ダンジョンマスターに出会い雇用条件を擦り合わせる
奴隷と一言で言っても金額も用途も千差万別である。
お値段銅貨一枚という捨て値の奴隷もいれば文字通り金貨を積み上げて買うような高級奴隷も存在する。
用途も力仕事、家事労働という一般的なものから冒険者の盾役、女ならば主人の夜伽まで実に幅広い。
そして、私はというと。
年齢十六歳
金髪碧眼
元貴族令嬢
と、いう肩書きがあれば、もう用途はお察しである。
特別美人という訳ではないがそこは若さと元貴族という肩書きでカバーされる。
元貴族という肩書きが伊達にならないように、着飾られ、市場中央の一段高い良い椅子に足枷と手枷をつけられた状態で私は展示されていた。
日本では奴隷なんて代物まずお目にかからないからピンとこないけど、こちらでは奴隷はポピュラーな商品だ。
犬猫即売会感覚でしょっちゅう売り出されている。
買い手も千差万別、金持ちの好事家から貴族どころか豪商ですらない普通の平民まで。
奴隷は決してアングラな存在ではなく極めて身近なものなのだ。
しかし、親に売り飛ばされて初めて市場に商品として展示された今、あまりに極々普通の客層に私は驚いていた。
客層が普通なのは知っていたがそれは知識としての知っているであり、お目にかかったのはこれが初めてだったのだ。
身近な存在ではあったが、我が家に奴隷はいなかったし知り合いにも奴隷持ちはいなかったのだ。
ついでに欲しいと思った事もなかったから奴隷市場に行った事もなかった。
今日は休息日。
教会から礼拝帰りの一般人が犬猫見る感覚で立ち寄るものだから市場は結構ごった返しており、私を驚かせるには十分な状態だった。
「ほー、元貴族かぁ」
「まだ若いのにねぇ」
憐れみとも嘲笑ともとれる表情を浮かべて私を眺めては通り過ぎていく人々。
奴隷は一般的とはいえ好き好んで選びたい職業ではない。
平民より下の存在という認識でありこういう態度は極めて普通である。
私は下を向きプルプルと震える。
…あんな蹴りだけじゃ足りなかった。
あの後せめて踏み潰してやるべきだった…!
この震えは怯えでも屈辱でもなく怒りだ。
なんで両親の浪費の結果を私が尻拭いしなくてはならないのか!
と、いうか前世の記憶が強すぎてあれを両親とは認められないのだ。
認めることすらできない男女の為に何故私は奴隷にならなければならないのか。
時間がかかってもとにかく奴隷から抜け出して両親に鉄槌をくだしてやらねば気が済まない!
そう考えた時に影がさした。
「ーー?」
急に差した影に私は顔をあげた。
目の前に男が一人立っていた。
それは不快感が立ち上るような男だった。
髪は黒く女のように長いが手入れをまったくしていないのかボサボサでべっとりとしていた。
服装も黒いシャツにズボン、皮鎧を纏っていて腰に剣を指していたが、いずれもボロボロ。
剣を差しているならば多分冒険者かなにかなのだろうが、柄も鞘も泥に塗れていた。
そして顔。
顔が全くわからない。
顔半分以上、口元、鼻、右目を包帯ではない薄汚れた布で隠していたから。
ただ、左目だけが濁った赤い目をしていた。
だが、何より嫌なのが匂い。
お前、何日水浴びしてないんだよというくらい臭い。
生ゴミの匂いを辺りに撒き散らしており、周囲は私達を避けていく。
もう、こいつがそこにいるだけで商売上がったりである。
私は迷惑そうな表情を隠しもせず男を睨みつけどっかへ行けよとアピールする。
奴隷は主人が決まるまで会話が出来ない魔法契約が結ばれているのだ。
喋れたら慇懃無礼に何処かへ行けよと伝えていたのに。
男はしばし、私を魅入る。
…ちょっとやめてよ?
貴方お金無いよね?
私、それなりなお値段よ。
私は奴隷だから買われてしまったらどのような主人にも絶対服従の魔法がかかってしまう。
つまり、こんな不潔な男でも拒否出来ないのだ。
お願い、贅沢言えないけどこいつの相手は正直デブでハゲなエロガッパより辛い!!!
頼むから帰ってくれ!!!!
前世から現在まで信じていない神に祈る。
しかし、無情にも男が私に話しかけてきた。
「ーーお前、前世の記憶持ちか?」
「!?」
何故わかった!?
「見ればわかる。お前だけ、魂の色が違う。」
魂の色?
意味わからない….ってか話してないのに会話が成り立っている!?
あんた、何者!?
「私はダンジョンマスター。己のダンジョンを再び手にしたい者。
会話はこれだけ近ければ今の私でも念話受信が使える。
なあ、手を組まないか?お前も奴隷などという身分は嫌だろう?
私に手を貸せば、少なくても平民程度の地位は約束しよう。」
ダンジョンマスター?
それが何か私にはわからない。
ただ、それが人間以外の種族だということがわかった。
「種族?まあ、私以外にもダンジョンマスターはいるはずだから種族といえば種族だが…」
男は微妙な反応を示す。
「命ある存在かと言われれば微妙な所だぞ?」
ごめん、意味がわからない。
この世界に生まれ落ちてからダンジョンマスターなんて言葉聞いたことなかったし。
前世なら…ダンジョンって言葉は聞いたことあるけど…ダンジョンマスターは初耳だ。
「そうなのか?前世の記憶持ちは何故かダンジョンマスターというものを知っていて理解が早いという定石があるのだが…」
知らんがな。
極々普通の…オタクでもなんでもない普通の銀行員が知ってるような知識じゃないと思う。
「そんなことより…」
「いらっしゃいませー」
揉み手でヘコヘコしてやってきたのは奴隷商人がやってきた。
「こちら、お気に召しましたかぁ?
ご覧の通り、美人でしょう?しかもまだ若くて生娘。
色々楽しめるかと思いますが、なにぶん元貴族ということでお値段が張りまして…」
「…幾らだ?」
「はい、こちら金貨二十枚となっております。」
「人間の貨幣価値はわからぬが…。これではどうだ?」
言って小さな小汚い皮袋を出して商人に渡した。
商人はそれを受け取る。
ぱっと見金貨二十枚もの大金が入っているようには見えない。
だから、私を買うことは出来ない…そう高を括っていたのに…
「では、中を確認させて貰います。
…こ、これは!?ドラゴンの鱗!?」
ざわっ
遠巻きにしていた周囲が騒めく。
「え?ドラゴン素材!?」
「本物なのか!?」
「ちょっと、じゃあ、あの男腕利きの冒険者!?」
ドラゴン素材の凄さは私も知ってる。
この世界に生まれれば嫌でも知ることになる。
ドラゴンの体は鱗も爪も牙も骨も血液も…まあ、全てが私達の生活を支えるマジックアイテムの素材となるのだ。
だが、ドラゴンなどそう簡単には狩れないから超高級素材。
鱗一枚で家が建つ。
それがその小さいとはいえ皮袋にみっちりと詰まっているとしたら?
金貨二十枚どころか二千枚以上の価値があるのではないだろうか。
商人がニタリと笑った。
あ、嫌な予感。
こういう顔をする奴は前世今世共に見た。
今世では金貸業者、前世では粉飾決算書を掴ませようとした社長。
まあ、悪どい奴らは世界共通の笑顔をカモに見せるのだ。
「そうですね…ちょっと査定致しますので、どうぞこちらに…」
素直に男は商人に着いていこうとする。
ダメ!
私は止めた。
止める義理など無いのだが、止めた。
だって気になるじゃないか。
この世に生まれ落ちて十六年。
誰も前世の記憶持ちだなんて看破してこなかった。
なのに、この男はしてみせた。
それも魂の色とかいう意味不明な物で。
さらには平民の地位を約束すると言っていた。
私は彼からもっと話を聞く必要がある。
「ダメとは?」
足を止めて彼は私に問いかける。
商人は貴方を騙してお金を盗むつもりだよ!
「ほう?人間というのは狡猾なのだな…。
いや、私が学習しないだけなのか?」
「お客様〜?」
商人がニタニタと嫌な笑顔を作って声をかけてくる。
「…私はここにいる。勝手に査定でもなんでもしてくれ。」
「…は?」
ええ!?
それ、凄い価値があるんだよ!?
むざむざ盗ませる気なの!?
「人間の貨幣に興味がない。
それより、私が買い取った暁には私の参謀として共にダンジョンを作り経営して貰うぞ?」
え?そんな明らかに人間の生活から逸脱せよと言われても…。
「そうか?ではどのようにすれば私と共に来てくれる?」
…と、いうか、なんで私に拘るの?
「偶にいると言われる前世の記憶持ちは、総じて能力が高い。
それを生かせば、勇者にも負けない最強ダンジョンも夢ではないからだ。」
それは買いぶりでしょう。
今までそうでも、私がそうとは限らないし、もしそうならこんなところで奴隷なんてやってないし。
「単に使いこなせなかったか、使う機会がなかったのだろ?」
うっ!まさにその通り!
「私が機会を与える。どうだ、お前も奴隷なぞに落とした奴らが憎いだろう?」
はっ!確かに!
股間を一発蹴っただけでは晴らしきれてない!
「私についてくればいずれ復讐の機会にも恵まれるだろう。」
そ、それは魅力的な申し出…!
だけど、人間の生活から抜け出す勇気はないなぁ。
「では、近くの町から通えばいい。」
え?通勤オッケー?
「うむ。」
だけど、人間の町で暮らすにはお金がかかるよ。
「ダンジョンにやってきた冒険者の身ぐるみを剥げば生活費くらい出るだろう。
足りなければ、私が魔力で生み出した冒険者呼び込み用の宝を金に換えればいい」
あ、さっきのドラゴン素材はそれ?
「いや。かつて私のダンジョンにいた最奥のボス、レッサードラゴンが脱皮した時の物だ。」
あ、ドラゴンって脱皮するんだ。
まあ、爬虫類だもんね…。
と、いうか、そもそもダンジョンというのがよくわからない…。
「ダンジョンとは一言で言えば魔物が棲む迷宮だ。
数多の魔物が闊歩し、致死性の高い罠が張り巡らされ、謎に満ちた危険地域。
しかし、そこには人間にとって価値ある物…宝と経験値が手に入る仕様になっており、主に冒険者にとっては一攫千金を狙う狩場でもある。」
なんでそんなものがあるのよ…。
「私は邪神カーミラ様より生み出されたダンジョンマスターだ。
私達ダンジョンマスターは人間の命を狩る時に生まれる絶望や恐怖をカーミラ様に捧げる為にダンジョンを経営している。
経営がうまくいってるダンジョンはカーミラ様より褒美として望みを叶えてもらえる。」
望み?
貴方の望みってなんなの?
「私の望みは…………ああ、昔すぎて忘れてしまったよ。
お前と同じ復讐だったような気もするし、違うような気もする。」
なにそれ?望みも忘れて何やってんのよ。
「仕方ないだろう。一度ダンジョンマスターになれば滅びるまでダンジョンマスターなのだから。
長くダンジョンマスターをやっているうちに忘れてしまうのは仕方ない話だろう。」
そうか?そういうものなのか?
と、いうかそんなに長くダンジョンマスターやってるのか?
「ダンジョンマスター歴は約三百年」
ながっ!
「しかし、ダンジョンがあったのはそのうち一年にも満たない。」
みじかっ!
後の二百九十九年は何してんだ!
「…ダンジョンがなくて放浪…」
ダメだこいつ。
「仕方ないだろう。ダンジョン開設して一番最初に来た奴が勇者だったんだから。
当然手も足も出ずにやられてダンジョン剥ぎ取られてしまったのだ…」
運がなかったのは認めるが情けない。
それでも人外のダンジョンマスターなのか。
いや、そもそもダンジョンがないのにダンジョンマスターと呼んでよいのか。
「…ダンジョンマスター…だから…」
しょんぼりと言われたが、果たしてこいつについていって平気なのか。
私の能力以前の問題ではなかろうか。
「お前がいれば今度こそ勇者に負けないだろう。
なあ、頼むから、力を貸してくれ。
その為ならある程度の条件は飲むから…」
その前に聞くけど現時点でダンジョンあるのよね?
ふいっと目を逸らされた。
ってこら!
ダンジョンなかったら意味ないし!
「いや!ダンジョンは好きなところに設置できるから!
お前の都合に合わせて設置するって意味だから!」
本当か?本当なのか。
「本当だから!」
…まあ、それは信じるか…。
自宅近くに職場を持てるってある意味ラッキーだよね。
あ、でも殺すのはなぁ。
絶望と恐怖さえ貰えればいいんだよね。
必ずしも殺す必要はないんだよね。
「そうだな。殺される寸前が一番絶望と恐怖を吐き出すのだがな。」
じゃあ、殺さなくても問題なしと。
大体殺すから勇者なんていう危険人物がやってくるんだよ。
冒険者は生かさず殺さずが鉄則でしょう。
「お前、しれっと怖いこと言うな」
そう?普通だと思うけどな。
あと、人間は疲れる生き物だから、休日を所望する。
「休日?」
週休二日!これは譲れない!
休日出勤があったら代休が欲しい。
あと、就業時間は九時から五時まで。
残業はしないし、どうしてもって時は残業代を要求する。
あと、給与だけど、冒険者の装備一式は全部私が貰ってもいいのよね?
「………凄まじい要求をしてくるな…」
そう?前世の勤め先に準じただけなんだけど。
何か問題ある?
「………ない。その代わり、共にダンジョンを経営してくれるか?」
「私を奴隷から解放してくれてさっきの雇用条件を飲むならね。」
「…わかった。飲もう。共に最強のダンジョンを作ろうな」
…最強になるかどうかはわからない。
たいして漫画やゲーム知識なんてないのだから。
あるのは金融知識のみ。
それでダンジョンって経営出来るのかな…?
ま、なんとかなるっしょ!
ようは企業の共同経営者にヘッドハンティングされたようなものなんだから!