奴隷は従業員かそれとも有形固定資産か。
「査定終わりました。丁度金貨二十枚でしたので、お売りいたします。」
嘘つけ!
私が喋れないことをいいことに!
「別に人間の貨幣に価値はないからどうでもいい。」
よくない!
それは何をするにも金はあったほうがいい!
ましてや、ダンジョンのお客様は人間なのだから!
「そ、そういうものなのか…?」
そういうものです!
ダンジョンを『経営』と言ったのは貴方なのにお金を軽視するにも程がある!
「す、すまん…」
「あのー、どうぞこちらに…」
「ああ。」
男の後についていけるよう私の足枷が外された。
そして市場の奥の方で契約を結ぶ。
と、言ってもたいしたものではない。
ただの金の受け渡しと私の沈黙魔法の解除と所有権の移動、絶対服従魔法の添付それだけだ。
金は先程渡したので私の魔法の解除される。
「ほら、新しいご主人様にご挨拶。」
「….よろしく」
「もっと愛想よく…」
「いや、問題ない。」
「そうですかぁ?」
商人はニタニタと嫌な笑顔を向ける。
「では、絶対服従魔法を奴隷にかけます。
この魔法は所有者であるお客様の命令に決して背くことのできない魔法となります。
お客様が命じればどのようなことでも…そう、その場で死ねという命令すら遂行致します。」
「随分嫌な魔法だな。」
「こうでもしないと逃げますからね。」
「解除はできないのか?」
「勿論出来ますよ。所有権を放棄すれば宜しいのです。
所有権を放棄すれば、それはもうお客様の奴隷ではありませんから命令をきく必要はなくなります。
しかし、こちらはあまりお勧めしません。
奴隷が主人を騙して自由を手にすることはままある話。
特に女性奴隷は狡猾に男性主人を騙してきますのでご使用には充分お気をつけください。」
「確かに人間は狡猾な生き物だからな。」
「その通りでございます。
なお、奴隷は主人の財産ですので、売り払う事が可能です。
その際新しい主人に所有権を移転させる必要があることから所有権は主人の意思で移転させる事も可能です。」
「成る程な。」
「ご納得頂けてなによりです。
なお、購入後の奴隷に関しまして一切の苦情は受け付けておりません。
また、購入後の破損によっての返品、交換はいかなる事情があろうとも受け付けておりませんのでご了承ください。」
「わかった」
「では、問題ないようでしたらこちらの契約書に署名を。」
「うむ」
そう言って彼は羽ペンを手に取り署名しようとして…って!
待って!
「なんだ?」
契約書の熟読は必須!
何書いてあるのかきちんと理解把握しなくちゃ!
ましてやあれだけ価値のあるものを金貨二十枚とか言っちゃう人達の書いた契約書だよ!?
どんな内容かわかったもんじゃない。
本当なら契約を交わすまえに一度この業者を銓衡したいくらいだ!
奴隷商人全てがそうではないが、こいつらは外れの部類だぞ!
「そう言われても私は人間の文字など片言程度しか読めぬ。
こんな細かい文字で書かれた契約書なるものの解読は不可能だ。」
ん。
私は手を伸ばす。全く世話がやける。
貴方本当に二百九十九年放浪してたんですか?
よくやってけましたね。
彼が手渡した契約書を私は熟読する。
奴隷商人は困惑していたが、買手が許可しているので何も言えない。
私はひたすら熟読する。
すると、一点おかしな点に気づく。
これ、売買契約書じゃない。賃借契約書だ。
この契約書だと私は月々金貨二十枚で貸し出されることになっており、所有権は奴隷商人が持ち、男は使用権を得るにとどまってしまう。
こら!話が違う!!
「ーーーどういうことだ?」
「あ、あの…あ!書類間違えました!」
冷や汗をかきながら奴隷商人は新しい契約書を持ってくる。
改めて熟読する。
こら、金額欄が空白だぞ。
月々金貨二十枚の支払いってなっていて金額欄空白ってタチが悪いな!
「ーーーどういうことだ?」
「あ、すみません!こちらが正しい契約書でした!」
再度熟読する。
購入品名、瑕疵責任、交換の受付、先程の説明との齟齬なし。
代金、問題なし。
引き渡し時期、本日中….。問題なし。
まあ、大丈夫だろう。
私は契約書を手渡す。
奴隷商人は私をジト目で見ていたが、知るか、悪いのはそっちだ。
男は羽ペンを取りたどたどしい文字を書いた。
子供のような字体で辛うじて『キール』と読める。
そうか、彼はキールと言うのか。
「そう、私の体の名前はキールと言う。」
何か不自然な自己紹介をされた。
「では、君の名前も」
奴隷商人が私に羽ペンを渡す。
この書類に名前を書けば絶対服従魔法が発動し、この男から逃げられなくなる。
本当にこの男を信じていいのか。
この男は人外だぞ。
「ーーー大丈夫だ。」
キールが私の迷いに気づき声をかけた。
「私は人間とは違う。故に騙したりはしない。
提示した条件は守ると誓おう。」
所詮言葉だけ。
担保も労働契約書も私達の間にはない。
しかし、私が前世の知識持ちと悟りその知識を求めてくれた最初の人でもあるのだ。
きっと彼は私の話を笑いもせず、煙たがりもせず聞いてくれる。
それだけで、充分だ。
私は書類に署名する。
かつてあった苗字はない。
キールと書かれた名前の下に私の大人びた文字『レティシア』と書いたのだった。
所有権が無事にキールに渡ると私は引き渡された。
本来ならば今着飾っているドレスのまま引き渡されるのだが私は辞退して麻で出来た飾り気の無いワンピースとブーツを履いていた。
何故って?
方やこれから舞踏会ですかという程着飾った令嬢、方や鼻をつまみたくなるほど臭くて汚い男。
…どっちが主人だかわかりゃしない。
あまりに不釣り合いすぎたので対応せざるを得なかったのだ。
「お待たせ」
「問題ない。」
言ってか彼はスタスタと歩いて行ってしまう。
彼は背丈が高く歩幅が私と段違い。
なので慌てて小走りで追いかける。
「で?どこに向かってるの?」
ひた
彼の足が不意に止まる。
慌てて私も足を止める。
じっと私を見つめてくるキール。
「えっと…?」
「…どこに行けばいい?」
「っておい!」
私は裏手ツッコミを決めた。
妙にぐにっとした感触がしたのがちょっと気になる。
しかし、キールは平然としたもので言葉を繋ぐ。
「…私は人間の町を通過したことはあれども留まったことはない。
しかし、お前という人間がいる以上そういう訳にはいかないことくらいわかる。
どうすればよい?お前に合わせる。」
「…」
人外ってそういうものなの?
じゃあ今までこの人どうやって生きてきたの?
「私は人ではない故食事も睡眠も不要。
従って町から町へただ己のダンジョンを設置するに相応しい場所を求めて放浪していたのだ。」
「…ああ、だからか!」
だからこの人こんなに臭いのか!
人間の町を食事と睡眠する場所としか認識していなければそりゃそうだ。
彼は風呂に入るという行為をした事がないのだ。
…かれこれ二百九十九年程。
ばっ!
そう悟った瞬間私は大きく後ずさる。
いや!もう!ばっちいとかいうレベルじゃない!
ワインだってそんなに熟成しないから!
「……安心しろ。人間の体はそんなに長く持たない。」
「?」
意味がわからない。
「お前、散々私を人外呼ばわりしておいて、真実人外の意味を理解していないな。」
「?」
「…まあ、いい。それで、どうすればいいのだ?」
「…とりあえず、大衆浴場で垢を落として!」
話はそこからだ!
「それは無理だな。」
「どうして?」
「人間が多すぎる。私が人外だとバレるのはよくないだろう?」
「何、脱ぐとバレるの?」
「一発でバレる」
私は彼を上から下までじっくりと見た。
汚いだけの男である。
尻尾も羽もツノもない。
何が不味いのかさっぱりわからない。
しかし、このまま小汚い男と町を散歩する勇気もない。
「…だったら宿でお湯を貰って体を拭きましょう。」
その程度でどうにかなるレベルではないが、仕方がない。
川で水浴びも視野にいれたが、今日はいい天気で絶好の水浴び日和。
きっと子供がわんさか川で遊んでいるに違いない。
人に見られては不味いならば、川に行くのは得策ではないので、妥協する。
「では、宿とやらに連れてってくれ。」
「……わかったわ…」
キールの年齢は見た目二十代後半。
結婚しててもおかしくない年齢の男なのだが、その男の世話を何故私がしなくてはならないのか。
「…お前、一応奴隷だろう?」
「早く解放してね!」
私は事実を言い逃れできない事実を突きつけられて思わず叫んだのだった。
宿屋で部屋を取るのに難儀した。
お金が無い訳じゃない。
単に浮浪者みたいな男が泊まれる宿がなかったのだ。
最初は私が貴族だったら泊まれたであろう宿屋に行き、即つまみ出され、以降どんどんグレードを下げていき、現在なんとか取れた宿は最下層の宿だった。
貧民街にある壁が一部崩れたボロボロの宿。
宿と呼ぶのも烏滸がましいが、宿だと言い張っているので宿なのだろう。
一般的な宿屋の宿泊費が銅貨五枚に対してなんと、鉄貨三枚で一晩泊まれる。
銅貨の下に貨幣があるのは知ってたけど、実家じゃ金貨何枚の世界で生きてきたものだから鉄貨の存在にビビってしまった。
さらにその下に石貨があるとな。
石貨は初めて聞いた。
貧民街くらい貧しい人達にしか手にする事のない小銭以下の存在なのだろう。
私達は二人分の宿泊費を銅貨一枚で支払いおつりを鉄貨四枚貰う。
十進法で貨幣種が上がっていくのは実に分かりやすい。
まあ、とりあえず隙間風がびゅーびゅー吹き込むボロい部屋を確保した。
但し、大部屋。個室という概念がこの宿屋には存在しなかった。
しかし、まだ太陽が高い時間で大部屋にいる人は少なく、そんな彼らにと銅貨を一枚握らせてあげれば夕方まで帰らないと約束してくれた。
「お楽しみだねーげへっ」
と、言われてちょっとイラっときた。
誰がこんな臭くて汚い男と!!
そんなこんなで大部屋から人を追い出して、宿屋にお湯を所望したら、そんなサービスはやってないと言われてしまったので、井戸から水をタライにいれて部屋に持っていく。
タオルはなかったが、金を支払ったら布が買えたので、布と一緒に部屋まで水を運ぶ。
「ふう。」
どんっと大きなタライを置いて私は汗を拭った。
この間、キールは部屋の隅に居心地悪そうに座っていた。
頼むから大柄な男がそんな小さく縮こまらないで貰いたい。
「人間の巣は馴染めない」
そっぽを向いて言われてしまった。
「その人間とこれからはすごすのだから、ちょっとは慣れてよ!」
私はワンピースの袖を捲り上げる。
「さあ!体を拭くから服を脱いで!」
「…意味がないぞ?」
「いいから!」
「………言っておくが、私は人外だということを肝に命じておけ?」
そういいながら、彼は服を脱いだ。
その時、バシャっと何かが落ちた。
何かと思い下を見たら丸々と太った蛆虫だった。
それも無数に。
「ーーーーー!!!」
私は鳥肌をたたせてキールを見た。
シャツを脱いで上半身を露出した彼の胸板はそこに存在してなかった。
…いや、正しくない表現だ。
胸板はあるのだ。
しかし、腐敗し、蛆虫がしゃくしゃくと涌いていたのだ。
ふと、裏手ツッコミをした時の感触を思い出した。
…ま、さ、か。
キールはゆっくりと顔を覆っていた布を解き始めた。
そして徐々に露わになる彼の素顔。
明らかに布の下は腐乱しており、異臭を放ち、蛆虫がそこにも居た。
ずっと、彼の匂いは風呂に入っていないからだと思っていた。
それは誤りだったのだ。
そうだ、この匂いは生ゴミの匂いだと自分でも思っていたじゃないか。
彼の匂いの原因は腐乱していることが原因で発生している異臭だったのだ。
「ーーーーー!」
私は腰が抜けてその場にヘタリ込む。
ガタガタと震える。
やばい、服を着ていた状態では小汚い男程度にしか見えなかったから油断した。
そうだ、彼は人外なのだ。
ここに来て初めて彼が己が人外であることを肝に命じておけと言った意味を理解した。
「……拭くか?」
ぶんぶん!!
私は勢いよく頭を横に振る。
「……そうか」
言って彼は服を着て顔を布で覆った。
元の小汚い男に戻った訳だが、いまだ恐怖が抜けない。
手が微かに震える。
「怯えるな。私が人外であることは最初から知っていただろう?」
そ、そんなこと言っても…。
口で聞くのと実際見るのとではインパクトが違う。
「……私と共にいるのは嫌か?」
嫌か嫌じゃないかの二択ならば嫌に決まってる!
唇も震えてしまい言葉が出ない。
喉がカラカラだ。
「そうか。だが、私と共にダンジョンを経営してくれるという約束でお前を買い上げた。
悪いが手放すつもりはない。
…このように怯えては、あの奴隷商人の言った通り狡猾に私を騙して逃げてしまいそうだな。」
ちょっと、貴方何を考えて…!?
「しばらく、奴隷のままでいろ。」
話が違う!提示した条件は守ると言ったじゃないか!
「そのように怯えて今にも逃げ出しそうな顔をしているのが悪い。
私が大丈夫だと判断するまで、お前は私に絶対服従の奴隷として仕え、ダンジョンを作り経営するがいい」
「ーーーー!」
最悪だ。
絶対服従魔法の効果で私は彼の言う通りダンジョンを作り経営しなくてはならなくなってしまった。
いや、元々するつもりではあった。
だが、自分の意思で協力するのと魔法で強制されるのとでは意味が違う。
最早どんなに真摯に説得しても彼は私を解放してくれないだろう。
ならば、今から改めて一から信頼関係を築いていかなくてはならない。
それが私達の為だ。
私は体に力をいれてキールを見た。
「…わかったわ…」
「ほう?もう話せるか?」
「ええ…なんとかね。」
「それはよかった。念話で魔力を消費するのはしんどいのでな。」
私は深呼吸する。
落ち着け、大丈夫。
彼は私を決して売り払ったりしない。
ならば、父親より遥かにマシな部類ではないか。
ちょっと人外だけど、そこは目を瞑ろう。
「まず、貴方、ダンジョンマスターとか言ってたけど、正体はゾンビなわけ?」
「いや違う。」
彼は首を横に振る。
「私は正しくダンジョンマスター。
ゾンビなどという下等な魔物ではない。
しかし、ダンジョンの無い私には己の体を作成、維持するだけの魔力も無い。
仕方がないので、人間の死体を動かして移動しているに過ぎないのだ。」
「ん?じゃあ、貴方本人は別のところにいるの?」
「いや、お前の目の前にいる。
この男の中に私の本体…コアがある。
それこそが私であり、それが壊れれば私は消滅する。」
「因みにどこにあるの?」
「教えると思うか?」
「ですよねー」
笑ってごまかすが舌打ちは我慢出来なかった。
「ダンジョンが出来上がり人間の絶望と恐怖を貯めれば私の魔力は復活し保存魔法を使っても数ヶ月しかもたない人間の死体を動かすなどという真似をせずとも肉体を生成し移動が可能になる。」
成る程、このダンジョンマスターなる人外は人間の死体を渡り歩いて放浪していたのか。
…寄生虫みたいな奴だ。
「虫と同列に扱わないで貰いたい。
魔力を蓄えたダンジョンマスターはダンジョン内部に限って言えば時に魔王すら凌駕する存在だぞ。」
「とは言っても今は家なき子状態なわけで…」
「勇者が悪い!」
「あと、運も悪いわね」
私はぼそりと言ってやる。
「だが、この不遇な身も最早これまで。
私はお前という貴重な前世の記憶持ちなる存在を手に入れた。
お前に従えば、ダンジョンはむくむくと大きくなり、人間の絶望も恐怖もなみなみと注がれ、私も人間の死体を動かして移動などというみみっちい真似をせずとも堂々と好きな所へ移動出来、いずれは憎き勇者をけちょんけちょんにして、カーミラ様にお褒めいただき、願いを叶えて貰うのだ!」
家なき子状態のダンジョンマスターはすっくと立ち上がり拳を高々と掲げて言い放つ。
意気込みは感じるのだが、どことなく無表情であり、それでいて行動が幼い子供のごとくなので、違和感が半端ない。
それに、この人冒頭で私に従うと言った。
丸投げする気満々だ!!
それではいかん!
あくまで共同経営です!
ダンジョン内部では対等となるならば責任も対等に分かち合って貰わねば!
「そうは言っても…」
「自信がないと。」
こくりと頷くキール。
「この世にダンジョンマスターとして生を受け、最低限のダンジョンを作ったその日に勇者の襲来を受けてダンジョンを剥奪されたのだ。
これでどうやって自信を持てと?」
「いや、確かにね。」
てか、ダンジョンにはドラゴンもいた筈なのに…。
勇者、半端なく強いな。
「勇者が強いのは認めるが、ドラゴンは決して弱い生物ではない。
ドラゴンの中でも魔力の関係でレベルは最下位の物であったが、それでも本来ならばもっと戦えていたのだ。」
「本来ならば?」
「………丁度脱皮直後に勇者と出くわしてな。」
「うわ」
爬虫類と同等感覚でいけば、一番弱ってる瞬間じゃね?
脱皮直後の鱗ならさぞや柔らかく切り刻み放題だったことだろう。
とことん運のない奴だ。
「しかし、そんな状況下でよく助かったね。」
「必死で命乞いした。」
「おー…」
最早なんと言えばよいのか…
「ダンジョンマスターというのはこと戦闘に関してはダンジョン内部の魔物に頼っている。
その最強の魔物がさくっとやられたら、手も足も出ない。」
「ダンジョン内部では魔王にも勝てる…」
「『時に』だ。つまりはやり方次第だが生まれたての私にはそのような知識も力もなかった。」
まさしく詰んだ状態だったと。
「知ってるか?」
言って彼は両膝を揃えてついて両手を床に置く。
そして額を床にこすりつけた。
知ってるもなにも、我が前世では最上級の謝罪の意を示す態度…『土下座』だ。
って、まさか!
「…やった」
うわ。
「あと、床に寝転がって腹を見せるとか…」
うわ。
「三番まわってワンと鳴け」
「勇者性格悪いな!」
「だが、助けてくれた。」
「恩を感じちゃダメだからね!?」
「勿論、この上ない辱しめを受けたのは理解している。
故に必ずや勇者をこの手で同じ目に合わせてやるのだ。」
成る程、こりゃ根深い。
だが、やはり伝えるべきだろう。
私は思い切って彼に大事な事を伝えることにした。
「キール」
「なんだ。」
「人間の寿命って百年無いの知ってる?」
ピシッ
まさしく石化。
そんな感じでキールは固まる。
いかに勇者といえども人の子なのだ。
神が定めた寿命には勝てまい。
「…と、いうことは…」
「とっくの昔にお亡くなりになってるんじゃない?」
「うわぁぁぁぁ!」
大の大人が号泣した。
いや、声だけか。涙は流れてない。
「なんだ!あの勇者!!勝ち逃げか!」
「相手は勝ち逃げという感覚すらないと思う。」
「何故、お前は私の傷口に塩を塗り込むような言葉を投げつける。」
ジト目で睨まれたが口笛を吹いて誤魔化しておく。
「くっ!斯くなる上は!」
「どうするの?」
「その子孫だ!」
「へ?」
「勇者ならば、子供の一人や百人もうけただろう。
ならば、今の時代ならば、孫か?玄孫がいるはずだ!
そいつをけちょんけちょんにして…!!」
…まあ、いるならそれしかないけどさぁ。
なんか、長崎の仇を江戸で打つみたいな?
ちょっと違うか?
勇者の子孫は御愁傷様としかいいようがない。
「では、早速ダンジョンを作ろう。
どこに作ればよい?どのようなダンジョンにすればいい?」
「まあ、待ってよ!」
私はずいずいと距離を詰めてくるキールから逃げて言う。
「まずは貴方がどの程度の規模のダンジョンが作れるのか、よ。」
魔力が無くて寄生虫のような生活をしているダンジョンマスターだ。
大したものは出来ないだろうからこそ、しっかり聞いておかねばならない。
「ふん!大したことが出来ないだと!?
私には虎の子の魔力があるのだ!
これを使えば階層だけなら五階層まで作れる!」
それがどの程度凄いのかわからない。
それより気になるのは『階層だけなら』の注意点。
それの意味するところは?
「ダンジョンは一階層が広ければ広い程冒険者を惑わし恐怖と絶望を集めることができる。」
「まあ、狭いよりかはそうでしょうね。」
長くとどまってくれればくれるほど恐怖と絶望は手に入るだろう。
「五階層まで階層を作った場合、広さは…この宿の部屋くらいになる…」
「…ダメだろう…」
ダンジョンを迷宮と称したのはどこの誰だ。
この広さでどうやったら迷えるのか。
「それに、五階層まで広げたら魔物を召喚出来ない。」
「貴方死にたいの?」
自殺願望でもあるのか、こいつは。
「まさか!」
彼は全力で否定しているが、五階層まで広げたら即死コースだ。
「所謂ダンジョンと言われるものに一階層の大きさを合わせたら何階層になる?」
「二階」
「そこに魔物を足したら?」
「………最弱魔物を最小限で一階」
ふいっと視線を外して言われた。
本人もジリ貧なのは理解しているっぽい。
「成る程…因みに罠と魔物配置するのはどっちが使用魔力が少ない?」
「それは召喚する魔物次第だ。」
「複雑な罠も?」
「罠は一律使用魔力量…ポイントは同じだ。」
「ん?ポイント?」
「魔力の単位だ。罠は一律百ポイント。
魔物召喚は最弱ゾンビなら一体十ポイント。」
お!途端にわかりやすくなった。
これなら、私も計算してやりくりできる。
と、いうか、決算書を書く感覚でいけるな。
「まずは貴方の持ってる物全てを教えて。」
「うむ。今の私には魔力が千十三ポイントある。」
「それしかない。」
「まてまて、貴方お金持ってたでしょ!お金も財産だから!幾ら持ってるの?」
「貨幣価値はわからないが、後この程度だけ…」
言って彼はポケットから白いキラリと光る物を取り出した。
「ドラゴンの鱗だ。これが五枚ある。」
「返す返すもあの業者にぼられたのが痛いわね。」
何故、こっちを出さなかった。
…まあ、これだけでも金貨百枚にはなるか。
つまり彼の全財産は
魔力千十三ポイント
ドラゴンの鱗五枚(金貨百枚相当)
奴隷一人
以上。
これを銀行チックに言い直せば
現預金:千十三万円
有価証券:ドラゴンの鱗五枚
奴隷一人:従業員?奴隷を物と換算するなら機械装置かな。
これでダンジョンという名の会社を起こすのだ。
資本ゼロよりかはマシか。
絶対服従魔法の件もあるし、雇用条件はいいし、いっちょやったりますか!