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習いごとは魔術です  作者: サフト
1章 魔術を身につけよう!
39/47

39 あわわ、お茶会で大失敗!

 

「やあ、ミリィ」

 噴水の前を通った時、ユーリに呼び止められた。

 遠目からだとわからなかったユーリの服装は、普段着ているのとちょっと違う。

 ユーリの普段着ってどこかにお呼ばれするの? って感じの小綺麗な格好なんだけど、今日はその上を行く服装だ。

 エメラルドグリーンの上着に、シルバーのボタンや襟や袖に金色の糸で刺繍が縫ってあって、どこか華やかな雰囲気がある。



 綺麗なドレスを着たお姫様集団や、育ちの良さそうな貴族のお坊ちゃん軍団に囲まれてたユーリ。

 周りの子達に話しかけられて忙しそうにしていたから、ユーリの方から声をかけてくるなんて思わなかったよ。

 さっきまでユーリを囲んでいた子達はどうしたんだろ?

 と、とりあえずご挨拶。

「ご、ご機嫌よう?」

 使い慣れない言葉に変な挨拶になっちゃったよ。

 ユーリは一瞬だけ面白そうに瞳を揺らすと、いつものキラキラ王子スマイルでにっこりした。

「どちらへ行かれるのですか?」

「喉が渇いたから何か飲もうかと思って」



 今わたしの目の前にいるユーリはいつもと変わらないのに、みんなに囲まれていたユーリはわたしの知るユーリとはどこか違う。

 あの集団の中にいたユーリは誰よりも存在感があって、そこにいることに違和感を感じなかった。

 クレーメンス邸にいるユーリは物知りな育ちの良さそうな男の子。王宮でのユーリはみんなから慕われている王太子。



 居る場所や服装が違うだけでこんなにユーリを遠くに感じるなんて思わなかった。

 でもここが本当のユーリの居場所なんだよね。

 それはエミリアも同じことで、わたしはなんだか場違いな気がしてきちゃった。

 なんとなく感じた疎外感と、着慣れないドレスでユーリに会うのはなんだか落ち着かないけど。



「そうでしたか。でしたらレモンの果実水がさっぱりしていてお勧めですよ」

 ユーリはいつものようにわたしに話しかけてくれる。 

 だからわたしは複雑な気持ちを振り払うように笑った。

「うん、飲んでみるね。ユーリはみんなの所にいなくて良いの?」

「挨拶は一通り済んだので大丈夫です。ところでミリィ、とてもお似合いですよ」

 ユーリの口からさらっと言われた言葉にわたしは聞き返す。



「何が?」

「ミリィのドレスです」

 言われた事を頭の中でリプレイし、わたしの顔は一気に熱くなった。

「この格好、似合ってる? 変じゃない?」

「ええ、とても似合っていますよ」

 さっきマティアスから似合わないって言われたばかりなのに、今度は褒められた!?

 ちょっと、ううん。けっこう嬉しいかも。



「ア、アリガト、ゴザイマス」

 視線が泳いで動揺してるの丸わかりじゃないの!

 嬉しいのと恥ずかしいのとでユーリの顔が見られないでいると、ユーリが突然、顔を近づけてきて内緒話をするように耳元でささやいた。

「顔がイチゴのように真っ赤だよ。お世辞なんだけど?」

 ユーリの顔を見ると視線が合う。くすりと笑わって綺麗な顔が離れていった。



 お世辞だったの!?

 間に受けて喜んじゃったわたしがバカみたいじゃない。

 マティアスやユーリに似合わないって言われても、自分でわかってるし。

 それでもクレーメンスさんやクレーメンス邸のみんなには、可愛いって言ってもらえたからいいもん。

 なんか落とし穴に落ちたみたいに気分が沈んじゃった。



 直球で似合わないって言ってきたマティアスに比べたら、ユーリのお世辞の方がまだまし?

「お世辞をありがとう」

 顔を引きつらせながら淑女のお辞儀でお礼を言うわたしに、ユーリは爽やかに微笑んだ。

「冗談です」

 どっちが本心かわかんないんだけど!?

 なんかどっと疲れたよ。



「わたし飲み物欲しいからあっちに行くね。じゃあ!」

 ユーリに手を振り飲み物が置いてあるテーブルに足を向けようとした。

「あ、待って」

 ユーリがわたしの腕を掴んできた。

「な、なに?」

 もう今度は何〜?

「髪に何かついてます」

「えっ、どこ?」

 ユーリに掴まれた手とは反対側の手で頭に触る。

「無闇に触れたら髪が乱れますよ。僕がとってあげますから、ちょっとじっとして」



 ユーリの手が前髪に触れた。

「ほら、取れました。こんな物が髪についていましたよ」

 ユーリが見せてくれたモノにわたしの背中がゾワゾワしだした。

 黒くてツヤツヤした物体。足に触手まで付いてる。

 これはまさしく、夏に影羽兄が嬉々として探し回るあの虫。

 小さい頃に虫カゴから逃げ出して、お昼寝していたわたしの顔に張り付いたヤツ!



「そ、それって……」

 名前を言うのもイヤ!

「これはカブトムシですね」

「ぎゃあ! こっちに向けないで、見せないで!」

「ミリィよく見てください、これは」

 ユーリがわたしの目の前に虫を差し出したからもう頭の中真っ白。

「ミリィ、驚かなくてもコレは」

「ぎゃーー!! 近づけないでってば!」

 さらに近づけられた虫にわたしは目をつぶり防衛本能が発動した。両手で力いっぱい虫を押し除ける。



 バッシャーーン!



「ばっしゃん?」

 水の跳ねる大きな音にわたしは目を開け、音の出どころであろう噴水を見る。

 そこにはずぶ濡れのユーリがいて、手にカブトムシを持ったまま目をパチクリさせていた。

「ご、ごめんユーリ」

 どうしよう。ああ、どうしよう。



 どこからか聞こえてくるヒソヒソ声の中にガシャガシャと金属が擦れる音。

 派手な水音に近くにいたユーリの護衛騎士とマティアスがこっちに駆けつけて来た。

「ユリウス様!」

「兄上! オレが兄上の仇を晴らーす!」

 マティアスが剣を振り回している。

 その剣は本物じゃなくておもちゃだよね!?

 おもちゃでも当てられたら痛いのに、本物だったら。

 サーーッと背筋に冷たいものが流れていく。



 周りには人が少なかったけど、噴水の近くにいたエミリアとマルタさん達。他にエミリアの友達らしき子が数人いて小声で話しているのが聞こえてきた。

「何てことを!」

「ミリィ様があのような事を……」

「ユリウス殿下を突き飛ばすなんて、信じられませんわ」

「わたし先ほどあの方が、マティアス様を木から落としたのを見ましたわ」

「これは不敬罪で捕らわれますわね」



 あうっ、エミリアが般若の顔でこっちを見てる。その顔でわたしは自分がいかに大変なことをしでかしちゃったか理解した。

 わたしとんでも無いことしちゃったよ。この国の王子を噴水に突き飛ばしちゃった!

 捕まったら牢屋行き。前にもマティアスがわたしを捕まえるとか言ってたし。

 マティアスの剣がおもちゃでも、騎士が持っているのは本物だよね。

 牢屋に入れられるのもイヤだけど、切られるのはもっとイヤ!



 騎士とマティアスが近づいてくる中、無表情で立ち上がろうとしているユーリにわたしは手を貸そうと自分の手を差し出した。

 でもユーリは険しい表情を浮かべて無言で首を振る。

 わたしは立ち上がったユーリにもう一度謝った。

「ゴメンなさい!」



 ユーリは一言も話さず噴水から出る。髪や服から水がポタポタ落ちて地面の上を濡らした。

 わたしはドレスのポケットにしまっておいたハンカチを取り出して、ユーリの手に押し付けた。

 どうしよう、どうしよう!

 ユーリが反応しない。無表情になったユーリなんて見たことないよ。

 これは絶対に怒ってるからだよね。きっと怒り過ぎてわたしと話すのもイヤになったんだよ。

「ほっとうにゴメン!」



 頭をさげるわたしの耳には、ヒソヒソとささやく声をかき消すように大きくなるマティアスの怒鳴り声と近づく騎士の足音。

 急に怖くなってもうここにいられないと思った。

 ユーリにもう一度頭を下げてから逃げるように庭園の中を走った。追いつかれないように、捕まらないように。

 牢屋に入れられないように。剣でばっさりやられたら最後だから!




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