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習いごとは魔術です  作者: サフト
1章 魔術を身につけよう!
41/47

41 仲直りまでのタイムリミット①

 

 王宮の庭園からクレーメンスさんの転移術で移動した先は、いかにもここがお城の中ですって感じの広い廊下だった。

 廊下の真ん中に敷かれた赤い絨毯とピカピカに磨き上げられた高級そうな石の床。

 天井からはセーデルフェルトの国旗と、紋章が描かれた王族の旗が等間隔にぶら下がっている。



 クレーメンスさんの話だと王族のプライベートエリアに行く近道がこの廊下なんだって。

 廊下の突き当たりには金色に縁取られた両開きの扉。その前に銀の鎧騎士が二人、仁王立ちで厳重に守っていますって言うピリピリとした空気で立っている。



「やあ、ご苦労様〜」

 騎士達がクレーメンスさんの顔を見ると一礼した。

「お疲れ様です。魔術師長アルムグレーン侯爵様」

「本日はどなたかとお約束ですか?」

 キビキビとした態度で受け答えする二人の騎士。

 クレーメンスさんがわたしは捕まらないって言っていたけれど、二人の騎士の顔を見たら不安になってきた。



 クマのように大柄な強面騎士と、背が高くて気難しそうな顔つきをしたキツネのような騎士。どちらも腰には剣を装備している。

 お城を守る騎士なのだから、当然と言えば当然なのだけど。

 その剣がわたしに向けられるんじゃないかと、内心ビクビクだ。

 クレーメンスさんの一歩後ろに立っていよう。



「う〜ん、約束じゃないんだけど。ちょっと大事な用があってね〜」

 怖そうな騎士に見下ろされても、鋭い視線を向けられても、クレーメンスさんの態度はいつもと変わらない。怖いもの知らずか緊張知らずなのか、見かけによらず鋼の心臓の持ち主だよね。

 あ、王様の前でもこんな感じだった。

 クマのような騎士が目を細めてギロリと見下ろしてきたから、わたしは思わず体を後ろに引いた。

 強面が睨むと余計に迫力が増して怖いんだもの。



「そちらのご令嬢はどなたで?」

 クレーメンスさんがわたしを隠すように、クマ騎士とわたしの間に立ってくれたけど。

 クマ騎士とクレーメンスさんとじゃ、どう見てもひ弱そうなクレーメンスさんの方が負けちゃうよ。

 でもわたしをかばってくれたのはちょっと嬉しいかな。



「この子は私の大事な愛弟子ですよ。怖〜い顔で睨まないでくださいね。騎士に対するトラウマになっちゃったら困りますからね〜」

 いつものようにのんびり気だるそうに話しているクレーメンスさんの声に、騎士二人の肩が小さく揺れた。

 あれ、なんだか二人の顔色が悪くなったような。どうしたのかな?



 背の高いキツネ騎士が腰を曲げ、クレーメンスさんの体の脇から顔を覗かせわたしに向かってにっこりしてきた。

 その額には薄っすらと汗が滲んでいるのが見える。暑がりなのかなぁ。

 笑うと目が細くなってキツネっぽさが増すね。



「こっちのおじさん、顔はこんなだけどね、本当は怖くないんだよ〜」

 おいでおいで〜、と隅っこに隠れて警戒する野良猫に声をかけるような声。

 突然、空気が変わったのと騎士のこの変化にわたしはたじろいだ。

 なに!? この人どうしちゃったの?



 わたしが騎士の態度に戸惑っていると、キツネ騎士は笑顔を引きつらせながら隣のクマ騎士に顔を向けた。

「おい、お前。その人相悪い顔をなんとかしろ! スマイルだスマイル。ほら笑え!」

 顔をなんとかしろなんて、それは無茶ぶりだよね。

 もともと怖そうな顔つきだったら、本人でもどうにもならないと思うよ。



「え、お、俺!? いや、あの、なんとかしろって、困ったなぁ」

 キツネ騎士に脇を小突かれ、両手を前に振ってあたふたと口ごもっているクマ騎士。二人のやりとりに騎士の怖そうなイメージはどこへやら。わたしはぽかんとしちゃった。



「俺……いや、私の顔は生まれつきでしてその……ああ、そうだ!」

 クマ騎士は焦りながらベルトに下げた皮の巾着袋から何かを取り出してかがんだ。

「怖がらせてしまったお詫びになるかわかりませんが、良かったらコレを」

 目の前ににゅっと大きなゴツゴツとした手の平を向けられ、その上には薄茶色の物体がちょこんと乗っていた。



「あ、クマだ」

 薄茶色の物体はリアルクマじゃなくて、目がくりっとしてにっこり笑っている愛嬌たっぷりなラブリーなクマ。テディベアに似ている。

 クマみたいな大きな体格の強面騎士がこんなに可愛い木彫りクマを作れるだなんて、人は見かけによらないね。



「私は顔はこんなですが、木彫り人形作りが得意でして。下手で申し訳ないのですが」

「下手じゃないよ。すごく可愛いです」

 見たままの感想を伝えると、クマ騎士は照れたように白い歯を見せ笑った。

 顔は怖いけど悪い人じゃなさそうだね。

 もらっても良いのか確認のためにクレーメンスさんを見上げると、クレーメンスさんは頷いた。



「ミリィさんが気に入ったのならもらってあげると良いですよ〜」

 その言い方はなんだか上から目線な感じがするのだけど、クレーメンスさんはいつもと変わらない表情と口調で言っている。

 北の国の名物魚をくわえたクマみたいな、リアルなクマならもらい辛い。

 でもこのクマは可愛いから部屋に飾っておけるね。

「ありがとう」

 にっこり笑ってお礼を言って木彫りのクマをもらうと、クマ騎士はほっとしたような顔を見せた。



「アルムグレーン侯爵様、本日はどなたとのお約束ですか?」

 キツネ騎士に改めて聞かれたクレーメンスさんは思い出したように口を開いた。

「ああ、用件を忘れるところでした。今日は約束じゃないのですが、大事な用でここに転移したんですよ〜。ユリウス殿下はどちらかなぁ?」

「確認してまいりますので、お二人はこちらでお待ち下さい」

 キツネ騎士が近くにあった扉を開け、わたしとクレーメンスさんは中に入った。



 広い室内の中央にはソファーセットが置かれ、王家の紋章タペストリーやら風景画が飾られた壁に、大きな窓と暖炉がある。応接室かな。

 クレーメンスさんちの応接間も広いけど、ここはそれ以上に広い。さすが大きな国のお城だね。学校の体育館くらいありそう。

 ユーリが来るのを待っている間、落ち着かないわたしの気を紛らわせてくれようと、クレーメンスさんが木彫りのクマに魔術をかけてくれた。



 魔術でダンスするクマの姿を見ていると、わたし達が入ってきた扉とは別の扉が開いてユーリが部屋に入って来た。

 お茶会で着ていた服と違うのは、きっと転移術でお城の中に移動した後で着替えたからだ。

 ケジメはしっかりと!

 これ、香月家の家訓。

 さっきは逃げちゃったけど、今度はちゃんと謝ろう。

 わたしは両手を拳にしてギュッと力を入れた。



 扉が閉まり、無表情でこっちにやって来るユーリにわたしは駆け寄った。

 いつものキラキラ王子スマイルは影もなく、代わりに眉間にしわが寄せられ、唇を堅く引き結んでいるユーリ。

 翠色の瞳と目が合うと、顔を露骨にそらされちゃった。



 う、こんなに怒ってて許してくれるのかな。

 噴水で見たユーリの表情より悪くなってる気がする。

 ダメダメ、ここでひるんじゃダメ。仲直りするんだから!

 わたしは頭を下げると同時に言葉を出した。



「さっきはごめんなさい!」

「…………」

 ユーリから反応がないまま自分のブーツのつま先を見つめること数秒。

「クレーメンス、要件はそれだけですか?」

 どこかトゲトゲしく聴こえる声。

 え……わたしのことスルーされたの?

 わたしとはもう話したくないってことなのかな。

 やっぱりユーリ、すごく怒っている。どうしよう……。



 途方に暮れて顔を上げると、どこかイライラした様子のユーリがクレーメンスさんを睨んでいて驚いた。ユーリのこんな表情は初めてだ。

 いつものユーリなら誰かと接する時には、王子スマイルか柔らかく微笑んでいるかだから。



 そんなユーリの反応にクレーメンスさんは目を細め「おや」と、つぶやいて微笑みを浮かべている。

「ミリィさんの言葉はユリウス様に届きましたか?」

 眉をピクリとさせてクレーメンスさんから顔をそらすユーリ。

「必要ありません。他に用がないのなら僕は失礼します」



 早口で告げるとユーリは入ってきた扉から足早に出て行っちゃった。

 わたしには見向きもしなかった。

 必要ないって、それってわたしと仲直りする必要がないって事?

 ユーリはわたしが思っている以上に怒ってる。



 これは謝っても許してくれないよ。

 顔も見たくないくらい嫌われちゃったんだから。



 頭から黒い布を被せられたみたいに周りが真っ暗になったみたいだ。

 立ち尽くしたまま、ユーリが姿を消した扉を呆然と見つめていると、頭をかきながら珍しく苦笑いしているクレーメンスさんが視界に入った。



「複雑なお年頃ですね〜。これは出直してきた方が良さそうです」

「複雑なお年頃……それなんですか?」

「ユリウス様にも色々思うところがあるのだと思いますよ〜」

 クレーメンスさんの言葉の意味がわからない。わたしはどうしたら良いの?

 仲直りしたいのに目も合わせてくれないし、話しかけてもくれない。

 絶交と言う文字が頭に浮かぶ。



 このままで良いの?

 ユーリと友達じゃなくなっちゃうんだよ。

 今ユーリと話さなかったら夏休みが終わって、ユーリと絶交したまま虹ヶ丘に帰る事になる。

 それに仲直りって時間が経つとしづらくなる。

 元の世界に戻ったら会う機会も減っちゃう。

 わたしは首を振って絶交という単語を追い払った。



 ユーリが出て行った扉に視線を向けて決意を固くする。

「クレーメンスさん、わたしもう一度ユーリに謝ってきます!」

 扉に向かおうとして腕を取られた。

「それはスト〜ップですね」

 どうして止められるのかわからなくてクレーメンスさんを見上げる。

「ユーリを追いかけないと、見失っちゃいます!」

 しゃがんでわたしと目線を合わせたクレーメンスさんに両手を優しく握られた。



「今はもう少し時間を置きましょう。ユリウス様の気持ちが落ち着いた頃、もう一度訪ねた方が良いと思いますよ〜」

 わたしはこんなに焦っているのにクレーメンスさんときたら、いつもと変わらないのんびり口調だ。

 のんびりしてて仲直りできなくなったらどうするの?

 もう友達じゃなくなっちゃうんだよ。



「それは明日? それとも明後日? もう一度お城に来ればユーリは会ってくれますか?」

 居ても立っても居られなくなって思わずクレーメンスさんに詰め寄る。

「これは繊細は問題ですからね〜。ユリウス様の様子を見つつ仲直りのタイミングを見ましょうね。時は寝て待てですよ」



 そんなのん気に寝てなんかいられないのに。

「すぐに仲直りしないままでこじれたりしない?」

「私はユリウス様を小さい頃から知っていますが、そんなにへそ曲がりな方ではありませんから仲直りできますよ〜」

 ジッとクレーメンスさんの顔を見つめるわたしに、「心配しなくて大丈夫」そう大きく頷くクレーメンスさん。

 落ち着かせるように頭をなでられた。



 繊細な問題とか言われてもよくわからないし、ユーリとちゃんと話ができない事に焦ったさを感じる。

 でも、さっきのユーリの態度から後を追いかけても話を聞いてもらえる自信がない。



 出直すべきなのかな。わたしよりユーリの事をよく知っているクレーメンスさんが、今は時間を置いた方が良いと言うのなら。

 ユーリの気持ちが落ち着いた頃、もう一度謝りに来て仲直り。

 それで前見たく話ができるようになるなら。

 クレーメンスさんのアドバイスどおりにユーリと距離を置いた方が良い?

 考え込んでいると、突然扉が大きな音を立てて開いた。



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