05 うさぎ堂と壱兎の裏稼業 *
セーデルフェルトに行くにはうさぎ堂で何かするのかなぁ?
海外に行く時はパスポートが必要だけど、異世界に行く時はどうなんだろう。
もしかして、うさぎ堂でパスポートを作るとか……それはないよね〜。
だってうさぎ堂は和菓子屋さんだよ。
そんなことをお店の前で考えていたら、ドアが開いて黒と赤のツートンカラーの頭でいつもの変わった着物を着た壱兎が出てきた。
「おっ、来たな。香月兄弟四番目」
片手を上げて挨拶してきた壱兎に、わたしの耳がピクリと反応する。
「わたしは美里、四番目じゃないの!」
何度言えばわかるかなぁ。今度言われたらサラッと流してみようかな。
「その意気があれば問題ないな。まあ、中に入れや」
壱兎はガハハと笑うとわたしをお店の中に通した。
店内にはお客さんはいなく、店員さんの姿も見えなかった。
今日は定休日かなぁ。
「うさぎ堂で異世界用のパスポートを作るの?」
わたしの前を歩く壱兎が振り返る。
「パスポート……ああ、通行手形のことか。それならもう持っているだろ?」
なるほどね、異世界ではパスポートのことを通行手形って言うんだね。
「持ってないよ。わたし海外旅行なんて行ったことないし、異世界旅行なんてのももちろん行ったことないんだから」
自慢じゃないけどわたしが行ったことがある街は、虹ヶ丘の隣にある桜都と田舎のおじいちゃんちくらいだもの。
「執事のじいさんから記章をもらわなかったか?」
キショウが何かわからないけど、家を出る時に持たされたものはある。
「お父さんからバッチならもらったよ」
わたしはズボンのポケットからバッチを取り出して壱兎に見せた。
ラグビーボール型のバッチで、銀色の土台に薄紫色の石がはめられている。
「それが通行手形だ。つまりパスポート代わりになるから服に付けときな。それは大事なものだからな、なくすと帰れなくなるぞ」
虹ヶ丘に帰れなくなるのは困るよ。なくさないようにしっかり持ってなくちゃ!
わたしは真剣な顔で頷いて、バッチを左胸のあたりに付けた。
壱兎はわたしがバッチを付け終わるまで待ってから、レジカウンターの横を通りお店の一番奥にある黒い扉を開けた。
扉の向こうは人が一人通れるくらいの幅の狭い階段になっていて、下りていく壱兎の後をついて行く。
和菓子屋さんのお店の裏側が見られるなんて滅多にないよね。だからわくわくするよ。
地下でどんな和菓子を作っているのかな?
お土産に和菓子をもらえると良いなぁ。
って、違う違う。工場見学に来たんじゃないの!
その辺が他人事のようになっちゃうのは、和菓子屋と異世界がどうも繋がらなくて、自分の状況にまだピンときてないからだと思う。
階段下にはまた扉。今度は白い扉だ。
「うさぎ堂からどうやってセーデルフェルトに行くの?」
壱兎が白い扉のドアノブに手をかざすと、扉がウィィーーンと開いた。
「行けばわかるぞ、ほら入れ」
扉を手で押さえて待っている壱兎。わたしに先に入れってことらしい。
白い扉をくぐるとそこは、二人がやっと通れるくらいの細い通路になっていた。
白く塗られた壁の両サイドには、ずらりと並んだショーケース。
その中には和菓子が綺麗にディスプレイされてある。シンプルなおせんべいから色とりどりの高そうな和菓子まで。
「和菓子がいっぱい! これ本物?」
ようかんの艶々感とか、お饅頭に押されたうさぎ堂のロゴの焦げ目。みたらし団子の照り照り具合から、大福のモチモチ感とまわりにかかっている白い粉。
どれをとっても本物にしか見えない。
思わずショーケースの和菓子に食いついていると壱兎に笑われた。
「本物そっくりだが残念だったな、食品サンプルだ。ここにある和菓子達はうさぎ堂の歴史だ。初代から俺の代まで作ってきた和菓子を並べてある」
「何百年前とかの和菓子もあるの?」
「どれくらい前の時代か忘れたがあるぞ。古いのは文献から忠実に復元してサンプルにしてあるからな」
「卑弥呼の時代のお菓子もあるの?」
「あるぞ、どんぐりで作ったクッキーだろ?」
さらっと答える壱兎の言葉にわたしは目を丸くした。
「そんなに古くからうさぎ堂ってあったの!?」
どんだけ古いのうさぎ堂!
と思っていたら、壱兎がニヤリと笑う。
「冗談だ。もう少し後のならあるがその時代にうさぎ堂はまだない」
「子供を騙すなんてよくないよ」
信じちゃったじゃん。
扉付近にあるショーケースの和菓子は見たことがある物ばかり。その中に二種類の三色団子を見つけた。
一つは粒あん、もう一つは……これ見たことある。
「あっ、これってわさびあんのお団子! 影羽兄が酷い目にあったやつだ」
ずんだあんだと思って食べた影羽兄が悶絶してた。
失敗作まで飾ってあるんだね。
「ほら、先進め」
壱兎に促されてわたしはショーケースの和菓子から目を離す。
手前から奥に行くにつれて古くなっていく和菓子をちらちらとみながら進むと、行き止まりには壁に埋め込まれた大きな銀の扉があった。
この重そうな扉は見たことがあるよ。社会科見学でパン工場に見学に行った時に工場にあったのと同じ扉だ。
「壱兎行き止まりだよ?」
横にいる壱兎を見上げる。
「そこに手をかざしてみろ」
「ここに?」
銀色の扉はどこから見ても業務用冷蔵庫か、冷凍庫にしか見えない。
「そうだここに」
異世界に行くのに、どうして和菓子屋の冷蔵庫を開けなきゃいけないのかまったくわからない。
きっと中には特別な和菓子が入っているに違いないよ。その和菓子がないと異世界に行けないとかかな。
手をかざしたらこの扉も自動ドアみたく開くのかも。言われた通りにわたしは扉に手のひらを向ける。
すると、ガシャンと冷蔵庫の中で何かが外れるような音が聞こえた。
「ロック解除完了だ。ちょっと後ろに下がってろよ」
わたしが扉から少し離れると、壱兎は銀色の取っ手に手をかけ下に回す。
ギギギギギーーーーッ。
壱兎は人が一人通れそうな隙間を開けるとわたしの方を振り返った。
「冒険のスタートだ。行ってこい美里」
ちょっと待って。ボケるには早くない?
壱兎って家のお父さんくらいの歳のはず。
もしかして、わたしのことからかっているのかも。
「何言ってるの? これ冷蔵庫じゃん」
わたしのもっともなツッコミに壱兎がニタリと笑う。
「見た目はな。入ってみればわかる」
なんだか急に不安になってきちゃった。
「わたしをからかって閉じ込めたりするつもりじゃないの?」
壱兎に何か恨まれるようなことをした覚えはないけど。
疑うわたしに壱兎がガックリと肩を落とす。
「俺って信用されてないのな」
時々変なお菓子を家に持ってくる壱兎だよ。それで散々な目にあっているんだから、信用しろっていう方が難しいよね。
またわたしをだまそうなんて、そうはいかないんだなら。
「うん、信用ゼロ」
壱兎は乾いた笑いを浮かべ、頬をポリポリとかいた。
「はっきり言うなよ、お兄さん傷つくだろ。こう見えて俺は繊細な真面目人間なんだぞ。そしてこの境界の番人だ。んなことするかよ」
壱兎はお兄さんじゃなくておじさんじゃん。ジト目を向けておこう。
そんなことより今、壱兎なんて言ったっけ?
「教会の番犬?」
壱兎が教会を不審者から守る番犬……どう見ても壱兎って人だよね?
頭の中では、玄関ドアに貼られた猛犬注意! のステッカーと、鎖で繋がれた犬の姿をした壱兎の顔が思い浮かぶ。
あ、家じゃなくて教会か。
「教会と言ったら外国の神様だよね。壱兎って、そんな格好してるのに外国の神様信じてるの?」
壱兎の格好って変わった着物。というより神社にいる神主さんみたいな格好だから、まさか外国の神様を信じてるなんて思わないよ。
腕組みをして壱兎を見上げると、壱兎が目を吊り上げた。
「おい、こらっ。俺は教会の番犬じゃねぇ。境界の番人だ!」




