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習いごとは魔術です  作者: サフト
1章 魔術を身につけよう!
32/47

32 いじわるマティアス

 

 助けを呼びに行ったエミリアの姿が見えなくなってすぐ。

 わたし達が来た方角とは別の方から馬が走る蹄の音が聞こえてきた。

 ライグルの巨体のせいで周りがよく見えなくて、誰が来たのかわからない。方角が違うからテュコさんじゃないはず。

 じゃあ、誰だろう?



「おーーい、リッターどこだーー!?」

 男の子の大声が聞こえ近づいてきた馬の足音がやんだ。

「リッター! こんな所にいたのか」

 高いところから下りて地面を踏む音は、声の主が馬から下りた音だと思う。

 この近くに誰かいるの?

 わたしがいる方に向かって駆け寄ってくる足音。



「おい、なに寝こけてるんだよ。その頭はなんだ? 蜜かぶってるってことは……お前なぁ、グナットの木に突っ込んだな」

 ライグルの飼い主かなって、このライグル野生じゃなかったの!

 人に懐いているって感じに見えなかったし、だいたい人に慣れていたら襲わないよね?

 あれかな、飼い主以外には懐かないとか。

 この際なんでも良いや。飼い主がここにいるのなら助けてもらおう。



「助けて〜!」

 わたしの視界に茶色のブーツが入ってきたかと思ったら、ひょいっと男の子の顔が目の前に現れた。

 日焼け顔に銀髪のクセ毛と薄い緑色のアーモンド型の瞳。やんちゃそうな男の子がしゃがみこんでいる。誰かに似てる気がする。



「誰だお前。なんでリッターの下敷きになってるんだよ。オレのリッターに何かしたのか?」

「説明するから先にこのライグルを退けて。重くて押しつぶされそう」

「説明が先だ」

 話せば助けてくれるなら、重いけどもう少し辛抱しよう。

 わたしはライグルとまん丸な生き物の事を男の子に話した。



 男の子はわたしの言葉を確認するためか、覗き込んでいた顔を引っ込めた。

「どこに生き物なんているんだよ。おまえ嘘ついたな」

 え、どこに行っちゃったのかな。もしかしたら逃げちゃった?

 一緒にライグルと戦った仲じゃないの。薄情だぞ〜。

「嘘じゃないよ。ライグルに襲われそうになった時に茶色い生き物が助けてくれたんだから」

 再びしゃがんできた男の子の顔には、眉間にしわが寄ってすごく不機嫌そう。



「おい、いい加減なこと言うな。オレのリッターは人は襲わない」

「でも、わたし翼でバシンッて吹っ飛ばされたんだけど」

 男の子はふふんっと鼻で笑った。

「リッターは人を見る目があるからな。お前みたいな間抜けなヤツをからかったんだろ」

 間抜けで悪かったわね。初対面でそんなこと言うかな!?

 でもここで言い返して怒らせたら助けてもらえない。だから我慢しないと。

「説明したよ。助けてくれるよね?」



 お願い〜って、表情で訴えてみたけど、男の子はまた立ち上がった。

「やなこった。だいたい人にものを頼む前に名前くらい名乗れよな」

 なんか威張られてる気がするのは気のせいかな。でも男の子の言う通り名乗れと言うのはごもっともだね。

「そうだね、名前を言ってなかったね。わたしはミリ、あなたは?」

 にっこり笑って自己紹介したのに。



「庶民に名乗る名はない」

 うわっ、何よそれ。わたし名乗ったじゃないの。

 気のせいなんかじゃない。この子いばりんぼだ。

 かなりカチンとくるけど怒っちゃダメ。

「わかった。あなたの名前は聞かないからこのライグルをどかしてくれる?」

「お前魔術師だろ」



 話が飛んでるんだけど。どうしてわかったんだろ?

「魔術師って言うか見習いの見習いだけど、どうしてわかるの?」

「近くに杖が転がってた。魔術師の卵なら自分でなんとかしろよ。ほら」

 いばりんぼ君が茶色のブーツでこっちに何かを蹴ってよこした。

 コロコロと転がってきたのは……わたしの杖!

「拾ってやったぞ有り難く思えよ」



 ななななな、なにそれ!

 それ拾ったって言わないし、足で蹴ったんじゃないの。ちっとも有り難くなーーい!

「自分じゃ無理だからお願いしてるのに」

 恨めしくなって思わず口を尖らせて睨んじゃった。

「なんだ、その不服そうな顔は。杖を拾ってやったのにできないのか。使えないな」



 いばりんぼ君の威張った態度に我慢も限界。怒りの水が渦となってグツグツと沸騰してくる。

 なにもこんないばりんぼ君に頼まなくても良いんだよ。

 もうちょっと我慢してればエミリアが大人を連れて来てくれるんだもの。

 エミリア、誰か連れて来てくれるよね?

 信じてるんだから。きっと連れて来てくれるはずだもの。



「助けてくれなくて良いよ。誰か来るまで重いの我慢するから」

 いばりんぼ君がまたしゃがみ込んできた。

「おい、お前はオレのリッターをこのまま放置するって言うのか。そんな事が許されると思うなよ、早くなんとかしろ!」



 自分はただ命令するだけで協力してくれないのに、下敷きにされて身動き取れないわたしに何とかしろって勝手すぎるよ。

 あまりな態度に沸騰したお湯が噴きこぼれるように、わたしの頭の中でぶわっと怒りが飛び出した。



「なんとかできたらなんとかしてるわよ。だいたい動物にお酒飲ませるとかあり得ないでしょ」

「お、おまえ」

 わたしが怒ると思ってなかったみたいで狼狽えてるよ。

 いばりんぼ君がひるんだ隙に言葉を続ける。



「あなたのライグルは酔って、小さな生き物が木から降りられないように下で威嚇して、意地悪したりわたしを襲ったんだよ。ペットのしつけは飼ってる人の責任でしょ?」

 ライグルに押し倒されたこの状態で怒っても、なんだか威力もないと思うけど、そんな事はどうでもいい。



 だって、動物にお酒飲ませるなんて飼い主として無責任じゃない。

 ペットなら人に懐いているのかもしれないけど、酔った獰猛な動物がどんな行動するのか人にわかるはずないよ。

 わたしや丸っこい生き物は蜜玉のおかげで、運良く助かったけど。

 通りすがりの人が襲われないとも限らないじゃない。

 元は危険動物なんだよ、いつ野生の本能がむき出しになるのかわからないのに、鎖に繋がず放したままだなんて。



 あれもしかしたら、いばりんぼ君は飼い主なのに自分のライグルを動かす力がないの?

 いばりんぼ君が顔を真っ赤にして睨んできた。

「お前、偉そうに! オレを誰だと思って」

「あなたが誰かなんて、名乗らないんだからそんなの知らないわよ。そんな事よりあなた、ライグルをどかせないの?」



 エミリアはか弱いお嬢様だから力がなくてもわかるんだけど。

 いばりんぼ君は……よく見たらブーツはぴかぴか、着ているものも新品みたいにシワや汚れなんかない。

 日焼け顏を見るとやんちゃなガキ大将みたいなんだけど、もしかしてお坊っちゃま?



 あ〜〜、だから力がないのね。

 なんて一人納得していると。

 わたしが言った事が図星だったのね。

 いばりんぼ君は顔をさらに怒りで歪ませ、今にもわたしに掴みかかりそうな勢いで顔を近づけてきた。



「ば、バカにするなよ。リッターくらい持ち上げられるけどやらないのは、手がベタベタするからだ!」

 なにそれ信じられない。自分の手が汚れるのがイヤでわたしはこのままにされてるの!?

 重いんだから、すっごく重くて背骨がどうにかなりそうだし、押しつぶされてお腹や胸が苦しいんだからね!



「飼い主として失格だよ。無責任の何物でもないわ!」

「お前、間抜けなくせにいい度胸だな。王都に帰ったら不敬罪で捕らえてやるから覚えとけよ!」

 ふんっと鼻息荒くわたしを指差すいばりんぼ君。わたしも売り言葉に買い言葉。

「わたし忘れっぽいの。覚えてられないわ、ごめんなさいね」

 この子には何を言ってもダメみたい。話が通じないんだもん。

 お互い顔をそらした時。



「ピッ、ピピ〜!」

「マティアス、ここでしたか」

 どこからか鳥の鳴く声と一緒に子供の声が聞こえた。

 声でわかった。ああ、やっと。これで助かるんだね。

 そう思ったらなんだか気が抜けちゃった。

「ユ〜リ〜」

 ああ、情けない。ライグルに押しつぶされているせいで大きな声が出ないよ。

「兄上!」



 わたしの声はいばりんぼ君の声にかき消され、ユーリには届かなかったみたい。

 ちょっと待って、今いばりんぼ君兄上って言った。声は聞こえないけど、いばりんぼ君のお兄さんこの近くにいるのかな。

 いばりんぼ君のお兄さんがもっといばりんで、ケンカ腰の人だったらどうしよう。



 いばりんぼ君の茶色いブーツが引っ込むと、代わりに茶色のまん丸い生き物がひょこっとわたしの視界に入ってきた。

「ぴ〜〜っ」

 あれ、グナットの木にいた丸っこい生き物だ。どうしてここにいるの?

 鳴き声が木の上にいた時と違うけど、わたしを威嚇して鳴いているわけじゃなさそう。

 木の上にいた鋭い目つきは消えて、つぶらな瞳がキラキラと輝いて柔らかい雰囲気だ。

 なんか友好的に感じる。



「もしかして、あなたがユーリを呼んできてくれたの?」

「ぴぴっ!」

 短い両手をパタパタさせてる姿がそうだと言ってるみたい。

 か、可愛い〜〜!

「ありがと」

 薄情だなんて言ってごめんね。手を伸ばして頭を撫でると、生き物は嬉しそうに目を細めた。

 頭のてっぺんの毛がふわふわしてる〜。綿を撫でてるみたい。



「兄上どうしてここに?」

「それはこちらの台詞です。野営地に出向いてみれば、マティアスが酔ったリッターの捜索に行った言うではないですか」

 わたしの視界に入らないところでユーリといばりんぼ君の声がする。

 いばりんぼ君はマティアスって言うのか。マティアスのお兄さんってユーリの事だったの!?

 キラキラ王子様ルックのユーリ、やんちゃなガキ大将マティアス……どこかで見た事があるな、とは思っていたのよ。銀髪の色とか緑色の瞳が似てる。

 二人とも雰囲気が違うからすぐにはわからなかったよ。

 いばりんぼマティアスのお兄さんがマティアスそっくりないばりんぼじゃなくて良かった。



「探し回っていたところをコキアの精にここまで導かれたのです」

「コキアの精、あの薄汚い生物が?」

 この子コキアの精って言う動物なんだね。

「クワッ!」

 コキアの精は目を吊り上げてユーリ達がいる方を睨んでいる。薄汚いなんて言われたから怒っているんだね。



「それで王宮にいるはずのリッターがなぜここにいるのです?」

「あいつ勝手に抜け出して、オレを追いかけて来たんだよ。最近野営地に入った新人が、この先の森で見つけたらしくてさ。オレのライグルだと知らずに面白がって酒を飲ませたんだ。で、酔って暴走したからオレが探しに来たってわけ」



 マティアスがお酒を飲ませたんじゃなかったのか。ちょっと酷い事言っちゃったかな。

 でもわたしだってマティアスに酷い事言われたんだからお互い様だよね。

 それよりわたしはいつここから救出してもらえるのかなぁ?



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