36 美里、初めてのお茶会
クレーメンスさんと一緒に馬車に乗ってお城に着くまで、セーデルフェルトの街を眺めた。
ピクニックに行った時も思ったけど、街の人は日本と違う服装を着ていて、どこもかしこもおとぎ話に迷い込んだような建物がならんでいる。
クレーメンスさんが、「あそこの通りには魔術師が集う料理屋がありますよ〜」とか、
「あっちのお店では美味しい茶葉が置いてありま〜す」
って、王都のガイドをしてくれた。
クレーメンスさんの話を聞きながら、外を眺めているだけで楽しくて、お城にはあっという間に到着しちゃったよ。
お城のスケールの大きさにわたしは驚きを通り越して呆気にとられちゃった。
王宮の門はクレーメンス邸から近くにあって、そこまでは行くのに時間がかからなかった。
馬車が銀の鎧を着た門番がいる門をくぐると、広くまっすぐな並木道を走る。
しばらくすると白亜の壁に緑色の屋根の大きな建物が見えてきた。
「王様に王妃様、そしてユリウス様やマティアス様は普段この広〜い敷地の中で暮らしていま〜す」
ここの広さに比べたら、テーマパークのお城が小さく見えるね。
王子様っぽい容姿はしてるけど、一緒にいてどこか近くに感じていたユーリだったけど、この国の王子様なんだよね。
わかっているつもりだけど、改めてクレーメンスさんから言われてもなんだかピンとこないなぁ。
それってユーリが違和感なくわたしの近くにいるからかな。
お城の敷地内には似たような建物がいくつも並んでいた。
クレーメンスさんのガイドによると、お役目ごとに建物が分かれていて、行き来ができるようにそれぞれ渡り廊下で繋がっているんだって。
お茶会は宮殿の庭園で開かれるらしいんだけど、そこまでたどり着くまでが長かった。
馬車を降りたところで。
「ほえ〜〜」
思わず間抜けな声が出ちゃったよ。
だって広すぎるんだもん。どこもかしこも王宮の庭園もね。
迷路のようなバラの植え込みに、見渡す限りの芝生の絨毯と小道。遠くに東屋らしき屋根と森まで見える。
お姫様や王子様が出て来る童話やアニメで似たような庭園を見た事があるよ。
その実物がここにあるんだもん。まるで目メルヘンな世界に迷い込んじゃった感じがする。
涼し気な風が花の香りと明るく楽し気なリズムの音楽を運んできた。
クレーメンスさんと庭園の入り口まで歩いて赤いバラと蔦が絡んだアーチをくぐる。
もう招待客が来ているのか、人の話し声が聴こえてきた。会場は賑やかだね。
花壇には色とりどりの花が咲き、動物の形に綺麗に切り揃えられた変わった植木や、花で作ったオブジェが可愛い。
白い布で張られたテントやパラソルの下には、飲み物や食べ物が並べられたテーブルがいくつも置かれている。
庭の周りには所々に鎧姿じゃなく、制服姿で腰に剣を装備した騎士が立っているのが見える。
テントの近くには執事服に似た服装で直立不動の男性達。テーブルの近くには紺のエプロンドレスを着た女性達がいる。
どこからか聴こえてくる楽器の音色は、庭園の真ん中にある広場のような場所で楽団が演奏を奏でているからだね。
頭ではわかってはいたけど実際にこんな光景を見ると、セーデルフェルトって虹ヶ丘とはホントに違う世界だよね。
「ミリィさん緊張してますか?」
「う、ちょっとだけ」
ちょっとだけなはずない。すっごく緊張してるよ。
クレーメンスさんがわたしの頭にそっと手を置いた。
「大丈夫大丈夫〜。国王陛下も王妃様も人間ですからね、とって食ったりしませんよ。両陛下がお見えになるまで会場を見てリラックスしましょうね〜」
とって食われたら困ります。生きて虹ヶ丘に帰れないじゃないですか。
なんて思っていたら、なんだか少し緊張が弱まった。クレーメンスさんに頭を撫でられたからかな。
クレーメンスさんと花のオブジェや動物の形の植え込みを見ながら、花や木の話を聞いていると、宮殿に繋がる小道の方で貴族風の男性がベルを鳴らしている。
「国王陛下並びに王妃殿下が間もなくお見えになられます」
男性の言葉を合図に会場にいた人達が一斉に動き出したよ。
赤い絨毯を持った騎士がそれを道に広げると、通り道を開けるように出席者が両脇にそれる。わたしとクレーメンスさんも隅に寄った。
楽団が奏でる音楽が変わり出席者のおしゃべりがやむと、王宮へ続く小道から王様と王妃様が現れた。
王様は豪華な金糸の刺繍入り紺の長いジャケット姿で、王妃様は青いドレスに肩に薄い生地でできた白のストールを羽織っている。
王妃様の手を引く穏やかな表情の王様と、優しそうな微笑みを浮かべて優雅な足取りで歩く王妃様。
会場が静まり返っているせいか、それとも二人から漂ってくる雰囲気のせいかな。
一般人が気軽に近寄っちゃいけないオーラみたいなものを感じるよ。
国王夫妻が赤い天幕の豪華なテントに入って行き、少し経つとまた曲が変わった。
その曲を合図に会場にいたお茶会の出席者達がテントに向かって動き出す。
おとぎ話を見ているような感覚にぼーっとしていたら、クレーメンスさんに頭をぽんぽんとされちゃった。
「さあ、エミリアさんに教わった特訓の成果を見せましょう!」
「は、はい!」
うわ〜、緊張するよ。
テントの下に置かれた上等そうなソファーに座った国王夫妻。その前には国王夫妻に挨拶をするために並んでいる人達。
わたしとクレーメンスさんも一番後ろの列に並ぶ。
わたし達の順番が来るとまずはクレーメンスさんがニコニコと挨拶をした。
「この度は私の大事な教え子をお茶会にお誘いただきありがとうございま〜す。この子がミリィさんです」
え、ええっ。クレーメンスってば、王様を前にしていつもののんびり間の抜けた口調で良いの?
前に並んでいた人もその前の人も、すごく畏まったしゃべり方で恭しく挨拶をしてたのに。クレーメンスさんの挨拶ってフレンドリーすぎじゃない?
心配になってちらりと国王夫妻に視線を向けると、王様の穏やかな瞳と目があっちゃったよ。
「その子がクレーメンスの弟子となったお嬢さんだね」
なんか勘違いされてるみたい。クレーメンスさんの弟子になった覚えはないんだけど、今はとりあえず挨拶だよね。
エミリアやユーリから教えてもらったセーデルフェルト流のご挨拶。特訓の成果をここで見せなきゃ!
「お招きいただきありがとうございます。虹ヶ丘から魔術を習いにやって来たミリ・コウヅキと申します」
背筋はしゃんと伸ばして両手でそれぞれドレスの裾を少し持ち上げる。そして膝を曲げてゆっくりお辞儀。
エミリア先生みたいに優雅にご挨拶とはいかなかった。
正確には緊張で身体がガチガチに固まっちゃって、ぎこちなくなっちゃったから。
でも挨拶の言葉は、なんとか震えずに話す事ができたよ。
「そうかしこまらずに顔をあげなさい」
おずおずと顔を上げると、王様が両手を広げた。
「ようこそセーデルフェルトへ! と、挨拶が遅くなってしまったことを詫びよう。我が国はミリィ嬢の事を歓迎する」
王様の横で王妃様がにっこり微笑んでいる。
「ふふ、あなたの事はユリウスから聞いていますよ。あの子の話の通り可愛らしいお嬢さんね。こちらでの暮らしにはもう慣れたかしら?」
綺麗な王妃様から可愛いって言われちゃったよ。言われ慣れていない事を突然言われたから、今のわたしは顔が真っ赤になってると思う。
そんな事よりユーリってば、いつの間に国王夫妻にわたしの話をしたの?
あ、王様と王妃様はユーリのお父さんとお母さんだった。
ユーリやいばりんマティアスの銀色の髪はお父さん似、翠色の瞳はお母さんに似たんだね。
わたしは用意しておいた言葉を返す。
「は、はい。周りの方が良くしてくださいますので、だいぶ慣れてきました」
聞かれそうな言葉をあらかじめクレーメンスさんに聞いておいて良かった。急に質問されたら、頭の中真っ白になるところだったもの。
「今日は気軽なお茶会ですもの。作法など気にせず過ごしてちょうだいね」
王妃様の言葉に王様が頷く。
「ああ、参加者は子供達だけだ。ミリィはクレーメンスのところに篭りっきりときいた。今日は楽しく過ごし、我が国で気の合う友を見つけると良い。ユリウスは到着が遅れているが今に会場に来るぞ」
ユーリはまだ来てないのか。なんだかちょっと残念なような、知らない人の中にいるのって心細いな……って、クレーメンスさんがいるじゃない。エミリアも出席するって言っていたから大丈夫、心細くなんかないよ。
「王宮でしか食べられない美味しいお菓子もありますからね〜。では、両陛下失礼しますよ。ミリィさん参りましょ〜」
クレーメンスさん、そんなざっくざくな挨拶で良いの?
と思いながら、わたしは王様と王妃様に慌ててお辞儀をした。
「失礼します」
王様も王妃様も良い人みたいで良かった。
国王夫妻のいるテントから出ると、クレーメンスさんが腰を低くしてわたしと目線を合わせてきた。
「ミリィさん、今回のお茶会は王様が仰った通り子供のみの参加。つまり大人である私は参加できない決まりなのです〜。ミリィさんを置いて離れたくないのですが……」
心配そうにわたしの顔を覗き込んでくる。
辺りを見回すと王様達に挨拶が済んだ子達が、庭を眺めたりテーブルの近くでおしゃべりしている。そこにはさっきまでいた大人の姿は見当たらない。
王様に挨拶が済むと大人はバラのアーチを通って庭から離れて行くのが見えた。
え、一人で置いてかれるのは困るよ。
「クレーメンスさんはお茶会の間、どこに行っちゃうんですか?」
不安になってクレーメンスさんの瞳を見返すと、クレーメンスさんに頭をぽんぽんとされた。
「私は王宮内にある魔術塔でお仕事ですが……そうだ! 仕事はお休みして、なんとかここに居られるように王様に相談してみましょう」
良いアイデアだと、クレーメンスさんが立ち上がったところに、気難しい顔をした騎士がやって来た。
「魔術師長様、本日は大人の参加はご遠慮願います。今しがた魔術師棟から会議があるので師長を連れて来て欲しいとの、言伝を賜りました。執務室までお供いたします」
クレーメンスさんは残念だと、肩をすくめた後、騎士に顔を向けた。
「少し遅れると伝言を」
騎士がクレーメンスさんの言葉にかぶせるように「さぁ、参りましょう」と、右手を王宮に続く小道に向けている。
クレーメンスさん仕事があるんだね。それじゃあ引き止めたらダメだよね。
「クレーメンスさん、わたしは大丈夫ですから仕事に行ってください」
エミリアかユーリを見つけて一緒にいればいいんだもの。大丈夫なんとかなるよ。
クレーメンスさんは名残惜しそうな顔でわたしの頭をぽんぽんしてきた。
「ミリィさん。時間になったらお迎えにあがるので、それまでユリウス様やエミリアさんと美味しいお菓子をいっぱい食べて、楽しく過ごしてくださいね〜」
わたしは笑顔を作って頷いた。
「クレーメンスさんはお仕事頑張ってくださいね」
「伝言を受けた魔術師からは早急にお連れするようにと言い使っております。さあ、魔術師長様」
騎士に急かされるようにしてクレーメンスさんが渋々と王宮向かって歩き出した。
「ミリィさん、何かあったら近くにいる騎士でも侍女でも良いので、僕の名前を出して使いを寄越してくださいね〜」
わたしは何度も後ろを振り返るクレーメンスさんに、行ってらっしゃ〜いと手を振って見送った。




