第三話・謎のスキルと天才少女
「なあ、聞いたことあるか? こんなスキル」
エグモントは動揺を隠せずに、アメリーに尋ねる。声が僅かに震えていた。
「無いわ。でもお伽噺に出て来る主人公のほとんどは、全く新しいスキルを持って産まれてくるわよね?」
「そうだな。確かにそうだ。不安になるよりも、この子の可能性を信じよう……そうだ、明日、教会にルカスを連れて行って、シスター様に訊いてみないか?」
「そうね、それがいいわ。魔法が使えるかどうかも、彼女なら分かるから。ルカスちゃん、明日はあなたの礼拝デビューよ」
「礼拝?」と、俺は聞き返した。俺の考えている礼拝のイメージと同じなのか確かめたかったのだ。
「そう。私達が信じる神様にお祈りに行くことよ。そして、その教会にいるシスター様は、とっても物知りで、鑑定のスキルを持っているから、ルカスちゃんのことを色々調べてくれるわ」
なるほど。礼拝の意味は俺が考えているのと同じらしい。
シスターの能力は中々、便利なんだな。神の恩恵だろうか?
翌日、昼食を食べてから俺はアメリーにおぶられて教会へと向かった。エグモントは朝早くに出勤したので、一緒に来てはいない。
家から徒歩で一五分ほど歩いた所に、教会はあった。
教会はレンガ造りで、木造の普通住宅に比べれば重厚さを感じる。
神を崇めるための場所が簡素であってはいけないということか。
中に入ると、左右に長椅子がいくつか並んでいて、中央奥には女神の銅像があり、その前に一人の女性がしゃがんでいた。
あの女性がシスターなのだろう。
修道服の頭巾から神々しい金髪が見えていた。
すると、こちらに気付き彼女は駆け寄ってきた。
「こんにちは、アメリーさん。あら、後ろにいるのはルカス君ですか?」
シスターは訊き、母もはい、と頷いた。
だが、俺はその質問よりも、シスターの顔に目がいっていた。
二度見、いや三度見はしてしまうくらいの美女だったのだ。
こんな人がシスターだと知っていれば、はいはい歩きできるようになったタイミングで毎日通ったのに。
「ルカス君、あなたの名前は私が付けたのよ。気に入ってくれたかしら? 何てね、まだ答えられないわよね」
「たいへん気に入っています! ありがとうございます!」
「えっ! あなたはその年齢でもう話せるの!? 将来が楽しみですね、アメリーさん。そういえば、今日はどんなご用件でいらしたんです? ルカス君も連れて来たということは、初めての洗礼ですか?」
シスターは優しく微笑んだ。
「それもなんですが、今日はこの子の魔力適性とスキルについてお聞きしたいんです」
「分かりました。それではここではなんですので、懺悔室の方に移動しましょうか? 個室の方が気兼ねなく話せますしね」
シスターは気遣いまでできるのか。理想的な女性だ。
シスターだから、結婚はできないのだろうけど。
「さて、じゃあまずは魔力適性を見ましょうか」
シスターはそう言って、俺の胸に手を翳した。
すると、青白い光が柔らかく俺の全身を包み、一秒もしないうちに、光は消えた。
「うん、魔力適性はちゃんとあります。魔力量も人間の平均値を少し上回っていますし、何の問題もありませんね」
そうですか、とアメリーはホッと胸を撫で下ろした。魔力適性が無いよりはあった方がいいに決まっている。
それがこの一瞬で確定するのだから、母として心配だったのだろう。
「さあ、そのままスキルについてお聞きしましょうか。スキルプレートは持ってきましたか?」
アメリーは小さな手提げの鞄から、昨日見たプレートを取り出した。シスターはそれを受け取り、表情を変えた。それは昨日、両親が見せたものと同じだった。
「絶対正義、このようなスキルは過去にないはずです。私の記憶が正しければ、ルカス君のスキルは正真正銘彼のオリジナルスキルです」
「すごいんですか? それは」
「そうよ、ルカス君。過去に、オリジナルスキルを得て生を受けた人物は全員、歴史に名を刻んでいるわ。千年前、魔王を倒した勇者もオリジナルスキルを駆使して、実力差のある魔王に立ち向かったのですから」
シスターは、遠い景色に思い馳せるような様子で話した。
しかし、あまり過度な期待はしない方がいい。
絶対正義が、曲がったことができないスキルだなんてオチもありえるのだから。
「アメリーさん、きっとこの子は将来、偉大なことを成し遂げますよ。そのためには、たくさん食べて運動させてあげてくださいね。スパルタ教育なんてものが世間で流行っているようですが、自発的でない学びなど、何の役にも立ちませんからね。すくすくと育つことを願います」
「分かりました。肝に銘じておきます。本日はお忙しい中、時間を割いていただき、ありがとうございました」
アメリーが頭を下げるのに倣って、俺も頭を下げる。すると、美人のシスターは俺の頭を撫でてくれた。
どうやら、神への信仰心が芽生える前に、シスターへの信仰心が先に膨張しそうだ。
家に帰ると、町内会長のおばさんが立っていた。
酒焼けしたような声でいつも喋るので、俺は苦手だった。悪い人じゃないとは思うが。
でなきゃ、こんな仕事しないだろう。
「どうなさったんです? 会長さん」
「シュナイダーさん、あなた息子さんの友達になってくれる子を探してるって言ってたよね。同い歳の子で、ルカスちゃんくらい喋れる子なんていないと思ってたんだけど、今日、噂で隣町に同じくらい話せる女の子がいるって聞いたんだ。それで、買い物の帰りに寄ったのさ」
おばさんは、一息で、次から次に途切れること無く話した。驚くべき肺活量だ。
それより、この人は今、俺のように弁が立つ子供がいる、と言った。
そんな子供がいるのか?
我ながら、こんなに早い時期から話し始める子供は不自然だと思うが。
「本当ですか? できればルカスにも早く合わせてあげたいんです。その子の家の住所なんてご存知ですか?」
「それなら簡単さ、隣町の孤児院にその子は入ってるんだ。あんたも、あそこは有名だから知ってるだろ? 実はさ、聞くところによれば、元々はその子を父親が一人で育てていたそうだが、殺されちまったらしい」
アメリーは驚き、そして悲しい顔をした。
自分の子供と同い歳なのに、そのような辛い境遇に置かれているその少女が気掛かりに思うのは無理も無い。
殺人か。
この世界では、さほど珍しいものでは無いが、なぜその子の父親が殺されたのか気になる。
怨恨か? いやいけない。前世の職業病が出てしまった。
こんなことを一歳児が考えているのは、誰が見ても異常だ。
この話を聞いて、アメリーはその日の内に馬車の手配を済ませ、何やら書類を町役場まで取りに行った。
孤児院に行く気満々だ。
しかし、彼女がそうするのは、息子に友達を作ってあげたいから、というものだけでは無いのだと俺は思う。
同情したのだろう。例の少女に。
翌日の早朝、まだ寝ているエグモントを置いて、二人で馬車に乗り込んだ。
教会へはおぶられて移動したが、短い距離であれば、俺は難なく歩けるようになっている。移動は馬車なのだから、歩いた方が母親の負担にならない。
「お母さん、隣町まではどのくらいかかるんです?」
「そうね、三〇分ちょっとかな。私も行くのは久しぶりなの。大体のものはこの町で済んじゃうからね。ルカスちゃん、女の子に会えるの楽しみ?」
そう尋ねられて、俺の頭に急浮上してきたのは、ある女の子の顔だった。あの子もこの世界に転生しているはずなのだ。
早く探し出さなきゃいけない。彼女が危険な目にあってしまったら、それは完全に俺の責任だ。
「どうしたの? 怖い顔してるわよ」
「何でもないよ。可愛い子だといいなあ」
「フフッ、お父さんに似て女たらしになりそうね」
俺が冗談を言うと、アメリーは小さく笑ったが、エグモントの話をした時、一瞬血管が浮かんだ。
何をやらかしたんだ、エグモント。
少し道が混んでいたせいで、隣町に入るのに小一時間は掛かった。
慣れない馬車に揺られたせいで、やや車酔いをした。
そして、簡素な造りの建物の前で馬車は停った。
「御免ください、院長様はいらっしゃいますか?」
孤児院に入り、アメリーが尋ねると、五、六歳の少女が近付いて来た。
「事務室にいます。呼びましょうか?」と、少女が訊き、アメリーはそれに頷いた。少女は奥へと消え、少し経って四〇代ほどの貧相な服を着た女性が出て来た。
「どちら様ですか?」
「突然の訪問、申し訳ありません。実は一歳で、きちんとした会話ができる子がいると聞いて、ぜひこの子と友達になってほしいと思いまして」
「分かりました、そういうことであれば。となると、その子も一歳ですか? 驚いたものですね。奇跡のような子供が同じ時期に二人も、近くで産まれていたなんて。それでは、こちらにどうぞ」
院長に案内された先は、書斎だった。
本棚で埋め尽くされたその部屋の隅に、幼女が座って本を読んでいた。
「ユリアーナ、こっちへいらっしゃい。お友達が来てるわよ」
「私にお友達なんていないです。対等に話せる人が、院長先生くらいなんですから」
「そんなこと言わないで、このルカス君もあなたと同じ天才よ」
天才という言葉に反応したのか、ようやくユリアーナという少女は本から顔を上げた。
俺はその顔を見て、唾を飲み込んだ。
あの子と瓜二つなのだから。