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習いごとは魔術です  作者: サフト
1章 魔術を身につけよう!
20/47

20 クレーメンスさん改造作戦!

 

 今まで丘の上で暮らして思ったんだけど、クレーメンスさんの顔色が青白い理由は魔力欠乏症だけじゃないと思う。

 王様から星樹の実をもらって魔力の回復が早くなったらしいけど、クレーメンスさんの体型は風が吹いたら飛んでいっちゃいそうなくらい細いんだよ。



 わたしが考えるクレーメンスさんの不健康理由。

 好き嫌いが多い。

 丘の上にいる時はいつもアントンさんがご飯の時間になるとどこからか、ご飯を届けに来てくれる。だけど料理を見たクレーメンスさんはいつもこんな感じ。

『トマトは酸っぱくて、ピーマンは苦くて食べられません。お肉は噛むと顎が疲れますね。アントン、アレを持ってきて下さい』

 クレーメンスさんのお皿には食べられない物がいつもお皿のすみによけられている。その理由は食べられる物が少ないから。

 アントンさんが食事代わりに持ってきたのが、例の罰ゲームのような味のアメ玉。

 それを食べながら紅茶にたっぷりの角砂糖を入れる。

 これで病気にならないのが不思議だよね。



 それからクレーメンスさんは食事にルーズ。

『まだ仕事が残っているので、私のことは気にせず先に召し上がってくださいね〜』

 仕事が忙しいからって、ご飯をしっかり食べなかったりする。

 忙しくて一緒に食べない日もあるから、ご飯を抜いている可能性もあるよ。



 わたしの魔術の訓練の他にも魔術師長としての仕事もあって、時々王宮から呼び出しを受けてそっちに行ったり、机に向かって書き物をしたりと寝る間もないくらい忙しいみたい。

 突然、夜中にお迎えの魔術師さんが来てクレーメンスさんを連れて行ったりしたこともある。

『ミリィさん、私の不在中は魔術書を良く読んでおいて下さいね。あとそれと課題リストを作っておきました〜』

 そんな時でも、わたしに課題を出すことは忘れないクレーメンスさんだ。

 お昼過ぎに起きてきて、空を見上げたクレーメンスさん。

『太陽が懐かしいです。こんなに眩しかったのですね〜』

 アントンさんの話だと昼夜逆転生活も珍しくないんだって。

 魔術師長として仕事も大事だけど、人間しっかり食べないといつかは倒れちゃうんじゃないかなぁ。



 いつものようにお昼前にユーリが来て、三人でランチ。

 クレーメンスさんの食べているところをじっくり観察してみよう。

 テーブルの上に並べられたたくさんのお皿。

 今日のメニューは。

 瑞々しいレタスや紫玉ねぎにパプリカのサラダとキノコのチーズスープ。

 豆と魚の煮込み料理に、焼き目のついた厚切りお肉。

 飲み物は牛乳にフレッシュジュース。

 テーブルの真ん中には山盛りのパンや、カットされたフルーツに焼き菓子が種類別に置かれてある。

 お皿の数が丘の上にいた時より多いよ。



「今日はいつもよりいっぱいありますね」

「料理長のマッツがミリィさんとユリウス様がいらっしゃるので張り切って作ったみたいですね〜。好きなものを好きなだけどうぞ」

 好きなものを好きなだけ食べたら、クレーメンスさんみたく顔色が悪くなっちゃうんじゃないのかな。

 早速自分が苦手なお皿をよけるクレーメンスさん。よけられたお皿を元の位置に戻すユーリ。



「クレーメンスが嫌いな物や苦手な物は体に良いものばかりです。食べてくださいね」

 やんわりとでもはっきりとクレーメンスさんに釘をさす。

「私は生まれつき食が細いのでたくさんは食べられません。どうかご勘弁を〜」

 子供のように駄々をこねて首を振るクレーメンスさん。

「一口でも食べてくださいね」

 微笑みを崩さないままユーリが念押しする。ユーリもクレーメンスさんの健康を心配しているのがわかる。

 どっちが大人なんだろうね。



 クレーメンスさんはあっちのお皿、こっちのお皿とどのお皿もちょっと食べては別のお皿の料理に手をつけている。

 お皿の中に苦手な物があると、さり気なくフォークやナイフでよけるのも忘れない。

 どのお皿も途中で放棄しちゃうなんて、贅沢食べをしているよね。

 家でこれをやったら、翌日の朝に残した物が出てくるんだから。お弁当に入っている時もあるんだよ。



「ミリィさん、お口に会いませんでした〜?」

「ミリィも苦手な食材があっても食べないとダメですよ」

 クレーメンスさんががわたしのお皿を見て訝しむ隣で、ユーリの注意が飛んできた。

 クレーメンスさんを観察するあまり自分のご飯が進んでなかったよ。



「苦手な食材は特にないし、とっても美味しいですよ」

「それは良かったです。子供は食べ盛りですからね。私の分もどうぞどうぞ〜」

「クレーメンス、キノコが苦手だからとミリィにあげてはいけません」

 クレーメンスさんはわたしの方にお皿を移動させようとして、ユーリに止められすごすごと元の位置に戻している。



 食事中にユーリの注意が飛んでくるのはいつものこと。

 注意されるのはクレーメンスさんだけじゃなく、わたにしにも矢が飛んでくる。

 わたしの場合は、ナイフの持ち方が違うとか、食器の音を立てちゃダメとか、食事のマナーについて注意が飛んでくる。

 ユーリとクレーメンスさんのこのやり取りを見ていると、セーデルフェルトに来たって感じがするよ。

 この二人を見てていつも思うんだけど、うちのお母さんと下の弟達を思い出すなぁ。

 エプロンをつけたユーリに、園服を着たクレーメンスさん。ぷくくっ。



「ミリィ、何を笑っているのです?」

 あわっ、思わず顔に出てたみたい。ユーリに怪しまれちゃってるよ。

「ユーリってクレーメンスさんのお母さんみたいだなぁって」

 我が家の夕食のワンシーンにユーリとクレーメンスさんが重なっちゃったんだよね。

 健康は食事からって、食べ物に厳しいお母さんと苦手な物がなかなか食べられない弟達が。

 ユーリは一瞬だけ眉をピクリとさせた後、すぐににっこり笑った。

「僕がなぜそうなるのです?」

 わたしが言ったお母さんみたい発言にご機嫌を悪くさせちゃったかな。

 ユーリって基本笑顔だから感情がよくわからないんだけど、機嫌が悪かったり怒ったりした時には笑顔がちょっとだけ違う。



「え〜と、クレーメンスさんを気にかけてる姿が……あ、いやその。ユーリって面倒見が良いんだなって」

 墓穴を掘りそうになって慌てて言い方を変える。

「ミリィには僕が世話焼きに見えるのですね?」

 わたしのバカ。誉めたつもりなのにユーリなんだか悪い方にとらえてる気がするよ〜っ。

「良い意味だよ。からかったりとか悪い意味で言ったんじゃないよ! あ、ご飯。冷めないうちに食べようよ?」



 これ以上この話題には触れないほうが良さそう。

 強引に話題変更するわたしに、変わらず王子スマイルを崩さないユーリ。

 この顔になぜか焦るのよ。ユーリの地雷ってどこにあるかわからない。

「話をはぐらかしましたね、ミリィ。まあ、良いでしょう。さ、クレーメンスも食事を続けますよ」

 紅茶に角砂糖を入れようとしていたクレーメンスさんから、ユーリが角砂糖の容器を没収した。

「食後の紅茶ですよ〜」

 口を尖らせるクレーメンスさんにユーリが首をゆるく振る。

「クレーメンス、まだ食後ではありませんよ。ミリィのようにモリモリ食べて下さいね」



 話題が逸れて良かったけど。

 ん? ちょっと待ってよ。

 今のユーリのセリフ。わたしが食いしん坊か大食いみたいじゃない!

 確かに口にいっぱい食べ物詰め込んでるけどね、それは気まずさを隠すため。

 自分の前に並べられたお皿は二人より減っているけど、パンは一個しか食べてないし、フルーツも焼き菓子にもまだ手をつけてないんだからね。



 クレーメンスさんにあれこれ注意しているユーリだけど、どのお皿もあまり減っていないじゃん。自分のことは棚上げだよ。

 わたしは大食いでも食いしん坊でもなくて、香月家のお約束で残さずに食べようとしてるだけなんだからね。

 とは思ってもユーリに反論したらフェルト語の宿題をいっぱい出されそうだからやめとこう。



 今まで観察してわかったクレーメンスさんの苦手食べ物をリストアップしながらわたしは考えてみた。

 クレーメンスさんが苦手な物を食べられるようにするには何か良い方法はないかな。

 そういえば、うちのお母さんが下の弟達の苦手な食べ物をみじん切りにしたり、ミキサーでペースト状にしてハンバーグとかカレーの中に潜ませていたなぁ。

 ご飯の準備を手伝うこともあるから、知っているんだよね。お母さんの企業秘密。

 お母さんはいつも『あの子達には内緒よ』なんて言っていたっけ。

 よし、これは使えるかも。



 わたしは早速厨房に行って、クレーメンスさんの好き嫌い対策をコックのマッツさんに提案してみたよ。

「料理の中に見えないように混ぜれば苦手な物が知らないうちに食べれちゃうと思います」

 するとマッツさんは何度も頷いた。

「なるほど。それは良い考えですね。目立たないように混ぜられる料理でしたら、スープかサンドイッチに他には……」

「ハンバーグとか、カレーなんてどうでしょう?」

 大柄で気さくなクレーメンスさんの専属料理長のマッツさんは、両腕を組んで頭を傾けた。

「ハンバーグ、カレー……ミリィ様の世界のお料理ですか?」

 えっ、ちょっと待ってよ。セーデルフェルトにハンバーグもカレーもないの?

「グラタンやコロッケに卵焼きは?」

 首を振るマッツさん。

 子供の好きなメニューがないなんてショック!

 あれ、でもよく考えてみたら今まで一度もハンバーグとか卵焼きが出てきたことない。



 セーデルフェルトに肉じゃがとかお寿司があったら……なんか違うと思う。

 ドレス着た綺麗な人がお茶漬けずずずって食べてたり、牛丼かきこむユーリの姿は想像できないもの。

 世界も文化も人も違うんだから日本とは別の食文化があっても不思議じゃない。

 そうそうセーデルフェルトにもお米はあるんだよ。

 セーデルフェルトではポピュラーだと言う、甘いお米のスープみたいなデザートを食べたことがあるんだけど、あれはちょっとわたしには合わなかった。

 お茶漬けならぬミルク漬けだもん。わたしは甘いシロップをたっぷりかけて食べるのはホットケーキが一番だよ。



「セーデルフェルトとわたしの世界は、食材はだいたい同じだからクレーメンスさんが食べられそうな料理が作れないかなぁ……」

「ミリィ様は料理をされるのですか?」

 わたしったら考えていたことが言葉に出てたみたいだね。マッツさんが驚いた顔でわたしを見ているよ。

「ちょっとだけならできるかな」

 そんなに驚くことなのかな。セーデルフェルトでは子供は料理しないのかも。

「それでしたらミリィ様から教えていただければ、このマッツめが形にしてみせましょう」

 マッツさんが恭しくお辞儀しているよ。

 よし、この際マッツさんの力を借りよう「それ良いね! マッツさんにレシピを書いて渡せば良い?」



 マッツさんは調理台をトントンと軽く叩くとウィンクした。

「いえいえ、この厨房をお使いください。実際に作っているところを見させていただいた方がわかりやすいので」

 それもそうだよね。レシピを渡しただけじゃ完成図がわからないか。

 セーデルフェルトと日本では食文化が違うからね。

 お小遣い稼ぎに家でお手伝いをしておいて良かったよ。

 香月美里、異世界セーデルフェルトでクッキングに挑戦してみます!


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