07 ヘンテコ動物現る! *
壱兎の話では誰かが迎えに来てくれるって言っていたけれど…………。
目の前にはどこに続いているのかわかない地面むき出しの一本の坂道。道の脇には草ぼーぼーの茂みにその奥には背の高い木がたくさん生えている。
わたしは今、森の中にいるみたいだ。
木々の間にぽっかり開いた青空には鳥が飛び、風がそよぐと木々が揺れ緑の香りを運んできた。
ここは静かでのどかなどこか。
なんてのんきなことを言っている場合じゃない。
どこを見ても人の姿はなく足音も聴こえない。
「お迎えは? 誰もいないじゃん!?」
困ったな。ここがどこで、今が何時かもわからないよ。
ここで待ってて誰も来ないまま夜になったらやばくない?
お化けとか野生動物とか夜行性の虫が出てきたらどうしよう……。
山で遭難した人のニュースを聞いたことがある。
ここが山かもわからないけど、夜には気温が下がって寒くなるのかもしれない。
周りが暗くなったらわたしは獣の餌にされちゃうか、凍死……。
そんなのイヤに決まってる。わたしは頭を振る。
このままここに居るわけにもいかないよね。
この道を歩いて行ったらどこかにたどり着くかも。
道はゆるやかな坂になっていて、右に登ろうか左に降りようか迷っていると、登っていく方の茂みから大きな茶色の塊が姿を現した。
地面に鼻をつけながらうろうろしている。
「野良犬?」
ここからだと距離があってよく見えない。
目を凝らして茶色の塊に視線を集中させる。顔は犬って言うよりあの特徴的な鼻はイノシシ?
でも頭に何か長いものが付いてるよ。
あれはどう見ても角。
イノシシの頭に角なんか生えてたっけ?
遠目からでもわかるすごく大きな角は鹿の角みたい。
動物園や図鑑のイノシシにはあんな角はなかったはずだよ。
頭に角が生えたイノシシもどきが巨体をゆらしてのっそのっそと、わたしの方にゆっくり歩いてくる。
可愛いなんて姿じゃない。角はとがり口の端から牙が出ていて目つきも鋭い。見るからに凶暴そう。
なんかちょっとやばいよ。だんだんこっちに向かって来るじゃん!
イノシシもどきは何か餌でも探しているのか、相変わらず鼻を地面につけてふがふが言いながら坂をのろのろ降りてくる。
突然ピタリと動きを止め、まっすぐわたしの方に顔を向けた。
あ、目があった!
わたしは次の瞬間、イノシシもどきに背中を向けて猛ダッシュしていた。
ああ、もうっ。この服走りづらい!
足に絡まる長いスカートとエプロンの裾を持ち上げ、イノシシもどきから少しでも離れるためにわたしは全力で走った。
チラッと後ろを振り返ると、イノシシもどきが短い足で地面を引っかいているのが見えた。
確かイノシシって足は短いのに走るスピードは速いってテレビの動物番組でやってたよ。
イノシシもどきが走ってきたらあっという間に追いつかれちゃうかも。短足なのに足が速いって詐欺だよ。
どうしたらイノシシもどきから逃げられる?
足が短いなら……どこか高い所!
わたしは走りながら素早く辺りを見渡す。
すぐ近くに大きな岩を見つけた。あれに登ろう!
虹ヶ丘タウンにはね、ロッククライミングが出来る子供館があるんだよ。地元の小学生は無料で利用できるんだから。
わたしの身長よりちょっと高いこんな岩くらいなんてことないわ。へっちゃらよ!
岩によじ登る前にもう一度後ろを確認すると、イノシシもどきが土煙をまき散らしながらこっちに走って来た。
「うわっ、来たよ!」
わたしは慌てて岩によじ登る。
岩肌はデコボコしていて滑ることなく案外簡単に登ることができた。
間一髪でイノシシもどきの角が岩に打ち付けられる。
ふ〜〜、あと少し登るのが遅かったらわたしがあの角の餌食になってたよ。
岩のてっぺんでほっとしたのも束の間。
ビリっと何かが破れる音がして首を回して下を見ると…………。
「ちょっと、ダメダメ! やめてったら!!」
走っている時にエプロンのリボンが解けたらしく、リボンの端がイノシシもどきの角に刺さっている。
角に刺さったリボンが気なるのか頭を振るイノシシもどき。わたしはリボンを取り戻そうと引っ張り返す。
「こらっ、離しなさい! このヘンテコイノシシもどきーーっ!!」
イノシシもどきはたてがみを逆立て、カッカッと牙を鳴らしシューシューと鼻息も荒い。
頭を激しく振りながら岩にガツンガツンと角を突き立ててくる。
リボンをぐいぐいと引っ張られ、体のバランスがぐずれ岩の下に引きづられそうになった。わたしは慌てて岩のでっぱりにしがみつく。
イノシシもどきの力は思ったより強いみたい。このままだと下に引きずり降ろされちゃう。
何かイノシシもどきを追い払えそうな物はないかな。投げつけられそうな石とか木の枝があれば……。
「あるじゃん!」
岩のくぼみから枝がニョキッと出ている。
あそこなら手を伸ばしたら届きそうな距離だ。
イノシシもどきがガツンと岩に角を打ち付けたちょうどその時、わたしを引きずる力が弱くなった。
今がチャンス!
右手を伸ばして枝を掴むと力まかせにポッキリ折る。
小さな葉っぱが二、三枚ついた枝をイノシシもどきに向けて振り回した。
イノシシもどきは枝が頭にあたったのか、煩わしそうに頭をぶるぶる振るだけでひるむ気配がない。
「こらっ、わたしのリボンよ。引っ張らないで! あっちへ行って!!」
闇雲にバシバシと枝を振っていると、枝の先からバチっと火花が飛んだ。
「今、この枝から何か出たよ?」
枝の先をよく見ると、線香花火のように小さく丸く膨らみパチパチと音を立てている。
「もしかしてこの枝って線香花火の木?」
そんな物がこの異世界にあるかどうかわからないけど、そういうことにしておこう。
半信半疑でもう一度枝を強く振る。
枝の先で膨らんだオレンジ色の光は、レイザー光線のように真っ直ぐとイノシシもどきの脇をすり抜け地面に向かってあたった。
ギャヒン!?
レイザー光線に驚いたイノシシもどきが変な鳴き声をあげ、頭を振りながら後ろに飛び退いたその時、角に絡まっていたリボンの端がするりと解けた。
「やった! 回収回収」
わたしはトイレットペーパーをクルクル手に巻き付けるように、するするとリボンを回収していく。
イノシシもどきが毛を逆立てたまま、シューシューと鼻を鳴らし鋭い目つきで睨んできた。
でも岩から距離をとって近づいては来ない。
ジリジリと焦げるような音と焦げた匂い。レイザー光線があたった場所だけ小さな焦げ跡になっている。
「はは〜ん、今の光が怖いのね。弱点みっけ!」
わたしがまた枝を地面に向けて振り下ろすと、イノシシもどきはビクッと体を震わせわたしに背中を向けて猛スピードで茂みの中に入っていった。
「あれ? レイザー光線が出なくなっちゃった」
レイザー光線は一度っきりだったみたい。
線香花火も使い捨てだからこの枝ももしかしたら使い捨てかもね。
何度振っても枝の先は丸く膨らまず、レイザー光線も放出されなかった。
助かったからまあ、良いかな。
わたしは岩の上に座ってイノシシもどきが戻ってこないか辺りを警戒した。