29 ピクニックともふもふの丘
エミリアがクレーメンス邸に滞在が決まった翌日。
「今日は少し涼しいので、王都の外に出てみませんか?」
ユーリのこの一言でピクニックへ行くことになった。
わたしはもちろんこの誘いに飛びついたよ。
勉強漬けの異世界夏休みになるのかと思っていたからね。
クレーメンスさんは仕事が忙し過ぎて、寝不足を通り越して不眠症気味だからとピクニックは辞退した。
顔色が日に日に悪くなっている気がするからちょっと心配だよ。
クレーメンスさんには何か元気が出るお土産を探してみよう。
ピクニックには保護者代わりにハンナさんと庭師のテュコさんが一緒に行くことになった。
あ、それとおまけにユーリの護衛の騎士さんが馬で後ろから付いて来るんだって。騎士と言えば銀の鎧。本物を見られるのかと期待してたら、軽装だったから拍子抜けしちゃった。
王子であるユーリにはお忍びピクニックだから、銀の鎧で外を歩くと悪目立ちするからなんだって。
初めての馬車は思っていたより中が広くて、座るところはまるでふかふかなソファー。下は絨毯で窓にはカーテンまで付いててちょっとした個室みたい。
王都を街道沿いに抜けると緑が広がる牧草地帯に入り、牛や馬に羊の群れを眺めながら馬車は真っ直ぐに走る。
窓を開けると爽やかな夏の風が草の匂いを運んできた。
「見て見てあそこに子馬がいるよ。あっちで羊が草を食べてる。牛達は気持ち良さそうにお昼寝タイムだね!」
窓から顔を出して景色を眺めていると、エミリアから白い目で見られちゃった。
「馬や羊ではしゃぐなんて子供ですわね」
「わたしまだ子供だもん。エミリアだって子供じゃない」
口を尖らせるとエミリアはわたしから顔をそらした。
「わたくしはレディですわ」
レディははしゃいだりしないのかな。
エミリアにとってはいつもの見慣れた風景もしれないけど、ビルが建ち車が走る世界から来たわたしには、自然あふれる草原とか馬や羊は見慣れない景色なんだよね。
自然体験教室に来たみたい。
どうしたって心がわくわくするのを止められないよ。
「ミリィ、顔が生き生きとしていますね」
そんなに顔に出てたかなぁ。ユーリにまで言われちゃったよ。
王都にあるクレーメンス邸に引っ越してから初めてのお出かけだからわくわくするんだもの。
「魔樹の森以外行ったことなかったから、すごく新鮮で景色を見てるだけでも楽しいよ!」
勉強漬けの毎日から解放されたみたいで、それたけでも気持ちが明るくなる。
馬車に乗ったのだって初めてで、お昼にはマッツさんが作ってくれたランチにデザートまで用意してくれたんだよ。
馬車に乗ってピクニックだなんて虹ヶ丘じゃ無理だもの。
ピクニックって最高だよね!
「そんなに喜んでいただけるなんて、誘った甲斐があります。エミリアもせっかくの休暇です。楽しんでください」
「は、はい。ユリウス様。わたくしユリウス様とご一緒できてとても光栄ですわ!」
ユーリから王子スマイルを向けられたエミリアは、そっぽを向けていた顔を戻し頬を赤く染めている。
エミリアってユーリの事が好きなのかな?
わたしはマッツさんの作るご飯とスイーツが好きだけどね!
ランチが楽しみ〜。
馬車は牧草地帯を抜けると、一面の花畑へと景色が変わった。
「わぁ、すごく綺麗!」
「ここが目的地のフロプト平原です」
「フロプト平原?」
「戦があった大昔。戦場に行く前に騎士が好きな女性に愛を叫んで告白したそうです。それ以来この地には願い事を叶えるために叫ぶ者がよく現れるようになり、フロプト平原は平原で叫ぶ者という名になったそうです」
虹ヶ丘の近くにも野菜畑で愛を叫ぶ町があるけど、山に登った時とか広い大地や広大な海を見ると、どこの世界でも人間って叫ばずにはいられなくなっちゃうんだね。
その気持ちわかる気がする。
だってこんなに綺麗な景色を目の前にしちゃったら、わたしだって叫びたくなるよね。
わたしが何か叫ぶとしたら、愛の告白でも『ヤッホー』でもなくて、『宿題減らしてーー!』かな。
馬車が速度を落として止まると、テュコさんがドアを開けてくれた。
「到着しました。足元に気をつけてお降りください」
馬車を下りようとしていたエミリアにジロリと睨まれちゃった。
「大きな声は淑女として良い振る舞いとは言えなくってよ」
「わたしの考えてる事がどうしてわかったの?」
「顔に書いてありますわ」
それだけ言うとさっさと馬車を下りて行っちゃった。
これってもう始まってるの?
エミリアのスパルタレディ指導が!
ピクニックでエミリアと仲良くなれたら良いのにって、思ったんだけど自信がなくなってきたよ。
花畑の中を通るように小川にそった小道がある。その先は少し開けていて東屋と大きな木があって、休憩用に作られた場所になっていた。
着いてすぐにユーリは近くに騎士団の野営地があるから視察に行くと言って、転移術を使って行っちゃった。
ユーリの後を護衛の騎士が馬で追いかけて行った。
転移術って便利だよね。わたしもいつかは使えるようになりたいな。
エミリアが東屋の近くで本を開いて花の観察を始め、テュコさんは小川で馬に水を飲ませている。
わたしはと言うと、到着してすぐにユーリから。
『自然の中で学ぶのも気分転換になって頭に入りやすいですよ』
って、『魔術師の心得百選』を渡された。
ピクニックと称して私に勉強をさせるのが目的で誘われたんだったらすごくイヤ!
わたしのわくわくを返して欲しいよ。
という事で、ユーリから渡された『魔術師の心得百選』は隅に置いておこうっと。
わたしは東屋の下でベンチやテーブルに、敷物やテーブルクロスを敷いたり準備に忙しそうなハンナさんのお手伝いをした。
ティーセットを並べていたら、小川の流れとは反対に歩いて行くエミリアが目に入った。
川辺の花を観察しながら一人でどこに行くのかなぁ。
ここは危険な生き物は現れないから、一人で散策しても危険がないってユーリが言っていた。
あ、でもちょっと待ってよ。
今は空が曇っていて過ごしやすいけど、晴れてきたら暑くなってエミリアが熱中症になっちゃうかも!
わたしはハンナさんにエミリアのところに行ってくると伝えてから、エミリアの後を追った。
「どこ行くの?」
わたしの声に足を止め振り返ったエミリアはなんだか不機嫌そう。
「わたくしがどこへ行こうと、あなたに関係なくってよ」
ツンツンとそれだけ言うと歩き始めた。
心配だからついて行こう。
「じゃあわたしも一緒に行く」
「誘ってませんわ。だいたいあなた、ユリウス様から勉強するようにと言われていますわよね?」
ギクッ。エミリアにしっかり聞かれてる。
「勉強は戻ってからたくさんやるから大丈夫。今はせっかくピクニックに来たんだから女子同士話そうよ?」
いっつもお目付け役のユーリはいないからね。たまにはハメを外しても良いと思う。
そんな疑わしい眼で見なくてもしっかりやるのに。
「話す? わたくしとあなたでは話が合うとは思えませんわ」
「話してみたら以外と気が合う事だってあると思うよ」
ふんっとそっぽを向くエミリアにわたしはにっこり笑いかけた。
エミリアは立ち止まり腰に手をあて、何かを考えるようにわたしを見た後で口を開いた。
「人手はあった事に越した事はありませんわね……。あなたがどうしてもと言うのなら、付いて来てもよろしくってよ」
何だかよくわからないけど、気が変わってくれて良かった。
これでピクニックらしくなるよ。
「ところでどこに行くの?」
「すぐそこですわ」
エミリアについて歩いて行くと、
並木道が見えてきてそこを抜けると一面モコモコとした緑の丘が現れた。
こんもり丸っこくて、鮮やかな緑色の草の塊がたくさん並んでる。この塊わたしのお腹くらいまであるよ。
「何これモフモフしてる。気持ち良い〜」
「ここはコキアの丘ですわ」
「コキアって言うんだね。ふっさふさ」
細長い葉は柔らかくてふわふわ。
わたしがコキアを撫で回したりもふっもふってしていたら、エミリアが先を急ぐとばかりに黙々とゆるやかなコキアの丘を登って行く。
「エミリア待って〜」
もう少しもふもふ感を楽しみたいけど、来た事がない場所に置いて行かれたら大変!
わたしは焦りながらエミリアの後を追った。




