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one-six club

作者: 葛城アモン



 俺はもうあの店、『ONE-SIX』で飲むことはない。

 

 馬鹿げた遊びに我を忘れて、のめり込むこともない。

 

 あの日から二度と……

 

 

    ※ ※ ※

 

 

 樫の丸テーブルの上に置かれたリボルバーを手にとると、一発だけ弾を込め、テーブルに戻す。

 その瞬間、店内のざわめきは消え、空気がわずかに冷めていく。

 

 テーブルを挟んで座る男は、喰う、寝る、殴る以外は能の無さそうな大男で、太い指でコインを投げる。

 テーブルの上でコマのように回るコインは、銃に当たり、弾かれて、表を上にして止まった。

 

 俺が先か……、幸先がいい。

 

 銃を手にとると、手のひらでシリンダーを一気に回し、間髪入れずにこめかみに当て、引き金をひく。

 

 カツン……。

 

 6分の1の確率が5分の1に変わった瞬間。店のあちこちで低い吐息が漏れる。

 

 これだ!この感覚!この瞬間がたまらない!

 

 相手も二発目を撃ち、石から削りだしたような強面で、ニヤリと笑う。

 

 4分の1……。

 

 手足の先からぞわぞわと泡立つような震えがくる。

 目の筋肉が痙攣し、くちびるが乾く。そう、これ、この感覚!

 

 俺は銃をとると、こめかみに当て、目を閉じ、息を吸い込む。

 重く冷たい鉄のかたまりがギンギンに熱く感じられる。 

 さぁ、早く引き金をひけよ!

 

 俺はゆっくりゆっくり指先に力を込める……。

 

 カツン!

 

 3分の1。店内の空気が一瞬にしてほどけ、低い歓声があがった。

 カウンターの隅でハイスクール上がりのガキが、スゲェスゲェと連呼している。

 

 このゲームはどちらが撃とうと、3発目までが勝負だ。

 4発目が撃てる度胸のある奴はそうはいない。

 

 相手が銃に手を伸ばさず、それこそ石にでもなったように、戦意喪失しているのを見てとると、俺はテーブルの上の掛け金をつかみ、何も言わず立ち上がった……。

 

 

 

 ゲームのあとは決まってひどい憂うつに囚われる。

 一ヶ月は喰えるだけの金をポケットにねじ込んで、店から数ブロック離れた自分の部屋に向かいながら、呆けたような顔でトボトボと歩いていた。

 

 

 両親を幼い頃に亡くし、ずっと兄と助けあって生きてきた。数年前、俺が成人を向かえ、初めて夜明けまで飲み明かした朝、もう大人だな、頼りにしているぞ、と肩を叩いて豪快に笑った兄はもういない。

 

 仕事中の事故、警官なんかになるから他人の身代わりに死ぬはめになるんだ。

 オフクロが助けてくれるって、形見の指輪をいつも小指にしてた。そんなもの何の役にも立たなかった……。

 

 

 いつの間に帰ったのか、俺は部屋の中央に突っ立ったまま、板張りの床をじっと眺めていた。膝をつき、手で触れる。拝むような姿勢で額をつける。

 

 冷たい……。

 

 俺は堪え切れず、そのまま横倒しに崩れると、膝を抱え声を上げて泣き出した……。 



    ※ ※ ※

 

 

『ONE-SIX』の店内は人いきれと煙草の煙でむせ返るようだった。

 

 ゲームのある日は、どこで聞き付けるのかいつも満員になる。

 男も女も、安全な場所から、スリルと興奮の分け前を、わずかでも持ち帰ろうとする輩ばかり。

 

 この感覚は、このテーブルを前に座って初めて体感できるものだ。『死』に触れ、『死』を操ってこその快感を、手も伸ばさず、ギラギラした目でもの欲しげに見つめるだけの羊達の群れ。

 

 俺は相手を待っていた。

 

 少し遅れて現れた男は、背が高く、黒ずくめでツバの広い帽子をかぶり、大きなサングラスとマスクをしていた。

 どうやら身元を隠しておきたいらしい。負ければ臆病者と蔑まれ、この界隈を歩けなくなる。勝負の前からその用心じゃ、はなから勝負は決まってる。

 

 いつものように、相手がコインを投げる。

 青白い手が優雅に振られ、コインはテーブルの中央で静かに回り、やがて表を上にして止まった。

 

 俺が先か……。幸先がいい。

 

 銀色に輝くリボルバーを手にすると、ぞわぞわと泡立つ歓喜の波が押し寄せてくる。 

 これだ!この感覚!

 

 俺は手のひらでシリンダーを回し、こめかみに当て一気に引き金をひこうとしたその瞬間、冷たい手で心臓をわしづかみにされたような衝撃で、のけぞり、癲癇を起こした子供のように身体が固まった。

 

 俺は何を見ている?

 

 相手の男でもない。店内にいる客や、窓から見える外の景色でもない。

 

 俺の目は、シリンダーの中にある銃弾が、ハンマーの前に装填され、発射を待っているのが、ありありと見えた。 

 

 この一発を撃てば必ず死ぬという『実感』が、ギリギリと心臓をしめつけ、息もできず、どっと汗が吹き出した。

 

 スリルや興奮とは違う震えが全身をおおい、銃をこめかみから離そうとしても、手はますます銃口を頭に押しつけ、指が引き金をひこうとする。

 

 たすけて……、

 

 声にならない叫びが喉を詰まらせ、涙が頬を伝い、顎の先からしたたり落ちて、太股を濡らす。

 

 死にたくない……、

 

 気持ちとは裏腹に、指が引き金を絞りはじめる。

 

 たすけて……、

 たすけて……、兄さん!

 

 手はギリギリ握り締められ、ハンマーが落ちた。

 

 カツン……。

 

 気を失い、テーブルに突っ伏すその瞬間、黒ずくめの男が差し出した左手の小指に、金色に光る指輪を、見た気がした……。



    ※ ※ ※

 

 

 俺はもうあの店、『ONE-SIX』で飲むことはない。


 馬鹿げた遊びに我を忘れて、のめり込むこともない。


 あの黒ずくめの男が誰だったが、今はもう調べる術はないけれど、あれ以来、何故か夜一人、冷たい床で泣き明かすことはなくなった。



 いつか、花でも買って、家族の眠る墓を訪ねてみよう……。




 

  



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