45 フォローするつもりが
王妃様に背中を押されて、わたしは隠れていた柱から中庭へと足を進めた。
途中振り返ると王妃様に勇気づけられるように頷かれ、わたしも頷き返す。
明るく笑って話したら、いつもみたくユーリも笑ってくれるかもしれない。
頭にユーリの笑顔を思い浮かべて、大きく空気を吸い込んだ。
「おーーい、ユーリー!」
中庭の隅にあるテーブルの前で、タオルを手に汗を拭いているユーリに向かって手を振ると、わたしに気がついたユーリの瞳が大きく見開く。
「ミリィ……いつから」
わたしに驚いてるみたいだけど、来てる事を知らないのかな?
「少し前だよ。クレーメンスさんにお願いして連れて来てもらったの」
ユーリは顔を強張らせわたしから視線をそらした。
笑顔で歓迎してくれる、なんて思ってなかったけど。
嫌そうな顔を見ちゃうとやっぱりへこむ。お城に勝手に来た事も悪かったのかもしれないけど。
「そのクレーメンスは今どこに」
辺りを見回しているユーリに、クレーメンスさんに急な仕事ができた事と、さっきまで王妃様と一緒にいた事を伝えた。
「何を考えて……」
ユーリは硬い表情をして小声で何か呟くと、わたしの方をチラッと見た。
「僕は忙しいので」
ユーリの冷たく突き放すような声と向けられた背中に、わたしは拒否されてる事を感じて気分が沈みそうになった。
ダメだよ美里、しっかりしなよ。
王妃様から声援もらったばかりじゃないの!
「待って!」
どこかに行こうとするユーリの腕を慌てて捕まえる。
「ユーリに話があるの」
振り返ったユーリの翠色の瞳を真っ直ぐ見つめると、ユーリに腕を振り払われちゃった。
「話したくない」
またわたしから顔をそらすユーリに胸のあたりがチクリと痛む。
「ユーリは話したくなくてもわたしは……」
わたしの言葉を遮るようにユーリが鼻で笑った。
「話と言いながら、わざわざ僕の無様な姿を笑いに来たのでしょう?」
仲直りするために来たのに、笑いに来ただなんて話が変な方に向かっている。
笑いに来たとか、どうしてそうなるの……あ!
もしかしてユーリはさっきの事を言ってるのかな。
「違うよ。ユーリが剣の稽古をしてる事はさっき王妃様から初めて聞いたんだよ。わたしがここに来た理由は謝りに来たの。それに笑ってないし」
尻もちついたのを見られたからって気にしてるのかな。
疑うような眼差しで見つめてくるユーリにわたしは真剣な顔をする。
「真面目に稽古している人を笑ったりするわけないじゃない」
当然の事を言ったのだけど。
ユーリはわたしの言葉に探るような瞳を向けてきた。
まだわたしの言葉を疑ってるの?
どうしたら信じてもらえるのかな。
「笑うって言うより、わたしはユーリの意外な一面を知って嬉しくは思ったんだけど……あ、尻もちついた事に嬉しくなったって意味じゃないからね!」
言葉の途中でユーリの表情が険しくなったのを見て慌てて言い直し、稽古中のユーリの姿を頭の中に映しながら言葉を続けた。
「剣を振るユーリはいつもと違って別人みたいだなって。真剣な表情がカッコ良いなとか、そんな風に思ったんだよ」
宙を見つめて話していたわたしは視線を正面に戻すと、そこには手の甲を口に当て下を向いているユーリがいた。耳やほっぺたが微かに赤い。
えっ、顔を赤くするほど怒ってる?
わたしまたユーリを怒らせるような事、言っちゃったの!?
と、とにかくもっとフォローしないと、仲直りどころじゃなくなっちゃう。
「わたしの中のユーリって、体を動かしたり汗を流して運動する活発なイメージより、読書したり頭を使った遊びとか静かに過ごすのが好きそうなイメージがあるの。だからね、久しぶりに会えて剣の稽古をするユーリを初めて見た時は単純に嬉しかったんだよ。笑ったりしてないから信じて!」
ユーリの顔がますます赤くなり、ついには肩を小さく震わせた。
フォローすればするほどユーリは怒っていくみたい。
もう、どうしたら良いの!?
わたしが尻もちを見て笑っているんじゃないかって怒っているのなら……!
自分も同じような事を暴露すればわかってくれるかな?
「それにあれくらいならまだマシな方だよ。わたしなんて階段踏み外して下まで滑り落ちたり、落とし穴にはまったり、何かの影をお化けだと思って驚いて逃げようとしてドアにおでこをぶつけたり……」
ううっ、自分の失敗談を暴露するってなんだか泣けてくる。元はと言えば全部すぐ上の影羽兄が悪いんだけど。
言っちゃった後でなんだか自分のフォローは無理があるような、明後日の方に行っている気がしてきたよ。
どよんとして下を向くと肩に手を置かれ顔を上げる。
目の前には口元を手の甲で押さえ目元をゆるくして、こみ上げてくる笑いに堪えているような顔のユーリがいた。
「あれ、怒ってないの? って、ユーリの方こそわたしの失敗笑ってるじゃん!」
怒ってると思って必死に誤解を解こうとしてたのに、ユーリは途中から笑ってたの?
恨めしくなって口をとがらせて睨むと、ユーリが笑いを引っ込めた。
「そうじゃないよ、一生懸命なミリィが可愛くて。僕を思ってくれる真っ直ぐな言葉に嬉しくなったんだ」
柔らかく微笑みながらも真剣な響きを感じる声。
わたしは自分の顔が一気に熱くなるのを感じた。
だって、可愛いって言われたんだよ。
どうしよう、なにこの展開。どう反応したら良いの!?
「えっ、あ、うっ」
嬉しいけど恥ずかしい。
そんな感情に目線を泳がせながら、どう答えようか言葉を探しているとある事に気がついた。
うう〜……んん?
話し方がいつもと違う。
普段誰に対しても敬語のユーリだけど、言葉遣いが時々崩れる時がある。
どんな時かと聞かれたらうまく言えないけれど、何かのきっかけで雰囲気が変わった時が多い。
それにさっきまでピリピリしていたユーリの周りの空気が、今は柔らかくなっているのを感じた。
そうだ、今なら言えるよ。
「わたしはユーリを笑ってないし、ユーリもわたしを笑ってないって事で。改めて謝らせて」
ちょっと強引に話を持って行き過ぎたかな。
「失敗をお互い笑っていない。それで話は終わりじゃないのですか?」
何の事かと瞬きをするユーリにわたしは頭を振る。
「わたしがお城に来た目的は、噴水での事をもう一度ユーリに謝りたかったからなの」
ユーリは少し考えてから首をひねった。
「ああ、先ほどもそのような事を言っていましたね。お茶会の時、僕がミリィに噴水に突き落とされた事ですか?」
わたしが頷くとユーリから意外な言葉が返ってきた。
「僕は気にしていないと返事をしたのですが、ミリィから何度も手紙が届くので変だなと思っていたのです」
ユーリの言葉に自分の耳を疑ったよ。
「気にしてない?」
「ええ」
ユーリの顔は怒ってる様子もなく穏やかな表情で頷いている。
「ちょっと待って」
気にしてないとか、返事をしたとか。それは一体どういう事?
ユーリの言葉が頭の中で混乱してる。一つずつ聞いてみよう。
「手紙の返事ってなんの事? わたし、ユーリから返事もらってないよ」
「手紙ではなく、クワッピーに代わりの物を届けるようお願いしました。もらっていませんか?」
変ですね、と首を傾げるユーリにわたしはますます混乱する。
「何を?」
クワッピーからもらった物……う〜ん。
考え込んでいると、ユーリがテーブルの上に置いてあった自分の杖を手に取るとわたしに渡してきた。
「この持ち手のところにある僕の魔石と同じ物を、クワッピーに渡したのですが」
ユーリの杖に取り付けられているのはミントグリーンの綺麗な石。
「これ、クワッピーが毎日くれる石と似てる……って、クワッピーがくれた石はユーリの魔石だったの?」
気づかなかったぁ、と呟くわたしに、がっかりした様子で肩を落とすユーリ。
「僕の気持ちが届いていなかったのか。ああ、だから毎日ミリィから手紙が……」
何やら小さく呟き片手で頭を押さえている。
クワッピーがどこからか拾ってきたと思っていたあの石、あれがユーリの魔石だったなんて。
「手紙の代わりに魔石を送られてもユーリの気持ちはわからないよ」
小さな石一個ずつにメッセージを彫るにしては、あの大きさだと文無理な気がする。
もしかして、一つずつパズルみたく繋げると文になるようになってるとか。
でも石には文字も刻まれていなかったよ。
他には謎解きになってるとか。石に何か意味があるのかな?
クワッピーがくれた石を思い浮かべても、ユーリの杖に付いた石を眺めてもよくわからない。
「ミリィ、杖を持っていますよね?」
当然の事のように聞いてくるユーリ。
ここでなんでわたしの杖が出てくるのかわからない。話が飛んでるよ。
「うん、肌身離さず持ち歩くようにってユーリに言われたから……」
ローブの上から腰に手をあてる。あれ、どこに行っちゃったんだろわたしの杖!




