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習いごとは魔術です  作者: サフト
1章 魔術を身につけよう!
33/47

33 いつものユーリじゃない!?

 

 ライグルは相変わらずいびきをかいてわたしの上で寝ているし、巨体に圧迫されてて苦しくて大きな声が出なくて。

「ユ〜リ〜……」

 ってなんとか声に出してもユーリには届かない。

 この巨体を早くなんとかしてほしいんだけど。



「リッターにお酒を飲ませた新人騎士については、後ほど父上に報告するとして。酔って暴走し、この有様とは困ったリッターですね。グナットの木の前で寝ていると言う事は、リッターは花の蜜でも食べたのですか?」

 ユーリって鋭いね。それをやったのはわたしです。リッターは蜜玉を食べたんじゃなくて頭から被ったんだよ。

「詳しくはあそこでリッターの下敷きになってるヤツにでも聞いてくれ」

 足音が近づいて二足のブーツがわたしの視界に並んだ。



「ミリィ! なぜあなたがここにいるのですか!?」

 顔を限界まで上げると、驚いた顔でわたしを見下ろしているユーリがいた。

 ユーリならどこかのいばりんぼと違ってきっと助けてくれるよね。

「なんでこうなったのか話すけど、先にここから救出してくれると嬉しいかも」

 ちょっとすねた顔になるのは仕方ないよ。だってユーリってばわたしに気づくの遅いんだもん。



 どうにか出した声で伝えると、ユーリは頷いた。

「ええ、すぐに出してあげますよ」

 ユーリが魔術を使って、わたしの体の上に乗っていたライグルの巨体を、宙に浮かせて退かせてくれた。

 ああ、やっと解放されたよ。

 押しつぶされてカチカチになった身体をどうにか起き上がらせる。



 ユーリの魔術で地面に寝かされたライグルは、動かされた事に気づかずゴォ〜ゴォ〜とイビキをかいている。なんてのん気なの!

 その背中をマティアスが撫でているのが目に入った。

 下敷きにされたわたしのことより、真っ先に気にかけるのが自分のペットって酷い。優先順位間違ってると思う。



「兄上、もしかしてこいつが父上が言っていたクレーメンスのところの見習いか?」

「そうです。彼女がミリィですよ」

「嘘だろ、こんな奴が!」

 そんなに驚かなくても良いじゃない。

「酔って倒れてきたリッターも避けれないなんて、お前へなちょこダメダメ魔術師だよな」

はいはい、わたしはダメダメですよ。魔術師になった覚えはないけど。

 さっきからマティアスはわたしに酷い事ばかり言ってくる。言い返すのが面倒になっちゃった。

 ユーリの声を聞いたら安心したのか、疲れがどっと押し寄せてきた。だからマティアスのことは無視。



 マティアスの隣でライグルが眠ったままあくびをした。

 ここからでも大きな口の中に白く光る鋭い獣の歯が見える。

 頭をよぎったのは、動物番組で見たライオンが獲物を捕らえた後の映像。

 あんな歯でがぶりとされてたら、わたしは今頃骨と皮……。

 想像したらサーーツと血の気が引いていった。



「ミリィ、顔色が悪いですね。どこか怪我や痛いところがあるのですか?」

 ユーリが何か聞いてきたけど、わたしの意識はライグルに集中していた。

 突然あのライグルが目を覚まして襲ってきたらどうしよう。今のうちにここを離れた方が良いんじゃないかな。

「おいヘナチョコ、兄上が呼んでるだろ。ちゃんと返事しろよ!」

 マティアスがギャンギャン騒いでいるけれど、ライグルから目が離せない。



 起きたらどうしよう……。

 ライグルの獰猛な顔を思い出して腕をさする。

 今になって怖くなってきちゃった。

「マティアス、ここは僕に任せてリッターをお願いします。このままではおそらく酷い頭痛に悩まされると思いますので、その時に飲ませる薬草を採ってきて下さい」

「わかったぜ」

 マティアスは馬を連れてその場からいなくなった。

 どこかに行くなら、寝たままのライグルも一緒に連れて行って欲しい。



「ミリィ、大丈夫ですか?」

 ライグルを見ていた視界に突然、何かが伸びてきビクリと肩が跳ねた。

「ミリィ?」

 左を向くとユーリがわたしに手を差し出し、心配そうな顔で見下ろしていた。

「起きてきたらどうしよう。また襲ってくるかも」

 わたしはライグルに視線を戻す。目を離したすきにって事があるかもしれないから。



「あの様子ではリッターはしばらく起きませんよ。だから大丈夫です」

 大丈夫?

 眉がピクリと上がる。

「蜜玉の効果がいつ切れるかなんて、わからないじゃない。どうしてそんな事が言えるの!?」

 思わず声を荒げちゃった。ユーリがどうして安心だって断言できるのかわからない。もっと警戒するべきだよ。



「怖い思いをして警戒しているのですね。でも安心して下さい。一度熟睡したリッターはなかなか起きません。起きても命令しない限り決して人には害を与えないので、それほど警戒しなくて大丈夫ですよ」

 大丈夫大丈夫って、そのリッターにわたしは襲われたのに。

 この前わたしに野生動物には気をつけろって、散々言っていたのはユーリじゃないの。



「わたし襲われたんだよ。起きたら襲ってこないってどうして言えるの?」

 ユーリはわたしと目線を合わせるように地面に膝をついた。

「僕がいるから大丈夫です。安心して下さい」

 ユーリの瞳は真剣だった。すごい自信満々な言葉。

「本当に大丈夫なの。もう襲ってこない?」

「ええ、襲ってこないから大丈夫ですよ。万が一襲ってきても僕がミリィを守りますから」

 ユーリの力強い言葉にわたしの不安は少し和らいだけれど、今度は緊張が解けて涙が溢れてきた。



「食べられちゃうかと思った。もうダメかと思ったんだから」

 どうしよう涙腺が決壊しちゃったみたい。手で何度も拭っても涙が止まらないよ。

「怖い思いをさせてしまいましたね。マティアスに変わって兄の僕が謝ります」

「セーデルフェルトは安全だって言ったじゃない。なのに全然安全じゃない」



 イノシカに追いかけられたり、ライグルに襲われたり。

 そのライグルはマティアスのペットで、人に慣れているのかもしれないけど、襲われた恐怖心は残っている。

 虹ヶ丘にいたらこんな目には合わなかったはずだもの。

 ライオンや猛獣なんて檻の中で見るのが一番だよ。

 夏休みなのに、受験生でもないのに、わたしってば異世界に来て勉強ばかりしてるじゃないの。

 こんな事になるなんて考えてもみなかった。知ってたら魔術なんて習いになんか来なかったって。

 涙と一緒に色々な感情が溢れ出てきた。



「セーデルフェルトでの暮らしが嫌になりましたか?」

 ユーリはどうしてわたしの心を見抜くのが上手なの。人の心の中を勝手に覗かないで。

 イヤだって言ったら帰してくれるの?

 帰るには高度な転移術が必要になる。それを使えるのはクレーメンスさんだけ。そのクレーメンスさんは今すごく体調が悪い。

 だから帰れないじゃないの。虹ヶ丘に帰りたいのにすぐには帰れない。

 わがままを言ってユーリを困らせるわけにはいかないじゃないの。

「…………」

 言葉に詰まっていると、ユーリがゆっくりと言葉を綴った。



「こちらの世界に来るのも、魔術を習うのをやめるも、それを決めるのはミリィの自由です。僕には引き止めることができない。嫌がるミリィに無理強いする事はできないから」

 いつものように落ち着き払った静かな声なのにどこか違う。

「ミリィが我が国に来るのが嫌になったら、僕達はもう会えなくなってしまうかもしれない。ミリィとセーデルフェルトを繋ぐものはミリィの魔力だけだから」



 わたしに魔力があるからユーリやみんなと一緒いられるってこと?

 わたしがこっちに来なくなったら、魔術を習うのをやめたら。

 みんなともう会えなくなっちゃうの?

 クレーメンスさんはちょっと変わってるけど、クレーメンス邸の人達は親切で優しいし、ご飯も美味しい。

 エミリアとの距離もちょっぴり近づいて友達になれそうで。



 セーデルフェルトでの暮らしはイヤなことばかりじゃない。

 みんなともう会えなくなるのは寂しいよ。

 すぐに顔色が悪くなるクレーメンスさんを放ってなんておけないし。

 エミリアとももっと仲良くなりたい。

 わたしが考えている間、ユーリは何も言わずに待っていてくれた。

 わたしの中でごちゃごちゃに絡まっていた色々な感情が、少しずつ解けていく。



「……襲われるのはもうイヤ」

「そうですね。僕もミリィがリッターの下敷きにされているのを見た時は、頭が真っ白になりました。無事で良かった」

 ユーリがわたしの手を取りぎゅっと握った。

 ユーリの手はちょっぴり冷たくて、それがわたしの心を鎮めてくれるみたい。



「ミリィの事は僕が守るけれど、僕が近くにいなかった時、自分で身を守る事も大事だと思うんだ。今日のような事があった時のために、ミリィを守る術が魔術になる。だからミリィが嫌じゃなければ、魔術は護衛術だと思って続けてくれたら嬉しい」

 危険な生き物に出会っても、自分で自分の身を守れば怖い事にはならない?




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