表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
習いごとは魔術です  作者: サフト
1章 魔術を身につけよう!
40/47

40 お姫様お手をどうぞ

 

 わたしはドレスの裾を両手で持って、王宮の広い庭園を走った。

 しばらく走って噴水から離れたところで、大きな植え込みを見つけてその後ろに回り込む。

 さっきまで背後から聞こえていたマティアスの怒鳴り声に、騎士の鎧が擦れ合う金属音。わたしを追いかけて来ているはずの二人の足音が聴こえてこないことに気づいた。



 変だなと思って植え込みからそうっとお茶会の会場に視線を向ける。

 わたしを追いかけて来るのかと思っていたマティアスと騎士が、なぜかお城の方に向かって走って行く姿が見えた。

 良かった。追いかけて来ないってことはすぐには牢屋には入れられないで済むのかな。



 植え込みの木に寄りかかりながら、呼吸を整えるように何度も大きく空気を吸い込む。

 全速力で走ったせいで顔についた髪を取り払って、額の汗を手の甲で拭う。ドレスの裾をパタパタさせるとそこから風が入ってきて少し涼しくなった。



 ドレスって走りづらい。踏まずに走れたのが奇跡みたい。

 ドレスの裾をパタパタさせているところをエミリアに見られたら大目玉だよ。

 それよりもわたしがしでかした事の方が重大で、ユーリだけじゃなくエミリアも怒らせちゃったのだ。

 今日のお茶会のために色々教えてくれたのに台無しにしてしまったことを思うと、エミリアに合わせる顔がない。



 今はユーリの事が気になる。大丈夫かな?

 いつもと違うユーリの表情が気になったわたしは、お茶会の会場から少し離れた噴水を探した。

 いるはずのユーリの姿はどこにも見当たらない。

 わたしがユーリをずぶ濡れにしちゃったから、着替えるために転移術でお城の中に移動したのかもしれない。



 いつも優しいユーリがあんな怖い顔をしたのを初めて見た。

 ああ、どうしたら良いの。

 まずは落ち着かないと。

 こういう時は家に連絡……は無理。

 誰かに相談……セーデルフェルトでわたしが頼れる人は、クレーメンスさん!

 たしか、王宮の自分の職場にいるって言ってたから、クレーメンスさんのところに行って相談しよう。

 場所は誰かに聞いたらわかるはず。



 そうと決まったら庭園を出ないとね。

 来た道を戻るならバラのアーチを目指すべきだけど、噴水の前や人がいっぱいいるテーブルの近くを通らないと行けない。

 お茶会の会場に意識が集中していたから、背後に誰かいるなんて気付かなかった。

 肩をポンっと叩かれてわたしは飛び退いた。

「ひゃっ!」



 騎士がわたしを捕まえに来たに違いない。もうダメだよ。

 牢屋行きになっちゃう。

 その場で固まったまま後ろを振り返れないでいると、声をかけられた。

「ミリィさん、大丈夫ですか〜?」

 聞こえてきたのんびりとした声。でもどこか心配そうに気にかけてくれる声。知っている人の声にわたしは全身の力を抜いて振り返る。

「クレーメンスさん!」



 今から相談しようと思っていた人が目の前に現れたからびっくりしたよ。

 仕事に行ったはずのクレーメンスさんがどうしてここにいるの?

 顔に出ていたのかクレーメンスは言いづらそうに苦笑いする。

「ミリィさんのことが気になったので、書類仕事を部下に押し……ああ、いえ。教えて色々お願いしてからお茶会の様子を見に来たのですよ〜。そしたら庭園を走っているミリィさんを見つけたのです」



 今、押し付けてって言おうとしなかった?

 まさかそんな事はないよね。

 色々部下にお願いしてきたって、言葉にもどこか引っかかる。

 魔術師の中で一番偉い大魔術師長さんが職場を抜け出して良いのかなぁ。

 なんてわたしがクレーメンスさんをじっと見上げていると、クレーメンスさんは不思議そうに首を傾けた。



「こんな所でどうしたのですか〜?」

 そうだ。クレーメンスさんに相談しないと!

 わたしはクレーメンスさんのローブの裾を両手で掴む。

「クレーメンスさん、どうしよう。わたし追われてるんです!」



 クレーメンスさんはきょとんとした表情で首を傾けた。

「鬼ごっこですか〜?」

 のほほんと聞いてくるクレーメンスさんに、わたしは牢屋に入れられたら元の世界に帰れないかもしれないのだから、必死に訴えた。

「違います。わたし、牢屋に入れられちゃうかもしれないんです!」

 右に左に何度か首を傾けるクレーメンスさん。なんでそんなに落ち着いていられるのかわからない。



「まずは座って、落ち着きましょ〜ね」

 近くにあるベンチまで誘導されて座らされると、クレーメンスさんはローブのポケットをガサガサさせてピンク色の小さな包み紙を渡してきた。

「アメ玉?」

「さあ、召し上がれ〜」

 これってクレーメンスさん専用魔力回復用のとんでも味のキャンディに似てる。

 今はアメ玉を食べてる場合でもそんな気分にもなれなくて、どうしようかと、アメ玉を見てからクレーメンスさんに視線を向けるとにっこりと頷かれた。



 包み紙からアメ玉を取り出すとつやつやとしたルビー色をしていて、変わったところはない。恐る恐る口に入れると変な味はしなかった。

「普通のアメ玉だ」

 甘酸っぱい苺の味がする。

「キャンディ屋さんでミリィさんが好きそうな味を見つけたので買っちゃいました〜。お味はいかがですか?」



 クレーメンスさんのいつもと変わらないまったり感と、向こうの世界と変わらないイチゴのアメ玉に、真っ白になっていた頭の中がちょっと落ち着いてきた。

「美味しいです。クレーメンスさんありがとう」

 クレーメンスさんの気づかいが嬉しくて笑顔で答えると、クレーメンスさんもアメ玉を一つ口に放り込んだ。どんな時でもマイペースなクレーメンスさんだ。



「ミリィさんはどうして牢屋に入れられちゃうのですか〜?」

 わたしはユーリを噴水に突き落としちゃった事を話した。

「それで騒ぎを聞きつけた騎士が噴水にやって来たんです。牢屋に入れられたら家に帰れなくなっちゃう」



 牢屋で思い出した事がある。

 葵羽兄が歴史の宿題で調べ物をしていた時に、昔のお城の地下には牢屋だけじゃなくて拷問部屋があるって言っていた。

 そこでは水攻めの刑にされたり、腕を縛られて吊るし上げられたり、棒で突かれたり苦しくて痛い事をされるって。

 きっと今のわたしの顔は真っ青に違いない。

 想像したら怖くなって腕をさすると、クレーメンスさんの大きな手がわたしの頭の上に置かれた。



「大丈夫ですよ。牢屋に入れられる事はありませんし、お家にも帰れますから安心して下さいね〜」

「わたし騎士に捕まらないの?」

 半信半疑でクレーメンスさんの顔を見ると大きく頷かれた。

「ミリィさんの行動は、虫に驚いて避けようとしてとっさに出た防御本能ですから。これは事故みたいなものです。ミリィさんはユリウス様にごめんなさいをしたのでしょう?」

「はい、謝りました。でも……」

 牢屋に入れられないと聞かされてもわたしの気持ちは浮上しない。

 だってユーリのいつもと違う反応が気になるから。



「ユーリは怖い顔をして何も言ってくれなくて、きっとすごく怒ってて、わたしと話すのもイヤになったんじゃ……」

 自分で言ってイヤな事が頭をよぎった。

 わたし、ユーリに嫌われちゃったかも。

 右も左も分からないわたしに親切にしてくれたユーリ。

 虹ヶ丘で出会ってセーデルフェルトで一緒に過ごして仲良くなれたのに友達じゃなくなっちゃったら。

 そう思ったら余計にどん底の気分になって下を向いた。



 クレーメンスさんのう〜んと考えるような声が聴こえた後、頭をぽんぽんされた。

「きっとユリウス様は自分に起きた事にビックリしたのだと思いますよ〜」

 驚いてあんな反応になったの?

「もう一度謝ったら許してくれるかな」

 ポツリと漏らした言葉はクレーメンスさんに聴こえたらしい。

「それでしたら今からユリウス様に会いに行きましょ〜」

 えっ、今から会いに行くの?

 ユーリは会ってくれるかなぁ。

 謝ったら許してくれるかな。



 不安になって顔を上げると、立ち上がったクレーメンスさんが気取った仕草でわたしに右手を差し出してきた。

「さあ、お姫様お手をどうぞ」

 悪戯っぽくウィンクするクレーメンスさんの手に自分の手を重ねると、クレーメンスさんが微笑んだ。

「王族プライベートエリアに転移〜」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ