27 ハンバーグのアフターは?
着替えを済ませたエミリアと再び食堂に降りて行くと、床に落っことしたハンバーグの残骸は綺麗に片付けられ、テーブルにはユーリが席についていた。
「お待たせ〜」
と、気軽に声をかけるわたしとは正反対に、エミリアはドレスの裾を軽く持ち上げる。
「お待たせして申し訳ありません」
「僕も今来たところです」
「クレーメンス様は?」
「急ぎの書類仕事が入ったとかで、食事はそれが片付いた後に取るそうです」
仕事じゃしょうがないか、なんて思っていたら。
「そうでしたの……それでしたらアントン。クレーメンス様のお仕事がはかどるよう、わたくしが持って来たキャンディを早速お出しして下さいな」
エミリアが壁際に立っていたアントンさんに伝える。
「畏まりました」
お辞儀をして食堂の扉に向かうアントンさん。
このままじゃ、例のアメ玉がクレーメンスさんの晩ご飯になっちゃう!
「アントンさんちょっと待って!」
仕事しながら食べられる物は……。
あ、そうだ。テーブルの上を見て良いことを思いついちゃった。
カゴに入っていた山盛りの丸パンを一個取って、ナイフを横に入れる。
「ちょっとあなた何をなさっていますの?」
「食べ物で遊ぶのは良くないですよ」
エミリアが思いっきり不審そうな目で見てきて、ユーリがやんわり怒っている。
気にしない気にしない。
「食べ物を粗末にしてるんじゃないよ。料理してるの」
二つになったパンの片方にレタスやキュウリを乗せて、その上にハンバーグを乗せる。最後にもう半分のパンを乗せてできあがり!
「これはハンバーガーって言うの。わたしの世界では有名な食べ物だよ」
こっちの世界にサンドイッチはあるんだけど、ハンバーグがないからハンバーガーもない。
材料はあるのにハンバーガーの美味しさを知らないなんてもったいないよね。
エミリアは理解できないと首を横に振っている。
「そんな怪しい物をクレーメンス様に食べさせるなんて、何を考えていますの?」
「わたしが考えていることは青白いクレーメンスさんじゃなくて、元気な顔色のクレーメンスさんだよ」
エミリアが疑わしそうにハンバーガーとわたしを交互に見ている。
「そんな物でクレーメンス様の顔色が変わるとは思えませんわ」
そうだね。向こうの世界でもハンバーガーって健康食じゃないみたいだけど、これは違うんだなぁ。
「ハンバーガーは忙しいクレーメンスさんでも片手で食べられるし、この中にはクレーメンスさんが苦手な食材を入れてあるから好き嫌いの克服にもなると思うよ」
香月家ではハンバーグとかオムライスやカレーの中に苦手食材を忍ばせて、知らないうちに食べれるようにさせられている。これってお母さんの策略だよね。
エミリアがキッと睨んできた。
「クレーメンス様にはわたくしのキャンディがありますわ!」
「キャンディに何が入っているのか知らないけど、自然にある食べ物から直接栄養を取らないと力が入らなくて体がダメになっちゃうよ」
これは影羽兄が毎食お菓子なら良いのにってぼやいた時、お母さんが言っていたことの受け売りだけどね。
「力でしたら、わたくしのキャンディには魔力回復効果がありましてよ。我が領地で取れる星樹の蜜入りですもの効果は抜群ですわ。あなたの作ったソレにクレーメンス様の魔力が回復出来まして?」
えっ、それは知らなかった。あのアメ玉にそんな効果があったなんて意外。
黙り込んだわたしにエミリアが迫ってきた。
「どうなんですの?」
「うっ、ハンバーガーに魔力回復の効果はないけど」
「ほらごらんなさい」
勝ち誇ったように鼻で笑うエミリア。
「でも、これが食べられたらクレーメンスさんの食生活がほんの少しでも変えられると思うよ」
「それはどうかしら? だいたい片手で食べられると言ってもサンドイッチならまだしも、そんな厚みのあるものをナイフもフォークも使わずに、大きな口を開けて食べるなんて品がありませんわ」
「大口開けて食べちゃダメなの?」
ユーリに確認すると首を横に振られちゃった。
「こちらでは良いマナーとは言えませんね」
手軽に食べられるのがハンバーガーの良さなのに、ナイフとフォークでお上品に食べるハンバーガーなんてハンバーガーっぽくない気がする。
セーデルフェルトでは手に持って食べる物でも、サンドイッチは良くてガブッと食べるハンバーガーはお行儀が悪いのかな。
クレーメンスさんが食べてくれない可能性もある事に今さら気付くなんて。
う〜ん、ナイフとフォークのハンバーグは良いけどその親戚みたいな手軽なハンバーガーはダメかぁ。
あ、ちなみに香月家はハンバーグをお箸で食べるよ。
「二人がクレーメンスを気にかけていることは十分にわかりました。彼が食にズボラなことは僕も気になっていましたので。ミリィの考えを試す価値はありますよ」
うんうん、クレーメンスさんのあの食生活は良くないよね。ユーリも気になっていたんだね。
頷いていると、ショックを受けた顔のエミリアが目に映ってちょっと複雑な気分になった。
エミリアもクレーメンスさんの身体を気遣っている事は十分に分かったから。
「そんな……ユリウス様はその子の言うことを信じますの?」
「もちろんあなたのことも信じています。クレーメンスの魔力欠乏症もまた良くないことですので、今のクレーメンスにはキャンディの補充は欠かせません」
ユーリの言葉にエミリアは顔を一瞬で真っ赤に染めて大きく頷いている。
「ユリウス様の仰る通りキャンディは大事ですわ」
自信を取り戻したように胸を張るエミリア。
う〜ん、クレーメンスさんがいないところであれこれもめるのって変だよね。
今日食べてもらわなくても明日があるし、話をこじらせるよりはわたしが引いてこの場が丸く収まるならそれでも良いかな。
「ハンバーガーは明日また作っても良いよ?」
ユーリが宿題やフェルト語の授業を減らしてくれたら作れるからね。
「ミリィはこちらに魔術を習いに来たのですよね?」
うっ、今ユーリの瞳が明るく光ったのを見ちゃった。
どさくさに紛れさせて勉強から逃れられようと思ったのにダメか。わたしの考え読まれてるよ〜。
わたしが言葉に詰まっているとユーリはに〜っこり微笑んだ。
「魔術の勉強を放り出した事はさておき、ミリィのクレーメンス健康作戦は試してみようと思います。そこで今はミリィの作った物を、食後のデザートにはエミリアのキャンディを出してみましょう」
チクリと言われたけどスルーしてわたしは右手を挙げた。
「ユーリの意見に賛成!」
それならアメ玉がクレーメンスさんのご飯がわりにならないもの。
「わたくしのキャンディがお口直しという訳ですわね。さすがユリウス様ですわ!」
エミリアもユーリの提案なら異議はないみたいで賛成している。
なんか丸く収まったみたい。喜んだのもつかの間だった。
「ただし、ミリィの作ったものに関しては、クレーメンスが確実に手をつけるとは保証できませんが」
ユーリからもそんな風に言われたら、クレーメンスさんが食べてくれないかもって余計に不安になっちゃうよ。
お皿に綺麗に盛り付けられた豪華なセーデルフェルトの料理に比べたら、ハンバーガーってデンっとしてるし塊まんまだよ。
味はマッツさんの保証つきなのに見た目で食べてもらえないってイヤだなぁ。
わたしはアントンさんにハンバーガーの食べ方を伝えて、食べづらかったらナイフとフォークで食べてもらうことにした。ハンバーガーの良さが失われちゃうけどこの際仕方ない。
解体されちゃっても食べてくれたら嬉しいもの。




