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君は林檎の種を植えた。

作者: 三池ゆず

気がついたらこうなっていたんだ。

 フレデリックは書斎で一人悩んでいた。


 諸侯は王の命令を聞かない。いや、むしろ国の王などお飾りなのだ。まつりごと元老院げんろういんが行い、王の拒否権さえ無視されることもある。


 フレデリックはこの国、ガーディナ王国を変えたかった。この国の行き先を憂い、無償で通える学校を作り、王家を守る騎士にも身分制限を無くした、父、ヘンリ王の意思を継ぐために。


 父に力があったわけではない。学校を作れたのも平民の登用ができたのも王都のみ。父は志半ばで突然の病を得て亡くなった。これがどういうことかフレデリックには簡単に理解できる。父は、お飾りの王の務めを無視して諸侯に嫌われていた。


 それでも、フレデリックはこの国が変わることを望んだ。身分至上主義で排他的で、まとまりのないこの国を。ガーディナ王国初期のように王が中心でなくても良かった。皆が身分に苦しまず、平穏に生きていける国にしたい、と。


 もちろん、特権階級が牛耳ってきた元老院がそんなことを許すわけがない。国の皆が豊かになる為には痛みを伴わなければならない。痛みを一番感じるのは、特権階級である諸侯たちである。そういう者たちもみなと一緒に誇りを失うことなく暮らせる方法があればいいのだが。


「フレデリック様。失礼致します」


 そう言って書斎に入ってきたのは、エドワードだった。エドワードはルフェルの民だ。ルフェルの民はこの地の原住民であり、褐色がかった肌が特徴的な少数民族だ。いや、少数民族になってしまった。それも、ルフェルというのは彼らの間で呼ばれる言い方であり、一般的にはサタン族と呼ばれる。


 その昔、彼らは彼らなりに小さな国を形成していた。彼らはレウリ族が使えない魔法を使えた。魔法を駆使して狩りをしたり、薬を作ったりしながら営んでいた国は、貿易で潤っていた。


 そこにガーディナ王国を作り上げたレウリ族が流れ込んできたのだ。ルフェルの民は移民として国に受け入れた。


 やがてレウリ族は、自分達の自治国を彼らの国の中に勝手に作り、魔法を恐れてルフェルの民を虐殺していった。そして、国を倒し生き残ったルフェルの民を支配下に入れたのだった。それ以来、ルフェルの民は差別を受け続けている。


 エドワードもひどい差別に悩まされている一人だった。彼は、ルフェルの民唯一の騎士である。もちろん、元老院からは辞めさせるように要求が来た。そんな得体の知れない生物は謀反むほんを起こすに決まっている、と。


 そんなことを元老院が言ってきた次の日、フレデリックはエドワードを専属の護衛にすることを宣言した。元々フレデリックはエドワードと同い年の仲間として、剣のライバルとして切磋琢磨してきた仲だ。フレデリックにとっては元老院よりずっと信頼できる。


「ああ、エド。やっと来てくれた。遅かったな」


「陛下に頼まれたものがなかなか手に入らなかったのです」


「君のような男ならちょちょっとできるかと思ったよ」


「買い被りすぎです、殿下。私のような者には難しく感じます」


「難しいってかぜ薬ならすぐに作ってくるじゃないか」


「王領の民に売るためには量が必要です。私だけではなく、私の故郷の者にも協力してもらいましたから」


 はあ。とエドワードがため息をついた。顔も少しこけているから、疲れるようなことを頼んでしまったのだろうか。


「陛下。ありがとうございます」


「何が?」


「ルフェルを気遣って頂き」


「こういう使えるものは、あればいろいろな者の役に立つ。別にルフェルの為だけではない」


 エドワードがにこりと笑った。





『元老院ではこの薬品に毒物が入っていることを確認した。これは、サタン族による我らレウリ民族を大量虐殺する為の商品である。故に、この薬物の取引、及び使用を禁止する』


 ルフェルの民が作った薬品はたくさんの命を救った。安価で手に取りやすい薬は、瞬く間にガーディナ王国全土に広がった。


 エドワードも何種類か仲間と薬を作っては仲間の為に売りに出した。庶民はルフェルの技術で作り出されたことを知っても関係なく、効能のいい安価な薬を欲しがった。


 そんな、ルフェルに対する偏見が少しだけ解消された最中に元老院が突然法令を出した。


 慌ててフレデリックが拒否権を使うが、元老院は聞く耳を持たなかった。そして、当然のごとく吐き捨てる。


「正当正義を貫く為の身分制度には、犠牲が必要だ」


 フレデリックは唖然とすることしかできなかった。


 フレデリックは再び書斎に引きこもる。執務は手につかない。


「陛下。失礼致します」


「入れ」


 目の前にいたのは、エドワードだった。エドワードは今にも泣きたそうな顔でフレデリックを見つめてきた。


「陛下。私を解雇して下さい」


「突然、どうした」


「このようなものが陛下のまわりにいたら、陛下はさらに軽んじられてしまいます」


「どういう」


「陛下。私にここは恵まれ過ぎました」


「何を……!」


 ばたん。と扉の音を立ててエドワードは書斎を去っていってしまった。元老院はこの事態にほくそえんでいるに決まっている。腹が立ちすぎてもどうにもできない自分に悲しみしか感じられなかった。





 あのお触書が出てから数ヶ月。王国の東部、ラスター領で反乱が起きた。元老院で力を握っていたリチャードという初老の男が急病で亡くなり、見計らったように平民たちが暴動を起こしたのだった。そして、彼らがラスター城を侵略し、立てこもると、王領編入と、身分差別撤廃を求めてきた。


 東部が成功すると、格差の大きい北部も反乱が起きた。この反乱により、元老院が麻痺を起こす。これを期に、フレデリックは元老院を解散した。


 助かった。という思いはあった。しかし、ラスター侯の急死。そして、サタン族の男にフレデリックは引っかかっていた。


「陛下。失礼致します」


 久し振りに聞く声だった。


「エドワード。どうやってここへ」


「鬼も怯えるサタン族ですから」


 エドワードはにこりと笑った。黒髪が揺れる。


「君は、ラスター侯リチャードを殺害したんじゃないか?」


「はい」


 エドワードは表情を変えない。


 信じたくなかった。エドワードは穏やかで優しい男だ。


 確かに彼は酷い差別を受けてきた。学校では褐色の肌であることによっていじめられていた。フレデリックが止めていなければ彼は才能を発揮できずに学校を去っていたかもしれないと、笑っていた。剣を抜かれ、あわや刺されそうになったこともあった。学年で一位になった時は、何か変なことをしていないか教師たちに疑われた。レウリ族を憎んでいるのも理解できる。


「なぜ殺害した。君ならこんな形ではなくても国を変えていくことができたはずだよ」


「恐れながら、陛下。私は身分制度の崩壊なくしてこの国に未来はないと思います。元老院は貴方もこの国の民も蔑ろにしています。生き生きしているのは王領だけです。他の地域は搾取され、疲弊しきっています。私は、上層部の命と引き換えにたくさんの民が貴方の庇護によって救われるなら、いくら汚い手段であってもその道を選びます」


 では、という言葉と共にエドワードは消えた。





 それから、数十年。ガーディナ王国は、強力な騎士団と豊かな土壌を基盤とした国になった。王は君臨するが、市民から選ばれた政治家が政治を行うようになった。


 フレデリックは、あれ以来エドワードに会っていない。東部の反乱以来、噂を聞くこともなかった。


 会ったら、言ってやりたい。もっと違うやり方を一緒に悩んで探せばよかった、と。君が犠牲になることなど、ない。と。エドワードはなんと言うのだろうか。


 ありがとう。などと言ってやるものか。

エドワードというと、某錬金術師しか出てこない。

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