43 仲直りまでのタイムリミット③
あの日のお茶会から7日後、家から壱兎経由で手紙が届いて、わたしは元の世界に帰らなくてはいけなくなった。
連絡を取りたい時には、わたしはクレーメンスさんに頼んで壱兎へ。
虹ヶ丘にいる両親からは壱兎を通してクレーメンス邸へ。
どちらも境界を通して手紙を送る事になっている。
家から手紙が届いたのが昨日の朝で、今日の夕方には虹ヶ丘に帰る事になった。
だから昨日からわたしはすごく落ち着かない。
急に家に帰る事になって、明日の夕方までに仲直りできるのか不安になってきたから。
魔術書を開いても頭に入らないし、転移術の訓練にも集中出来なくて、目的地とは別の場所に移動するしまつ。
たった今も、食堂から図書室に移動するはずが庭の隅にある納屋の屋根の上。
「は〜、また失敗しちゃった」
屋根の上から周りを見渡してため息をつくと、隣にクレーメンスさんが転移術で姿を現した。
「ここはとっても良い眺めですね〜」
わたしが転移術を発動させる時は、クレーメンスさんかユーリがいる時だけ。
なぜかと言うと、今のわたしの力だと続けて転移術を使うと足はガクガク頭がクラクラ。
そして、筋肉痛と貧血がいっぺんに襲ってきた感じになる。
一人で転移して失敗した時に魔力不足で戻れなくなるから、一人で転移術を使う事は禁止になっている。
「ここでティータイムやお昼寝をすると、きっと気持ちが良いですよ〜。ミリィさんも座って」
その場に腰を下ろして隣をぽんぽんするクレーメンスさん。
にっこりされて思わず座っちゃった。
「ここでティータイムはカップが傾いてお茶がこぼれちゃいますよ」
「それは困りますね〜。風も気持ち良く眺めも良い。名案だと思ったのですが」
首をひねるクレーメンスさん。いつものんきで良いな。
クレーメンスさんの話では、最近のユーリは急に忙しくなったみたいで、クレーメンスさんもなかなか会えないみたい。
クレーメンスさんも王宮に行くと魔術師長の仕事があって忙しそうだから、わがままは言えない。
ユーリから手紙の返事もこないしきっとまだ怒ってるんだよ。
単なるすれ違いじゃなくて、避けられてるのかも。なんて考えると心が折れそうだけど、弱気はダメダメ。
このまま何も変わらないのなら、自分で変えれば良いんだから!
「夕方までにどうやって仲直りしたら良いの……こうなったらお城に乗り込むしかないよ」
わたしはユーリと仲直りして虹ヶ丘に帰る。
嫌われてギクシャクしたままにしないって決めたんだから!
「それは良い考えですね〜」
あ、考えていた事が口に出てたみたい。クレーメンスさんは頷いて立ち上がった。
「早速乗り込んじゃいましょうか?」
「ええっ、今から!? お城って許可なく入る事ができるんですか?」
わたしが驚いて見上げると、大きく頷くクレーメンスさん。
「私がいれば大丈夫ですよ〜」
あ、そういえば。お茶会の時にお城で警備をしている騎士に、クレーメンスさんは顔パスだった。さすが大魔術師長だね。
クレーメンスさんがこう言ってくれたって事は、思い切ってお願いしてみよう。
「クレーメンスさん、わたしをお城に連れて行って下さい!」
立ち上がってお願いしますと頭を下げると、クレーメンスさんは苦笑した。
「ミリィさん、そうかしこまらないで下さいね。これくらいおやすい御用ですよ〜。ただちょっとだけ聞きたい事があるのです」
「クレーメンスさんがわたしに聞きたい事?」
なんだろう。次の言葉を待っているとクレーメンスさんが珍しく真剣な顔をした。
「ミリィさんがユリウス様と会えた時、ユリウス様が以前と同じように素っ気ない態度をミリィさんに取られる可能性もあるのです。それでもミリィさんはユリウス様とお友達でいて下さいますか?」
お茶会を抜け出してユーリに謝りに行った時の、ユーリの表情や態度が頭をよぎる。
どこか気難しい表情で、目も合わせてくれない、話も聞いてくれない。
今から会いに行ってもユーリの態度が変わらない事もある。
避けられているのならそれも当然なのかな。悪いのはわたしなんだもの。
この前と同じだったらショックだけれど、わたしから友達をやめようなんて考えていない。
とにかくユーリに会ってちゃんと謝りたい。時間いっぱい何度でも謝って、ダメだったら次にセーデルフェルトに来た時にまた謝る。
わたしはクレーメンスさんを真っ直ぐ見つめて頷いた。
「今日仲直りできなくてもわたしはずっとユーリと友達でいたいです。だから今日がダメでもあきらめません!」
「その気持ちユリウス様に届きますよ〜」
クレーメンスさんは嬉しそうに目を細めて笑うと、わたしの頭をなでた。
「では早速、ユリウス様のところに乗り込みに行きましょ〜」
お茶の時、ドレスを着て行ったのを思い出した。
「この格好で大丈夫ですか?」
「正装をするのには準備と時間がかかりますね〜……あっ! 良い考えが有りますよ」
何かひらめいたのかクレーメンスさんが両手をパチンと打つと、空中に薄いオレンジ色の服が、きれいに折りたたまれて現れた。
クレーメンスさんの魔術は本当に便利だね。
いつかわたしもクレーメンスさんみたいに魔術をパパッと使ってみたいな。
「ミリィさんはこれを着ていけば大丈夫ですよ」
クレーメンスさんから渡された服を広げるとそれは可愛いローブだった。フードの襟元には桃色のリボンが付いて、袖や裾に白い花の刺繍が入っている。
「私とお揃いですよ〜。いつかミリィさんに来て欲しくて作っちゃいました」
頭をぽりぽりかいて照れくさそうなクレーメンスさん。
この可愛らしいローブは魔術師のローブなんだね。
お揃いと言ってもクレーメンスさんのローブは薄紫色で作りもシンプルなのだけど。
ニコニコ嬉しそうなクレーメンスさんに突っ込めないよ。
ちょっぴり可愛すぎな気もするけど、わざわざわたしのために用意してくれたクレーメンスさんの気づかいが嬉しい。
「クレーメンスさんありがとうございます」
ドレスより動きやすそう。
クレーメンスさんにお礼を言ってわたしはローブを着た。
わたしは馬車でお城に行くのかと思ったら、納屋の屋根からクレーメンスさんの転移術で、あっという間にこの前来た扉の前に移動。
この前と同じようにクマ騎士とキツネ騎士に応接室に通された。
ユーリが来てくれなかったらどうしよう。謝るどころじゃない。
会ったらすぐに謝って、その後は何を話そう……。
わたしの話を聞いてくれるかな。
待ってる間落ち着かなくて、不安になっていると、騒々しい足音が近づいて来た。
そして勢い良く扉が開く。
このパターンは前回と同じ。
今相手ができるほど余裕がないのに。
そんな時に限って現れるんだから。
「また来たな! 今度は何しに来たんだ!?」
目をつり上げながらこっちにやって来るマティアスに内心ため息を吐く。
「ユーリに話があって来たんだよ。マティアスには用がないんだけど」
「兄上はお忙しいんだよ。ふんっ、ローブなんか着たってヘナチョコはヘナチョコだ。兄上がヘナチョコなんかと無駄話なんかしてる暇はないんだ。さっさと出て行け!」
クレーメンスさんの言う通り、マティアスは相当ユーリが好きらしい。
マティアスがいたらユーリが来た時に話しがややこしくなりそう。困ったなぁ。
マティアスがシッシッと両手で追い払ってきて、わたしは一歩後ろに下がる。
「ちょっとやめてよ。わたしは虫じゃないんだから!」
「お前はヘナチョコお邪魔虫なんだよ!」
マティアスの方こそ邪魔しないでほしい。
ユーリと話ができるせっかくのチャンスなのだから。
「マティアス様〜、レディにその言葉はどうかと思いますよ〜」
「うるさいな! クレーメンスには関係ないだろ!」
優しく注意するクレーメンスさんにもマティアスは食ってかかる。
「そういえば先日、算術の試験があったそうですね〜」
クレーメンスさんの言葉にマティアスの動きが止まった。
「な、なんでそれを……」
どこか焦っているように見えるマティアスに、クレーメンスさんはのんびり口を開いた。
「確か、クッキーが二十枚あります。三人で分けると一人何枚になり、残りは何枚余りますか。という問題があったとか?」
マティアスの顔色が見てわかるくらいに青くなり、おでこに汗まで浮かんでいる。
クレーメンスさんの話の内容から算数の話みたいだね。
マティアスはテストで何かしたみたい。珍解答でもしたのかな。
「クレーメンスがなんでその事を知っているんだ!?」
「先日陛下にお会いした時に陛下が頭を抱えていたので、お話を聞いただけですよ〜。そしたら優秀な学士がいないか尋ねられました」
世間話をするような口調のクレーメンスさん。
だけど、マティアスの方は顔が引きつりほっぺたをピクピクさてている。
「一人六枚、残りは二枚。この答えがどうかしたんですか?」
この問題で珍解答がなんなのか思いつかないんだよね。
「うっ、負けた。こんなヘナチョコに……」
なぜか愕然とした表情のマティアスが、悔しそうにわたしを睨み何か呟いたけれど、声が小さくてわからなかった。
「ミリィさん、正解で〜す。この問題はですね〜」
「ふん、そんな事はどうでも良いだろ!」
マティアスがクレーメンスさんの言葉を遮り、わたしに指を突きつけてきた。
「ヘナチョコが出て行かないと言うのならこっちにも考えがある。オレがどれだけ偉いか教えて跪かせてやるからな。リベンジだ、覚えてろよ!」
マティアスは変な宣言をして、来た時同様に足音を響かせながら部屋を出て行った。
なんでわたしが跪かなきゃいけないのよ?
リベンジとか訳がわからない。なんのリベンジよ。
だいたい跪くのは童話だと普通王子様の役目だよね。わたしは王子マティアスに跪かれても困るけど。
結局今回もマティアスがいったい何しに来たのかわからない。




