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習いごとは魔術です  作者: サフト
1章 魔術を身につけよう!
26/47

26 宿題魔人ユーリの飴とムチ

 

 エミリアが去った後、わたしはもちろんユーリに抗議した。

「今でも大変なのに、勉強増やされたら頭がパンクしちゃうよ!」

「セーデルフェルトにおいての行儀作法は、一族家長の品格やその家の教育レベルにも関わってきます。親の務めでもあるのですよ」



 にっこり当然です。みたいな顔で言ってるユーリって本当に子供?

 優しく注意したり落ち着き払ったところが子供っぽくない。

 でもねユーリ、一つ抜けてない?

「親の務めって言うけど、ユーリはいつわたしの親になったの?」

「ミリィの親、というか後見人はクレーメンスですが、我が国へお招きしたのは僕ですのでミリィに関しては僕にも責任があるのです」



 にこにことさらっと返してきたユーリは抜けてなんかいなかった。

「クレーメンスに師事しているのですからミリィもその事を誇りに思い、クレーメンスの弟子に相応しい振る舞いを見につける事は当然でしょう」

 クレーメンスさんの弟子になったつもりはないんだけど、今さり気なくプレッシャーをかけられた気がするのは気のせい?



 話がユーリのペースに巻き込まれてるよ。このまま流されたらダメ。

 育ちが弱肉強食の八人家族の中で育ったわたしに、エミリアみたく優雅に上品にしろって言われても無理だと思うもの。

「エミリアみたくお嬢様っぽく、なんてわたしには無理な気がするよ」

 追加されそうな授業に渋っているとユーリが小首を傾げた。

「困りましたね。エミリアほどの適任者は他にいないと思うのですが……ああ。そうだ。この提案に不服があるのでしたら、代わりに僕がドレスを着て教えて差し上げても良いでよ。ミリィのドレスを貸していただけますか?」



 ユーリがわたしのドレスを着るの?

 思わぬ方向に話が進んで、ユーリの女装姿を想像してみた……。

 似合いそうで怖いかも。これ以上渋っていたらユーリからどんな返しが来るのかわからないよね。

「い、良いです。エミリアに教えてもらいます!」

「では、この件はそのように致しましょうね」

 わたしったら結局はユーリの提案に承諾しちゃってるよ。

 満足そうに微笑むユーリは黒ユーリ。なんか嵌められた気がする!

「発言の撤回を……」

「受理した後では認められません」

 わたしの夏休みが〜。



「ところでミリィ。君は厨房に忘れ物をしたのでは?」

「忘れ物? そんなのしたかな」

 ユーリが一本の杖を取り出した。

 その杖、見に覚えが……ってわたしの杖じゃん。

「わたしの杖がどうかしたの?」

「杖は魔術師にとって大事な物だと伝えたはずですが?」



 そうだった、前から言われてたのにうっかりしてた。

 杖って傘と似てるんだよね。行きは雨でも帰る頃には晴れて学校に置き忘れちゃう。

 それと同じで、杖もその辺に置き忘れやすいんだよね。持ち歩くのが面倒なのもあるけど。

 いつも持ってないといけないなんて、傘より置き忘れやすい。



「ゴメン、ついうっかりしてた」

 素直に謝るとユーリはにっこり笑い自分の杖を宙に向けて一振りする。

「うっかり屋のミリィに良い物を差し上げましょう」

 ユーリが魔術で出したのは……。

「うわっ、何これ。魔術師の心得百選!」

 黒表紙の本がわたしの目の前に現れて宙に浮く。

「ミリィ、受け止めないと足に落下しますよ」

「えっ、ちょっと……重っ!」

 慌てて両手を出すとそれを待っていたかのように、ズシンと両手に落ちてきた。両手で抱えても重い〜。



「これ百科事典を軽く三冊はあるよね。この本をわたしにどうしろって言うの?」

「これを読んで重要事項を簡潔にまとめて下さい」

 グワ〜〜ン、頭の中で鐘をつかれた気分。

「提出期限はお茶会が開かれる前の一週間でどうでしょう?」

「一週間! そんなの無理だよ」



 せっかく夏休みの宿題を早く終わらせたのに、異世界で杖を置き忘れたくらいで勉強漬けだなんてイヤだよ。

 う〜〜っ、わたしの夏休みって受験生もびっくりの勉強づくめじゃないの。あんまり過ぎるよ。

 突然ユーリの手が伸びてきて指がわたしの目元に触れた。

 びっくりして瞬きをすると雫が一滴ユーリの指に落ちる。溢れるそれをユーリが指でそっとぬぐう。

 え、ユーリが優しい……。



「そんな風に涙を浮かべるほど喜ばれると、宿題の出し甲斐もありますね」

 優しくなんかなーーい!

「これは汗、泣いてないし。どこを見て喜んでいるって解釈になるの!」

 ユーリは宿題魔人だよ。わたしの頭は異世界で絶対にパンクしちゃう。

「では三日で」

 うぎゃっ、短くなった!

 わたしはユーリの魔の手から逃れるように後退った。



「一週間で良いです。一週間でお願いします!」

 人差し指を一本立てて必死のお願いをすると、ユーリは楽しそうに頷いた。

「宿題の評価が良かった時にはプレゼントがありますよ」

「ご褒美に何かくれるの?」

 ユーリからのご褒美ってなんだろう。難しい本や問題集じゃなかったら受け取るけど。

 ユーリは人差し指を口に当てた。



「まだ内緒ですが、ミリィがきっと喜ぶものですよ」

 気になるなぁ。

「そろそろ晩ご飯の時間ですね。屋敷に戻りましょう」

 帰る途中でご褒美が何か聞いてみたけど、ユーリは楽しそうに微笑むだけで教えてくれなかった。




 待ちに待ったご飯の時間。

 カートに乗せたハンバーグを食堂に運んで、ユーリの席にお皿を置こうとしたわたしは背後から声をかけられた。

「ちょっとあなた、何をなさっていますの?」

 クレーメンスさんに例のアメを届けに来てすぐ帰ったかと思っていたエミリアだけど、まだお屋敷にいたみたい。



「夕ご飯の準備を手伝っているんだよ」

 ただでお世話になっているんだから、せめてわたしができるお手伝いくらいはしないとね。

 エミリアは食堂に入って来るとわたしのところまでやって来て、テーブルの上に視線を向け眉間にしわを寄せた。

「そんな物をクレーメンス様とユリウス様にお出しするんですの!?」

 ショックだなぁ。みんな大好きハンバーグをそんなものって言われちゃったよ。食べず嫌いは良くないのに。

 そうだ、エミリアも食べればハンバーグが美味しいって気づくはずだよ。



「これはわたしの家の定番メニューのハンバーグだよ。エミリアも食べてみる?」

 わたしはカートに乗っているハンバーグのお皿をエミリアに見せた。

 ハンバーグの周りを囲むのはマッツさんが茹でてくれたニンジン、とブロッコリー。そしてパセリを添えたマッシュポテト。

「美味しそうでしょ? 味はマッツさんの保証つきだよ」

「いりませんわ、そんな物。とにかくクレーメンス様もユリウス様も料理人が作った安全な物を召し上がりますのよ」



「変な物入ってないよ。作るところはマッツさんも見てたし、味見してもらったから大丈夫だよ」

「料理人の保証があってもわたくしが認めませんわ。クレーメンス様もユリウスも大事な方ですもの、何かあってからでは遅くってよ!」

 エミリアの剣幕に押されて返す言葉が思い浮かばなかった。

 そんなにハンバーグを警戒しなくてもいいのに。



 お皿を持ったまま立っていたわたしに業を煮やしたエミリアがお皿を取り上げた。

「今すぐに撤去ですわ!」

 勢いよく引かれたお皿は傾き、上に載っていたハンバーグや野菜がお皿から飛び出てエミリアのドレスの上を滑っていく。

「きゃっ!」

 エミリアが慌てて払うけど、綺麗なスミレ色のドレスにはマッシュポテトがぺたりと貼り着き、赤いハンバーグソースの染みまでできちゃった!



「エミリア大丈夫!?」

「わ、わたくしのドレスが……新調したばかりですのに」

 お皿には保存維持魔術をかけてあるからハンバーグも野菜も熱々のはず。

「火傷してない?」

 青ざめた顔でドレスを見つめていたエミリアが目をつり上げた。

「火傷なんかどうでもよくってよ! そんな事よりこんな格好あの方の前で見せられませんわ。どうしてくれますの!?」



 火傷よりドレスの心配をするの?

 大丈夫なら良いけど、あの方ってユーリの事かな?

 ハンバーグの染みをつけたドレスのまま、好きな人の前に出るのは恥ずかしいって事だよね。

 その気持ちはわかるけど、今から洗ってもすぐに乾かないしどうしよう。



「あ、わたしの服を貸してあげるから部屋で着替えれば良いよ」

「あなたの?」

 そんな嫌そうな顔しなくても良いのに。

「クレーメンスさんが選んでくれたドレスがあるよ。わたしはあまり着る事がないからサイズが合いそうならそれを着る?」

 わたしとエミリアって身長も体型も似てるからエミリアなら着られるかも。



「クレーメンス様がドレスを……あなた本当にドレスを持っていますの?」

 クレーメンスさんがドレスを選ぶ姿が想像できないのか、それともわたしがドレスを着ているところが想像できないのか。

 どっちなのかわからないけど、わたしは頷いた。

「ここを片付けちゃうからちょっと待ってね」

 床に散乱した野菜やハンバーグを拾うためにしゃがむと、食堂にメイドのハンナさんがやって来た。

「まあまあ、ミリィ様。どうされました!?」


「え〜と、手が滑ってお皿をひっくり返しちゃいました。エミリアのドレスを汚しちゃったので、わたしのドレスを着てもらおうかと思うのですが」

 ハンナさんはエミリアのドレスを見てちょっと驚いた顔をした後、頷いた。

「ここは私が片付けますので。ミリィ様はエミリア様をお部屋に」

「ハンナさん、お願いします」

「そのように頭を下げなくても大丈夫ですよ。クレーメンス坊っちゃまもお手伝いと言ってよくお皿をひっくり返したり、カップのミルクをこぼしたりしたものです」

 ハンナさんはどこか懐かしそうに話すとウィクをした。



 わたしが部屋まで案内しようとエミリアの手を取ったら、エミリアに拒否されちゃった。

「馴れ馴れしくってよ」

 自分用にとクレーメンスさんが用意してくれた部屋に向かう。

 クローゼットに収納されてあるドレスを適当に選んでエミリアに見せた。



「まあ、素敵なドレス! クレーメンス様ってとってもセンスがおありなのね!」

 エミリアが着ているドレスほどゴージャスじゃないけど、丸い袖にふわふわスカート。あちこちにヒラヒラふりふりのリボンやレース、刺繍にビーズなんかも入っているドレスもある。

 色も空色から薄い黄緑、サーモンピンクに白にオレンジ。

 わたしにはドレスのセンスはわからないけど、これだけはわかるよ。クレーメンスさん買いすぎです。

「素敵なドレスばかりでわたくし迷ってしまいますわ!」

 エミリアの機嫌が直ったみたいだから良いかな。




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