28 美里の大ボケ「オオタニシじゃないの?」
クレーメンスさん抜きでわたしとユーリ、そしてエミリアとで昼食を食べた。
落としちゃったハンバーグはマッツさんが追加で作ってくれたから、三人一緒のメニューなんだけど、エミリアのハンバーグは手つかずのまま。
ハンバーグを食べたユーリからはこんな感想をもらったよ。
「先ほど僕が試食した物と比べると合格です」
やったぁ。ユーリから合格をもらえたよ!
なんて喜んだのもつかの間。
それを聞いていたエミリアが耳をピクリと動かして、サラダを食べる手を止めた。
「あなた、ユリウス様に失敗作をお出ししたの?」
「失敗作って言うか、ちょっと下味をつけるのを忘れただけ。あ、でも見た目はバッチリ大成功だったんだよ」
えへへと苦笑いすると、エミリアがさらに睨んできたよ〜。
「立派な失敗作ですわ」
「立派な失敗作ってなんだか変だよ」
あわっ、余計な一言だった。エミリアにまた睨まれちゃった。
「ユリウス様が召上る物は完璧な物でなくてはいけませんのよ。失敗作などもってのほかですわ!」
エミリアに怒られたよ〜。
「ユリウス様は本来なら、王族専属料理人が作った物しか口に入れる事を許されておりませんのよ。あなたが作った異世界の料理で体調を崩す事になったらどうするおつもり?」
そんな風に言われたら心配になってきた。
って、今エミリア王族って言ったよね。
王族専属の料理人……王族。それはつまり、王様に王妃様や王子に王女。
「ユーリって王子だったの!?」
どこかのお金持ちの家の子かと思っていたんだけど、王子様だったなんて……。
普通の子とちょっと違う雰囲気と何より童話に登場しそうな容姿にあのスマイル。違和感がなくてピッタリすぎて納得できちゃう。
「言っていませんでしたか?」
飄々とした態度で大したことない、みたいに言ってるよこの王子様。
「聞いてないです!」
庶民のわたしが王子様とお知り合いだったなんて、天変地異が起きたみたいじゃない。
思わず丁寧な言葉になっちゃうわたしは一般庶民。
「あなた庭園でわたくしがユリウス様は王太子だと言ったことをもう忘れましたの?」
にこにこ笑うユーリとは正反対に眉間に皺を刻むエミリア。
「覚えてるよ、意味はさっぱりわからなかったけど。セーデルフェルトのジャンボタニシでしよ? 」
ユーリは不思議そうに、エミリアは眉間の皺をそのままに首を傾げた。
「ジャンボタニシ?」
「田んぼや川にピンクの卵を産むカタツムリの仲間、だったかなぁ」
「ユリウス様をカタツムリなんかの虫と一緒にするなんて……」
絶句するエミリア。
に〜っこり微笑むユーリ。あうっ、その笑顔ちょっと怖い。
「ミリィ、それはオオタニシで僕は王太子ですよ。まあ王子でもあっていますが、この国で二番目に権力がある王位継承者です」
黒ユーリを知らない人が見たら優しげで爽やかなキラキラ王子スマイル。
でもわたしは黒ユーリを知ってるから顔が引きつるのがわかった。
なんな怒らせたっぽい?
後で宿題増やされたらどうしよ〜。
チラッとユーリの顔を見ると変わらずの王子スマイルで何を考えているのかわからない。
と、とにかく謝っておこう。
「ご、ごめんなさい!」
「なぜ謝るのです?」
「失礼なことをしちゃってるような気がして」
「そうですね。僕も失礼なことをされた気はしますね」
思い出すように宙を見つめるユーリの顔は相変わらず笑っている。怒っているのか気にしていないのかよくわからない。
セーデルフェルトを追い出されちゃう?
虹ヶ丘に帰してくれるなら良いけど、クレーメンスさんのところを追い出されたら行くところがないよ。王子に失礼なことをした罪で路頭に迷っちゃうなんてイヤだよ。
「あなた何をなさったの!?」
ユーリの顔をチラチラ見ていたら、ズイッとエミリアがわたしの方に身を乗り出してきた。
ひぇっ、エミリアの顔も怖いよ〜。
自首するから許して!
「えっと、その……虹ヶ丘で庶民の食べ物をユーリに食べさせちゃったかな。それと崖に落ちたカンガールの子供を救出する時に地面に這いつくばらせちゃったり、服を汚させたりとか……」
他にもやらかしてる気がするけど、思い出したくないかも。
「ユリウス様を汚い地面に這いつくばらせた……それだけでなく異世界の得体の知れない物を勧めるだなんて」
「ユーリがこの国の王子様だなんて知らなかったんだよ」
「知らないでは済まされませんわ!」
怒るエミリアをユーリがまあまあと落ち着かせる。
「ニジガオカの食べ物に関しては、ミリィが美味しそうに食べていたので少し興味があったのですよ。それもニジガオカの文化や習慣を知るのも、境界越えを任された僕の務めだと思ってのことです」
「まあ、そうでしたの。危険を承知で未知の世界に自ら立ち向かわれるだなんて…….さすがユリウス様」
エミリアが尊敬の眼差しでユーリを見ているけど、ちょっと大げさでどことなく失礼な気がする。
だってわたしの世界の食べ物に毒なんか入ってないのにね。
どら大福をくれた壱兎が消費期限切れのを出してたら話は別だけど。
ユーリが食べた後、特に何も言ってこなかったからどら大福に問題はなかったはず。わたしのお腹も異常なしだったんだから。
これ以上何か言ってエミリアを怒らせるだけじゃなくて、黒ユーリがまた降臨したら厄介なことになりそう。
ここは大人しくご飯を食べよう。
わたしが作ったハンバーガーは、クレーメンスさんに評判が良かったよ。
アントンさんの話だとクレーメンスさんはわたしが教えたように、大きな口を開けてパクパクと食べてくれたんだって。
右にペン左にハンバーガーを持って仕事をしながら食べる手軽さが気に入ったらしく、アントンさんに仕事中はハンハンバーガーを出すように指示が出たって嬉しそうに教えてくれた。
「クレーメンス様が食べ物に興味を示されたなんて、いつぶりでしょう!」
「これでクレーメンス様がお倒れになられない!」
「そうです。げっそりとしたクレーメンス様はもう卒業です!」
クレーメンスさんは食べることに興味がなくて、仕事に没頭しちゃうと食べることを忘れちゃうんだって。心配していたクレーメンス邸のみんながほっとしてたよ。
そんなわけで、クレーメンスさんの忙しい時のご飯はハンバーガーになったみたい。
ちょっと疑問に思ったんだけど、これって本当に良かったのかなぁ。
ご飯を食べないよりは良いけど、ハンバーガーは急場凌ぎで作っただけだから、他の物も食べれるように別の誤魔化しメニューも考えないといけないよね。
今度はクレーメンスさんの興味を引くような献立を考えてみようかな。
次の日にわたしのクローゼットにドレスや靴にアクセサリーが増えていた。
クレーメンスさんからお礼にってプレゼントされたんだけど、お世話になってるお礼のお返しってなんだか変なの。
すぐに家に帰るのかと思っていたエミリアは、しばらくクレーメンス邸に滞在することになった。
「わたくし、ミリィさんがお茶会で素敵な淑女になれるよう、わたくしの持てる力をもってお作法を伝授いたしますわ!」
朝食のテーブルでエミリアがクレーメンスさんに宣言すると、クレーメンスさんは嬉しそうに笑って頷いた。
「エミリアさんに教えていただけるのは心強いですね〜。ミリィさんの事をよろしくお願いしますね」
「はい、クレーメンス様!」
クレーメンスさんの公認を得たエミリアは嬉しそうに元気良く頷いた。
うわ〜〜ん、ユーリとエミリア二人のスパルタ授業になっちゃったよ〜。
どこに行ったのわたしの夏休み〜〜!?




