡して管理する。預かった素材や魔石は個人やパーティーごとに木箱に収めて管理する。

 同時に、使用感などのアンケートも進めていく。特に、立地については冒険者ごとの狩場によっていくつもの意見が出ており、二十日間の営業日を終えたら移動することも視野に入れていた。

 魔石レンガの土台の上に組み立てた机で預かり品の一覧を確認していたジンに、テントを見回ってきたレミが声を掛ける。


「異常はないよ。魔物はやっぱり湧かないね」

「十分な空間が必要なのかもな」


 最大の懸念事項だったテント内での魔物発生は現在のところ確認されていない。

 ターバラ冒険者ギルドの冒険者は八割近くが今回の作戦に協力してくれており、テントの中には木箱が大量に置かれている。魔物が発生しようにも木箱に潰されて身動きできなくなるだけだろう。


「――おーい、ジン。預かりを頼む」


 中層から上がってきた冒険者たちが親しそうに呼びかけ、鞄に入れた素材や魔石を魔石レンガの預かり台に乗せた。

 模擬戦の時に見届け人を務めた冒険者フォーリとそのパーティたちだ。


「良いな、倉庫!」

「身内じゃねぇんだから圧縮言語で話すな」


 フォーリを仲間がたしなめる。

 中層の魔物は浅層より強く、かさばる荷物は戦闘にも響く。

 中層を主な狩場とする冒険者たちにとって、倉庫は行きに物資を預け素材や魔石が集まるたびに戻ってきて物資と交換する一時拠点として、すでに浸透し始めている。

 ジンは素材や魔石の状態と数を記入した紙をパーティーメンバーに見せてサインをもらった後、木箱に収める。


「今回で物資は三分の一まで減ったが、また中層へ?」

「いや、今回はここらで帰るとするよ。流石に疲労も溜まって来たしな。ジンたちも良くこの倉庫部屋に十日も住んでいられるよな」

「倉庫を行き来する冒険者が多いから周辺の魔物が狩られていて、安全地帯になってるんだ。まぁ、寝床は硬いけど」


 レミがくっついてくるため寒さはさほど感じないが、寝床の硬さは改善したいところだった。もっとも、ダンジョン内で熟睡するわけにもいかないため今は諦めるしかない。

 生活費として換金するための素材をいくつか持って出発するフォーリたちを見送り、ジンは木箱を持ち上げる。


「そろそろ地上で騒ぎになってる頃だろうな」

「十日も魔石や素材が品薄だもんね。商会が血眼で倉庫を探してるんじゃないかな?」

「ここまで襲撃が無いって事は、冒険者の中に内通者はいないと思う。泳がされているだけだとしても十日は長すぎる」


 冒険者から行商人に転向した人物が行方不明となった話を聞いてから、ジンはずっと冒険者も疑っていた。

 警戒しておくに越したことはないという判断だったが、取り越し苦労と分かって心理的な負担は少し軽くなった。

 だが、冒険者に内通者がいないのならば、手の内を誰も知らない傭兵団が出てくる可能性が高い。対人戦闘のプロである以上、殺し合いを前提とするべきだろう。


「レミ、場合によっては人を殺すことになるが」

「……ジンは忘れたの? 私にとってはジン以外の人間がみんな潜在的な敵なんだよ?」

「覚悟は決まってるか。ならいい」

「ジンは大丈夫なの?」

「身を守るためだから諦める」


 きっぱり言い切ると、レミはそれ以上何も言わなかった。ただ、申し訳なさそうにジンを見上げるだけだ。

 ジンを召喚した後ろめたさがあるのだろう。


「逃げずに倉庫業を始めたのは俺だ。レミに責任転嫁をするつもりはない」


 レミがアルラウネだから襲われるわけではなく、ジンが倉庫業を始めたから襲われるのだ。


「むしろ、巻き込んだのは俺の方だ」

「でも、私がアルラウネじゃなかったらこんな危ない橋を渡らなくても稼げたでしょう? 倉庫だって、私の正体がばれないようにダンジョンで暮らすのが目的なんだし」

「正体がばれないようにってだけなら素材を溜めこんでからベレンディアって町に行って――あぁ、この話はこれで終わりにしようか」


 謝罪合戦が起こる気配を感じとり、ジンは話を打ち切った。

 どの道、ここまで計画が進んでいる以上は誰に責任があろうが関係がない。嫌ならば途中で反対すればよかった。それだけの話なのだから。

 テントの入り口を開けて、木箱を所定の位置に収める。本格稼働からすでに十日だけあって、パーティーごとに木箱の位置は定まってきていた。

 利用頻度の高いパーティーや、食品などを仮置きするパーティーなど、木箱の位置を定めておかないと混乱のもとになる。特に、プレートベアの胆嚢などの臭いを発する素材は瓶詰めして他の預かり品に臭いが移らないように配慮が必要だ。


「これでよしと」


 テントの入り口を閉めたジンは、隣に立っているレミを見た。


「そう言えば、アルラウネの髪ってみんな白いのか?」


 フードの下から覗くレミの髪は白い。夏雲のような、濃い青空に映えそうな白く軽やかな髪だ。

 レミは自身の前髪を指先で弄った。


「髪の色は緑に近いかな。赤みがかってたりもするけど」

「レミが違うのは?」

「隠れて生活していると中々陽に当たる機会がなくて、いつの間にか白くなってた」

「つまり、もやし……?」

「誰がもやしか!」


 もやし娘にしてはそこそこ痛いパンチをジンの背中に浴びせながらレミが抗議する。

 ジンは笑いながらレミのパンチを避けた。


「悪い悪い、細くて白いからつい連想してな」

「もやしボディじゃないよ! 出るところ出てるよ! そもそも立派なレディな私をもやし娘とはどういう了見だぁ」

「ピチピチに潤いのある肌だよな!」

「今さらフォローしたって遅い!」


 逃げるジンを追いかけるレミもまた、笑っていた。



 秘密の会合という言葉に胸が躍ったのはどれほど昔の話だったろう。

 ターバラ冒険者ギルド長ヴァイカスは白髪頭に帽子を被せて会合場所に入った。

 部屋にはすでにターバラの町に根を張る商会をまとめ上げた立役者バードゥ商会の長であるフロムズ・バードゥが待っていた。


「待たせたか?」

「いえ、今来たところですよ」

「――待たされたのは俺だよ」


 フロムズ・バードゥと共に部屋で待っていた赤毛の男が不機嫌そうに呟いた。

 グバラ同朋団団長、コッザ・グバラだ。


「ギルド長よ、久しぶりだな。例の行商人の一件以来か。遺族に手当は出したのかなー?」

「出すわけがないだろう。あれはただの行商人で、我々とは接点を持たない男だった」

「はっ、薄情な事で」

「そもそも、ヴァイカス殿は遺族手当制度を廃止しましたからな。仮に冒険者であっても手当など出さんでしょう」


 フロムズ・バードゥが口を挟むと、コッザ・グバラは大げさに驚いて見せた。


「おいおい、廃止しちまったのか? 積立金はどこに消えたんだ?」

「冒険者たちに分配した」

「ヴァイカス殿は人格者で、未だにギルドに冒険者として登録されている現役ですからね。親身に冒険者の立場に立っておられる」

「よく言うぜ。今の発言で絡繰りが見えたっての。分配したのは本当でも、ギルド長の取り分は何割だったのやら」

「七割でしたか?」

「七割二分だ。それより、本題に入ろう」


 ヴァイカスが席に着くと、フロムズ・バードゥが話し始める。


「市場に流れてくる魔石や素材がこの十日間、明らかに減りすぎています」


 フロムズ・バードゥの調べによると、魔石は水準の半分、素材に至っては三分の一まで流通量が減っているという。


「特に、アイアンスパイダーの糸袋などの一定の需要が見込める素材や、高額で取引される薬の材料、つまりはプレートベアの胆嚢などですね。早い話、どこの町へ持って行っても換金素材として利益が見込める素材です」

「聞いた品目だな」


 コッザ・グバラが忍び笑いながら言う。

 以前、冒険者たちが宿の一室を倉庫代わりにして素材を溜めこんでいた事があった。その時に押収した素材はフロムズ・バードゥが口にした品目と合致する。

 フロムズ・バードゥがヴァイカスを睨む。


「ギルドに素材が持ち込まれてませんね?」

「あぁ、持ち込まれていない。資料も確認した。職員が冒険者に与している様子もない」

「じゃあ、また懲りずに倉庫でも作りましたか?」

「うちの団員で調べたが、ターバラに倉庫らしきものはないぞ」

「コッザ殿の言う通りでしょうね。町の警備に当たっている兵に聞きこみましたが、冒険者たちは素材を町に持ち込んだ様子がない」


 フロムズ・バードゥは調査結果を話す。


「ターバラの町に倉庫が無いなら、外の森って事になるんじゃねぇのか? それとも、どこぞの村が協力してんのかね?」


 面白そうにコッザ・グバラが可能性を上げる。

 しかし、ヴァイカスが否定した。


「倉庫はダンジョンの中だ」

「……は?」


 コッザ・グバラが耳を疑った。

 ヴァイカスは淡々と告げる。


「元冒険者だからこそわかる。ターバラの町を出発した冒険者がダンジョンで素材や魔石を得て近隣の村に預けているとすれば大赤字になる。ダンジョンと村の間を移動するだけでも丸二日、運搬量を考えれば割に合わない」


 ダンジョンは度々、魔物の群れを外に放出する俗に言う氾濫を引き起こす。そのため、ダンジョンのそばに防衛力の低い村は作られず、ターバラのように冒険者を戦力として有する町が防波堤として発達する。

 一番近い村でも徒歩二日。人目に付かないように街道を外れればそれだけ時間もかかり、魔物や野党に出くわすリスクも上昇する。


「あり得ないだろ。ギルド長さんよ、少しは冷静になれよ。儲け話が上手くいかずにイラつくのは分かるけどよ。ダンジョンに倉庫? 消えるわ、そんなもん」


 端から否定してかかったコッザ・グバラとは対照的に、フロムズ・バードゥは目を閉じて可能性を吟味しているようだった。

 フロムズ・バードゥが険しい顔でヴァイカスを見る。


「もしも、もしもですよ、ダンジョンの中に倉庫を建てているのだとしたら――とんでもない儲け話になりますよ」

「おいおい、まじかよ」


 利に聡い商人であるフロムズ・バードゥまでもが荒唐無稽な話に食いついた事で、コッザ・グバラは呆れ顔で肩を竦める。


「まぁ別にいいけどよ。俺らのやる事は変わらねぇわけだしな。冒険者拉致って倉庫の在り処を聞きだして、ダンジョンに突っ込んで倉庫を襲えばいいんだろ?」

「拉致するな。向こうは警戒している。定期的に連絡を取り合って無事を確認している可能性がある」

「連絡がなければ倉庫を移動するってか? 面倒だな。じゃあ、尾行か。ダンジョン内ではやりにくいんだがな」


 傭兵団は対人での戦闘が本職だ。ダンジョンに潜った経験がない団員も多い。

 対して、冒険者はダンジョンに地の利があり、魔物の襲撃を絶えず警戒している。自然と、尾行が気取られるリスクは跳ね上がる。


「我々にとって面倒な場所だからこそ、倉庫を隠すのに最適というわけだ」

「そう言われっと、信憑性が増しちまうな。てか、無理じゃね?」


 倉庫を襲撃するのは難しい、というのが傭兵団長としてのコッザ・グバラの意見だった。

 だが、襲撃対象は別に倉庫でなくとも構わないはずだ、とコッザ・グバラは笑う。


「冒険者共の資金繰りは苦しいままなんだろ? このまま素材を売らずに収入なしなら干上がっちまう。いつぞやの行商人同様、売りに出るはずだ」

「そこを襲撃するか」

「問題はいつ巣穴から出てくるかだよな」


 コッザ・グバラがフロムズ・バードゥに視線を向ける。

 フロムズ・バードゥは腕を組んでしばらく考えた後、口を開いた。


「十日後のベレンディア行きの馬車に合わせるでしょう。溜めこんでいるだろう素材の量を考えると、近隣の村から荷車を借り受けると思われる。手の者を張り込ませて尻尾を掴んでしまいましょう。それに、まだ村に倉庫がないと決まったわけではありませんから、見張りを立てるのは一石二鳥です」


 ヴァイカスも頷く。


「決まりだな。冒険者の動きは引き続き警戒しよう。遠出の依頼はしばらく受け付けず、ターバラから冒険者を出さないようにしておく」


 村からの魔物討伐依頼を受けて素早く依頼をこなし、ターバラに戻らず倉庫の素材を運搬する際に合流する冒険者が出る可能性を憂慮し、ヴァイカスは先手を打つことを約束する。

 これで、ターバラの冒険者の位置を把握し、素材運搬隊の護衛戦力を事前に推測できる。


「俺らは北に行ったと欺瞞情報を流しておくか。どうせ、警戒されてんだろうしな」


 コッザ・グバラは楽しそうに笑った。



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