44 ユーリの意外な一面
マティアスが出て行くと騎士が二人部屋に入って来て、クレーメンスさんを二人がかりで連れて行っちゃった。
魔術棟からの連絡で急な仕事ができたらしい。
クレーメンスさんが駄々をこねながら、騎士に引きずられるように部屋を出て行くと、入れ違いに女官と名乗る人が現れてユーリの居るところまで案内してくれる事になった。
長い廊下を行くと突き当たりの曲がり角で女官さんが足を止めた。
「この曲がり角を曲がった先に中庭がございます。そちらにユリウス殿下がいらっしゃいます」
案内役はここまでってことみたい。
「ありがとうございます」
お礼を伝えると、女官さんは「私はこれで」とお辞儀をして来た道を戻って行った。
お茶会の日に会いに来た時はユーリがさっきの広間に来てくれたんだよね。
でも、今回は来てくれなかった。
それはきっと忙しいからだよね。
わたしに会いたくないから広間に来なかったって事はないよね。
ああ、でもこの前みたく会えても話を聞いてくれなかったら。
目も合わせてくれなかったら。
まだ怒っていたらどうしよう。
今日仲直りできなくても、またセーデルフェルトに来た時、お城に会いに来れば良い。
そう思っていても、頭が悪い方に考えちゃう。
ここを曲がればユーリに会える。
でもなんて声をかければ良い?
立ち止まったまま急に重くなった足を見ていると、前から声をかけられた。
「あら、そんな沈んだ顔して可愛らしい魔術師さんが台無しよ」
顔を上げると目の前には。
「王妃様」
どうしてここに……って、ここはお城の中だから王妃様がいてもおかしくないか。
王妃様は驚いて挨拶も忘れたわたしを気にする風もなく、明るく微笑んでいる。
「そのローブ、ミリィにとっても似合っているわ」
王妃様の砕けた言葉は、友達のお母さんと話しているような感覚がして、突然現れた王妃様に緊張していたのが少し抜けた。
「あ、ありがとうございます」
うわぁ、王妃様にローブを褒められちゃった。ローブをくれたクレーメンスさんに後で報告しないとね。
「ユリウスに会いに来てくれたのよね?」
事情を知っているらしく、わたしが頷くと王妃様はわたしの手を取った。
「この先にいるわ。滅多に見られないものが見られるわよ。さ、行きましょう」
滅多に見られないものってなんだろう?
王妃様に手を引かれ歩きながらわたしは反対の手をギュッと握った。
悩むと悪い方に考えが行っちゃうからやめよう。
とにかく今はユーリに会って謝る。それだけを頭に入れておこう。
曲がり角を曲がるとそこは中庭と言うより、広場のようになっていて、金属同士がぶつかり合う高い音が聴こえてきた。
王妃様が太い柱に隠れるように立つとわたしを手招きする。
「ユリウスはあっちにいるわ。ここに隠れてこっそり覗きましょ」
隠れる必要があるのかいまいちわからないけど、王妃様においでおいでと急かされ隣に並んで中庭を見る事にした。
ここから少し離れた中庭の真ん中辺りにユーリがいるのがわかった。
シャツとズボンという珍しく軽装姿のユーリが、少し年上の男の子を相手に剣を振っている。
審判役なのか指導役なのか、濃紺色の制服を着たがっしりした体格の男性が二人の様子を見ている。
剣術の稽古なんて初めて見るよ。剣道とはちょっと違うみたいだ。
ユーリは何度相手に剣を払われても息を弾ませながら、前へ前へと積極的に押していく。
それに対して、相手は涼しい顔で汗ひとつ流さずに軽々とユーリの剣をかわしている。
魔術や杖を使うユーリは見慣れているけど、剣を持ったユーリは初めて見る。
すごく真剣なユーリの表情も初めてだ。
「あの剣、本物?」
子供の訓練に本物は使わないよね。
そう思いつつも剣がぶつかり合う高い音に不安になって、口から出た言葉に王妃様が首を振った。
「稽古用に作られた剣だから心配ないわよ。あたれば多少は痛いでしょうけれどね」
「良かった」
それを聞いて安心してユーリの姿を追うことができる。
あ、しまった。敬語で話せてない。
口に手を当て王妃様を見ると気にした様子はなくウィンクが返ってきた。
「ユリウスったら女の子に噴水に突き飛ばされた事をよっぽど情けなく思ったのね」
うっ、そこを突かれると痛い。
「あの、この前は」
「あら、謝らなくて良いのよ。むしろ今回の事、ミリィには感謝しているのよ」
怒られるのはまだわかる。感謝されるような事は何一つしていないのに、どうして?
王妃様の言葉の意味がわからなくて、目をパチパチとさせる。
「ユリウスは教えられるとある程度の事はそつなくこなしちゃって、挫折知らずなところがあるのよね。妙に大人びてるところもあって子供らしくないのよ」
確かにユーリは見るからに優等生だ。魔術だったり、野生動物の事だったり、色々な事を知っている。
言葉使いも丁寧で落ち着いているし、大人っぽいところがある。
王妃様の言葉に思わず頷くと、王妃様はため息をついた。
「マティアスはその逆なのよね。あの子は遊び放題わがまま放題。剣術か悪戯にしか興味がないのよ。うちの王子はどうしてこうも偏っているのかしら」
子育ての悩み相談?
子供のわたしにされても困るけど、なんて答えよう。
言葉を探していると王妃様が苦笑いした。
「あら、つい話が逸れちゃったわね。挫折知らずなユリウスは自分には魔力があるからって、今まで魔術以外の事には手を抜いてきたのよ。それがミリィに噴水に突き落とされた事で考えを改めたようなの」
何でもできちゃう人の気持ちは、わたしにはわからないけど、挫折知らずだなんて羨ましい。そう思っていた。
でも汗を流しながら一生懸命に剣術の訓練をしているユーリの姿を見て、ユーリも普通の子なんだなって思った。
相手がユーリの剣を薙ぎ払った時、形勢逆転。今度はユーリが押され攻撃を避けていく。
体を仰け反らせて攻撃を避け後ろに下がっていくユーリ。
ユーリ、頑張れ!
押されっぱなしだと思っていたユーリだけど、次の攻撃を避けると相手より早く剣を動かし一歩前に踏み込んだ。
ユーリが正面から振り下ろした攻撃は余裕で受け止められ、剣が交差する。
ユーリの動きが止まった瞬間、剣は弾かれた。
相手の押す力が強かったのか、バランスを崩したユーリは地面に尻餅をつき剣先がユーリの胸に向けられる。
剣が偽物だとわかっていてもなんだかヒヤッとする。
「そこまで!」
審判役の男性の大きな声で試合終了が告げられた。
ユーリは相手から差し出された手に無言で首を振り立ち上がると、二人は一定の距離を取り向かい合ってお辞儀した。
「あの子、お茶会の翌日から時間があると剣術や弓術の訓練をしているわ。なんでも器用にこなせても、大人になるためには時には挫折や苦労を感じてそこから努力することも大切よ」
王妃様はユーリの姿を目で追いながら嬉しそうに頷いている。
「だからお茶会での出来事はあの子にとって良いハプニングになったのよ。それにね、ケンカは絆を深めるためのスパイスでもあるのよ」
王妃様は優しく微笑み、わたしの背中をグイッと前に押した。
「さあ、いってらっしゃい」
いつもお立ち寄り下さりありがとうございます。
今話で一旦終了の予定が文字数が多くなり、終了まで後1話か2話になりそうです。よろしかったらもう少しお付き合い下さいm(._.)m




